結婚(結末)
何故義兄弟なのか、と問われても困った。
「何故と言われても、これしかないと思ったからで」
するとバルバロッサが不満そうな顔をしながら、
「いや、お前達はあれだろ。男と女なのだから結婚すりゃいいじゃないか。俺達は男同士だったからそうしただけで」
「確かにそうだが、結婚とは普通一人の相手とするものではないのか」
「俺はこうして何人もの女と結婚しているが。竜族はとにかく生殖能力が低いということは伝えたな。本当に出来ないんだぞ」
「そう、なのか」
「お前達、義兄弟と言うからには覚悟を持って兄弟となろうとしたわけだ。俺達はいい、全員納得しているし、何より男同士だから気楽なものだ。この関係で困ったことはない。だがお前達はどうだ、お前が兄でその下が女、しかも姉妹。成り立つのか、この関係。俺は長続きする気がしない」
「それは」
やってみなければわからない、そう言おうとすると、
「やってみなくても分かるさ。女同士だろ、いずれ諍いが起こる」
バルバロッサは暗にロゼッタの事を言っているようだった。俺は何も答えられなかった。
自信がなかったのだ、ミリアとリリスが今後どうしていくのか、と。
「お待ちください」
リリスだった。
「なんだ、娘よ」
それと共にバルバロッサから圧力、のようなものを感じた。剣圧とはまた違った圧力。
「わたくしも女、勿論ヴェル様に愛されたいと言う気持ちはあります。しかしそれ以上にわたくしはヴェル様を守りたい」
「お主が、ヴェルファリアを、か。何故そこまで、とは尋ねるまい。あるのだろう、信念が。だが、守れるか」
「守って見せます、わたくしだけでなく、ミリアと共に。そしてミリアも」
しばしの無言。バルバロッサは何かを考えているようだった。
そうして出た結論は、
「良い、分かった。だが、義兄弟は待て、それは許さぬ」
「何故でございますか」
リリスが食い下がった。
「お主とミリア、二人の姉妹関係は認めよう。好ましい関係だろうと思う。しかしヴェルファリアとお主との関係は認めぬ」
「わたくしが、必要ない、と」
リリスの声は震えていた。
「早とちりするでない、娘よ。聞けばお主もヴェルファリアを愛しているというではないか。その事に嘘偽りはないな?」
「は、ありません」
リリスがその言葉に頭を下げる。
「死が二人を分かつまで、愛することをここに誓えるか」
「誓います」
「ならば口付けを」
と言われた所で、俺が止めに入る。
「ちょっと待て、どういうことだ」
「どういうことも何も、問題あるまい。お前もこの娘に好意があるのだろう?俺はそう思っているのだが」
「好意、好意、か。いや、しかしミリアがいる前でそれは」
どうなんだ、と言おうとした所で、
「構わんだろう、本当に姉妹の関係が成り立つ程の仲ならな」
そう言ってバルバロッサは笑みを浮かべる。
その笑みを見た瞬間に俺は理解した。
試されている、俺だけでなくリリスとミリアが、この場で。
ここでもし俺がリリスを拒絶すれば、ならばどうして兄弟の契など結ぼうとしたのかと言われる。その程度の気持ちで家族になろうとしたのかと。
だから俺にリリスを拒絶することは許されない。
かと言って、ここでミリアがリリスと俺との関係を快く思わずここで何か言えばそれはそれで詰む。やはりバルバロッサはその程度の気持ちで姉妹の関係になろうとしたのか。ほら、言わないことではない。早いか遅いかの違いで男の取り合いになる、ともすれば独占したくなるのが女だと、おそらく言うのだろう。
どちらにしても分が悪い。
もはやこの話の主導権はバルバロッサにあった。
その事にすら気づけなければ、やはりこの関係はなかったことになるだろう。
それどころか二人は将を降格されるかもしれない。この程度のことすら気づけなければ、俺なら即刻降格処分しているに違いないからだ。
俺がそう思うことだ、向こうは当然そう考えているだろう。
この話、受けるしかない。そう思い口を開こうとすると
「どうしたのですか、姉さん。早く誓いの口付けをなさらねば」
その声をする方を見る。
ミリアが笑顔でそう言っていた。そのミリアと目が合う。
瞬間、俺は頷いていた。ミリアも小さく頷き返してきた所を見ると、おそらく気づいている。
ここは手早く済ませるべきだ。話ならば後でも出来よう。
リリス、済まない、そう思いながらリリスの前に静かに出て、
俺からリリスに口付けをした。
そしてバルバロッサの方を睨み、
「これで問題あるまい。誓いの口付けも交わした。この女もまた、俺の妻とすることをお許し願いたい」
俺の言葉を待っていたのか、バルバロッサは獰猛な笑みを浮かべ、
「良い、許可しよう。今日より、その娘とミリアは姉妹関係に。そして同時にヴェルファリアの妻とする。夫たるヴェルファリアよ、二人を守れよ」
「はっ、命に替えましても」
その言葉に頭を下げた。
これでいい、これで無難に話を纏めた方が良い。
「して娘よ、名は何という?」
しかしリリスはその言葉に返事をしていなかった。ただぼうっと立っているだけである。
「おい、リリスどうした」
小さく声をかけると、リリスははっと気づいたのか、
「え、あ。わたくし、リリスと申します。リリス・ティルファング」
その名を聞いてバルバロッサの顔が歪んだ。なんとも言えない表情である。
「───は、ティル、ファング?」
何かまずいことを言ったのだろうか。バルバロッサの表情が凍ったように思えた。
「いやあ、お久しぶりですなバルバロッサ」
リリスの父、ティルファングである。その声のする方をバルバロッサが見、げっ、と声を上げて引いていた。
見ていて面白いが、どういうことだ。
「なんで、お前がここにいるんだよ」
「ファフニル殿に呼ばれて。私がいては何か問題でもありましたかな。ああ、一部始終全て見ておりましたぞ、貴方も相変わらずタチが悪い」
「何のことだ?」
あくまでとぼけるバルバロッサにティルファングは苦笑し、
「まあ、いいでしょう。そこにいるリリスは私の娘です。出来た娘です、母に似て。私に似ず真っ直ぐな所が問題かもしれませんが」
「それは何よりだな。お前のように曲がった性根ならそこの娘と息子の結婚は破談だった」
「褒め言葉と受け取っておきましょう」
「良い、ところで元気にしていたのか?音沙汰がなかったようだが」
「おとなしくしておりましたよ」
「お前が、か。そうか、変わったな」
「貴方様程ではありませぬよ。それよりも本日の儀、誠めでたきことだと思います。どうか娘の事、よろしくお願いします」
「分かった、分かったからそう殺気立つな」
殺気?殺気など出ていたか?
「貴方様が息子様の事を大切に思うように、いえそれ以上に私も娘を大事にしております。何かあれば、分かっておりますな」
「勝手に死ぬ分には責任は取れんぞ、それ以外は委細承知した」
「有難うございます、では私は下がります」
「うむ」
どうやら二人は知り合いのようだった。まあ、それはそうか。親父と繋がりがあったし、バルバロッサの話をしてくれたのは他でもないリリスの父なのだ。知り合いであってもおかしくはない。
「リリス、と言ったな。お前の父は、どんな父だ」
「はい、尊敬出来る父だと思っております」
そのリリスの言葉に何か思う所があったのか、バルバロッサは優しく微笑み、
「そうか、良い父を持ったようだな」
「有難うございます」
「良い、うむ。本日は僥倖であるな。俺の息子は二人も良き女と結ばれたようだ。お前達、末永く幸せに暮らせよ」
「はっ」
その王の言葉に、俺だけでなくリリスとミリアも答えていた。
そしてそこからは自由行動となった。
それぞれが今日と言う日を祝い、楽しんでいるようだった。
俺も一人ご馳走を食べながら周りを見ている。
「わはは、ジーク!おい、飲み比べしようぜ」
「バルバロッサ、歳を考えろよ」
「負けるのが怖いんだな」
「酒持って来い!」
そのおじさんの言葉に、ミリアが酒を運んでいた。そしてミリアも一緒に飲みに参加しているようだった。
あちらはあちらで楽しそうに騒いでいた。あんな楽しそうなおじさんは、そう滅多に見られないのが少し寂しかった。
俺達といて、楽しくないわけではない。だが、心の通じ合った仲、というわけでもないと言外に言われているようで。
また別の所を見ると、リリスが居り、リリスとティルファングが一緒にお酒を飲んでいるようだった。リリスがぺこぺこと頭を下げている所を見ると、さっきのことで感謝を伝えていることが伺えた。
俺も親父と話をするか、と探すと親父は母と何やら話をし、部屋を出て行こうとしていた。
俺は足早に母の方に向かい、話を聞いてみた。
母はどこか寂しそうな顔をしながら、
「父さん?少し外に出る、と言って出て行ったけれど」
「何か、あったな?」
「いいえ、何も。何も、なかったわよ」
「そうか、親父に聞いてくる」
待ちなさい、と言う母の言葉を振りきって俺は式場を後にし親父を探した。
親父は、部屋を出てすぐ傍の階段を上に上がろうとしていた。
「親父」
その親父に声をかける。
「どうした?今日の主賓がこんな所で」
「親父と、話がしたくてな。何処に行く?」
「一人酒を飲みに。騒がしい所では飲めぬよ」
「付きあおう」
「一人で飲みたい、と言ったはずだが」
「酒も持たずに、か」
そしてしばしの静寂。その静寂を破ったのは親父の溜息だった。
「分かった、来い」
それに無言で頷き親父についていった。
そうして城の屋上に来て、外を眺める。
「良い眺めだろう。唯一私がバルバロッサに付いてきてよかったと思う瞬間だ」
親父が腕を組みながら外を見ていた。確かに、こんな高さから外を眺めることなど出来そうにない。
見ればあちこちに松明が灯され、夜の警備をしているようだった。明るい時に見ればまた違った風景が見れるのかもしれない。
「本日は、良き日となったな。思わぬ事もあったが。ティルファング殿の娘とは」
「知り合いのようだが、あれは?」
「バルバロッサとティルファング殿は仲がそれほど良くはなかった。悪くもなかったが。衝突がとにかく多かった。人間を滅ぼすべきとしたティルファング殿と、そうではなかったバルバロッサとは」
「リリスの父が人間を滅ぼすべきだと?」
どうにも想像ができなかった。逆ならありうると思ったが。
「今ティルファング殿が人間の文化等を研究しているのは罪滅ぼしのため、と本人は言っていた。昔はああ見えて破壊の限りを尽くす破壊神とも言われたのだがな。敵対するものを皆殺しにし、全てを壊して回ったのがティルファング殿だ。恐怖によってしかこの世界は一つに出来ぬと考えていたそうだ」
「そんなことが」
「勿論、そんなことはあの娘には言えまい?が、お前には伝えておこうと思ってな。竜族は、それだけ恐ろしい力を持っているのだ。戦闘力が低いと言われている夜竜でさえこれだけの能力を発揮する」
その親父の言葉を黙って聞く。
「その間を取り持ったのが私とジークフリートだ。全員を殺して回って、結果的に何も残らなければこの大陸に何の意味があるのかと。だが実際は恐れていたのだ。人間を皆殺しにしたら次は残った魔族が皆殺しにされると」
「親父」
「何度となく考えたさ。ジークフリートには竜族を斬る竜殺しの剣がある。魔族で最強と言われた男で勇者だ。その気になれば殺せると。人間が全滅する前に竜族を一匹ずつ確実に殺す方を考えた」
親父は、魔族の代表であると聞いた。だからこそこの発想に至ったのだろう。
「だが、バルバロッサに賭けてみたいとも思った。人間と魔族の間を取り持つと言った男を。この大陸を一つにし、平和にすると奴は言った。理想論だと思ったし、ティルファング殿もそう言った。だが、最後はティルファング殿も納得したようだった。人間にも良き所があり、それを滅ぼそうとするのは竜族の傲慢だと気づいたのだろう。それからは、ああして丸くなってしまわれた」
そう一人呟くように言い、一人微笑む親父。
「娘が出来てからかもしれんなあ。ティルファング殿が変わったのも。新たな命の誕生に驚きを隠せなかったようだった。そして向こうにも家族もいることを思えば、出来れば殺すより生かすべきだとそう変わった。そうか、あの娘が。何の運命かな」
珍しく親父が感傷的だった。常に冷静さを忘れてない親父が、己の感情を吐露することは滅多になかったのだ。
「親父も、変わったな」
「そう、か。そうかもしれんな。私も今日で一つ大きな仕事を終えたのだ。エルグランド様との偽りの関係も、今日で終わりだとさっき伝えてきた」
親父が珍しく感情的だったのはこのためだったか。
「お前は気づいたか。エルグランド様が何故白いドレスを着ていたか。本来なら今日第五王妃としてバルバロッサと結婚式を一緒に執り行う予定だったのだ」
「そんな」
「が、お前達の突拍子もない話で有耶無耶になってしまった。だから私から告げてきたのだよ」
「何故」
「母さん、いや。エルグランド様は何か仰っていたか」
もはや他人なのか、親父は母のことを他人行儀で呼ぶようになってしまった。
「何も。何も、なかったと言っていた」
「そう、か。何もなかったか。それでよかったのかもしれぬ。私との間には確かに何もなかった」
その物言いに俺は腹が立った。
「何もないわけがないだろう。確かにあったはずだ、二人の間に愛は。でなければ一つの部屋で仲良く話すら出来るわけがないはずだ」
「息子、と言ってもお前ともそういう関係ではないが。だが今は息子と言わせて欲しい」
「何を弱気な。これからも息子と呼べばいいじゃないか。別に俺は変わらん。俺は親父を親父と呼び続けるぞ」
「分かっていた、最初からいずれこうなることは。だが、やはり。辛い、辛いな。私はまた孤独になってしまった」
俺がバルバロッサの息子と発覚したからこそこうなってしまった。もしそうでなければこうはならなかったはずだ。
俺は幸せになった、のかもしれない。だが、親父は。
一人、最初からただ一人で戦ってきたのかもしれない。見えない何かと。それを人は運命とも呼ぶものかもしれないが。
思えば最初から犠牲のない策ではなかった。
母の存在を、俺の存在を隠すには、他でもない親父が犠牲になるしかなかったのだ。しかも言い出したのは親父。最初から自分の人生を歩むつもりはなかったのかもしれない。
「話を聞いていれば、一人自分勝手に。そう全て上手く行くと思わないことよ」
後ろから聞き覚えのある声がした。見れば、母がいた。
親父の方を見ると、親父も驚きを隠せないようだった。
「エル、グランド様」
たった、と親父の方に母は近づき、思い切り親父の頬を引っ叩いた。
「どうして貴方はそう不器用なの。バルバロッサは最初から結婚式等行うつもりはなかった。そのつもりがあればヴェル達の後に話をしたはずだわ。バルバロッサは分かっているのよ、私の心が何処にあるのか」
「一体何を」
親父がそう呟くのと同時だった。母が親父に口付けをした。
「今、私が愛しているのは貴方よ、ファフニル」
「エル、グランドさ、ま」
その親父の口を止めるように母が人差し指を押し当て、
「様は不要だと最初に言ったはずよね」
その二人の様子を見て、俺は思わず溜息が出た。
「熱いな、邪魔しては悪い。俺は退散するよ」
苦笑しながら俺はそう言って式場に戻る。
「おい、待て。話はまだ」
後ろから親父の声が聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。
幸せになれよ、今度こそ。
そう思いながら階段を降りるのであった。
そうして式場に戻ると、
嗚呼、戻るんじゃなかったと後悔するのに時間はかからなかった。
ご馳走は食い散らかされ、散々な状態に。バルバロッサとおじさんは腕を組みながら部屋の隅っこで寝ている。ロゼッタ達も疲れ果てているのか、先ほどバルバロッサがいた所で眠りこけていた。
───そして
「ろこに、いってたんですかヴェル」
「そうれす。お待ちしておりましたよヴェル様」
呂律が回っていないミリアとリリスが俺を出迎えてくれた。
「待ってたら、お酒がなくなって。ヴェルのまで、飲んで、しまいましたあ!」
ミリアがふらふらしながら嬉しそうに抱きつき俺に報告してくる。どれだけ飲んでいるんだ、これは。酒臭いなんて物ではない、酒そのものの匂いがした。
「もう、ミリアったら。置いとけと言ったでしょう!こら!」
リリスも同じくらいに酒の匂いをさせていた。匂いだけでこちらがふらふらする程だ。
その二人を見て、頭が痛くなった。何故かこの二人を見て苛立った俺がいた。
同時に、今日と言う日に俺は学んだ。
周囲が意識を失う程酒を飲んでいたら、自分も飲んでいないと損であるという事を。
とりあえず面倒なので、リリスとミリアは殴って気絶させ、俺は式場を後にした。
そして一人になれる所にまで来て一人思う。
こんな幸せな日が続けば良い、と。
だが同時にこうも思う。
幸せとは、長く続かないから幸せなのだと。




