風評
そうしておじさんの幕舎で少し早めの朝食を取る。いつもの薬草スープのようだったが味が違った。ミリアが作ったものだが、作り手が違うだけでこうも違うものかと思うほどに美味しかった。
皿を片付けるミリアに、今日の薬草スープは美味しかった、と言うと、くすりと微笑み、そうですか、と答えた後、
「きっと調合の問題ですね。ヴェルのは少々荒っぽいですから。不器用なんですね」
等と言われた。
俺が不器用なのではない、周囲が器用なのだと言い訳したかったがやめた。やっぱり不器用なのかもしれなかったし何より。そんなことで言い訳しても仕方がなかったからだ。
むしろ、俺がするべきことはこうだろう、そう思いミリアにこう言う。
「今度調合を教えて欲しい。今石と石で擦り合わせてやっているんだよな」
すると、ミリアは、それですね、と呟きながら
「道具はきちんと使ったほうがいいです。同じ物を使うことで味が出てくるのです」
「そうなのか」
「それと、一応薬なのであまり横着して作るものでもありません。下手をすると毒になるものもあるのですよ。量を間違えると、ですけれど。もっと丁寧に作って行きましょう」
「はい」
思わず頭を下げていた。分かれば良いのです、そんなことを言いながらミリアは皿を片付けるために外に出て行った。
───と
別の魔力を感じた。おそらくおじさんだろう、と思って入り口を見ていると案の定おじさんが入ってきた。何やら派手な、黄金色に輝く槍を持っている。
「よう、早いなお前達。そうそう、お前のためにってバルバロッサが槍をやるって言ってたろ。それだ」
座っている俺に、それを手渡してくる。それを受け取り驚いた。
「軽い」
「そうだ、これは軽い。通常の武器と違って魔装具と呼ばれるものだ。魔力を込めることで真の力を発揮する武器だな、これは」
「ふむ」
いや待て。魔装具って。
「高級品とか偉い人の持つものだろうそれは。俺なんかが貰っていいのか?」
すると、おじさんは腕を組みながら苦笑し、
「いいんじゃねえか、バルバロッサがやると言うんだから貰っておけば。おっと、そうだ。いいか、その武器に下手に魔力込めるなよ。危ないからな、お前じゃなくて周りが」
「どういう、ことだ?」
「その槍、魔力を込めると雷を発する槍だ。お前なら使えるだろ、当然」
それに無言で頷く。
「良い自信だな。が、普通の人間や魔族、竜族も危ういな。使えば一瞬で灰と化すだろうよ」
「そんな物騒な武器を俺に・・・喜ぶべき所かこれは?」
「まあ、通常喜ぶべき所だろう。その槍さえあれば今まで使いづらかった魔術も使えるはずだとバルバロッサは言っていた。魔術制御がどうとか言ってたがどういうことだろうな」
「ふむ。聞く限りで推測するにこの武器は槍であって槍ではない、と言うことか。単純に魔力を増幅してくれる道具と思った方がよさそうだ。近接用ではないんだろう。いや、もちろん槍と言ってるのだから槍としても機能するんだろうが」
「まあ、お前が分かってるならいいんだがな。とにかく渡したぞ。後、結婚式の日取りだが、明後日だ。吉日らしい」
「そうか、って早いな」
すると、おじさんは腕を組みながら、そんなことはねえよ、と呟きこう言った。
「お前一週間もいなかったろ、その間に準備してたんだ」
「そうか、俺は何をすればいいんだ?」
「強いて言うなら、堂々としてろ。それだけでいいんじゃないか。ではな」
おじさんはそう言うと、幕舎を出て行った。
手元に残された黄金色の槍をふと見る。穂先は付いている。実用性を高めるためか、小さい斧のようなものがついており、リリスの黒竜の牙を思い出させた。
が、あれほど重量はない。長さは同じかやや長い、か。
「ん、しかしこれは?」
よく見ると穂先の刃がおかしな形状をしていた。先に矢が三つついてるような感じなのだ。三ツ矢の刃?
まあ、特殊な武器なのだからあまり深く考える必要はないか。
それにしても派手だ、無駄に派手だ。
これを振り回すのは別の意味で勇気がいりそうだった。とにかく目立つだろう。
「何ですか、その派手な槍は」
ミリアが戻って来るならそう言ってきた。
「バルバロッサの槍だ。赤雷帝の槍とでも名付けるか、安直だけど。とりあえずもらった。魔力を込めるな、と言われている」
「どうみても高級品そうですね、盗まれなければいいのですが。持ち歩きますか、それ?」
「え、いや。うーん、持ち歩くという発想はなかったな。が、確かに盗まれても困るな。持ち歩くか」
恥ずかしいが、仕方あるまい。
「私も村正を持っていきます。では剣兵部隊に行きましょう」
それに無言で頷き、剣兵部隊に向かった。
剣兵部隊に行くと、既に訓練は行われていた。
軽鎧を着て木の槍で突き合う訓練や木の剣での叩き合いが主なようだ。
正直、人数はいないと思っていた。前の反乱でほぼ全滅したからすぐに補充など出来ないと思っていたのだ。が、居た。おそらく南西のおじさんが率いた部隊が訓練しているのだろうと勝手に推測していると、
「私が剣兵部隊隊長ですが。貴方方は?」
ミリアが隊長を呼んでいたのだ。
「私達はこの前出来た遊撃隊です。そして私が部隊長のミリアと言います、こちらが副隊長のヴェル」
いつの間にか副隊長にされていた。紹介され、慌てて頭を下げた。
「そうですか、それで剣兵部隊に何の用ですか。これでも忙しいのですが」
「では、私達を訓練に混ぜて頂けませんか?」
「うーん、それは難しいですね。規律も違いますし」
「規律などはこの際どうでもいいです。私達がやりたいのは剣や槍の訓練だけです。それをさせてほしいのです。ただ殴りあうだけでしょう?」
その言葉に少し苛立ったのか、隊長は語気を強くして
「単純に殴りあうだけではありません。こちらとしても命がけですし、怪我もします。見れば貴方は女、大丈夫なんですか?」
「心配いりません、むしろそちらの方が心配です」
どうにも雲行きが怪しくなってきた気がした。もうよそう、とミリアを止めようとしたが遅かった。
「いいでしょう、痛い目に合わないと分からないようですし。言っておきますが訓練は厳しいですよ。付いてきなさい」
そういって隊長が訓練場の方へ入っていく。
「おい、ミリア。大丈夫なのか?」
すると、ミリアはくすり、と微笑みながら、
「まあ、大丈夫でしょう。見たところあの程度の動きですし、あの程度なら止まって見えます」
そうこちらに自信満々に言ってきた。
「ああ、そう・・・」
もう、それしか答えられなかった。
中に入るなり、得物は何かと問われた。ミリアは剣と答え、俺は槍と答えた。実際は素手なのだが、使わない方がいいだろう。
鎧は着ないのか、と言う質問には必要ない、とミリアが答えていたので俺も必要ないと答えた。今まで着たこともなかったし、なくてもいいだろうと思ったのだ。
剣兵隊長の顔はさらに険しくなり、訓練中の兵達を集めこんなことを言い出した。
「遊撃隊の二人だ、丁重にもてなしてやって欲しい。聞けば訓練に付き合いたいということらしいので、いつも以上に厳しく練習をしてやって欲しい」
いつも以上って、俺達は何もしてないぞ。思わず言いそうになったがなんとか黙っておいた。
───と
おい、見ろよあの女。背は低いが可愛らしいな
胸も大きいし、俺の好みだ
等といった声がボソボソと聴こえてきた。
それに苛立った。やはり、ミリアの服は目立つ。とにかく露出が多いのだ。
そんなミリアは木の剣を右手に持ちながら腕を組み、しばらくしてこう言った。
「うーん、じゃあそこの方お付き合い下さい」
明らかに体格の違う最も大きな男を木の剣で差しそんなことを言ったものだから、どよめきが起こった。
普通に考えて勝負になる相手ではない。
おそらく周囲も同じ事を考えていたのだろう。嘲笑すら聴こえてきた。
ミリア、何を考えているんだ。ややミリアの後ろ側に立っているのでその顔を窺い知ることは出来なかった。
「おいおいお譲ちゃん、痛い目を見るぞ。帰っておねんねしたほうがいいんじゃないか?」
大男が言う。完全に馬鹿にしていた。おそらくこの部隊でも相当に強いのではないだろうか。
「手加減してあげますから、来なさい」
それがトドメだった。
「怪我をしても知らんぞ。俺は手加減が出来ないからな」
そう言って大男は槍を構えた。そうして二人を真ん中に円陣が組まれる形になった。
俺は二人が横から確認出来る位置に立ってその様子を見守ることにした。
だが、見守る必要がないことを次の一瞬で知ることになる。
「はじめ」
隊長の合図と同時。ミリアの姿が消えた。
正確には。
───ミリアは宙を舞っていた
大男のさらに上を飛び、大男の肩に手をかけ後ろを取っていた。
大男がきょろきょろと辺りを伺っている。
後ろだ、誰かが叫んだ。しかし遅い。
振り返ろうとした瞬間、大男の後頭部めがけてミリアの木の剣が振り下ろされていた。その一撃で大男は前のめりに倒れた。
その結果に辺りは静まり返った。
その静寂を破ったのは他でもない、ミリアだった。
「次!」
ミリアの一声に、もはや誰も前に出る者はいなかった。
ミリアはくすり、と左手の人差し指を唇に当てるようにして微笑みながら、
「うーん、ぱっと見一番強そうな殿方を選んだのですが、もしかしてそうだったのですか?」
等と言い出した。完全な挑発である。
この挑発を捨て置けはしまい、そう思っていると案の定、隊長が出てきた。
「先程のはうちの副隊長で、私の方が強い」
そんなことを言いながら兵の一人から木の剣を取ると、誰か合図を、と語気を強めて合図をさせようとする。
一人の兵が慌てて前に出てきて、ミリアと隊長を見、そして
「は、はじめ!」
と合図を出した。
と、同時に、隊長が一気に棒立ちのミリアに踏み込んでいった。
「実戦では油断が命取りだ!」
そんなことを叫びながら。
俺は思わず顔を手で覆った。少し頭が痛んだ。
同時に。終わった、とそう思った。
「くすくす、油断?───ご冗談でしょう」
ミリアのそんな台詞が聴こえ、同時にゴス、と何とも言えない音が聴こえた。
うあああという悲鳴にも似た叫びに、隊長が倒れた、という声や何が起こったんだ、という声も聞こえてくる。
「安心しなさい、手加減してあります。まだ起き上がれるでしょう、隊長殿」
覆っていた手を下げ、二人を見るとミリアは先程と同じ体制で、対して隊長はミリアの足元にひれ伏すかのような体制であった。
ミリアはそんな隊長を見下ろしながら、くすくす、と笑い、
「───ただ、起き上がってきたらそれが合図と思って攻撃しますけど。どうしますか?」
その一言がトドメだった。
まいった、隊長がそう言った。
「そうですか、ヴェル、ここでは訓練にもなりません。次に行きますよ」
こちらにそう言ってきて、円陣の前に俺も出る。
───と
「調子に乗るなよ・・・実戦では複数人で戦うんだよ。お前達、全員でやれ!」
倒れている隊長がそう叫ぶ。
俺達は完全に周囲を囲まれてしまった。
これは袋叩きにあうのでは、と考えていると、
ミリアが珍しく声を出しながら笑い、これは異なことを、と言い出した。
俺はそれに首を傾げる。何かおかしなことを言っていたか、あの隊長は。
実戦だと確かに複数で一人を相手にすることもあるだろう。寧ろそちらの方が普通だ。
が、ミリアの考え方はそんなことではなかった。
「実戦では───死にますけど大丈夫ですか?」
その冷ややかな一声と共に、ミリアを中心に風が巻き起こる。剣圧か。
その後は、あっさりとしたものだった。
周囲を取り囲んでいる兵達は引き、地面に倒れながら怯えている隊長にミリアが木の剣を構え、見下ろし、少し声を震わせながらこう言ったのが完全なるトドメだった。
「もう一度言いますが、どうしますか?実戦では、死にますけれど」
その時のミリアの表情は笑っていた、ただし口元のみで目は全く笑っていなかった。
紅い瞳を大きくし隊長を見据え、歯向かえば殺す、そんな顔をしていた。
味方であるつもりの俺ですらその表情に背筋が凍った。
「こ、降参です。お、おい、道を開けるんだ」
隊長がそう叫び、帰り道が出来た。内心ほっとする。
「そうですか、ならば私達は帰ります。ヴェル、行きますよ」
そう言って帰り道を帰っていると。
ミリアがふと足を止め振り返り、言い忘れておりました、と倒れている隊長に遠くから声をかける。
「有難うございました」
頭を丁寧に下げながらそう言い、今度こそミリアは出て行った。俺もそれに付き従う。
訓練場を出てから、俺達は借りていた武器を出口の傍に立てかけた。
「なあ、俺達もう訓練させてもらえないんじゃないか?訓練させて欲しかったのだろう?」
思わず問いかけていた。するとミリアは先ほどの殺気立った感じを一切させず、いつものようにくすりと優しく微笑み、こう言った。
「何を仰っているのですか?私は言いましたよ、遊撃隊、ここに在りと知らしめる、と」
それを聞き、しまった、と内心舌打ちする。
肝心のやり方を聞いていなかったと後悔するが遅かった。
もはやどうにもならない、遊撃隊はこうして始まってしまったのだった。




