反省
俺は明くる日も、その次の日も、毎日休む時間も惜しみ雷の魔術の練習をした。
もうやめよ、バルバロッサに言われたが、
「いや、しかし」
「もう一ヶ月は経つぞ。聞けば寝ておらんらしいではないか」
「休む暇があれば、今は魔術の練習に充てたい」
雷竜の爪を習得した日以来、俺は充実していた。こういう時を逃せば魔術の習得というものは遅くなることを俺は知っていた。集中しているうちに一気にやってしまったほうが効率がいいのだ。
「いつから寝ておらぬ」
そう尋ねられ、ふと考え、
「初日から、だと思う。すまないが、記憶が無い」
休んだ記憶がなかった。それだけ毎日が充実、集中していたのだ。
風呂、飯、夜の合同魔術学習、それ以外はひたすらこの部屋に篭った。その間、リリスとミリアとも顔を合わせた気はするが会話をした記憶はない。
「雷竜として自覚を持ちしっかり励んでくれるのは有難いのだが、お前の周りは相当にお前を心配しているようだぞ」
「何の心配があるんだろうか」
そう言いながら、完全に習得した雷竜の爪を展開し飛ばす。羽なしでもこの魔術は扱えるようになっていた。
「ほら、俺はこうも元気だ」
その俺の言葉に対し、バルバロッサは半ば呆れながら、
「充実しているのはよく分かる、疲れも確かに見られない。だがな、人の上に立つ者としてその振る舞いはどうか、と俺は言いたいのだ」
そのようなことを、腕を組みながら言ってきた。
「人の上・・・。いや、しかし」
「言い訳など良い。どうせお前は、王になるわけではない、とでも言うのだろう」
「ぐっ」
ぐうの音も出ないとは将にこの事だろう。
「言いたいことは分かるがな。だが、あの娘達はどうなる」
「どうなる、と言われても。あの二人は俺よりも強い」
そう言うと、バルバロッサは深い溜息をつき、
「そうだろうか」
と、一言そう言うのみであった。
どうにも引っかかったので、
「ミリアの武力は貴方自身見ておられ、気に入られたのではなかったか。リリスも俺より武力は高い。武将として申し分ない資質を備えていると俺は思う。俺なんかより」
そこでバルバロッサは俺を右手で制止し、
「良い。だがお前は勘違いしているな。王たる前に、お前には男の心得を教えねばならぬようだな」
そんなことを言ってきた。思わず魔術を行使している手を止め、首を傾げる。
一体何が言いたいんだ、この御方は。
「男の、心得でございますか?」
それに無言で頷く王。
「良いか、ヴェルファリア。確かにあの者達は強いのだろう。そうだな、見込みもある。この先生き残れ鍛錬を積み重ねたならば、案外ジークフリートをも超えるやも。いや、ミリアに関して言うなら刀限定で超えてるとは言っていたな。まあ、強いのだろうよ」
「それに、一体何の問題が」
自分は何もおかしいことを言っていないではないか。男の心得とはなんだ、そう思っていると、
「が、強さとは果たしてそういう物を言うのだろうか、と考えたことはあるか」
そう問われ、少し考える。考えたら、あった。
「ある、ミリアと一度対峙したことがあった。その際に、俺はなんと言っただろうか。少し思い出す。───確か、自分自身の為に振るう強さは強さではない、と言った気がする」
「半分は当たりで、半分は違う、と言っておこう」
半々、か。
「人それぞれだがな。人間もいれば魔族もいる。だが、俺はこう思うのだよ。本当の強さとは勿論自分を守る武力、他者を守る力も必要だろう。それだけでなく、同時に心も。心もしっかりと守ってやらねばならぬ、と俺は思う」
根拠はあるのだろうか、そう考えていると、
「多くの者を見てきた。戦で家族を失った者、家を失った者、生きる意味を見失った者。数えきれない人間と、魔族をな。お前はまだそういったものを失った経験はない。覚悟はしているだろう、だが覚悟と実際起こった出来事、即ち経験は訳が違う。知識と経験は違うだろう。どちらも尊いものだが、経験に勝るものはない。その上で言わせてもらおう。良いか、大事なもの程失った時に後悔するものなのだ」
「大事な、もの」
「そして後悔した時には遅い。取り返しがつかないからな。俺は、一度失っている、二人も、な」
そう言ってバルバロッサは苦笑した。その声は、笑いながらも震えていた。
「待望の子、だった。そして第二王妃、忘れもしない。愛していた、だが失ってしまった。一生愛すと、互いに誓い合った仲であった。同じ竜族で、古くからの知り合いでな。当然のように愛し、当然のように結ばれた。だからかな、当たり前に、そいつは俺の傍にずっといると、思ってたんだよ」
その言葉を無言で聞く。とても大事な事のように思えたからだ。
「お前も、当然リリスとミリア、あの二人の娘がずっと傍にいると信じているだろう。根拠はすぐに自分より強い、と口にすること。おそらく死ぬならお前が先に、とでも考えているのだろう。それはとやかくは言うまい。どうかとは思うがな。ただ、世の中とはそう上手くはいかぬものよ」
「そう、だろうか。武なき俺が先に死ぬことの方が自然だと思うが」
「いかぬよ。おそらく彼女達が今鍛錬している中心には、お前がいる。もうお前抜きの生き方は考えておらんだろう。お前はどうなんだ、そこを聞きたい」
「俺は、当然あの二人を大事だと思っているしできれば守ってやりたいと考えている。結婚式での誓いを嘘にしないためにも、あの二人のためにも。死んでも守ってやりたいと」
「そうだろうな、そしておそらくあの二人もまたお前のように考えているだろうよ。死んでも、守ってやりたい、とな」
それに何も言えなかった。おそらく、その通りなのだろうと思ったからだ。
「良いか、ヴェルファリア。自分の事だけ考え、自分の為に行動することはとても簡単なことだ。が、そこに縁が生まれ、心の繋がりが出来た時、途端に難しくなる。男の器が試されるのはそういう時だ」
「心の、繋がり」
思わず呟いていた。考えたこともなかったからだ。
「お前がこれからどのような生を歩むのかは知らぬ。俺にも分からぬ。お前にも当然分からんだろう。だが、良いか。後悔だけはするな。辛いこと、くじけること、多くの苦難があるだろう、失敗もあるだろう。反省はしろ、だが後悔はするな。言えることはそれだけだ。後悔せぬ生を生きろ」
「後悔、か」
「例えば、お前が毎日当たり前に顔を合わせているあの娘達が次の日突然死んだ時のことを想像してみろ。お前はどうする」
「どうしようも、ない、だろう」
そういう類の、もしも、を考えたことはなかった。もし、俺が俺の知らぬ場所であの二人を死なせてしまったなら、俺はきっと、何かを失うに違いない。何のためにこうして魔術を行使し、訓練、鍛錬してきたのか分からなくなるに違いなかった。
「その喪失感を忘れるな。失った時には手遅れだと、しかと刻め」
「はっ」
その言葉に頭を下げる。
するとバルバロッサは苦笑し、
「ならお前が次に取るべき行動は分かっているな。あの娘達と少しくらいゆっくりしたらどうだ。訓練は、そうだな。まあ、いつでもというわけではないがもうしばらくは出来る物と思う。各地の反乱に繋がりがあるのは分かっている。が、もうしばらく大きな乱は起きんだろうと見ている」
「何故、そう言い切れるのか尋ねても」
「うむ。金だ。戦には金が必要不可欠。金と食料、そして人。この流れを見ることで大体の推測は可能だ。まあ、戦争が終わって困る輩もいる、ということだろうな」
バルバロッサが腕を組み、何処かを見ながらそう言う。
「困る輩?」
思わず尋ねていた。そんな者がいるのだろうか。
「戦は何故起こるのか。まあ、単純に戦好きな者もいるが、それは例外として、戦は必ず国益に適ってなければならぬ。始まれば繁栄か、滅亡か。その二者択一しかないのだからな。そして同時に動くのが金。これが重要だ。武器や防具を買い揃えるのにも金がいるし、人を雇うにも金と時間が必要だ。前回の乱だが、ジークフリートを推して正解だった。相当な痛手を負わせたようだからな。が、こちらも相当に痛い目を見たようだが」
「俺達の方、か」
「その通り。が、重要なことも分かった。お前達の方には裏に貴族がいたそうだな。名の通った貴族だ。が、問題は何故そのような者が前線に出てきたか、となるのだが」
「そこを、どうみろと」
「おそらく、金がなかったのだろう。傭兵まがいの事をしたか、若しくは内輪もめがあったか。ひょっとするとそのどちらも、かもしれないが」
「一枚岩ではない、と」
「そういうことになるな。西に関しては理由は分かっている。金と銭の比率が悪いのだ。通貨の価値が違いすぎるのが原因。無理なくやるよう言い聞かせているが難しい所よな」
「金、か」
「考えたことがなかったか」
「いや、知識としてはある。人、物、金、この三つが大事だとは本で読んだ。が、事実なのだな、と驚いているだけのことで」
「中央と東はそう悪くない関係なのだ。おそらく戦は起きるまい。まあ、起きるとすれば、西と北の国が反乱を起こし、中央のここが崩れた時。利があるから東も蜂起する可能性は十分に考えられる。だからこそ大軍と思われた西にジークフリートを当てたわけだが。北は、規模で判断を誤ったとしか言えぬ。結果的に勝利しているからいいものの、負けていれば厄介だったろうな」
「南は?」
「南、か。そうだな、あそこは手出しさえしなければ問題ないと思うが。国と言うよりは村や集落が多い。また竜族も多いのでな。手出し無用だろう。が、誰かが手出しした時、その均衡は崩れるやもしれぬ。危うい立ち位置にいることは確かだ。中央に国を構えたのは、金の流れを押さえるため関門を設けたかったのが一つだが、南に他の国がいかぬよう防ぐためでもある。そういう意味では同盟関係にあるな」
「そうか、一度行ってみたいものだ」
「空気の綺麗な場所だよ。後飯が美味い。が、慣れないうちは腹の調子が悪くなるやも。そういう意味では東は安全だ。飯で倒れる心配はないのだからな。ただ、街の水は飲まぬに限るがな」
「旅、か。二人を連れて、色々見せてやりたい。が、平和な世が来ないと難しいか。安全な旅にしてやりたい」
するとバルバロッサは笑顔で、
「そうだな。街道の整備も未だ完全ではないし安全でもない。もっと整備を、俺が生きているうちにな。後悔なき、ようにだ」
「貴方に死なれては困る。まだ全てを教えて頂いていない。何も受け継げていない。後悔しそうだから、長生きしてほしい」
「そうか、まだまだ死ねぬな」
バルバロッサは苦笑し、そう締めくくった。
そこで俺達は訓練所から出、飯を食い、風呂に入った。
風呂場で、バルバロッサの傷だらけの背中を流しながら、
「でかい。親父もでかかったが、それ以上に大きい」
「はっは、あいつはちびだからなあ。が、頭はでかい。壮大に物を描くよ」
それが自分のことのように嬉しかった。
「息子と風呂に入れる日が来るとはなあ。嬉しいよ」
身体を洗い流し、二人で風呂に入りながらバルバロッサはそんなことを言った。
「こんな私でよろしければいつでもご一緒しますぞ」
そう言うと、苦笑された。思わず自分も苦笑した。慣れないことはするものではないな、と思った。
「ヴェルファリアよ」
「む」
「愛してやれよ、あの二人を」
「はい」
呟くように返事をしていた。突然のことだったのもある、だがどう答えれば良いのかよく分からなかったのだ。
「あの二人も、きっとお前を待っているに違いない。そういう一人一人の想いに、耳を傾けられるような、そんな男に成長してくれ」
「想いに、耳を」
難しいと思った。他者の気持ちが分かる程、俺は「出来た」者ではなかったからだ。
「突然は難しいだろう。だが訓練と同じだ。意識するのとしないのでは違う。良いな」
「はっ」
その言葉に頭を下げた。
「少し長く入り過ぎた。のぼせそうだ。上がるぞ」
「はい」
そう言って俺も風呂を出た。
その日、俺はバルバロッサの言葉に甘える形でリリスとミリアを抱いた。
二人は、バルバロッサが言うように俺を想ってくれていたらしく、
「わたくしに興味を失ったのかと思いました。毎日焦がれておりました」とリリスに言われ、
「あなたは甲斐性なしと言われても仕方ないです。いいですか、男が大事な女を愛し大事にすること、この営みを大事にせずして愛を育むことは出来ません。いいですか、聞いているのですか」
ミリアは長々とお説教をしてきた。
「ミリア、妙に苛立っているが、修行で何かあった、か」
そう尋ねると、関係ありませんと大声で言われベッドの端っこで寝てしまった。
そんなミリアとは対照的にリリスは積極的にこちらに近づいてきた。
「もう一度、抱いて下さいませ。そうそう、ミリアは相当寂しかったようですよ。後修行が厳しいようで」
とリリスが言った所で、ベッドから大声で
「聞こえていますよ!姉さん、余計なことは言わないで下さい!」
と、言われリリスと向き合い思わず互いに苦笑した。
「済まないな、俺の考えが足りず寂しい想いをさせたようだ。早く二人を守れるようになりたくて、力をつけたくてと思っていたがこれでは本末転倒だな」
「ええ、まことに。わたくしたちに興味を失ったのかと二人で言っていましたよ。第一王妃と抱き合っているのでは、とも」
「おいおい、俺はお前達の中でどれだけ酷い男になっているんだ」
すると、リリスは優しく微笑み、
「不安を取り除いてくださらないヴェル様が悪いのです。そんな酷い男になりたくなければ、諦めてわたくしたちの相手をして下さい」
「リリス、お前、まさか怒ってるのか?」
するとリリスは満面の笑みで、
「いえいえ、そのようなことは。ただ、心配でした。ヴェル様もわたくしたちのこと、心配でしたでしょう」
と、言われ、まさか何も考えていなかった等とも言えず、
「あ、ああ。勿論だとも。ただ、鍛錬が厳しくて、な」
自己都合なのだが、鍛錬を理由にごまかしておいた。
「竜族独特の鍛錬法があり、これが想像以上に厳しい。物理攻撃と魔術攻撃、同時に繰り出す独特の技術があって、だな」
「ヴェル様、ごまかされませんよ」
リリスは笑顔を崩さず、そう言ってきて驚きを隠せなかった。
リリスは、こんな性格だっただろうか。しばらく見ないうちに、何か変わったような。
そんなことを考えながら、この先の事が分からず、ごくりと唾を飲む。
「さあ、続きはベッドの上で致しましょう」
「あ、はい」
否定出来る雰囲気ではなかった。リリスから「凄み」のようなものを感じたのだ。背筋が凍る思いとは将にこのことだろう。
そのやりとりを聞いていたのか、
「私も当然参加しますからね!」
ミリアも大声でこちらに言ってきた。
「あ、ああ。わ、分かっているとも」
「今日は、寝かせませんから」
リリスが笑顔で宣言した通り、俺は本当に一日中、寝れなかった。
否、正確には寝させてもらえなかった、で、あるが。
この日、女はきちんと大切にすること、特に心を優しく包むように大事に扱うことを身を持って思い知ったのであった。
そして同時に。バルバロッサの言葉は正しいことを認識した。
まこと、後悔する事はすべきではない。気づいてからでは遅いのだ。
俺は後悔した、この二人の相手をしなかったことを。
今日と言う日を忘れず、反省し、明日に、未来に活かしていこうと心に誓うのであった。
一日中休まず軋むベッドの上で。




