孝行
リリスに声をかけられ目が覚めた。
ベッドの横で不安そうにしているリリスが一言、部隊に帰らねば、と言うのだ。
それもそうか、と俺は答え、横で寝ているミリアを起こした。
「うぅん、どうしました?」
気だるそうな、まだ眠気のあるミリア。珍しく疲れている様子である。だいぶ激しく抱き合っていたので仕方のないことだが。
「リリスが部隊に戻るそうだ」
するとミリアは満面の笑みを見せ、
「では、これから二人で続きをしましょう」
と言い出した。元気だし、俺としても一向に構わないのだがリリスの前で、はいそうですか、とはとても言えそうになかった。何より気まずい。
「う、うむ。それはいいのだが、飯等も済ませねばなるまい」
と、なんとか誤魔化す。
「それもそうですね」
そう言ってミリアも起き上がってきた。
三人でまずは大浴場に向かい、風呂を済ませた。
と、そこで気になることがあった。
「そういえば俺達の衣服はどうなったんだ?」
「さあ、流石にバスローブ一枚で移動はまずいですよね。お父様に聞けばいいのでしょうけど」
「城内は問題ないのかもしれないが。あまりこの格好でうろつくのもな」
俺達三人はバスローブ一枚で城をうろついている。所々兵士もいて人目にもつくし、問題がないわけでもないか。
と、そんな時。
「おい、お前たち探したぞ」
おじさんだった。いや、今はもう父上か。
「探しておりましたぞ、父上」
「敬語はいいって言ってるだろ」
そう言って軽く拳骨をもらう。
「おじさん、と言うのも問題だろうし父上。俺達の服がないんだが」
すると父上は腕を組みながら、
「服ならお前たちの部屋に持って行っておいた、武器もな。ちょうど入れ替わりだな。しかしお前、一日中ずっと抱き続けてたのか?二人相手に?」
「───え」
「え、も何もねえよ。あれから一日経ってて今昼前だ」
「そ、そうなのか。気付かなかった」
「邪魔しちゃ悪いと思って朝は避けたつもりだったが、なあ」
半ば呆れられたような気がした。そんな苦ではなく、寧ろ愉しかったし、これから続きをしようと考えていたのに。
ひょっとしてやりすぎなのか、けど俺はまだ満足していない。もっと、もっと抱きたい。
まあ、そんなことよりも、だ。
「済んだことは置いておいて。リリスの事なのだが」
「どうした?」
おじさんがリリスの方をちらりと見、こちらを見る。
「結婚の事を副隊長に報告するかどうか、という話になったのだが、どうだろうか。あれから僅かな期間しか経っていないのに結婚を理由に将を降格、となったら問題があるまいか」
「ふむ。まあ、確かに。通常の処遇では降格は免れんか。そこら辺の制度も整えるべきだと思うがな。結婚したからと言ってリリスの能力が落ちたわけでもないのに問題ありと降格と言うのはな」
「父上の力でもそれは無理か」
「無理だな。そこら辺は魔術師部隊の連中の仕事になってくる。現場の声を一切聞かないあの連中だ、きっと論外だろうよ」
「それも、そうか」
それに父上は頷き、
「敵の返り血、味方の血も見ぬままただただ身体だけが大きくなった連中よ、どうしようもなかろうよ。さて、報告だがどうしたものかな。結婚を理由にするのはどうにもまずい気がしてならんな。士気にも影響しよう」
「だろうな、何かいい方法はないだろうか」
と、そこにリリスが間に入る。
「あの、わたくしが将から兵になった所で何の問題があると言うのでしょうか」
その言葉に思わず俺と父上は顔を見合わせた。驚きの表情をしていたし、おそらく俺もそういう表情をしているだろう。
「そりゃ、なあ。まあ、自分自身の事が一番わからないか」
父上が腕を組みながら言う。
「まあ、そうだろうな。リリス、お前は相当な兵に慕われている。下心もあるだろうが、な。憧れの存在とも言える物になっているんだ」
「え、そんな。普通のことをしているだけですよ」
「自身の容姿や動き、そういったことに無頓着、と言うか何というか。まあ、そこがいいところなんだろうけどよ」
そう言って父上は苦笑し、
「そうだな、遊撃隊に移動させよう。結婚を理由に降格させるくらいなら、いっその事部隊を移動したほうがよかろう。わずか二名の遊撃隊が三名に増えるだけだが」
「それは有難いが、どう言い訳するつもりだ」
「副隊長には敢えて報告しておき、そういう運びにする。あれもそう悪い者ではない。話せば分かる、否、分からせる。王の御前で粗相があったとでも言っておくか、適当だがそれっぽいだろう」
そう言って父上はニヤリとした。
「そ、そうか。なら大丈夫、ということで」
「後、しばらくは城でゆっくりしていろ、とこれはバルバロッサの命令だ」
「どういう、ことだ?」
すると父上は苦笑し、
「やはり、自分自身の事が一番分からない、か。親孝行、してやれよ。ファフニルもいるし、バルバロッサもお前と話したがっている。ミリアも城でいい、今村正と一緒に城に滞在してるから修行だな」
するとミリアはとたんに顔色が変わり、
「え、しゅ、修行、ですか?」
と、戸惑いを見せる。
「近頃たるんでるだろ、活を入れてやらんとな。村正が気合を入れて念入りにやると言っていたぞ。あんな元気なあいつを見たのは初めてかもしれんな」
どこか遠くを見ながら父上はそう言い、式場で待つ三人で来い、と言い残し何処かに行ってしまった。
「あああ、お母様が、しかも本気の」
見ればミリアは震えていた。
「ど、どうした」
思わず尋ねていた。
「おかあ、お母様が本気で修行を。これはただでは済みそうにありません。た、確かに近頃は一人で刀を振っていて物足りなさは感じてましたけど、けどそんな元気なお母様相手とか、活を入れると言っていましたけどそのまま死ぬかもしれません」
「いやいや、そんなことはないだろう」
「あなたは本気のお母様を知らないからそんなことが言えるんです。ああ、恐ろしい」
気づけばミリアは俺のことを「あなた」と呼ぶようになっていた。妻としての自覚がそうさせているのかもしれない。
「まあ、先のことを心配しても仕方あるまい。部屋に戻って着替えよう」
「あの」
そこでリリスが一言。
「わたくしも来るように、とのことでしょうけどわたくしは一体何故呼ばれたのでしょう」
その言葉に少し考え、
「分からないな、ただ遊撃隊に入る以上何かあると考えるのが妥当ではないか。さあ、戻ろう」
そうして俺達三人は部屋に帰って準備された服を着る。
リリスとミリアは前もって着てきた正装を。綺麗にされている、と二人共が言っているからきっと洗濯してくれたのだろう。
そして俺は、と言うと。
弓兵の服ではなくなり、何故か黒い服が用意されていた。後は黒の長ズボン。
「これ、将官の服じゃないのか」
「少し違うようですが似ていますね、まあけれど遊撃隊副隊長ですし問題ないのでは」
「そ、そうか」
ミリアにそう言われ何となく納得してしまった俺はその服に袖を通し、着た。立派な布地が使われているらしく、手触り肌触りが良かった。こんな立派な服は着たことがなかった。その着用感に満足する。
「ど、どうだ。似合うか?」
思わず二人に聞いてみる。
「あなた、顔がにやついていますよ。ええ、よく似合っていますよ」
「ヴェル様、かっこ良いです」
二人に褒められ、悪い気は全くしなかった。
「そ、そうか。しかし何の功績もないのに悪い気もするな。まあ、いいか。格好の問題ではないだろう。せっかく準備してくれたものだし」
等と言い訳してみるが、実の所すごく気に入った。前の弓兵の服がどれだけ安っぽいのかと思うほどの差があった。
大きさもぴったりだし動きやすい。何となく偉くなった気もするけど、まあこっちは気のせいだな。服を着替えただけで偉くなれるのなら全員偉そうな服を着るだろう。
となれば。俺は心を新たに気を引き締める必要があるだろう。そう思い気合を入れる。
「さて、全員準備は出来たか。式場に来い、とのことだったな」
「ええ、そのはずです」
ミリアは頷き答え、俺もそれに頷く。
「では、行くか」
そして俺達はそれぞれ武器を持ち、式場に移動した。
式場に入ると、部屋はきちんと掃除されており、前日の惨状が嘘のようだった。机なども納められており、元々大きな広間だったのだと気付かされる。
そしてそこには、バルバロッサ、ジークフリート、そして村正の三人がいた。
バルバロッサは黄金色の鎧に身を包み、黄金の剣を持って待っていた。
父上は普段通りの格好だが、漆黒の大剣を持ち、母上の方は、ミリアと似たような舞いの衣装で刀を持っていた。
「うむ、待っていたぞ。どうだ、子供は出来そうか」
バルバロッサに笑顔で言われ、
「どうだろうか、それは分からないが。まあ、これからも抱き続ければいずれ」
出来る、のではないか、と思ったがミリア、リリス、二人の前で言うことでもない気もした。
「いや、何でもない。それで、何なんだこの物々しい感じは」
「お前達、遊撃隊と言うが練習相手もおらんのだろう。実戦的な訓練も兼ねて、俺が直々に相手してやろうと言うわけだ。ジークフリートはリリス、だったな」
そう言ってリリスの方を見る。それにリリスは頷いていた。
「村正殿にはミリアを、それぞれ鍛えることとなった。昼夜問わずやるつもりだから気合入れていけよ。最初は一対一。最終的には三人同士でやりあう流れだ。戦争は複数でやるから、その難しさも教えねばなるまい」
「ふむ、ところで親父は。親父もいると聞いたが」
「ファフニルならまた別の時間に魔術の方で面倒を見るそうだ。お前達三人のな。特にミリアがみた所魔術に対する防御能力が足りないからそこを補う必要があろう」
その指摘は正しかった。結局ミリアと一度対峙した時、魔術によって決着がつく形になっている。さらにロゼッタとの戦いも見てその判断をしたのだろう。
まあ、あの暗黒剣を回避以外の選択はしようがないと思うが。
と、考えた所で、そうか、と気づくことがあった。
即回避と考えるのは、実は普通ではないのだということだ。通常の魔術師ならば「あれも魔術」と真っ先に魔術妨害を試みるだろう。そう、防御を選択するのだ。
そうせず迷わず回避したミリアを見て、魔術に対する知識に乏しい、若しくは、速度に任せた攻撃重視の戦い方だと見極めたのか。
なるほど、ならば魔術の修練が必要と見るのも妥当か。
「各々別室で行う。訓練所が幾つかあってな。とはいえ魔術の訓練が出来る場所は限られている。ヴェルファリアと俺はそこで特訓だ」
と、言われ疑問に思い、思わず、
「魔術の特訓をするのか」
と聞いていた。
すると、バルバロッサは、何を当たり前な、と言い、
「いいから行くぞ。向こうで説明しよう」
不機嫌そうにそう言い、バルバロッサは部屋を足早に出て行く。
何か悪いことを言ったのだろうか。
「悪い、よく分からないが王の機嫌を損ねたようだ。行ってくる」
二人にそう言うと、俺は急いでバルバロッサに付き添い、無言に案内されるままに訓練部屋に移動し、部屋に入るなり扉を厳重に閉められた。
「何故そんな厳重に」
「魔力が漏れると大変なことになるからだ。お前に教えるのは、ロゼッタのような暗黒剣の雷版だ。雷竜の技、お前に全て教えよう」
「それで、か」
「うむ、お前は確かに竜の力に目覚めた。圧倒的に強い、だがその力、使いこなせねば宝の持ち腐れと言うやつよ」
「有難い話ではあるが、大丈夫なのか」
「何が、だ」
「王よ、貴方の身体が、だ」
バルバロッサは一度病で倒れたと聞いている、しかも全身血だらけで戦ったとも。故あって戦えなかったのではないのか、と引っかかる所があったのだ。
「まだ父とは呼んではもらえんか。どう、だろうな。心配してくれるのは有難いが、今はお前が大事だ」
「いや、貴方が倒れては魔族軍は」
崩壊するのでは、と言いかけた所で、
「良い、俺がいなくとも大丈夫なよう組織は動いている。だからジークフリートも深くは関わってはいまい。俺達がいなくとも動くようにしてあるのだ。未熟な組織だと、愚かな組織だと分かっていても敢えて口出しせず彼らに任せているのはそのためだ」
俺は何も言えなかった。次代の事を考えて、人材を育成するとはとてつもなく大変なことなのだと気付かされた。
「偉大な者の跡を継ぐ、と言うのは思った以上に大変なのだな。それは貴方の事もだが、その他の人間や魔族にとっても」
するとバルバロッサは苦笑し、
「俺達が偉大かどうかはさておき。そうだな、ついてこれる者はそうはいない。まして次代を担う人財ともなるとな。人を材料としてみる人材ならいくらでもいよう。が、財産ともなる人財はそうはおらん。そういう者は金より、何よりも大事なことを覚えておけ。そして、今はお前達三人がその財産と成り得る者だということを忘れるな」
そういう意味も込めて技を伝えるのだ、バルバロッサはそう言い終えた。
それと同時に俺は何の躊躇いもなく持っている槍を構えた。
「おこがましいと言われても構わない、貴方の全てを受け継ごう」
するとバルバロッサは獰猛な笑みを浮かべ、
「そうこなくては。良い決意だ。心地良い剣圧を感じる、殺意でも何でもない熱い魂を、お前から」
そう言い、バルバロッサも剣を両手に持ち構えた。
熱い、そう思った。目の前に居る男はまごうことなき王だと感じる威圧感、それと同時に感じる温もりに似たものを感じた。
本当に殺意も、悪意もない。透き通った感情で向き合ってきているのだと、心地よさすら感じた。
「良い、互い、この気持ちを高めながら最初は往くとしようか」
「はっ。よろしく、お願い致します」
身体が勝手に頭を下げていた。それは邪な気持ちなどない、尊敬に似た感情がそうさせた。
そして同時に、静かに槍を構える。
厳しい鍛錬が始まろうとしていた。




