結婚(前編)
それから三人で少し話をし解散。幕舎に戻って睡眠を取ろうとしたが、あまりに寝過ぎていて夜は眠れなかった。こっそりと抜けだそうとしたが横で寝ているミリアが俺の腕にしがみついて放さなかったので身動きが取れなかった。
あまりにやることがないのでこっそりと影を飛ばして周辺を巡回させ、異常がないか探らせたが敵は来なかったようだ。
もはや同じ魔族軍にあって本来味方であるはずの他部隊を「敵」と認識している辺りどうなのだろうな、と暗闇の中思う。
そうして気づけば朝。まだ薄暗い早朝に、ミリアは起きた。
「いけませんね、今回は目を瞑っておきましたけど次はありませんよ」
起きるなりミリアが耳元で囁いてきた。
「何の、ことだ?」
「影の魔術、使いましたね。やめてください、といったはずです」
「起きて、いたのか?」
「寝ていました、けれど気配を感じて起きました」
正直驚いた。影の魔術をここまで見破り、かつ寝ていても気配を感じ取る芸当まで。出来るものなのか、とも思ったが出来るのだろう。事実ミリアはそう言っており、俺も事実使っていたのだから。
「そうか、すまない」
「まあ、いいでしょう。私は訓練してきますからヴェルはまだ寝ていていいですよ」
「いや、隊長が起きて俺が寝ているというわけにもいかんだろう。俺も槍を振る」
ミリアは、そうですか、と一言言ってベッドから降り傍にある刀を取った。そして静かに外に出た。
俺もそれに倣って立て掛けていた黄金の槍を取り外に出る。
ミリアの訓練の邪魔にならないよう離れて一人練習することにした。
おそらく漠然とした突きの練習は意味が無い。一撃一撃を大事に突き穿つようにしなければ。そう思い一心不乱に槍を振る。突き、薙ぎ、頭の上で回し振り下ろす。
ふう、と一息つきミリアの方を見ると、そこにミリアはいなかった。もう戻ったのか、こっちはもう少し続きをやろうとした瞬間、
「気に入りませんね」
足元からミリアの声がして驚いた。
「うお、なんで」
なんで下にいるんだ。見ればミリアはしゃがみ、頬杖をつきながらこちらを見上げていた。何故か目が据わっている。
「一人で練習するのも悪くはないですけれど、折角二人でいるのですから一緒に訓練しようとは思わないのですか」
ミリアは普段より声を低くしながらそう言う。
「い、いや。邪魔になると思ってだな」
「なりません、寧ろ一人より効率はいいでしょう」
「そ、そうか。分かった、ならば一つ手合わせを頼む」
後悔、とはきっとこういう時するのかもしれない。
その後、ミリアと何度も手合わせしたものの槍は全て弾かれ、首筋一歩手前で刀を止められるという状況を繰り返して文字通り死ぬような思いをした。
やはり、魔術なしでミリアに勝つことは不可能だと改めて悟らされただけだった。
「俺は、やはり才能がないらしいな」
槍を空中に叩き上げられ、それを合図に手合わせを辞めた時にぽつりと、俺はそう言っていた。
勿論訓練だ、ミリアを突き殺すような真似をするわけにはいかないから寸止めしようとはする。が、そういうのは論外だと、全て突き返されるか槍を繰り出す前に槍を止められるか、それだけだった。
途中からはそんな手抜きを考えなくなった。しかし、一度として槍はミリアを掠めることすらなかった。
すると、ミリアは苦笑しながら、
「一朝一夕でどうこうなるものでも、出来るものでもありません。踏んできた場数が違います」
と、そんなことを言われた。場数、か。
「ミリアに実戦経験があるとは思わなかったな」
「いいえ、実戦経験はありませんが、幼少の頃から真剣で訓練してきたのです。ですから、命のやり取りの場数が違うのだと思います」
ミリアはそう言いながら、歌うように続ける。いや、きっとこれは詩、なのだろう。
「挫けたい時 諦めたい時が 何度となくあった 流した涙は数え切れない
それを耐え 乗り越えていて 気づけば山の頂きにいた
そこから眺める景色は それは美しい川が流れていた
涙はきっと川となって いずれ全てを優しく流していく物なのでしょう」
「それも何処かの国の詩なのか?」
俺の言葉にミリアは首を横に振って、
「即興で作った私だけの詩です」
「なるほど、お前の生き様が少し分かる詩だな。詩とは面白いな、人の気持ちを表に出せる技法じゃないか」
「どうでしょう、実は詩が面白いと感じたことはありません。やらされていたからやっていたという感覚が強いでしょう。幾つもの国の詩を習うにつれ、覚えたことは虚しさだけだった気がします」
ミリアは遠くを見ながらそんなことを言った。
「そんなことはないだろう。事実、俺は今の詩でも相当に心打たれたが」
「虚しい、ですよ。だってどの詩も似たような詩しか歌われていません。国が滅ぶ詩、人が争う詩、そして前に聞かせた士気高揚の歌にしても命が全て消えています。基本的に滅亡する歌ばかりなのです」
そんなミリアの言葉を聞いて、俺は自分でも意外なほどすんなりとミリアという女性を受け入れていた。一言で言えば、ミリアは優しい女性なのだ。
きっと、この乱世において優しすぎる女なのだと俺は思った。
「なら、ならば」
「え」
「俺が変えてみせる、武もない、何もないこの俺でも 少なくとも お前の見る景色は きっと変えてみせる」
すると、ミリアはくすりと笑った。
「何ですか、それは。今の詩の返し詩、みたいな物でしょうか。面白い、と言うより初めて聞きましたけど無理じゃないですか」
「何故悲しい詩ばかりが歌われているのか、お前は考えたことがあるか?」
ミリアはきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「俺は今考えた。きっと、この世はそういう世の中なのだろう。なんてつまらない世の中だろうと俺は瞬間思った。お互いに絶望を歌い、そんな心を慰めあって耐え忍んで生活しているわけだ。そんな絶望の広がるこの世なら、いっそ滅んでしまえとすら思う」
「否、いっその事滅ぼしてしまおう。絶望の広がるこの世を。そして作る、希望の広がる世を、国を。そしてミリア、お前は俺の傍で希望の詩を歌え。お前の詩歌はそこからきっと始まる」
「いや、始めよう。俺達の希望の詩歌を」
「はい」
ミリアは、静かに涙を流しながら、そう答えてくれた。俺はそんなミリアをそっと抱き寄せた。
しばらくミリアを抱き、やはり小さい女の子なんだなと言うことを改めて実感する。とても華奢で、力を込めれば身体がちぎれてしまいそうなほどだ。
同時に温もりも感じた。この温もりをいつまでも感じたい、そう思っていると、
「もう、大丈夫です」
と、押しのけられるようにミリアは離れた。それが少し寂しかった。
「希望の、詩、ですか」
ミリアが呟くように言う。そして、くすりと微笑み、
「ヴェル、貴方は面白い方ですね。ひょっとすると馬鹿なのかもしれません」
「なんだと」
「だってそうでしょう、きっと世の人は馬鹿にしますよ貴方の事を。今蔓延っているのは圧倒的多数な絶望。その中希望を歌った所できっと笑われる。少数派は切り捨てられるのが世の常だと言います」
その言葉に、俺は思わず鼻で笑ってこう答えていた。
「くだらんな、少数派と言うなら既にして少数派。魔族軍に在って隊は結成されたが二名。この状況を笑わずにおられようか。いや、寧ろ笑おう、笑いながら切り抜けるぞこの状況」
「ヴェル、何か変わりましたね」
「もしそうならミリア、お前のおかげだろう。お前の詩のおかげで俺は変わった。きっと些細な事なんだろう、人が変わるというものは」
すると、ミリアは首を振り、
「きっと、ヴェルが本来持っている心なんだと思います。何処までもついていきましょう、貴方のような馬鹿についていける人はそうはいませんよ」
そう言われて悪い気はしなかった。寧ろ身体が熱くなる。嗚呼、熱い。
この熱をどこにぶつければいいのか分からない。だがぶつけたいこの衝動。
「俺は散々馬鹿にされてきたからな。無知、無能、無学だったか。ならば見せてやろうではないか、見せつけてやる。無の力をな」
「なんですかそれは。無力、ということですか?」
「いや違う。無知、無能、無学と言われたが、無力と言われたことはない。無から何かを生み出す力、だな。あれ、略せば無力じゃないか」
「本当に、面白いお方。貴方と居ると人生退屈せずに済みそうです」
ミリアは意地の悪い笑みを浮かべ、くすりと微笑んだ。
「俺もお前と居ると退屈せずに済みそうだ」
そんなことを言い合っていると、遠くから魔力を感じた。
「誰か来る」
「この気配はお父様ですね」
こちらは魔術による魔力探知をしているのに、ミリアは気配で分かるのか。しかもこの距離で。なるほど、本当に巡回する必要はないのかもしれない。
待っていると、本当におじさんだった。遠くから手を振り、そして走ってこっちにやって来るなりこう言った。
「おうおう、二人共早いな。今日は結婚式だが、昼から城でやるんだとさ。リリスの方にも声はかけておいた。わしは先に城に行って準備してるからお前達も後でこいよ」
「そうか、いよいよ、か」
「わしも楽しみだのう。父上って呼べよ」
おじさんが、にしし、と笑いながら腕を組み言う。
「分かりました、父上」
「まだ気が早いわい。式がまだだろ、式が。ではな」
コツン、と軽く拳骨を食らわせるだけ食らわせておいておじさんはお城の方に行ったようだった。
「慌ただしいな、朝飯くらい一緒に食べても良かったろうに」
「そう仰らないで下さい。きっと式の準備で忙しいんですよ」
「それも、そうか」
そこまで気が回らなかった。俺達のためにやってくれてるんだよな。
それからいつもの薬草スープを飲み、朝食を終え、昼までミリアと訓練するかと話し合っていると、今度はリリスが幕舎にやってきた。いつもの黒のフリルドレスだった。埃一つついていない辺り綺麗にしてきたに違いない。
ちなみに、こちらもミリアが気配で言い当てたから驚きだ。武とは凄い、と素直にそう思う。
「隊の方は副隊長に任せてあります。彼なら大丈夫でしょう」
「そうだろうな、しかし嫌な顔されたろう?」
リリスが俺達を安心させるために言った言葉だったのだろうが、やはり気がかりだったので聞いてみた。
「いいえ、大切な方の結婚式に行ってくると言いましたけどそんなことは。寧ろ嬉しそうでした」
「嬉しそう?」
何故そうなるのかよく分からなかった。まあ、大したことはないだろう。
「まあ、喜んで送り出してくれたならいいが。あ、薬草スープ飲むか?」
「いいえ、朝食を食べてきたので」
「そうか」
「そんながっかりした顔をされないで下さい」
そんな顔をしたつもりはなかったのだが、そう見えたのか。
「そんなことより今日の結婚式です。ここを空けることになるので貴重品、と言っても私は村正くらいで、ヴェルは槍ですか」
「そうだな。念の為、そうだな。武器の手入れ用の道具等は風呂の方にもっていって隠しておこう。あそこは見つかるまい」
そうして幾つかの道具は風呂場付近に置いておいた。万が一何かあっても大丈夫なように。慎重過ぎるかもしれない、けれど何が起こるか分からない以上慎重であるべきだろう。
道具を移動させている間に、リリスが、
「お二人が武器を持って行くならわたくしも」
と言って一度槍を取りに帰った。別にリリスはそこは心配する必要なさそうなのだが、まあいいか。やることもなさそうだったし。
そんなこんなであっという間に昼前になった。
誰ともなく、そろそろ城に行くべきだ、と言い三人で城に向かった。
さあ、いよいよ結婚式だ。
俺にとって過ぎたる女、ミリア。
その女と結婚することに緊張を覚えた。
今朝は思わず「俺の傍で歌え」なんてことを言った気がするが、よく考えなくてもミリアは出来過ぎた女。
そのミリアは俺に対し「超えればいい」と言い、俺は「必要性を感じない」と一度拒絶している。
が。
今は違う。
どちらが上だとか下だとかではない。
どちらが超えるとか、そういう事ではないのだ。それは重要じゃない。
一緒にこれからを乗り超えるんだ。この結婚式は、そのための儀式なのだ。
そう思いながら、城の扉を開けてもらい城に入る。
入ってしばらく行くと、そこにはおじさんと親父がいた。
「来たか、そろそろだと思って待っていた」
おじさんが腕を組みながら言う。
「いや、ジークフリートはこう言っているが二時間前くらいからここで待っている。付き合わされるこっちの身になってほしい」
親父が不機嫌そうにそう言い、俺は思わず苦笑した。
何、そろそろ時間だろうと言ったのはお前だ、いやお前だ、とおじさんと親父が言い合っている。
そんな二人に、いや。今まで育ててくれた親父に、俺は、
「親父、俺、結婚するからな」
気づけばそう言っていた。
「分かっている、さあ行こう。バルバロッサも待っている」
「ああ」
ミリアとリリスを横に連れながら俺はおじさんと親父の後に付いていった。
そして式場に使う部屋の前に来て、
「そういえば、なんでお前達武器を持ってきたんだ」
親父に聞かれ、
「何があるかわからないからな。盗まれでもしたら困るだろう」
そう答えておいた。
「ジークフリートから話は聞いている。まあ、ないこともないか。式場に入ったら立て掛けておけよ」
それに無言で頷いた。
そして式場に入ると、見たこともないようなご馳走が並んでいて立食出来るようになっていた。
親父に言われたとおり、部屋の隅に武器を置き、ミリアとリリスもそれに倣う。
「来たわね、ヴェル」
「ロゼッタ、と呼んでもいいのか?」
ロゼッタだった。ドレスは前と違い真紅のドレスである。相変わらず綺羅びやかである。ちなみにあの情事以降、俺達は「ヴェル」「ロゼッタ」と呼ぶ仲になっていた。
「勿論、いいわよ。ただバルバロッサの前ではやめてね。嫉妬してくれたら嬉しいのだけれどしてくれなかったら私が惨めになるじゃない」
ロゼッタは相変わらずロゼッタだった。まあ、元気そうということで。後独り身ではないのに独り身のような立ち位置なのだな、と再確認させられた気がして心が少し痛んだ。
「そういうことではなくて、ミリア貴方こっちに来なさい。着替えをするわよ」
「え、あ、はい」
最後の「はい」は語尾が上がっていたからきっと疑問だったのだろう。俺も疑問だった。
「着替えとはどういうことだ」
「それは結婚式の衣装はウェディングドレスでしょう。純白のドレスを着せるのよ」
「ほう」
知らなかった。ミリアのドレス姿か、それは楽しみだ。きっと似合うに違いない。
言われるままミリアはロゼッタに連れて行かれた。ミリアが気後れし引っ張られる姿等そうは見れまい。
「いいですね、ウェディングドレスかあ」
そんな二人を見送りながら、横にいるリリスが呟く。
その言葉に俺は首を傾げた。
「うーん、そうか?リリスも綺麗なドレスを着ているじゃないか。よく似合っていると思うぞ」
「それは嬉しいのですけど、やっぱり一度は着てみたいものです」
「そういう、ものか」
よく分からなかった。同じドレスではないのか。何か違うのだろうか。
まあ、きっと何か違うのだろう。
「そういう、ものです」
「そうか」
いつか着れるといいな、と言いそうになってしまった。もし言っていたら殴られていたかもしれない。
───と
「リリィ、来ていたのかい?」
「え」
ティルファングだった。リリスの父である。リリスが驚きの声をあげるのも無理は無い。
「来ておられたのですか?」
俺が問いかけると、
「ファフニル殿に呼ばれまして。しかりリリィも来ているとは。ふむ、リリィも着てみるかい?ウェディングドレス」
「い、いいのですか!」
リリスがとても元気よく声を出す。そんなに嬉しいことなのか。
「お父さんが頼んであげよう。勿論選んであげようね。ではいこう」
そう言ってリリスの父とリリスは式場から出て行った。
そうして俺は、部屋の隅で一人取り残されてしまった。
「あの方は自分でドレスを選びたいだけじゃないのか、後見たいだけとか」
動機は不純そうだった。
が、俺も見てみたいのも事実だった。そのあたり、あの方とは気が合いそうだった。




