前夜
朝は風呂に入り、そしてすぐ幕舎に戻り一眠りした。
起きて周囲を見渡すと、ミリアが幕舎の端で刀を抜き、刀の手入れを入念にしているようだった。
「起きたのですか?」
ミリアはこちらを少し振り返り、そう言った。それに、ああ、と答える。
ミリアは苦笑しながら、もう夜ですよ、と優しく言われた。
「何、もう夜なのか。起こしてくれれば良いものを」
するとミリアは無言で首を振り、そうして、
「あんなに疲れている人をどうして起こせましょうか」
と、答えるのみであった。
「すまない、足を引っ張ってしまって」
「別にそうは思っていません。ヴェル、むしろやりすぎです」
ミリアが語気を強めながらそう言ってきた。
どうにも話が噛み合わない気がしたので話を変えることにした。
「寝汗をかいてしまった、風呂に行ってくる」
そう言ってベッドから立つ。特にふらつきもなく、体力、魔力共に万全な状態になったようだった。
もう大丈夫なのですか、と問われたが大丈夫と答え、一人風呂に行くことにした。
「私も行きます」
ミリアにそう言われたが、首を振り、
「刀の手入れの途中だろう。入念にしているようだが、どうした?」
「いつ敵が来ても良いように準備をしているのです。昼は大丈夫だったようですね。気配も感じませんでした。念の為に巡回もしたのですが」
それに、そうか、と一安心し答えた。
「とにかく風呂に行ってくる」
いってらっしゃい、そう言われ着替えを取り、一人風呂に行った。
風呂を火の魔術で沸かし、衣服を脱ぎ風呂にはいる。
そうして一人考える。
明日が結婚式か、と。特に段取りも聞いていない、しかも堂々としていろと言うだけだった。それで大丈夫か、と思うがきっと大丈夫なのだろうな。
と言うのも、式とは言うが呼ぶ者は限られている。おそらく数人で行う小さなものになるだろう。
母は、来れないかもしれないな。そう思いため息が出た。事後報告になるが仕方あるまい。
そんなことを漠然と考え、次に思い浮かんだのがリリスのことだった。
いや、正確にはリリスの副隊長とのやり取りだが。
彼は俺達に言った。
「リリスは将、友に構う暇はない」と。
それは、そうなのかもしれない。納得は出来る。
だが、それが何とも寂しくも感じた。それは俺の我儘だろうが。
同時に、こう落ち着いて考えてみると怒りもこみあげてきた。
あくまでそれはあの副隊長の考えであり、用件を伝えることくらいは出来たはずだ。リリスがそう言うならまだしも、彼が判断するべきことなのだろうか。
彼にとっては「たかが友」
けれど、俺にとっては「大切な友」
何故か、侮辱された気が今更してやるせない気持ちになった。
ようやく出来た他人との繋がりを、「たかが兵や将」と言うことで一笑に付された。
そんなにもつまらないことなのだろうか、友とは。人との繋がりは、そんなに軽々しい物なのだろうか。
などと今更考えてみても仕方のないことか。
そもそも自分で言ったではないか、しかも繰り返し「仕方ない」と。
そんな取り留めもないことを考えていてふと。魔力を感じた。ミリアだろうか。
そう思っていると、
「失礼します、ヴェル様まだ入っておられますか?」
リリスの声だった。一瞬心臓がどきりとした。勿論期待と喜びで、だ。
「ああ、入っている」
自分の気持ちを隠すように落ち着いて答えた、つもりだ。
「ではわたくしも」
そう言ってリリスも衣服を脱いで入ってきた。傍に近寄ってきてくっついてきた。
「くっつかれても困るな」
そうは言いながら今は少し嬉しい俺であった。
少し前は当たり前のように一緒に風呂に入り、一緒に色々なことを話した。
しかし、その当たり前が突然失われたこの喪失感は言葉に尽くせないのが正直な気持ちだった。
そう、その喪失感を感じたくないが故に、俺は色々と、取り留めもないことを考えていたのだと、リリスと改めて対面することで感じた。
しかし、何故ここにリリスが、と思っていると、
「ミリアが昼に来たのです」
「え」
俺が寝ている間にミリアがリリスに話をしていたようだった。
「詳しい話はヴェル様から聞くように、と言われました」
リリスはそう言うとさらにくっついて、俺の手にしがみついてきた。しかも少し震えている。
おそらく、分かっているのだろう。気づけば俺も震えていた。
「結婚が決まった。ミリアとの」
「そう、ですか」
リリスの顔は、見れなかった。一体どういう顔をして話せばいいのか分からなかった。
「明日結婚式をするので来て欲しい」
そうして、しばらくの間。
どれくらいの時間が経っただろうか。あまりに返事がないのでリリスが心配になり顔を見る。
リリスは、無表情だった。何処を見ているのか分からなかった。
「聞いている、か?」
「あ、え。はい」
「分かった、無理して来なくてもいい。だが、お前から一言、欲しい。俺の我儘だろうが」
すると、リリスは少し躊躇いながらもこう言った。
「わたくしを、忘れないで下さい」
「忘れるものか。お前は、大切な友だ」
「友ですか?それは、嫌です」
「何故だ?」
「愛されたいわけではない、というのは嘘になります。けれど、わたくしとヴェル様は主従の誓いを立てた身ではありませんか。なれば死ぬ時も一緒と、わたくしは決めているのです」
その言葉に正直驚きを隠せなかった。リリスは、あの主従関係をそこまで大切に、大事に思っていたのかと思い知らされた。
「何故だ、何故そこまで」
「わたくしにとって初めて出来た繋がりだから、ではいけませんか。それが駄目でしたら信頼出来る関係になれたからでは」
「良いも悪いもない。そういう絆が俺も大事だと考えていた所だ。だが、俺はお前を愛してはやれん。ミリアも主従関係と言って納得するのか分からない」
「説明しましょう、ミリアもそこまで分からぬ人間ではありません。彼女もきっと理解してくれます」
「分かった、説明してみよう。言うだけ言ってみよう」
どこまで上手く説明出来るのかは分からなかった。ただ、俺はやはり。優柔不断と言われても良い、リリスも大事な人だった。
二人して風呂から上がり、衣服を着るとミリアがいる幕舎に向かった。
ミリアは分かっていたのか、おじさんの幕舎に行こうと言い言われるまま移動した。
そうして一つの机を囲んで三人で話を始めた。
「すまない、本題と外れるのだがミリアは一体リリスに何と言ったんだ?いや、それ以前にあの副隊長をどうしたんだ?」
するとミリアは微笑みながら、
「押し通りました。安心して下さい、峰打ちです」
「峰打ち?」
「要は殺してはいない、気絶させただけという所ですね。大丈夫、多分何が起こったかすら分かってませんから。誰にも見られてもいません」
さらりと、ミリアはそう言ってのけた。
「そ、そうか。それでリリスと話をしたわけだな。しかし何故話をしたんだ?勿論有難いことではあったが」
するとミリアは微笑みながら、
「ヴェル、貴方はいいと言ったけれどきちんと話しておくべきこともあります」
と、言った所でリリスが、
「あの、うちの副隊長が何か?」
と言われ、思わずミリアと顔を見合わせた。やはりというべきか、リリスは俺達が来たことを知らないようだった。
「昨日の昼に実は二番隊に行ったんだ。すると副隊長が出てきて、お前と話がしたいと言ったのだが通してもらえなくてな」
「正確にはリリスの友人が結婚式をするからそう伝えるように、と言ったのです。が、何が友だと笑われました」
ミリアがいらぬ補足をした。敢えて言うまいと思っていたものを。
「そう、ですか。申し訳ありません、そう悪い人物ではないのです。ただ部隊のために必死なだけなのだと思います」
「まあ、そうだろうな。それは分かっているつもりだ。彼なりに考えているのだと思う。一理ある、将たるリリスがたった一人の友のために時間を割く等考えられなかったのだろう」
そう、あの副隊長なりに一生懸命に考えて行動しているとは思う。だが、それが必ずしも正しいとは言えないが。
「そんな。わたくし、ヴェル様のためならいくらでも時間は作ります」
そのリリスの言葉に俺は首を振った。
「それは有難いことだが、正しいことだとも思えない。勿論兵や将と言う物差しだけで話はしない。公の場でもないしな。だが、想いだけではどうにも出来ぬ事もあろう」
「それでも、です。わたくしとヴェル様は主従の誓いを立てています。必ずやヴェル様のお役に立ちます」
「主従の誓い?」
ミリアが首を傾げる。本題である。
「ミリアには話していなかったが、俺とリリスは主従の誓いを出会った頃に立てている。死ぬ時は一緒に、と決めた関係だ」
いつの間にそうなったか分からないが、そういうことにしておいた。最初は死ぬ時は一緒とか、言ってなかった気もするのだが。信頼を得て見せるが発端だったような。まあ、細かいことはいいだろう。
「それは、ヴェルの役に立つということでいいのですか?」
「そうだ。が、ミリア安心して欲しい。別に愛しているとか、そういうことではない。そうだよな、リリス」
そう言ってリリスの方を向くと、リリスはやや不満そうな顔をしていた。
何故そんな顔をしているのか。上手く話したではないか。そう思っていると、
「愛してほしくないわけではない、という事だけははっきり言っておきます。それは、勿論女として生まれた以上好きになった人と結ばれたい、抱かれたいと思います。けれど、今回は別です。結婚式を挙げる事まで決まっている」
ミリアはその言葉に、そうです、と頷いた。そしてミリアはこう言う。
「大切なのは結婚し結ばれるということではないと私は思います。大事なのは結婚した後の事。この話をしませんか?」
結婚式は既に決まったこと、ならばその後の話をする、ということか。
・・・待て、どういうことだ。
リリスはミリアの言葉に頷き、
「では、ひとまず今回の結婚式はめでたき日ということでお祝い申し上げることにしましょう。それはさておき、これからです。わたくしは主従の誓いを破るつもりはないですし、これからもヴェル様を守り続ける所存です」
「そうでしょうね、何を言ってもきっと無駄だと分かります。私も考えました。ヴェルは現在の王バルバロッサの息子。ならば次の王はヴェルで決まりでしょう。と、なればです。きっと他にも女性が必要となるのではないでしょうか。勿論子作りの道具ではありません。ヴェルのためになる女性です」
無論、女を道具として見たことはない。親父にそんなことを言えば甘いと言われるやもしれない。だが、俺は人を道具扱いするつもりはさらさらなかった。
「奇遇ですね、わたくしも同じ事を考えておりました。結婚と言う儀式そのものにはそれほど意味はないのではないか、と。大切なのはヴェル様をどれほど想っているかです」
「私は貴方に負けるつもりはありませんリリス」
「わたくしもですミリア」
雲行きが怪しくなってきた。また争いにならなければいいが。
「が、しかし。私が一歩先に行った事も事実。リリス、貴方はどうするおつもりですか?」
「義姉妹の誓いをしましょう」
義姉妹?なんだ、それは。
「これはまた異なことを」
ミリアが苦笑しながら言う。しかしリリスは続ける。
「ヴェル様を主とし、私達がヴェル様をお守りする。そういう誓いです」
ミリアは少し考え、面白い、と呟いた。
「よく考えましたね。年齢的な事を考えれば姉は貴方になるのですか?」
「強さで言えばミリアでしょうけれど、どうしますか?」
「ヴェルに決めてもらいましょう」
突然俺に話を振られた。
「俺か。そうか、そうだな。では、姉をリリスに、妹をミリアに。三人お互いが守り合う、だが俺のために死ぬな」
「いいえ」
二人共即答で拒絶の答えが帰ってきた。しかも同時に、全く同じ答えが。
「いいですかヴェル。これはそういう話ではないのです。いえ、なるほど。リリス、よく考えてますね。これはヴェルの考えを直す良い機会です」
「どういう、ことだ?」
「三人が守り合う、それは何故かを考えて下さい。お互い大切な存在だからでしょう。これはそういう誓いなのです。つまり、誰か一人でも欠けては駄目。自分が死んでもいい、という考えは捨てて下さい」
ミリアが真剣な表情でそう言い、それにリリスが続く。
「そうです。勿論私達も死ぬつもりはありません。私達が死ねば一体誰がヴェル様を守ると言うのですか。ヴェル様が死ねば私達も死にます。これは、そういう誓いなのです」
「おいよせ、そういうのは。俺の命はそれほど重くない。お前達の命は大切だが」
するとミリアは不機嫌になり、リリスも不機嫌になったようだった。
「ヴェル、命の価値が違います。いいですか、三人共命は重いのです。貴方だけが軽い、等と言うことはない」
「そうです、命を軽んじてはなりません」
何故か二人に責められる。
「何故俺が責められねばならん」
「貴方が分からず屋だからです」
「ヴェル様がおかしなことを言うからです」
「馬鹿な、俺はどちらかと言えば利口な人間として生きてきたつもりだ。いつでも死ぬ覚悟は出来ている」
するとミリアは首を振り、
「死ぬ覚悟なんて誰にでも出来るのです。私も覚悟はしています。私が死ぬことも、勿論貴方が死ぬことも。誰にでも出来ないのは生き抜く覚悟、これはお父様の受け売りですが」
「生き抜く、覚悟か」
思わず呟いていた。確かに死ぬ覚悟はしてきた。この世の中、常に死はつきまとう。だからその覚悟はしてきたつもりだ。
が、生きるために覚悟をしたことが今まであっただろうか。
絶体絶命の中、確かに死ぬことは簡単だ。生きることの方が何倍も力がいるしきっと難しいことだろう、と漠然と思う。
「お父様の武の基本はそれです。生きる覚悟をし、戦いに臨む。最初から死のみを覚悟した者はいずれ死にます。死の淵に立ち、それでなお生き残れるのは生きたい、と強く願った者だけなのです」
自分なりの解釈ですが、とミリアは付け加えた。
「ヴェル様。ヴェル様がこの先どうなるか分かりません。王になるのかもしれませんし、そうではないのかもしれません。ただ、私達の主となる身なのです。もはやその命は一つではないということを今一度お考え下さい」
「つまり、俺にお前達の命を預かれと、そう言いたいのかリリス」
するとリリスは首を振る。
「半分正解で半分間違えています。互いに命を預かり、互いに守り合う。互いに慈しみあい、それでいて時に惜しまない」
最後の一言は武人としての誇りが言わせたものだろうな、と推測した。
リリスもミリアも女性でありながら並々ならぬ強さを持った武人なのだ。当然戦うべき時に命を惜しむ事はしないだろう。
「それに、結婚しておいて貴方が先に死ねば残された私はどうなるのですか」
ミリアにそう言われ考える。
一人残された者の末路は、きっと寂しいに違いない。勿論、だから死にます、ということはないかもしれないが、けれど心の何処かに穴が空いたような気持ちになって生きていくことになるかもしれないと漠然と思った。
それは一時的にであれリリスと会えず、もどかしい気持ちに、そう。喪失感を感じたあの気持を抱えながら生き続けるということと同じかもしれない。
「すまない、そこまで考えていなかった。分かった、だが誓え。お前達も死なぬと。でなければこの誓いはなしだ」
すると、ミリアはニヤリと笑い、
「当然です、死ぬつもりは毛頭ありません」
と答え、リリスもまた微笑み、
「ですから、わたくしが死んだら誰がヴェル様を守るのですか」
と、語気を強めながら言ってきた。
「ならば、よし分かった。折角だから明日結婚式の時に誓おう。お前達を姉妹とし、俺が兄となる。義兄弟だ」
そうだ、兄弟ならば誰にも馬鹿にはされまい。
否、させない。
何故なら友や仲間という物を越えた家族も同然となるのだから。
それはきっと、いずれ血よりも堅い絆になるに違いない。




