表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/85

悪夢

次に目を覚ました時、部屋は既に暗くなっていた。勢い良くベッドから目を覚まし、


「しまった、寝過ごした」


思わず叫んでいた。寝過ごしたなんて物ではない、もう夕刻を過ぎているのではないか、内心その事に焦る。


慌てて部屋を出て、廊下を走ると、そこには父上がいた。


「遅かったな、リリスなら出て行ったぞ」


そう、冷たく言い放つように言われて唖然とした。


「何故」


「何故も何も、お前が言い出したことだろう。わしは手続きがあるから忙しい、ではな」


そう言い父上が何処かに行こうとするのを思わず、待ってくれ、と止めていた。


「なんだ」


振り返り、そう尋ねられ、


「た、確かに夕刻には間に合わなかった。だが、しかし。一言聞いてくれても良かったのでは」


「甘えるなよ。夕刻までと言ったはずだ。まあ、ただ。リリスなら昼には出て行った。お前に一言、さようならと伝えるよう言われた」


───さようなら、あのリリスが。


「お前が言った通りの結末だ、何の不満がある。お前が言い出したことだ、何の問題がある」


「お、俺は」


「これはお前が望んだことだろう」


そう言って、今度こそ父上はその場を立ち去っていった。


松明が灯る薄暗い廊下に、ただただ呆然と立ち尽くしていた。


俺は、リリスに別れも告げず。何一つ伝えることなく、別れてしまっていた。


そう思っていると突然周囲が暗闇に包まれる。


気づくと、今度は魔族軍の墓地に居た。武官が入る墓地の前、多くの兵達がそこにいた。


───と


「ヴェル、姉さんに武運がなかったようですね」


いつの間に横にいたのか、ミリアにそう言われた。


「一体何を」


「その結果があれです」


ミリアにそう言われ、墓地の方を指を差される。


「何が」


「何がも何もありません、あれは姉さんの葬式です。聞いていたでしょう、この前の反乱で戦死したのです。立派な最後だったと聞きます」


「馬鹿な」


一体何が起こっているのか分からなかった。もう一度墓地の方を見る。


「ヴェル、貴方の望んだ事です。姉さんも本望だったことでしょう。貴方の命令を文字通り命がけで遂行したのですから」


横からミリアがそう言い、俺は思わず


「お、おい。俺は!」


そんなつもりで、と言おうとした。しかし横にミリアはもういなかった。


再び周囲が暗闇に包まれ、次に移動したのは鍛錬にいつも使っている部屋だった。


「なんだ、その腑抜けぶりは。お前は死ぬつもりか。リリスの事ならばお前の責任ではない。気にするな」


バルバロッサだった。黄金の鎧に身を包み、黄金の剣を持ちながら淡々とそう言われる。


「お、俺は。こんなつもりでは。リリスが死ぬとは」


「戦で誰かが死ぬのは当然だ。それは彼女も例外ではない。だが、リリスという娘も本望だったのではないか。お前の命令を遂行したのだから」


「俺は、そんなつもりで発言したわけではない。俺は!」


だが、目の前にバルバロッサはいなかった。


気づけば周囲は暗闇に包まれており、自分が何処に居るのか分からなかった。


だが、声は聞こえてくる。


「ヴェル様、ヴェル様」


囁くように声が聞こえてくる。いつも聞いている声だ、誰か間違えることもない。リリスの声だった。


「わたくしは、貴方を見守っています。わたくしは、本望だったのです。貴方の言うとおり戦い、そして死んだ、それだけのことなのです。どうかご自分を責める事のないよう」


「リリス、待ってくれ。俺は、お前に死んでほしいとは思っていなかった!」


暗闇の中叫ぶ。俺は、俺は!


「もう時間がないようです。どうか、ヴェル様は死なぬよう、ご武運をお祈り致します」


「待ってくれ、待ってくれリリス」


「さようなら・・・さようなら」


どうせなら責めてくれる方が良かった。何が本望だ。死ぬことの何が本望なんだ。そう叫ぼうとするが、声は出なかった。


気づけば周囲に、バルバロッサが、父上が、親父が、母さんが、ミリアが、村正さんが俺を囲んでいた。


全員が口を揃えて、お前は悪くない、誰もお前を責めない、お前はよくやった。


そんなことを口々に言う。


「やめてくれ、俺は。俺は!」


思わず頭を抱える。


「彼女も本望だったろう」


「貴方の命令に従えて」


「貴方が望んだ結末を迎えられて」


誰ともなくそう言い、次の一言は全員が口を揃えて言う。


「お前はよくやった」


俺は、何もしていない。俺は、人殺しだ。俺は、何故彼らは俺を責めない。寧ろ責めてくれる方が良かった。リリスを殺したのは俺だと責めてくれる方が。


辛い、優しさが。その優しさがただただ辛かった。


そうして気づけば、いつしかいつもの湖に一人佇んでいた。


「こ、ここは」


いつかリリスと約束した、また一緒に来ようと約束した湖だった。


何故か、自然と身体が動いていた。羽を展開し、空を飛ぶ。そして湖の上、空高く舞い上がり、


「また一緒に来ようと約束した場所だ、だがその約束は果たされる事はない。だから、今から俺がお前の元に行く」


そう言い上空で、俺は展開した羽を消した。一気に湖に落下していく。俺は声も出さず、ただただ力なく落下していった。


この高さだ、死は免れないだろう。


「すまなかった、リリス」


勢い良く近づいてくる湖を何処か他人事のように見ながら、俺はそう呟いていた。


そう一言呟き湖の中に突っ込む、そう思ったのと同時。


「う、うわあああああああああああ!」


思わず声をあげていた。


次に気づいた時、俺は明るい寝室に居た。


「はあ・・・はあ。俺は一体」


ベッドから起き、周囲を見渡すと、机の上には酒とコップが置いてあり、日常に戻ってきたことを無言で伝えてくるようだった。


一体何が起こったのだ、訳が分からなかった。


気づけば寝汗をかいていた。びっしょりを汗をかき、服がひんやりとする。


今までこんな寝汗をかいたことがあっただろうか。呼吸を整えながら、そんなことを考える。


───と


こんこん、と扉がなった。


「は、はい」


寝ぼけている頭を振りながら、なんとか返事をした。


「リリスです、入っても」


「あ、ああ。どうぞ」


リリス、まだ居たのか、と内心ほっとする。


がちゃりと扉が開き、そこにはリリスがいた。


「ヴェル様、寝ておられたのですか」


「あ、ああ。酒を飲んで酔いが回ってきたから一眠りしていた」


「そうですか、お邪魔ならばまた後ほど来ますが」


その言葉に間髪入れず、


「いや待て。今はお前を話したい気分だ」


と、慌てて止めていた。そうですか、そう言いながらリリスは扉を締め部屋に入ってきた。そしてベッドの横に来るなり、


「お考えは、変わりませんか?」


どこかしょんぼりとしながらリリスが尋ねてくる。時間が経ち、幾分か冷静さを取り戻しているようだった。


「あ、いや。時に、今はどのくらいの時間だ」


リリスは首を傾げながら、昼前です、と言ってきた。


昼前、時間にして寝ていたのは僅かの間か。


「そうか。そうか、さっきのは夢か」


「夢、でございますか」


「ああ、嫌な夢だった。リリス、お前が死ぬ夢を見た」


「なんと」


「しかし誰も責めないんだ。俺の策でお前が何処かの戦争で死に、俺の命令通り戦い死んだ事を本望だと全員が口を揃えて言う、そんな夢だった」


「ヴェル様、顔色が悪いです。水を持ってまいります」


リリスは一言そう言うなり水を取りに部屋を出て行った。


「俺は、俺は」


なんという夢を見たのか。恐ろしい夢だった。


「俺は、そんなつもりで発言したわけではない」


誰も居ない部屋、一人呟く。


「俺は、違う。俺は、リリスを死なせるつもりはなかった」


そう言った所で、リリスが水差しを持って戻ってきた。


そうして机の上のコップを見て、


「まだお酒が入っていますね。別のコップを出しましょう」


そう言ったのと同時、首を傾げるリリスが居た。


「どうした」


「この酒、妙です」


「妙?」


「なんでしょう、薬の匂いがいたします」


「馬鹿な、それは村正さんが持ってきた酒だぞ」


リリスはそれに無言で、今度は村正さんの方のコップの匂いを嗅ぐ。そして確信したように頷く。


「やはり、匂いが違います。ヴェル様、一体何を飲まされたのですか」


「分からない、ただ酒を飲んだだけだと思ったが」


「わたくし、問いただしてきて来ます」


そう言ってリリスが部屋を出ようとするが、


「いや、いい。ひょっとすると幻惑を見せる類の薬かもしれない」


でなければあんな現実感のある夢を見ることはまずあるまい。


「何故そのような物を飲ませたのでしょう」


「さあ、案外俺のため、なのかもしれないな」


「よく分かりませんが」


そう言ってこちらに来ようとするリリスを止め、そこに座れ、とリリスを座らせる。


ベッドから起き上がり、新しいコップを二つ取って、机に向かう。そして水差しの水を入れ、ゆっくりと飲んだ。


「リリスも飲んだらどうだ」


「あ、はい」


そう言ってリリスもコップを両手で添えるようにして飲む。


「済まなかった」


そんなリリスを眺めながら、俺はそう言っていた。


リリスは慌ててコップを置き、どうされました、と尋ねられた。


「俺は、お前を死なせるつもりであんな事を言ったわけではない」


「一体何を仰っているのか分かりませんが、わたくしは死にません」


俺は片手で頭を抱えるようにし、


「いかんな、何を弱気になっているんだ俺は。お前が死ぬ夢を見て、どうかしているようだ」


「しかし少しほっとした気もします。それだけわたくしが想われていると思うと嬉しくも」


「当然だろう。俺はお前のことを大事だと思っている」


「その割に、冷たい策だったように思えます」


そう言われ返す言葉もなかった。そんな無言な俺に対し、リリスは、


「わたくしは、ヴェル様の傍に居たい。死ぬにしてもヴェル様のお傍で死にたい」


「よせ、死ぬ等と簡単に口にするものではない」


「すいません」


「いや、良い。ただ、恐怖を感じたことは確かだ。お前を失い、そうして最後は自分が自殺する夢だった。ひょっとすると、現実にお前が死ねば、夢の通り本当に自殺していたかもしれない」


「ヴェル様こそ、死ぬ等と簡単に口になされないでくださいませ」


リリスに怒られ、すまない、と返事をするのみであった。


「お前を弓隊に戻すのはよそう。自分の事を優先するのもどうかと思うが」


自分の都合でころころと策を変えるのはどうか、と思ったのだ。だが、リリスはこの言葉に安心したのか、


「良かった。わたくしはヴェル様と離れたくない。別に将なんて、噂もどうでもいいのです。わたくしはヴェル様と一緒に居られればそれで」


「そう、か」


「何か別の案はないのですか」


リリスに言われ考える。


「分からない、どうすればいいのか。だが、刻限は刻一刻と近づいている。早く考えを纏めなければ」


「三人で暴れまわっても、わたくしは一向に構わないのですよ」


「そう、言われてもな」


少しは考えた。しかしより遊撃隊が孤立し、立場が悪化することは火を見るより明らかだった。だからその策は採用出来ない。俺としても本意ではないのだ。


「バルバロッサに言われた、いつまで逃げるのか、と。ひょっとすると、そこに答えがあるのかもしれない」


「と、申しますと」


「俺は、確かに王の立場からも逃げ、人の上に立つ事からも逃げ、そして今度はリリス、お前を利用し遊撃隊の噂を消そうとした最低な奴なのだろう」


「ご自分を悪く仰らないで下さい」


リリスのその優しい言葉に、俺は少し心が揺らいだ。だが、首を振り、


「いや、事実その通りなのだろうと思う。俺は、何からも逃げていたのだろうと、その結果がきっとあの夢の通りになるに違いない」


「所詮夢は夢、気になさることはありませんよ」


そう言われ、確かにそうだろう、と言い置き、


「だが、お前を弓隊に戻し例えば反乱が起きた時。そしてお前が出陣し、俺が魔族軍でぬくぬくと残って、結果的にお前が戦死したら。俺はどうすればいいのか分からなかった。俺のせいで、お前を死なせる結果になったわけだ」


「それは」


「村正さんにも言われたよ。お前を手放すな、と。ようやく意味が分かった。確かに、経験しなければわからないことだよな。最悪の結果を想定し、策は考えるべきだった。目先の事にとらわれて、結果全てを失ってからでは遅いことを、俺は学んだ気がする」


「そう、ですか」


「すまないな、お前に言っても意味が分からない事だろうが」


「いえ、しかしどうされるおつもりなのですか。わたくしはそれを尋ねに来たつもりだったのですが」


「そうだな、少し考える時間をくれ。何ならそこの酒を飲んで待っててくれてもいい。いい酒だ、そっちの方には薬は入ってはいないだろう」


「いいえ、今はとてもそんな気分には。ただ、待ちます」


そう言ってリリスは無言でこちらを見、俺の言葉を待っているようだった。


どうすれば良いのか、今一度考えよう。


一つ一つ冷静に。


何故噂が立つのか。それは実態が分からないから噂が流れるのだ。真実さえ伝えれば噂は一瞬で払拭されるはずだ。ならば、取る手は一つではないだろうか。


説得、それしかない。


そして反対するものは力でねじ伏せる、他の誰でもない、俺の手で。


俺が切り開く。もう逃げ等と言わせない。


「リリス、決めた」


リリスが、はい、と返事をして来、俺がそれに頷く。


「弓隊を説得に行く」


「説得、でございますか」


それに無言で頷く。


「俺の言うとおりになるのだろう。ならば、俺の心は決まった。お前を手放さない、俺が、お前を、お前達を、遊撃隊を守る」


「そんな手が」


「ある、漠然とだが思い浮かんだ。さあ、父上に報告に行こう」


俺はそう言いコップの水を一気に飲み干し、コップを机に力強く置いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ