始動
次の日。起床時間前より早くに目が覚めた。
昨日の夜は結局ミリアを抱かなかった。否、抱けなかった。
ベッドで一緒に寝て、その傍でミリアは微笑みながら、抱かないのですか私を、と言っていたがどうして抱けようか。
お前が良いと言うなら、確かにいいのだろうという気持ちはある。だが、どうしてもそういう気持ちにはなれなかった。これをロゼッタの言葉を借り表現するならば。
「距離が近くにあって、心がないから暖かくない」抱き方になってしまうのでは、と内心恐れたのである。
正直に言うと怖かった、ミリアを抱くのが。
だが、その気持ちを隠すように俺は
「結婚式を挙げてからにしよう」
と逃げたのだ。ミリアはその言葉に納得してくれた。しかも有難うございます、と彼女は言っていた。
何が有難うなのか、さっぱり分からなかった。
ミリアは寝る前にこう言っていた。
「そういう大切な日に、私の大事な物を上げられて嬉しい」
完全な勘違いだ、しかしそれを言葉には出来なかった。言えなかった。
───と
そこまで考え、ふと横を見ると。そのミリアがいない。外に魔力を感じた、きっとそれがミリアに違いないと外に出た。
薄暗い外に、ミリアは居た。
刀を抜き、ただ無言で時間をかけ振り上げ、目を閉じ、そしてしばらくして目を開けて一気に刀を振り下ろす、それを繰り返していた。
凄い、素直にそう思った。
自分も剣を振ることはある、練習もした。だが、ああして一振り一振りを大事に振ったことはなかった。手数が大切だと思って闇雲に振っていた。
ああいう練習法もあるのだな、とも思ったが当たり前か、と思い至った。
剣による攻撃はそれほど必殺と言うわけではない。鈍い切れ味で叩きつける事の方が用途としては正しい。すぐに折れてしまうし、だからこそ鋼鉄の棍棒等と言われたりもするのだが。
勿論いい剣はそんなことはない、だが通常の兵士に支給される剣はそんなものだった。だからこそ手数が必要で、一振りで相手を叩き、その後盾で殴りつけ、一気に斬り下ろすという攻撃が有効だった。
折れたら敵の剣を使う、それすらなくなったら・・・まあきっと投石か組手しかないだろう。
が、ミリアの刀は訳が違う。そこいらの剣とは全く違った。おそらく折れることを前提に戦っていないのだ。しかも叩きつけるという訳でもない。鋭く斬りつける方が正確だろう。
そしてそれは一振りで決着がつく。そう、あの抜刀術において一振りはそのまま必殺に直結する。
ならば、一振り一振りを大事に練習するのは当たり前なことではないか。
そう、素振りをするミリアを見ながら思っていると。
「おはようございます」
ミリアに声をかけられ少し驚いた。
「気づいていたのか?」
それに、はい、と答えながらミリアは刀を腰につけた鞘に納める。カチン、という金属の当たる音が心地よかった。
「一応早朝に出歩くことは良くないと言われている、決まった時間以外に出歩かないことだ」
すると、ミリアは微笑み、
「遊撃隊の朝は早い、そう伝えてあります。まあ、無理強いはしませんが。私の鍛錬の時間ですから」
「そうか、隊長がそうであるならば俺もまた早く起きることとしよう。示しがつかんだろう」
「いいえ、本当に朝早いですよ。どれくらい早いかはっきりとは言えませんが」
見ると、ミリアは玉の汗をかいていた。相当に練習をしていたようだ。
「風邪引くぞ、服を着替えろ。後その踊り子の服以外ないのか?」
「ありますけど、魔族軍遊撃隊隊長の正装と決めたので。何より、派手で目立つでしょう。遊撃隊ここに在り、と見せるには良い服だと思います」
と言われ考える。
確かに、この服は露出が多く派手だ。何というか、扇情的と言うのがふさわしいほど色っぽい服だと思う。下半身なんて、前と後ろを申し訳程度に隠している程度に過ぎない。
だが・・・。
面白くもないな。他の男にも見られるということが何となく気に入らなかった。
「妬いてくださいますか?」
「い、いや・・・」
こいつは俺の考えが読めるのかとどきりとした。別に妬いているわけではない、だがミリアの素肌を他の男にも見られると思うと面白くなかっただけだ。
「くすくす。ヴェルは分かりやすいですね、顔に出ていますよ。後、目を見れば何となく分かります」
いつものように、右手の人差指を唇に当てるようにしてミリアは笑いながらそう言った。
顔に出ている、そうか。これからは気をつけねば。
「安心して下さい。身も心も裸の私を見せるのはあなただけですから。他の男など眼中にありません」
そう言われてドキリ、とした。同時に顔が熱くなった。
「そ、そうか・・・。それは、嬉しいな」
素直な感想を、ぽろりと述べてしまっていた。嬉しかったのだ、それはもう思った以上に。
自分が特別扱いされている、それは錯覚かもしれない。もしかするとミリアの冗談かもしれない、けれど。
それでも嬉しかった。
いや、そうではなくて。
「まあ、服を着替えるんだ。風邪を引く。それと、俺は寝なくても問題はない。前に居た部隊ではほとんど寝ていなかった」
近頃がぬるい生活を送っていたのだ。前のように寝ることなく魔術の鍛錬をするのも悪くはないと思った。
するとミリアは首を振り、
「そんなことをしてはあなたこそ身体を壊しますよ。貴方の事を大事に出来るのは貴方しかいない。例え結婚しようと、私が貴方を大事に想ったとしてもです。想いだけでは救えないものもあります」
「そうか、だがやはり部隊の示しが使ないことの方が問題だ」
「頑固ですね。では隊長命令です。時が来るまでゆっくりと休みなさい、いいですね。自分を大事にするように」
ミリアは少し悲しそうな表情でそう言うのであった。
「分かった」
本当は何一つ分かっていなかった。自分を大事にすることで部隊の結束が乱れ、周囲から、遊撃隊とは使えない部隊だ、と言われることの方が苦痛だろう。
そうだ。もう、使えないとは言わせない。俺はいい、だがミリアは違う。
決してミリアに苦労と迷惑はかけまい。そう心に誓うのであった。
「朝食を食べたら、剣兵の部隊に行きましょう。練習に付きあわせてもらいます」
「分かった」
「遊撃隊、ここに在り、と周囲に知らしめるのが今回の目的です。いいですね」
遊撃隊隊長、ミリアがくすりと微笑みながらそう言った。
何故、そこで笑う。
そう思ったが、敢えてそこには触れず無言で頷くのみにしておいた。
ミリアが部隊長としてやる気になっているのだ、それを押し留めるような真似はしないほうがいいと思ったからだ。
そんなことより、今日から遊撃隊始動だ。
一体どんな部隊になっていくのか、これからどうしていくのか。
俺は一人楽しみでしょうがなかった。
一人で悶々と誰にも必要とされていない日々を過ごすのはもう終わりだ。




