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陳情

それから二週間程経ったある日。俺はある判断を委ねられていた。


六人で朝食を食べ、さて今日も鍛錬だ、と思っていると父上が、


「待ってくれ、一つ話があるんだが」


と言い出した。


「なんだ、ジークフリート」


バルバロッサが問い、それに父上が頷き腕を組み、


「ああ、非常に言いづらいんだがな。陳情があった、しかも日に日に来る人間の数が増えてるんだそうだ。副軍団長が頭を抱えててなあ」


「陳情?」


俺が首を傾げる。しかも、俺達に言うことなのだろうか、そう思っていると、父上はリリスの方を見、


「リリス、お前だ」


「わたくし、ですか」


リリスが呟き、父上が、そうだお前だ、と言いながら頷いた。


「お前が王に粗相をし、それで将を降格、遊撃隊に移籍という形を取ったわけだが、それがいけなかった。いや、まさかこうなるとは考えていなかった」


「こうなる、と言うと」


リリスが気になるのも最もだった。父上の次の言葉を待つ。


「うむ、その処遇に対し陳情が来た。最初はお前の副長、それは突き返したそうなのだが、明くる日には弓隊の連中を引き連れてリリスを将に戻すよう言ってきたそうだ」


あの副長が、そんな事を。よっぽどリリスは慕われていたか期待されていたのだろう。


「それも穏便に済ませるため突き返したそうなのだが、今度は弓部隊の連中が押しかけるようにやってきてリリスを将に戻すよう土下座までした奴がいたそうで、そこでわしに話が来たという次第だ」


「そう、ですか」


リリスは自分の事ではないかのように呟いた。


「リリス、お前のことだぞ」


思わず俺が横に座っているリリスに声をかけるが、リリスは首を傾げるのみであった。


「わたくしが将であった期間は僅かの間です。なのにどうしてそのようなことになっているのでしょうか」


すると、父上は頷き、


「これはあくまでわしの推測だがな。遊撃隊、と言うのが問題だったのだと思う。幕舎の件があったろう。遊撃隊は身内に敵を作り過ぎた、かつ魔族軍最低の軍として扱われているようだ。噂はひとり歩きし、リリスが強制労働させられている、と言う噂まで流れている始末らしい」


「そのようなことが」


「噂に曰く、遊撃隊の隊長は目があっただけで人を半殺しにするだとか、鬼だとか、まあ、この辺りにしておくがとにかくろくでもない噂ばかりが流れている。そういう中にリリスを置いておくわけにはいかなかったのだろうよ」


「私はそんなことしません!」


ミリアが立ち上がり、顔を赤くしながら叫ぶ。ミリアがそう言うのがわかっていたのか、父上はあくまで冷静に、淡々と、


「分かっている、大体毎日顔を合わせてるだろうに。日々鍛錬している中どうやって表で活動しろと言うのだ。あくまで噂だ噂。そして噂とは、大抵良くも悪くもろくでもない物でひとり歩きするんだ。こんなもんだ。わしの事も色々言われてるようだがな、まあそれはいい」


そっちの噂も相当に酷いのだろうとは思った。副軍団長がどうその彼らを押し込めたのかは分からないが、おそらく軍団長の名前を出したに違いない。軍団長は何をしているのか、将たる者を潰すつもりか、大まかに言うとそんな噂が流れているに違いなかった。


「で、ヴェル今度はお前だ。この判断、お前に委ねようと思う」


父上が、俺にそう言ってくる。


「判断、何を」


「リリスが弓隊の将に戻るか否か、その判断をお前がしろ」


「何故俺が」


「おそらく、お前が決めるべき事だろうから、だ」


そうして周囲を見渡すと、全員がこちらを無言で見ていた。


バルバロッサは薄ら笑いを浮かべこちらを見、父上は腕を組みながら冷静にこちらの判断を待っている。村正さんはただ無言で、ミリアとリリスは心配そうな顔でこちらを見ていた。


その中、俺は、


「リリス」


俺がリリスに声をかけると、リリスが、はい、と答えてきた。


「隊に、戻れ」


「な、ちょっと待って下さい」


ミリアだった。


「姉さんを今更戻すのですか!何を考えているのですか」


リリスも黙っていなかった。


「わたくしも反対です。またヴェル様と離れ離れになってしまうなんて。それにようやく連携練習も始め、これから、という時ではありませんか」


言いたいことはわかっていた。あれから二週間、個別に鍛錬をしていたわけではなかったのだ。個別にやっていた時も勿論あったが、そろそろ連携練習を、とバルバロッサ、父上、村正さん三人相手に俺達と合同で鍛錬をする時間も設けられたばかりであった。


が。それを差し引いても。


「戻るべき、だろうと思う。このままでは暴動に発展しかねない。父上の処断の正当性が疑われる所ではあり、心苦しくもあるのだが仕方あるまい。が、釘は刺しておくべきだろう。リリス、お前は弓部隊を一つに纏め、その将になれ。そして遊撃隊の真実を語って欲しい。今のままでは俺達は戦争に行き遊撃隊と名乗った瞬間後ろから殺されるかもしれない立場にいる。が、リリス。お前が纏め上げ、遊撃隊の噂を消し去ってくれるならば問題はない」


「ヴェル様、それは」


リリスが何か言いかけるがそれを手で制止し、


「父上、どうだろうか。このあたりで手を打つ方向で。遊撃隊は、とりあえず俺とミリアの二人で活動する。そして戦果もきっと上げて見せる。そうだな、その際、リリスからの援護を期待しても良いだろうか」


「ヴェル様、わたくしの気持ちは!」


リリスが尚も何か言おうとする。が、


「リリス、父上は俺に判断しろと言われた。父上は軍団長、そしてこれは命令なのだ。従うべき所だろう」


間髪入れずに父上は、


「分かった、そのように手配しておこう。リリス、今日で遊撃隊より弓隊に復籍。この後、荷物を持ち移動するように。では、解散」


リリスに反論を許さぬよう、場を制するようにそう宣言し、朝が終わった。


俺は、ミリアとリリスと顔を合わせないよう廊下に出た。


「ヴェル様、お待ちください!」


リリスが後ろから声をかけてくる。


「どうしましたか、リリス殿」


努めて冷静にそう言うと、リリスは珍しく顔を赤くし、


「リリス・・・殿とは。それではまるで他人ではありませんか!」


「身内だったのは先ほどまで。今の貴方は弓隊の将、なのですぞ」


「な。ならばお尋ねしますが、結婚したことはどうするのですか」


「それは、言うべきことではあるまい」


思わず素に戻ってしまっていた。


「いいえ、わたくしは皆に言います。真実を全て。そしてまた遊撃隊に戻ってきます。失礼します」


リリスが翻り、走って外に出ようとするのを父上が足を引っ掛けこかし止めた。


「おいおい、廊下は走るもんじゃないだろ。さて、厄介な事になったな」


そう言いながら、父上はリリスを足で押さえつけた。足元でリリスがもがくが動けないようだった。


「お前の判断、悪くはないが、良くもなかったな。そんなもんか」


父上がそう言ってくる。


「ならば名案でもあったのか」


思わず尋ねていた。そして、その物言いに苛立ってもいた。俺は最善の策を提示したつもりだった。


「わしはお前達三人で乗り込んでねじ伏せてリリスに説得の一つもさせるのかと思っていたが」


「む」


「結局の所、リリス一人を戻した所でどうにもならないのが現状。ならばいっその事遊撃隊そのものを弓隊の上につけ、お前が将になればよかったのではないか。そうすることも出来た」


「それは」


思いもつかなかった。が、しかし


「遊撃隊の将はミリアだ、俺は副長に過ぎない」


すると、今度はバルバロッサがうんざりした顔で部屋から出てきて、


「またそれか。お前はいつまでそうして逃げているつもりだ」


逃げているつもりはなかった。ただ、そういう立場にしかいないと言いたかったのだ。


「俺は」


「良い、お前が言いたい事は大体察しがついている。だがな、そういうのを立場に甘んじた逃げ、と言うんだ。お前は王からも逃げ、人の上に立つ事からも逃げ、今度は妻からも逃げ。どこまで逃げるんだ」


バルバロッサに指を指され、しかし冷静にそう言われた。


「先ほどの判断、悪くはなかった、決してな。が、俺から見てもこんな魔族軍に戻った所で何も得る物はない気がするが、な」


バルバロッサの言葉に俺は返す言葉もなかった。別に立派な判断を下した、とは思っていない。だが、できる限り最善の策を提示したつもりだった。


「お前は、ファフニルの二の舞いになるつもりか」


バルバロッサに言われ考える。しかし答えは出なかった。言っている言葉の意図が分からなかったのだ。


「前に言ったはずだ。後悔しない生き方をせよ、と。今ここでその娘を手放せば、もう戻ってくることはないだろう。良いのか。ファフニルとお前、変わらぬのは自らを犠牲にしてでも策を成し遂げようとする所だ。自分の事よりは他人の事。いいのではないか、自らが幸せになる策を考えてみても」


そう言われ、深い溜息をつかれた。


見れば父上もこちらを真剣な顔で見ていた。


「今一度問う。先ほどの判断でいいんだな」


次はない、言外に父上にそう言われていた。ここで頷けば、その通りになるだろう。だからこそ考える。


そうするべきだ、絶対そうするべきだ、と俺は思った。だが、リリスと離れ離れになる事も考えた。考えて、しまった。


「すいません、時間をもらえ、ますか」


俺から出た言葉はその一言だった。すぐには思い浮かばなかったのだ。何が正しくて、何が間違っているのか。


「いいだろう。今日の夕刻、今一度聞く。今日は鍛錬は休みだ。一人で考えるなり、多くの者に意見を聞くなりするといい」


父上にそう言われ、その場は解散となった。


寝室に戻り、一人考える。何が正しいのか。いや、正しさよりも何が起きているのかを冷静に考えなおすべきなのかもしれない。


そもそもの発端は何だ。あくまで下の人間達の陳情。そしてこれを簡単に掌返しすればどうなるか。軍団長の判断力が疑われる、それもあるが。


先ほど俺が提示した案は、リリスを遊撃隊から弓隊へ復籍。おそらく簡単な事で、誰もが考える事かもしれない。もっと深く考え、リリスを弓隊へ復籍させよ、と言うことなのだろうか。それとも大暴れして遊撃隊の力を知らしめろ、と言うことなんだろうか。


もう、何もかも分からなくなってきた、そんな時寝室の扉が鳴った。


「どうぞ」


俺が声をかけると、扉が静かに開き、そこには村正さんが居た。片手にいつしかの酒を持ち、部屋に入って来、扉を閉める。


「どうされましたか」


「お困りではないか、と思いまして」


そう言いながら、机の方に向かって来たので俺もコップを二つ持ち机に移動した。そしてお互いに向かい合い座る。


「俺は、もう訳が分からなくなってしまいました。リリスを戻した方がきっと正しいのだと思うのです」


「そうでしょうか」


村正さんは静かにそう言いながらコップに酒を注ぐ。そして、乾杯しましょう、と言われ乾杯し、一気に酒を飲み干した。瞬間世界が揺らいだ気がした。


「さて、先ほどの話ですが。私にはそれほど上手く行くことは思えませぬ」


「と、申しますと」


では、と言いながら酒を継ぎ足してくれる村正さん。それを頂き、今度は少し酒を飲んだ所で、村正さんが語り始めた。


「リリスさんを手放す、と言う話でしたね」


「いえ、そういう話では」


「いいえ、あれはそういう話でございますよ。事細かな内容は私にも分かりませんが、要点だけ考えていくとそう見えてまいります」


「村正さんなりの解釈を、聞かせて頂けますか」


単純に興味があった。魔族軍の実情を知らない者が先ほどの話を聞いてどう思ったのか、どうしてそう考えたのか。聞きたかったのだ。


「リリスさんを手放せば、おそらく二度と戻っては来ますまい。それはどういう理由であれ、です。リリスさんに何やら説得をお任せしていましたが、それも上手く行くとは思えませんでした。人の心とは、特に恨みや憎しみと言った類の物はそう変えられないのですよ」


「それはつまり、俺が言ったことがあくまで理想論であって、現実的ではないということでしょうか」


「端的に申し上げるとそうなります。私にはそう思えました。ですから、王もジークフリートも良くもなければ悪くもない、と述べたのではないでしょうか。はっきり申し上げるとつまらない策だと言いたかったのでしょう」


「つまらない、ですか」


その言葉を聞いて愕然とした自分がいた。自分にとっては最善のつもりだった、しかし彼らにとっては愚策どころか、その程度かと話にもならなかったと言うことだ。論外だと、彼らは言いたかったのだ。


「貴方様には、まだ経験が足りぬのです。それは周囲から補ってもらう必要があると私は考えます」


確かに、俺に経験はなかった。特に、こういった類のことを考える事はない。


「王とジークフリートの意見はあの通り。しかし、貴方様がそれで良し、と言えばその通りになるでしょう。彼らは貴方に何かを言うつもりはないでしょうし、咎める気もないようです。試されているのです」


「俺が、試されている?何故そのようなことを」


「それは、貴方様が今よりも成長することを期待されておられるからでしょう。特に王の方の期待は大きかったように私には見えました」


そうだろうか。いつも通りだったように思えたが。そう思いながら酒をまた少し飲みコップを置いたのと同時に、思った以上にコップの置いた音がし内心驚いた。どうやら力が思い通りに入らなくなり始めたようだった。


「いけない、冷静に考えなければならないのに。酒が回りだした」


「ふふ、冷静に考えようとするからおかしなことになるのです。時に愉快な気持ちになりながら考えるのも良いのではありませんか」


村正さんはそう言い、微笑みこう続けた。


「私から貴方様に言えるのはただひとつだけ。リリスさんを手放す策は取らない方が良いでしょう。手放した結果、戻ってこないのともう一つ。遊撃隊はさらに攻撃を受けることになりましょう。リリスさんが良くも悪くも障害になっているのです、彼らにとって。これは、そういうことでございましょう?」


そうして村正さんは微笑みながら、お酒はご自由に、と一言述べながら部屋を出て行った。


俺は酔いを覚ますため、少しベッドで休むことにした。今は酒が回って何も考えられなかったからだ。


そうだ、酔いが覚めてから。そう思い瞼を閉じた。


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