挨拶
「次は弓兵部隊に行きますよ」
昼食を終えた後、ミリアがそんなことを言った。そんなミリアを俺は止めた。
「もうよそう、あれはやりすぎだ。身内に敵を作っても良いことはないぞ」
するとミリアは苦笑しながら、
「敵?あれが?いいえ、敵にすらなりません」
そんなことを言い返してきた。
これはまずいことになったと思う。
ミリアの言う「敵にならない」と、俺の言う「敵」ではどうも認識が違うようだった。
ミリアの言う敵とは力が対等、若しくはそれ以上の相手の事で、おそらく戦いになるかならないかが判断基準なのだ。
が、俺は違う。俺の邪魔をするものが敵であり、日々安穏とした生活をどちらかと言えば望んでいる俺にとっては目立って他者に自分の行動を邪魔されたくはなかった。何より鬱陶しい。後手の内はばらしたくない。
そう、それが俺にとっての敵。
うむ、まずい。これは非常にまずいことになってきた。
ミリアは、俺にとっての敵を大量に生み出そうとしているのが現状だ。ミリアはとにかく一番になりたいのか、有名になりたいのか、ミリアなりに行動を起こしている。
確かに気持ちは分からないでもない。遊撃隊と言う部隊を認知されなければ動きようがないと言えばない。
が、もう少しやり方と言うものもある気がするのだが。
と、考えた所で代替案も思い浮かばず偉そうなことは言えそうになかった。
済んだことは仕方がない。今は弓兵部隊のことを考えよう。
弓兵部隊、か。
「そういえば、リリスに結婚式のことを告げなければならないな」
「ヴェル、貴方がそれをするのですか?私が言うつもりだったのですが」
ミリアは少し驚いているようだった。
「そうだな、俺の口から伝えたい」
「分かりました、ではリリスの部隊から当たりましょう」
そうしてリリスが部隊長の二番隊に俺とミリアは来た。
だが、リリスには直接あわせて貰えなかった。代わりに一人の凛々しい顔立ちをした青年が出てきた。
「隊長は忙しいので私がご用件をお伺いします」
その言葉にミリアはやや不満だったのか、
「貴方は?遊撃隊隊長のミリアが来たと言えば分かりますからさっさとリリスを出して下さい」
「私は二番隊副隊長です。隊長は今訓練中で忙しい身。そして私もすぐに戻らねばなりません。用件は伝えるので」
「貴方では話になりません、いいから本人を出しなさい」
すると、副隊長と言った青年は少し口調を荒げながら、
「遊撃隊か何か知りませんが、私達も忙しいのです。いいから用件を」
貴方、とミリアが言おうとした所を俺は止めた。
「済まない、では伝言を頼む。貴方の大切な友人が結婚式を挙げるので出席して欲しい、と」
すると青年は声を出して笑い、
「なんですかそれは。隊長は今や将の一人。友人一人に構っていられるほどの余裕はありません。では失礼」
そういって副隊長は奥に行った。
「ちょっと貴方!」
ミリアが叫ぶ。怒り心頭、という言葉が将にぴったりであった。
そんなミリアを宥めるようにこう言った。
「よせ、これは俺の考えだが。リリスは初めての女性の将だ。その女に声をかけてくる男は多かったのかもしれない。それで取次役としてあの副長が出てきたのかもしれない。ほら、見世物としてはいいものだろ、言い方は悪いが」
ミリアが俺の言葉に少し考え、無言で頷く。多少納得出来たのだろう。
「それに、彼の言うとおりだ。リリスはもはや将。友人一人に構っていられるほどの余裕は確かにないのかもしれない」
「ヴェル、貴方はそれでいいのですか?それと、私も将の一人なんですが」
その言葉に苦笑し、そうだな、と答え、
「周囲から期待されている分大変なのだろう、リリスも。良い副隊長を持ったものだ、そこら辺よく分かっているようじゃないか」
「今はその話ではありません。リリスに結婚式のことを告げなくて本当に良いのですか?」
良くはなかった。
「良くはないが、仕方あるまい。リリスの邪魔はしたくない。彼女なりに頑張っているんだ、仕方ない」
仕方ない、を繰り返し言ってしまっていた。
「それなら、いいですが」
ミリアは納得していないようだった。
「いいんだ、別にリリスが居なくても結婚式を行う事は可能だ。ただ、出来れば祝って欲しかっただけのことで。いや、恨まれるかもしれないが。とにかくリリスから言葉が欲しかっただけだ。が、それは俺の我儘だろう。だから、いいんだ」
「ヴェル・・・」
それきり、ミリアは何も言わなくなった。
「往生際の悪い男は嫌われるのだろう?俺はミリアに嫌われたくない」
そう言ってミリアの頭を撫でると、その手を叩かれた。
「ヴェル、今回のは違います。貴方は、諦めが良すぎます」
諦める、か。
「諦めるのとは違う。未練を断ち切りたかっただけだ。そして、偶然にも今日断ち切れた。やはり俺とリリスは立場が違う。もう友でも、仲間でもない。どこで死んでも構わぬ兵士の一人と、軍の宝である将なのだ。違う、違いすぎる」
ミリアに言ったつもりだった。けれど、自分に言い聞かせるように言っていた。
俺がリリスのことを友と、仲間と叫んだ所で誰も認めない。ただの兵士が何を言っていると嘲笑されることが目に見えている。事実そうだったではないか。自分自身でさえくだらない、とすらどこかで思うのだ。そんな淡い幻想を抱くより今は現実を見るべきだろう。
「ヴェル、貴方・・・」
「いいんだ、これで。そんなことよりも、ミリアこれからどうするつもりなんだ?」
そんなこと、とミリアは一言呟き、首を振った。そして考える仕草を見せ、
「そう、ですね。予定が少し狂いましたけど三番隊に行こうと思います。話は聞いていますよ、何やらひどい目にあったとか」
「まあ、な。だが別に恨んでいるわけではない」
「そこにご挨拶にいこうと思います」
ミリアが微笑みながらそう言った。俺はそれに無言で頷き答えた。
久しぶりの古巣、三番隊に来た。
三番隊隊長はリリスと違い、暇そうだった。
「遊撃隊隊長が来ていると報告を受けてみれば、小娘じゃねえか。後、どっかで見たことあるなお前」
「遊撃隊副隊長です、気のせいではありませんか?」
「ふん、本来なら逃亡兵として処断してもいいところなのだが」
「それはおかしいでしょう。私のことは要らない、と貴方は仰った」
それに三番隊隊長は確かに、と嫌味な笑みを浮かべ、
「それで、何をしにきた?」
確かに、何をしにきたんだろうか。ふと横にいるミリアを見ると、彼女は微笑んでいた。だが、目は笑っていない。
「ご挨拶に。遊撃隊隊長のミリアです、どうぞよろしく」
そう言って静かに手を差し出す。握手するつもりなのだろう。それに無言で三番隊隊長も答えるように手を出す。
ただの握手をするつもりで来たのか、と疑問に思っていると、違った。
「こ、小娘お前・・・・」
「どうされたのですか?言ったでしょう、挨拶に来たと」
「は、離せ」
そう言って大男であるはずの三番隊隊長はミリアの前に屈する。それどころか地面に仰け反るように倒れる。
ミリアは棒立ちで、ただ握手をしているだけだ。どうしてこんなことになっているのかさっぱり分からなかった。
「た、頼むから手を離してくれ。許してくれ」
見れば地面でのたうち回って許しを請う惨めな男が、そこにはいた。
「許す?何を?私と貴方は初対面ですが」
見れば、ミリアの顔はさっきより笑みを浮かべていた。が、瞳は大きく開かれており、何故か少し歯ぎしりしている感じである。
「こ、小娘と言ったことだ。すまなかった」
「私が期待している答えと違います」
ミリアがそう言うのと同時に、何か嫌な音がした。
何の音だ、と思っていると、
「うああああ」
それと同時に地面に転がっている男が悲鳴を上げた。
「おい、一体どうなってる」
「ただ力を込めて握手しただけ、ですけれどどうしたんでしょうね」
「俺の手が、手がああああ」
「くすくす。よくわかりませんけど、これではお話になりませんね。日を改めましょう」
「そうか、よく分からないが分かった」
そう言って二人で帰ろうとすると、後ろから
「俺の手を砕いておいてただで済むと思うなよ」
男が唸りを上げながら、そうこちらに言っているようだった。
「あれは一体何を言ってるんだ?」
振り返らずに横にいるミリアに尋ねる。
「握手した時、向こうが力を入れて握手してきたんです。それほどまでに仲良くしたかったのかと嬉しくなって思い切り力を入れたら骨が砕けちゃったみたいですね」
と、ミリアは優しく微笑みながらそう答えた。
「そ、そうか。ところで、期待していた答えと違う、というのは?」
するとミリアは、あぁ手が汚れてしまった、と悲しそうに呟きながら、
「それは勿論、ヴェルを馬鹿にしたことですよ。きちんと謝罪させたかったんですけど、予定が狂ってしまいましたね」
と、言われて嬉しくなったのと同時に、申し訳なくなった。だからつい、
「すまない」
と答えていた。何故謝るのですか、と言われ、
「俺が足を引っ張ったと思った。本来なら訓練させてもらう予定だったんだろう?」
と言うと、ミリアは首を傾げ、
「いいえ、そのようなこと考えてませんでした。ただヴェルのことを預かる旨は伝えるべきだと思っただけのことです。けれど問題はなさそうですね。それと聞いた限り、彼らと訓練しても意味がないでしょう」
そう断言した。
「え、どうして?」
どうしてそう断言出来るのか分からなくて聞いていた。一応弓の練習は出来ただろう。
「ただ漠然と矢を射っているうちは絶対に上達しません。弓矢は必殺の意思を持って撃たねば。まあ、数撃ち当たるという戦術も数がいれば有効でしょうが、それと訓練は別の話。訓練だからこそ必殺の意思が必要なのです。なんて、ヴェルに言っても意味はありませんね。ヴェルが一番良く知ってるでしょう」
「まあ、な」
基本的に必殺の一撃で仕留めてきた俺にとって、確かに数撃ちという発想はない。一発一発を大事にしてきたつもりだ。
外せない状況でもあった。確かにそういう意味では必殺の意思は最低条件、とも言えるか。
ふと、そこまで話をして疑問に思うことがあった。
「しかし良かったのか、手なんて砕いて」
「別に、何の問題もないでしょう。相手からしてきたことですし」
「そうか、それもそうか」
相手からしてきたから仕返した、それだけのことか。
「くすくす、おかしなお人。さ、今日は帰りましょう。明日は、二人で訓練でいいでしょう」
「分かった」
「さて、夕御飯は何にしようかしら」
俺はミリアの作る夕飯を楽しみにしながら幕舎に帰るのであった。




