予兆
夜になった。ミリアの作る晩御飯をおじさんとミリア、二人と一緒に食べ終わり気になることを聞いた。
「おじさん、魔族軍の中で喧嘩や揉め事、争い事が起きた場合はどうすればいいんだ?」
すると、おじさんは怪訝そうな顔をしながらも答えてくれた。
「何故そんなことを聞くのか分からないが、基本的には揉め事は上役に報告する。そして上役同士で話し合い決着をつけることになっている。争い事は状況によりけりだろう」
それに、そうか、と答えると、おじさんが今度はこちらの番だ、と言い、
「どうしてそんなことを聞く、突然過ぎるだろう?何かあったのか?」
俺は隣で座っているミリアを少し見、そしておじさんの方を見て、
「今日遊撃隊として初めて活動を行った。その活動内容が少し過激だった気がするんだ」
「過激?」
おじさんがそう首を傾げながら聞いてくる。それに無言で頷き、
「派手にやり過ぎたと俺は思っている。剣兵部隊の訓練に参加したが、ミリアがその部隊長と副隊長を倒してしまったり、弓兵部隊三番隊部隊長の手を砕いたりと。勿論ミリアに落ち度はないのだが、どうにも気になることがある」
「ふむ、続きを聞こう」
おじさんのその言葉に頷き、
「やられたからやり返す、と言うのが基本だと俺は思っている。つまりは報復だ。ミリアに落ち度はない、だが彼らからすれば面子が丸潰れなわけで、ひょっとするとミリアの面子、があるかどうかは分からないが何かしてくるかもしれないと心配している」
「私にも面子はあります、失礼な」
ミリアが機嫌を悪くしながら言い、それに、すまない、と苦笑して返した。
おじさんは腕を組みながら少し考え、落ち度はないんだな、と一言呟き、
「問題はない、がお前が懸念している事ももっともな気がしないでもない。もし報復があったら、か。それは相手の方が悪いんじゃないか、相手から仕掛けてきているわけだし。落ち度もなく報復、それは逆恨み以外の何物でもないのだから」
「安直な奴ほどそうするように思えるがな」
そう言って少し思い返す。学舎のナンバー1だ。何かにつけて俺にちょっかいを出してきた。結局卒業までその理由はよく分からなかったが、そんな俺でも一つだけ分かることもある。
理由はともかく、要は気に入らなければ手を出してくる、ということだ。おそらく、ミリアに面子を潰された彼らは気に入らなかったに違いない。向こうからすれば小娘に倒され、立場がないではないか。
勿論俺はミリアの強さを知っている、尋常ではない強さだ。それを知っているからミリアに手出しするつもりはない。が、彼らはそれを知らない。単なる小娘にやられた、と見ているに違いない。
そんな彼らが何もして来ないわけがない、あのナンバー1でさえ手を出してきたのだ、しかもくだらない理由で。今回の場合なんて、きちんと明確な理由があって手出しをして来ないほうが考えられづらい。
「まあ、難しく考えなくてもいいんじゃないか。命が狙われるようなことはないだろうし」
そのおじさんの言葉に、そうだろうか、と思った俺はこう言っていた。
「命は狙われるんじゃないだろうか、あそこまで立場がなくなれば何をするのか分からない。悪いが油断は出来ない。命がかかるんだ、勿論相手を殺しても構わんのだろう?」
「その際は構わんが、やりすぎるなよ。よもややられるとは思わないが、一人でやりあおうとするな」
「分かった」
複数人相手に一人で立ち向かう、ということはするつもりはなかった。が、どうしても一人でやりあう場合魔術を使って切り抜けようとは思う。
「今日から監視をする、何、慣れているから大丈夫だ。彼らは遊撃隊の場所を知らない、だが時間の問題だろうと思う。見つかりそうになったら殺すからな」
そう言って黄金の槍を持ち、幕舎を出ようとするとミリアに声をかけられた。
「どこへ行くのですか?」
「ここに高いところはない。剣兵部隊と弓兵部隊に直接監視に向かう」
「二箇所同時、ですか?」
それに、ああ、と答えた。
「剣兵の方には影に監視をさせる、何かあればこちらかミリアに報告に向かわせるようにする。弓兵部隊は危険だ、直接俺が監視に向かう。こっちは高台もあるしな」
「いえ、そうではなくて。そういうことでしたら私も監視に付いたほうがいいのでは?」
ミリアの提案は最もだと思う。だが、監視は慣れないうちは神経も使うし眠気も来る。何より、ミリアに負担はかけたくなかった。だから俺はそれを拒否するように首を振り、
「いや、ミリアはここで寝ていてくれ。俺だけでいい」
でも、後ろでそう言うミリアの方を振り返らず幕舎を出た。そして影を作り、予定通り影に剣兵部隊の監視につかせ、俺は弓兵部隊の監視に向かった。
高台につき、明かりのついた弓兵部隊の宿舎を眺めながら懐かしく思った。
ここも久しぶりだな、と。そして同時に、そういえば宿舎で寝泊まりしたことはなかったな、と思い至ったがどうでもよかった。
とにかく何の問題もなければ良い、それだけのことだ。
それからしばらくして、就寝時間になったのだろう。宿舎の明かりが消える。
夜通し監視を続けたが、特に何も起こらなかった。
朝になり、まず剣兵部隊の影を回収しに向かい影を回収。こちらも特に動きはないようだった。剣兵部隊と一言に言っても相当に広かったようで、影の方でさらに影を増やし巡回と監視を行ったようだ。
が、こちらも特に動きがなく安堵する。
魔力探知を行いながら尾行がないよう注意を払いながら幕舎についた。
幕舎の前ではミリアが刀を振って練習していた。
「早いな」
そんなミリアに声をかけると、ミリアがこちらを驚いた表情で見る。どうした、と思っていると、
「ヴェル、貴方!」
そう叫び刀を納め、こちらに走ってくる。
「どうした?」
「どうした、ではありません。その顔色はどうしたのですか。唇も青ざめているではありませんか!」
自分では分からなかった。
「別に寒くもないし、問題はないはずなのだがそんなに顔色が悪いのか?ああ、済まない少し休む、起床時間になったら起きるから」
そう言ってミリアを押しのけようとするがミリアは俺を放さなかった。
「どうしたんだ?済まないが、少しでも休まないと。今日は訓練だろう?」
「馬鹿を仰らないで下さい!訓練なんて中止です。いいから休みなさい」
ミリアに怒られた。
「俺の、せいなのか?」
呟くように言っていた。慌てて弁明する。
「済まない、足を引っ張るつもりはない。少し休めば大丈夫だから訓練をしよう。遊撃隊が使えないと思われてはいけない、日々を大切にせねば。これからじゃないか。いや、俺が使えないのか?待て、俺はやれる」
「貴方は分かってません。部隊よりも貴方個人の方が大事です」
何を馬鹿な、と思った。
「俺の事はいい。毎日やっていたことだ、久しぶりすぎて疲れただけだと思う。とにかく少し休めば」
大丈夫、そう言おうとした所で
「隊長命令です!今日は休みなさい!」
命令、そう言われては仕方なかった。
「すまない、分かった」
ミリアの方を見ずそう答え、自分の幕舎に戻った。
惨めだった。また、俺のせいで足を引っ張ってしまった。
以前より魔力は上がっているはずだし、疲労も感じていない。まだやれるのに、何故なんだ。
地面を見ながら考える。
顔色、か。確かミリアはそんなことを言っていた。
「そうか、失敗したな」
そうだ。次からは影に報告させることにしよう。影ならば健康状態も優れた状態で作ることが可能だ。一体今俺がどういった状態に陥ってるのかは知らないが、影ならばそれも問題ないだろう。
そしてその間に俺はそのままベッドで休めばいい、影の報告を回収と同時に寝る、それで問題ないだろう。
槍を置きベッドに入ろう、とした所で足を止め、風呂に入っていないことに気づき風呂に入ることにした。
───と
「ヴェル、入りますよ」
幕舎の出口にミリアが立っていた。
「ああ、どうした?」
「まだ、気にしているのですか?」
む、声が静かすぎてそう聞こえてしまったか。
「あ、いや。気にしてはいない。だが、済まない。明日は大丈夫だからな。結婚式だしな」
するとミリアはやや表情を曇らせながら、
「ええ、そうです。無理なさらないで下さいまし」
「ああ」
無理なんてしてないのだが、と言うとややこしくなると思い一言で答えておいた。
「それで、休めと言ったはずですがどこへ?」
「あ、ああ。風呂に入っていなかったから風呂に入ろうと思ってな」
ミリアが、風呂ですか、と一言呟く。
「休むには風呂がいい、だから行ってくる」
ミリアはそれに頷くと、
「分かりました、着替えを持っていくので一緒に入りましょう」
と、言うことになった。
「では先に行っている」
そう言って風呂に向かう。
途中で少し軽い目眩がしたが、この程度しばらく立っていれば問題ない。
そう思って少し木に寄りかかった所で後ろから声がした。
「ヴェル!」
ミリアの声が後ろからした。
「ん、どうした?」
「どうした、ではありません!貴方がどうしたのですか?」
「え、いや。少し目眩がしたのだが少し立っていれば問題ない」
そう言ってミリアの方を見ると、ミリアが何とも言えない顔でこちらを見ていた。
「ど、どうした?」
「ヴェル、貴方。どれくらいそこに立っていたのですか?」
妙なことを聞く、と思った。
「何を言っているんだ。まだ一分と」
「あの、ヴェル。私が着替えを取り、色々準備するのにかなりの時間を要しました。お父様にも報告をと戻ったのもあります。それだけで二十分はかかっているでしょう」
「そうか、けどそれと俺に何の関係が」
「その上でお尋ねしますけど、貴方は一体いつからそうしていたんですか?」
怪訝そうな顔をしてミリアが聞いてくる。
「だから一分と」
「冷静になって考えて下さい。時間が合わないでしょう。私の準備に二十分、貴方がこうして立っているのに一分。風呂までそれほどの距離はありませんし、おかしくはありませんか?」
おかしくない、とは言えなかった。普通に考えて追いつけるはずがないのだ。それほどまでの時間があれば俺のほうが風呂に到着している。まあ、ミリアが走れば違っただろうがそれほど急いではいなかったようだ。
「す、すまない。もしかしたらもっと立っていたのかもな。ぼうっとしてるのかもしれない。もっとしっかりしないと」
「ヴェル、そんな笑顔で言わないで下さい。見てるこっちが辛いです」
何が辛いのか分からなかった。
「いいから風呂に行こう」
そう言って木から離れた瞬間、足に力が入らずよろけて倒れてしまった。
「───は?」
自分から間の抜けた声がした。
一体何が起きてるのか分からない。
ミリアがこちらに寄ってきて俺を起き上がらせる。そして持っていたらしい水筒をこちらに差し出し、飲んで下さい、と言ってきた。
言われたままそれを飲む。身体に染み渡るようだった。
「薬草か、助かる。そうか水か。確かに何も飲んでいなかった」
ミリア有難う、と言おうとした所で力強く抱きしめられた。
「違います。魔力不足が原因です。何か思い当たらないのですか?」
「影を使っての監視が原因かもしれないな」
少し考えて出した結論だった。それしか思い当たる節はない。確かに影を使って夜通し監視をするのは初めてだった。
「もう、それはやめてください」
ミリアが悲しそうな顔でそう言う。
だが、
「やめることは、出来ない。何が起こるか分からない」
「では命令です、やめなさい。いいですね?」
ここでやめるわけにはいかなかった。だが、とりあえずそういうことにしておかねば。
「分かった」
ミリアを安心させるよう、そう答えておいた。




