結婚(中編)
部屋の隅、一人取り残された俺はどうしようかと思っていると、
「ヴェル、おめでとう」
と、声をかけられた。よく聞き知った声だった。
「───母さん、来ていた、のか」
驚いた。何故ここに来ているのか、そう思っていると、
「ロゼッタ王妃のおかげで。あの方が私を呼ぶように、と仰られたそうよ」
ロゼッタが、か。長い年月を経て、心の整理もついたのかもしれない。
否、後悔、しているのかもしれない。第一子を殺すことがなければバルバロッサにきっと愛してもらえただろう。しかし今はどうだ、愛想を尽かされている、というのが実情ではないのだろうか。
もしここで俺や母を殺せば勿論バルバロッサはロゼッタをただで済ますつもりはないだろう。
そう考えれば、ロゼッタが取った行動も頷けた。母を呼び許した、と言うことでもう一度バルバロッサに愛して貰えるようになるかもしれなかった。
「あの方も、複雑でしょうね」
「母さんこそ、大変だったろう。色々と迷惑をかけた」
「いいえ、私はお父さんがいたから」
「そうか、ならいいのだが」
「そんなことより本当におめでとう、幸せになるのよ」
「ああ、有難う。俺が幸せになるかは分からない。だが、ミリアは幸せにしてやらねば、な」
すると、母は、こら、と苦笑しながら言い、
「貴方も幸せでないと、きっとミリアさんも不幸になると思うわ」
「よく分からないが、そうか。幸せとは難しいものだな」
「時間をかけて考えることよ、そういうのは。だから、幸せになりなさい、と言ったの。長い時間をかけて、ね」
それに無言で頷いた。
「他の方々にもご挨拶に回りなさい、バルバロッサも来るだろうし」
「分かった、ではまた後で」
そう言って部屋にいる人達に話しかけて回った。
リリスのお母さんに、親父。おじさんに、そして・・・
「初めまして、本日はお越し頂き有難うございます」
顔の右側を包帯で巻いた女性に声をかけた。髪の毛は黒く、瞳も黒。包帯さえしていなければ美人な人に違いなかった。服は、見たこともない服を着ていた。ドレスではないことは確かだろうが。
「これはご丁寧に。ミリアの母、村正でございます。顔は醜く爛れているので見せられません。本日はどうしても、という事でしたので来たのですが、すぐに退散する予定ですのでどうかお構いなく」
「いえ、折角の式ですしそう仰らず」
と言った所でおじさんが後ろからやってきて、ちょっと来いと言われた。言われるままおじさんの方に行く。
ミリアの母から離れ、話を聞く。
「済まないな。どうしても、とわしが連れてきたんだ。顔は鍛冶をしている最中に大火傷を昔に負ったものだ。とてもじゃないが、確かに人に見せれる代物ではない。そして彼女はその事に劣等感を抱いているのは確かで、とにかく人に見られたくないらしい。が、ミリアの晴れ舞台、どうしても見せてやりたくてな」
「それは、そうだろうな」
そう言った所で、ふと。思いつくことがあった。
「おじさん、おじさんに色々教えてもらっているし恩返しがしたい。ちょっと人がいない別室に村正さんを連れてきてほしい」
するとおじさんは怪訝そうな顔をし、何をするつもりだ、と言ってきた。
「何、その火傷案外治せるかもしれないと思ってな。ほら、母さん譲りの癒しの力がある」
するとおじさんは腕を組み少し考える。そして、
「よしたほうがいいと思うんだよな、それ。人すら生き返らせるとか言うあれだろ。魔術とは、長所もあれば短所もある。そんな強力な魔術なんだ、きっと短所もある気がするんだよな。例えば自分の命を削って使うとか」
「母さんに聞いてみるか」
おじさんの心配ももっともだった。何かあるかもしれない。この際聞いてみるか。
というわけで母さんに話を聞いてみた。
「うーん、それは魔術の代償と言うことかしら。特に聞いたことはないわねえ。ないんじゃないかしら。ああ、そうね。あるとしたら寿命で死んだ人間は蘇らせることは出来ないくらいかしら。病気と怪我なら大丈夫だけど。どうしても寿命は延ばせないみたいね。後病気と怪我で死んだ人間も日が経ったりしていると無理ね。後怪我の度合いにもよる。例えば首のない死体とか、そんなのは蘇らせれない。首があれば案外繋がるかもしれないけれど試したことはないわね。手の切断が治せるから治せるかもしれないけど。まあ、そう万能な魔術というわけでもないのよ、これ」
「じゃあ聞くんだが、かなり時間の経った火傷、なんてのは治せるか?」
「火傷、なら治るんじゃないかしら。どうしたの?」
「ミリアのお母さんが顔を見せられない程酷い火傷らしい。今も包帯をして目立たないように部屋にいるようで忍びなくて。ミリアのお父さんの方にもお世話になっているから出来れば治してやりたい」
「ジークフリートさんね、そうねえ。けれど一人ではどうしても時間がかかるわよ」
「俺も手伝う」
「そう、ならそうしてもらおうかしら」
母を連れ、おじさんと話をし、おじさんに村正さんを別室に連れて行ってもらった。だいぶごねていたようだが、なんとか説得したらしい。
そして別室に四人。村正さんを椅子に座らせて三人が囲ってる形となる。
「おやめ下さい、この火傷は治りませぬ、治りませぬ!」
村正さんが暴れる。それをおじさんが力づくで押さえつける。
「これでは埒があかんな、仕方ない」
俺は掌に雷の魔力を込め、村正さんの額に手を当て、動くなと魔力を込め命じる。
すると村正さんが動きを止め、動かなくなった。
「しばらくおとなしくしてもらうことにした。おじさんは離れていてくれ」
おじさんは無言で頷き、離れる。
そして母さんと俺は羽を展開し、全身に魔力を込める。
そして包帯を外すと、なるほど。確かに酷く爛れた火傷が出てきた。
「ヴェル、じゃあ行くわよ」
「分かった、俺は右側から。母さんは左から治療を」
そう言って治療を開始する。しばらくすると火傷が治り出し綺麗な皮膚が再生される。
「これは、いけるな」
思わず呟いていた。さらに魔力を込め治療を行う。
一体どれだけの時間がかかったのか、火傷は完全に治った。
そして思う。ミリアは母親似なのだと。とても美人だった。
「治りましたよ、村正さん」
しかしピクリとも動かない。
「ああ、しまった。動くなと命じてあった」
慌てて掌に雷の魔術妨害を込め村正さんの額に当てる。
「酷いことをされます。治った等と嘘でしょう!」
「いや、治ってるぜ村正」
おじさんだった。腕を組んでそう言っている。
「痒み等ないだろう。もう虫が湧くこともないだろう、良かったな」
「虫?」
「ああ、火傷にたかるようにウジ虫が湧いてたんだがそれもきっとなくなるだろう、有難うな」
「いや、良かった。これで結婚に気兼ねなく出席を」
と言った所で目眩がした。どうやらこの魔術はとても魔力を使う物らしい。
「よく頑張ったわね、ヴェル。まともに使うのは初めてだったようね。相当の魔力を使うわ。少し休みなさい」
「すまない、そうさせてもらう」
そう言って俺は部屋の隅に座り、休むことにした。
「本当に、本当に治っているのかしら」
そう言って村正さんは先程火傷があった部分をぺたぺたと触り、
「ない、爛れてない。本当に治ってる。ああ、なんと感謝すればいいのか」
「村正、薬草を持ってきてやれ。あいつ魔力を相当使ってるらしい」
「ああ、はい。分かりました。この御恩はきっと忘れませぬ」
そう言って村正さんは部屋を出て行った。
おじさんがこちらに近寄ってきて、
「すまんなあ、あいつとも色々あったけど、本当に治って良かった。包帯を替えるたびにあいつは私のような醜い女と何故結婚されたのですか、と尋ねられて結構寂しい思い、してたんだよな。別にそんなこと気にしてねえのに。俺があいつに惚れたのはそこじゃないっていつも言うんだが信じては貰えなかったな」
「ファフニルを通じて私に言ってもらえば良かったものを」
母がそう言うが、おじさんは首を振る。
「そうは参りません。貴方様に何かあってはわしらが困ります」
「母さん、思ったんだが治療の魔術で魔力は回復出来ないのか?」
「無理ね、そこまで便利ではないと言ったはずよ」
やっぱり駄目か。出来たらはじめからやっていた、か。
「まあ、もうしばらく休むことね。それでは、私は式場に戻ります」
そう言って羽を納め、母は部屋を出て行った。
「あの方にも感謝しきれんのう」
「おじさんも式場に戻ってくれ。俺はしばらく横になる。少しでも魔力を回復したい」
「おお、そうか。こんなめでたい日に、すまないな」
「こんなめでたい日だからこそ皆笑顔であって欲しいんだよ、俺は」
そこで視界が揺らいだ。
とにかく少し眠れば魔力は回復する・・・少しだけ。
そこで俺の意識はなくなった。
次に気づいた時、俺はまだ部屋の隅にいた。誰かが膝枕をしてくれているようだった。
「お気づきになられましたか?」
「ミリア、か」
「いいえ、村正でございます」
くすり、と人差し指を唇に当て微笑む村正さん。
ああ、これは本当にミリアは母親似なのだな。
「すいません、寝ぼけていて間違えました。すぐに起き上がりますので」
「いいえ、もうしばらくじっとしていて下さい。それと薬草を煎じて持って参りました。飲んで下さい」
「ああ、これは何から何まですいません。有難うございます」
そう言って手渡された水筒を持ち、ごくり、と飲む。身体中に染み渡って美味しかった。
「味付けがミリアそっくり、いや。ミリア以上に美味い」
「私があれに教えましたから。一朝一夕で超えられては困ります」
「ふふ」
思わず声を出して微笑んでいた。
「え、何か?」
村正さんが首を傾げる。
「いえ、貴方の娘さんに似たようなことを言われまして。訓練でどうしてもミリアに勝てず、全ての攻撃を弾かれまして。俺には才がない、と言うと一朝一夕でどうこうなるものではない、と言われましたよ」
「そうでございましたか」
どこか村正さんは嬉しそうにそう言った。そうしてこう続けた。
「あれに刀だけでなく弓や槍、馬術といったものを教えたのも私でございます。二人目なのですが、一人目は生まれると共にすぐ死んでしまったので、ミリアは実質初めての娘だったのです。ですから大切に育てたつもりです」
「素晴らしい娘さん、だと思います。俺に過ぎた女だと思っています」
「そう言って頂けると。しかし、貴方様も十分ご立派だと思います。こうして火傷も治して頂きました」
「それはたまたま、出来たからしただけのことで」
「そうでしょうか。例え出来ても他人のためにそこまで出来る者は、そうはいないと私は思います」
「そうですか?当然のことをしたまでだと思いますが」
「もしその力があるとして、多くの者は私利私欲に走るでしょう。それだけの力が、奇跡があるならば多くの人々を救い導くことも出来るはずです」
その言葉に少し考える。そうだろうか、と。
「いや、それは違います。確かに人を救うことはできるかもしれません。けれど導くことは出来ないでしょう。救うことと導くことは違う、と俺は思います」
「似て非なるもの、なれど多くの者にとってはそれは同じ物なのです。そのことをお忘れなきよう」
「分かりました、そのことしかと胸に刻んでおきましょう」
「事実、私も貴方に何か言われればお断り出来ないでしょう。人の心とはかくも弱き物なのです。いえ、大恩を感じるという意味では、人間らしき感情とも言えるでしょうが」
「そうですか、ならば早速お願いしましょうか。今日は楽しんで帰って下さい」
「あら、まあ。それはお断り出来ませんね」
くすり、と村正さんは微笑んだ。本当にミリアに似ている、と思った。
「まあ、けれど貴方が長く苦しんでいた物を取り除けたことは僥倖と言えるでしょう。本当に良かったと思います」
「憑き物が落ちた、とは将にこの事でしょう。本当に人前に出たくなかったですし、時に自分の娘の美貌ですら羨ましく思うこともあった。顔だけでなく心も醜かったのかもしれませぬ。あれにもきつく当たることもありました」
「それを、素直に言って謝れば良いではありませんか。きっとミリアは許す、も何も感謝すると思います」
「そう、ならば良いのですが。けれど、自分でも驚く程です。こうも素直に人前で喋れるとは」
「よほど嬉しかったのではありませんか。これで鍛冶にも力が入るでしょう」
「ええ、そうですね。よりいっそうに精進出来ると思います。新たな気持ちで武器と向き合うことが出来そうです」
「何よりです」
と、話しているとばたん、と扉が開いた。そこには白く美しいドレスを着たミリアがいた。
そしてミリアは無言でスカートを摘みながらこちらに近寄って来るなり、
「お母様、顔が治ったとお聞きしました。ヴェル、有難うございます」
「いや、俺よりも母さんに言って欲しい。俺は大したことはしていない」
「いいえ、お母様はずっと悩み苦しんできました。それを一瞬で解決されるとは流石です」
「流石、と言われてもな。出来ることをしただけのことだ。それよりもお母さんと積もる話もあるだろう。俺は行こう」
そう言って立ち上がろうとすると、村正さんに押さえられた。華奢な体つきをしているのに何処にこんな力があるのか。
「すいません、離してもらえませんか」
「いいえ、まだもうしばらくお休み下さい」
「あ、お母様!駄目です、ヴェルから離れて下さい。膝枕なら私がします」
「くすくす、いいえ。駄目です、私がしたいのです。いいでしょう、今日からこの方の母となるのですから。息子に優しくするのは当然の務め」
「とか何とか適当なことを言っても騙されませんよ。惚れたのでしょう、惚れたのですね?いけません!」
「あらあら、この子はそういう根拠のないことを言って。そういう決め付けは良くないと教えなかったかしら」
「決めつけて等いません、これは冷静な判断です!」
そんな不毛なやり取りを数分続けた所で、おじさんがやってきて
「おいおい、何をしてるんだ。そろそろ時間だぞ」
二人を止める形となった。
村正さんとミリアを先に部屋から出させ、おじさんに
「本当に仲がいいんだな、あの二人は」
そう言うと、おじさんは少し考える仕草を見せ、
「ああ。それと本当に有難うな。あんな明るい村正を見たのは久しぶりな気がする。いいことばかりでは、なかったからな」
いいことばかりではなかった、それはただの一言だが、とても重い一言に聞こえた。
「お前もいつか分かる日が。いや、分からなくていいことだと思うが、辛い時や苦しい時、いいことばかりではない時が来る。そう言う時が男の真価が問われる時だとわしは思う。そしてきっとお前なら乗り越えてくれるともな」
「根拠が、ないが」
「信じる、ということは根拠ってのはないんだ。意味もない。はじまりに意味があるか、根拠があるか?そういうことだ。意味や根拠ってのは、全て終わり、終焉にあるんだよ」
まだ難しいかの、おじさんはそう言って部屋を出て行った。
「───ああ、難しいよ」
そのおじさんの背中に投げかけるように、そう呟いていた。
だが、それを考えていくのが人生、という物なのかもしれない。




