結婚(後編)
リアルではお酒は二十歳になってから。
この世界では平均寿命が短いため、また戦で若者から死んでいくのでお酒が禁止されていません。そもそも酒の法整備すらされていません。
部屋を出て、式場に向かう。式場の入り口に、先程はいなかった男がいた。バルバロッサである。
「バルバロッサ、さん。本日はご参加有難うございます」
「ヴェルファリア、そういう他人行儀はよせ。寂しかろう」
バルバロッサは何とも言えない表情でそう言ってきた。
「済まない、何と言えばいいのか分からない。父、と呼べばいいのだろうか」
「それで良い、ただ俺のことを父と呼んでくれればそれで」
「父、さん」
自分で言って違和感があった。が、しかし慣れなければならない。
おじさんは、これから義父と呼べる存在となる。だから父上と呼ぶことに抵抗はない。
親父は、今まで育ててくれてきた事もあって、やっぱり親父は親父だった。
けれど、バルバロッサは。彼は違う。確かに俺の実の父だ。だが別に育ててくれたわけでもない、この長い空白期間と言うものはなかなか埋まらないのであった。
「突然は厳しいか」
「ああ、それに」
「それに、どうした」
解決すべき問題は幾つもあるように思えてならなかった。例えば、
「いや、俺が貴方の息子だと言うことは公言すべきではないと思う。身内のみの秘密、という事にするべきではないだろうか」
「何故だ」
「貴方は王だ、権力もある。だが俺は違う。ただの一兵に過ぎない。それが突然次代の王は俺だ、となってみろ。とたんに魔族軍は混乱に陥ることは想像に難くない。それはそうだ、権力も経験も何もない人間が次代の王だと誰が認めようか。そういう意味でも俺と貴方は親子の関係であって、そうではないことにしたほうが良いのではないだろうか、と」
「よく考えているな、しかしこの結婚式では言うがな」
「まあ、俺なりにも考える」
「欲がないな、お前は」
「あるさ、ある。だが、それは貴方にぽんと与えられるのではなく、自らの力で切り開いて行きたいだけなんだと、子供の意地や我儘と思われてもいい、けれどそう思うんだ」
するとバルバロッサは気分良さそうに笑い、
「昔を思い出すな。俺もまた、最初は一兵に過ぎなかった。王でもなんでもなかった。否、今も俺は自身を王等と思ったことはない。公言は、出来ないがな」
「確かに富や権力は結果的に得ただろう、歪んではいるが一つの組織も作り上げたつもりだ。が、この組織はそう長くは続かない。それはお前も承知の上だと思う」
「王よ、貴方がそれを言うか」
「俺は、政、と言うものに関して才がなかった。後の人々は俺を暗君と呼ぶやもしれぬな」
「そのようなことは。事実、魔族軍と言う立派な組織を作り上げ、アルカディア大陸を一つに」
したのではないか、と思っているとバルバロッサは無言で首を振った。
「いや、一つにしていたら各地で反乱等起きるまい。事実起きているのだから、不平不満があるんだ、現状では限界に来ている。歪が起きているのだよ。そんな世を確かにお前に与える、というのは酷な話かもしれぬ」
そう言ってバルバロッサは続ける。
「学舎でどう学んだのかは知らぬ。俺のことを褒め称えていたのかな。だが、実際はそう偉大な者ではないよ俺は。お前の前だから言うことだが。もし今の世が平和と呼べるなら、それは戦場で散って行った敵、味方問わず彼らが命を賭けて戦ったからで、生き残ってしまった俺達がその命を踏み台に築いたものだ。失いすぎた、その償いをしているようなものだ」
何故か、その物言いに熱くなるものがあった。これは、一言で言うなら怒り、なのだと思う。
「王よ、それは違う。貴方を信じてここまで来た人間や魔族が多くいたはずだ。貴方が見た夢を、希望を信じた者の命で築いたのは事実だろう。だが、それは償いではない。それは、王よ。償いではなく使命ではないか」
「ヴェルファリア、お前は、本当に。俺以上に立派になった。いや、ファフニルのおかげか」
最後の一言はどこか寂しそうだった。
「そうだ、俺は親父の背中を見て育った。ここまで立派になれたのは親父のおかげでそれ以上でもそれ以下でもない」
「はは、そこら辺は俺似なのだな。謙遜することはない。自信と誇りを持て。現にお前が言ったではないか、俺の姿を見て命を賭けた者達がいたと。きっといつか、お前の姿を見て夢や希望を見る者が現れる。そんな時、自信と誇りがなければ誰もついてはこないぞ。いかんな、久しぶりに会う息子の前では俺も弱いらしい」
「いや、貴方は強い。これからもどうか健やかであって欲しいと願う」
「俺もだよ、息子よ。どうか俺達より先に死ぬことのないよう、武運を祈る」
その最後の一言で、バルバロッサは俺に王を譲ることを諦めたように思った。あくまで次代は次代で切り開くべし、と割り切ったようだった。
そうだ、それでいい。俺は王という器にはない。経験がないからだ。もし次代の王と言うならファフニルやジークフリートと言った名だたる知将、武将がいるわけで。俺がなるべきものではあるまい。
バルバロッサは父ではなく王、一国の王なのだ。だから親子の縁もあってないようなものだと俺は思い生きていかなくては。それも、今日の結婚式で一言言っておくべきことなのだろうな。
そう思いながらバルバロッサと式場に入ると式場の人々から拍手で迎えられた。気恥ずかしく顔が赤くなるのを感じた。
だが、不思議と緊張はしなかった。
傍には既にミリアがおり、静かに俺の横につき腕を絡めてくる。
ドレスの裾を片方摘みながら俺達は前に移動した。そして最前列にある席につく。
「本日は集まってもらい有難く思う。俺は、知っての通りだろうがバルバロッサ、魔族の王である。その王自らが進行させて頂きたい」
その一言にどよめきが起こる。だが、そのどよめきはすぐに収まった。
「と、堅苦しい挨拶はここまでにして、俺達流の結婚式を始めたいと思う」
俺達、流。その一言に何か嫌な予感がした。
「今宵結婚するのは、俺の息子ヴェルファリア、そしてジークフリートが娘、ミリア。二人共立てい!」
その一言に慌てて立つ。
「生とは、楽しいことばかりではない。辛いこと、苦しいことの方が圧倒的に多い。それでもなお、お前達は二人共に歩み、乗り越えることをここに誓え。承諾ならば誓いの口づけを交わすのだ」
言われるまま、俺は側にいるミリアに軽く口付けをした。
「死が二人を分かつまで、お前達が健やかな人生を歩めることをここに祈る。では、各々机の上にある盃を持ち、今日と言う日を祝いつつ乾杯!」
「乾杯」
全員がそう言い、おそらく酒だろう、それを一気に飲む。
俺達の前にもそれらしき物があるので一気に飲んだ。やはり酒だった。辛い、と思った。
「皆はご馳走を食べながら聞いて欲しい。まずは俺からの言葉だ。これは命令ではなく、バルバロッサという男の願いだ。ヴェルファリアは、確かに俺の息子だが次代の王ではない。王としての権利はある、だがそれを行使しようとはしていない。あくまで自らの道は自らで切り開くと言った。それを俺は見守りたいと思う。だから、皆もまた彼を次代の王として見ず、ヴェルファリアという一人の男として見てやって欲しい。あくまで俺の願いだ」
その王の言葉に、誰もが聞き入っていた。ご馳走等食べてはいなかった。
「だが、俺の息子なのだ。どうか、皆可愛がってやってほしいのも正直な願いだ」
そう言ってバルバロッサが頭を下げた。王が、頭を下げた。
「おい、よしてくれ王よ」
思わず立ち上がり言っていた。バルバロッサが頭を上げこちらを見てくる。
「確かに貴方は父だ、しかし俺とは違い貴方は王。王が下々に、しかも俺なんかのために頭を下げるとは何たることだ」
そこでどよめきが起きた。
「よっ、いいぞ、もっとやれ!」
おじさんだった。
「と、言うようにこのような愚直な息子だ、すぐに頭に血が上るあたり、俺そっくりだろう」
バルバロッサがそう言うと周囲の人々から、将に、と声が聞こえてきた。
そして拍手が巻き起こる。
「なんだ、一体どうなってるんだ」
「お前という男を皆が認識したのだろう。俺はお前を次代の王とは言わない。だが、周囲はどう言うだろうな。王に意見出来るのは、お前くらいなものだぞ」
バルバロッサはいやらしい笑みを浮かべると下がっていった。
しまった、やられた。つい勢い余ってやらかした、そう思った時には遅かった。
下がったバルバロッサが、次ジークフリート!、と叫び、そして机の上の酒を飲む。その王にロゼッタに、第三王妃、第四王妃が囲って酒を酌していていた。
そしておじさんが出てくる。いや、もう父上か。
「ジークフリートだ。知っての通り武骨者で、それ以外の生き方を知らない男だ。その男にも息子が出来、嬉しく思う。特にこのヴェルファリア、骨のある男だ。きっと俺の娘を幸せにしてくれるに違いない。戦に死はつきものだ、何が起こるかも分からない。だが、生きている限りは精一杯生き、二人で乗り越えて欲しいと思う。それとわしのことは父上と気兼ねなく呼んでほしい」
「がっはっは、いいな。いいぞ、ジークフリート、お前も丸くなったな。昔なら戦の神、とか武の神、とか言ってたろそこは」
「おい、それは言うなよ!」
バルバロッサとおじさんが何やら言い合っている。
「ま、まあ昔は武神や戦神、軍神、等と言われてきたが今は武の道ではなく普通の男として人生を歩もうとしている。だが、息子と娘の危機とあれば必ずわしはまた戦場に立つだろう」
知らなかった、おじさんがそんな風に呼ばれていたなんて。
「じゃあ、次な。ファフニル、知将ファフニル!」
そう言ってバルバロッサはまた酒を呑む。
「おいおい、飲み過ぎではないか。それと知将はよせ」
親父が苦笑しながらこっちにやってきて、全員に言う。
「これの教育係をしていたファフニルだ。常に実戦を意識させ訓練はさせてきた。とりわけ魔術の才は私をも凌駕する。そこはバルバロッサの才を引いたのかもしれない。だが、それにおごることなくこれからも精進して欲しいのが私の願いである」
そう言って親父は引っ込んだ。
「ヴェルファリアよ」
突然声をかけられた。バルバロッサだった。
「赤雷帝バルバロッサの息子であり、武神ジークフリートの息子であり、そして知将ファフニルの息子でもあることを誇りに思え、そして忘れるな。お前と俺達は常に共にある」
「は、はっ!」
思わず頭を下げていた。
「良い、それでは一つお前からも何か言え」
「は、では」
「ここに集まっている方々は他でもない、私の身内とも呼べる人達だ。その身内に証人になって頂きたい!」
「証人?」
そのバルバロッサの疑問に無言で頷く。
「私は決めました。ここにいるミリア、そしてリリス。ちょっと前に出てきて欲しい」
そう言ってミリアとリリスを前に呼ぶ。見ればリリスもウェディングドレスを着ていた。
二人が俺の両側に立つ。
「この二人と今日より義兄弟の誓いを交わそうと思う。俺を兄として、そしてリリスを姉とし、ミリアを妹とする義兄弟の誓いだ。どうかその証人になって頂きたい!」
「話が突然過ぎるぞ、どうなってる」
バルバロッサだった。周囲からもどよめきが起きる。
「ミリアと出会う前、リリスとは主従の誓いを立てており、死ぬ時は共に、と誓った身なのです。ミリアと私が結婚した後もこの誓いを命を賭け守りたい、リリスはそう言うので、なれば今一度新たな主従関係、否。兄弟という関係を作り、三人死ぬ時は一緒と誓い合ったのです」
「それで義兄弟、か。がっはっは!」
バルバロッサが笑う。
「笑わないで頂きたい。私は友や仲間、と言うことでリリスと付きあおうとした。しかし!魔族軍の実態はどうだ、リリスは将、俺は単なる一兵と言うことで結婚式に参加して欲しいと伝えただけで一笑に付された事もあった!勿論全員が全員と言うわけではないだろうが、とても悔しかった。友とは、仲間とはそんな軽々しいものなのだろうか。この場で言うべきことではないことは分かる、しかし聞いて欲しい。俺は折角出来た友や仲間を笑われるのは嫌だ。その関係を笑う資格が誰にあろうか」
「そして考えたのが義兄弟だ、友や仲間、という物ではなく家族であれば笑われることもない、たかが兵や将と言う括りでどうこう言われるものでもないだろう。そう考えた次第だ」
「ふむ、つまり要約するとこうか。女性の将の事は聞いている、そしてお前は兵。会うだけでも相当に苦労し、いや直接は会えなかったのか。誰かに取り次がせたが、お前は単なる一兵卒で、将と会うことまかり通らぬ、と言われたというあたりか。それどころか笑われたとはな」
落ちたな、バルバロッサは盃を手で回しながらポツリと呟いた。
「義兄弟、か。俺達も実はそうなんだよ。ジークフリートにファフニル。ここにいる二人はな。三人死ぬ時は共に、と誓い合った仲だ。言われた事があった、友や仲間がなんだ、と。危機の時もあった、その時の兵士の言葉が今でも忘れられない。バルバロッサよ、二人をおいて逃げましょう。かわりはいくらでもいます、とな」
俺はそれを無言で聞いていた。
「俺はその兵士を即斬り捨てた。そして二人の危機に駆けつけた次第だ。あれが最後の戦いだった。人間の勇者と呼ばれた男と、魔王と呼ばれた俺との最後の戦い、だった」
バルバロッサはそこまで話し、酒を飲むと立ち上がり、続きを話す。
「その時の勇者の言葉も忘れられない。魔王よ、俺に大地の半分を差し出せば許してもいい、仲間になってやる、と」
「はあ?」
「勇者の癖に欲深い男だった。どうして大地の半分なんだろうな。そして俺は言った。利点もなく、犠牲となった者も多くいる。その中俺とお前だけが助かってどうするつもりだ。もうそういう状況じゃないことくらい分からぬか、と。勇者は言う、本来は魔王の言葉なのだぞ。大地の半分をやるから仲間になれというのは、と。だが、別に危機を共に乗り越えたわけでもない、わけの分からぬ男を何故仲間にせねばならぬ、そう思うと頭に来た」
「勇者は強かった、人間なのに魔術も達者だった。だが、最後は俺が勝った。全身血だらけだったがな。確かにジークフリートだけでもファフニルだけでも敵わない相手だった。全員でかかればよかったが、まだ一騎打ちの時代だったからな。名折れになると思って一騎打ちしたのがまずかった」
「そして勇者を打ち倒した後、ふと斬り捨てた兵士の言葉を思い出した。二人を置いて逃げましょう、と言う選択、確かに出来たと。だが、変わりはおらんよ、そうだろうヴェルファリア。この二人に変わる男が、他にいるか?」
俺は無言で首を振った。
「そうだ、他の者にとっては二人は単なる便利な道具に過ぎなかったのかもしれぬ。だが、俺にとってこの二人は大地を、覇を示すこと以上に必要だった。彼らのいない世界に何の興味もなかったのだからな。最初は一人で取れると思って大地に立った。しかしこの大地は思った以上に広く、敵も手ごわかった。そもそもこの二人も元は敵だったしな」
「そうだった、のか」
「うむ、最初から仲良しこよしと言うわけではない。今でも仲が良いとは思わんがな。まあ、その一件で俺は思ったんだよ、友や仲間とは周りからすればすぐにも切り捨てられる存在なのだな、と。だが俺にとってはかけがえのない宝物だった、それだけだ。だからその宝を守るために俺達は兄弟と、家族となったのだ。家族ならば助けに行くのに理由も説明もいるまい。お前が義兄弟等と言い出したのもそこだろう」
そう指摘され、頷くしかなかった。
「良い。だが俺達は最初上手くいかなかった。誰が兄で、誰が弟だと喧嘩もした。結局俺が一番強くて勝ったんだがな。懐かしいな。おい、二人共出てこい、久しぶりにあれやろうあれ」
「え、あれか?」
「やれやれ、私は嫌なのだが」
そう言われ、おじさんと親父が出てくる。
そしてバルバロッサを中心に、手を掲げ、
「俺が勝ち、俺が兄に、ファフニルを第一の弟に、ジークフリートを第二の弟にと決め。俺達はこう手を掲げ誓った。死が俺達を分かつまで、俺達は兄弟だ」
すると、親父が、
「三人が命を賭け、命を守る。互いに命を守ればそれは大陸最強の盾となろう!」
そしておじさんが、
「そして戦う時は命惜しまず。死す時は同じ時。互いの覚悟が最強の剣となるだろう」
「最強の剣と盾を持った、我らを止めること、誰にも出来ず。生きる時、死ぬ時全てを分かちあおう」
「今こそ義兄弟の誓いを!」
三人がそう言うと周囲から拍手が巻き起こった。
これ、何かあるたびにやってたろう、と心の中で思った。
「おい、これ久しぶりにやったら感情が高まってきた。飲もうぜ、ジークフリート酒だ酒」
「お前はあれだ、王妃達に酌してもらってるだろうが。何故わしがやらねばならん」
「やれやれ・・・。私は席に戻るぞ」
何つれないこといってんだよ、とバルバロッサが親父に言っている。
「いや、だからちょっと待て。私達、いや。もういいだろう。俺達の義兄弟の誓いをだな」
「あー、そうだった。ところで俺は思うんだがな」
バルバロッサが酒を片手にこちらに投げかけるように言う。
「皆の疑問を代表して敢えて言わせてもらおう。何故、義兄弟の誓いなんだ!」




