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竜の性

「ヴェル様!」「ヴェル!」


リリスとミリアがこちらに駆け寄ってきた。


だが、それを、まて、と制止する。


「どうして」


リリスが心配そうな顔をして尋ねてくる。


「いや、流石に王妃の顔を治療せねばなるまい。もはや勝敗は決している」


「何を馬鹿なことを。王妃を治療したらまた襲い掛かってくるかもしれませんよ」


ミリアが怪訝そうな顔をしながら言う。


「それは、そうかもしれない。だが、俺は治療してやりたい。王妃に恨みはないのだから」


そう言うと、もう知りません、とミリアは言い下がり、リリスは深い溜息をつきながらやはり下がるのであった。


それに内心苦笑しつつ、ロゼッタに近づきうつ伏せているロゼッタの顔を仰向けに向け治療を開始した。


思った以上に顔の怪我は酷かった。あまりに酷すぎて目を背けたほどに。よく生きているな、と関心する。


竜の力を使い、かつ内面強化はやりすぎたと反省する。


が、手加減して勝てる相手だとも思えなかった。事実最初の一撃でロゼッタは起き上がってきている。もし、影の一撃がなければ死んでいたかもしれない。


そんなことを考えながらロゼッタの顔を治療し、ミリアに傷つけられた額の傷も治療し塞ぐ。


「ん・・・んぅ。こ、ここは」


「お気づきになられましたか、王妃」


「貴方、何故」


何故、と言われた。何故、と言われても正直困った。


「別に貴方に恨みはありません。それに貴方はバルバロッサの王妃、顔が傷ついていては周囲に示しがつかないと思ったのです」


「そういうことではないわ、何故私を殺さないの?後顧の憂いを絶ちたいなら普通殺すでしょ?」


「それは、そうかもしれません。けれど、王妃。こうはっきりと勝敗が決し、それでも貴方はまだ私を殺しになるおつもりなのですか?」


そう、縄張り争いははっきりと白黒ついていた。それは周囲も認める所だろう。


すると、ロゼッタはため息をつき、優しく微笑みながら


「完敗ね、私の負けよ。認めるわ、貴方を」


「そうですか、有難うございます。では、王妃お手を」


俺はそう言いながら立ち上がり、王妃を立ち上がらせた。そしてバルバロッサの下へ連れて行く。


「どうだろうか、勝敗は決し王妃も負けを認めてくれた」


そのようだな、とバルバロッサが笑いながら言った。どうやら結果に満足してくれているようだ。


「最初はヒヤヒヤしたがな。何故最初から羽で防御しないのだ。雷竜の特権だぞ、羽による魔術妨害は。あらゆる魔術を防ぐことが出来るのだ」


バルバロッサが金色の顎髭を触りながら言う。


いや、待て。


「そんな話は聞いていない、説明も受けていない」


「あれ、そうだったか?」


そうなのか、と周囲にいるおじさんや親父にも聞いているようだった。全員一様に無言で頷くのみである。


「死ぬかと、思った」


「いやいや、きっとお前なら成し遂げると思っていた。それで、お前がどうしたいか分かったか?」


バルバロッサが真剣な表情で問いかけてきた。


「俺は、生きたい。このアルカディア大陸で胸を張って、人に誇れるような人生を歩みたい」


「お前は十分に示したではないか。大切なのは他人がどうこう言ったからお前がそうする、ではなく。お前がこうしたいからお前がそうする、お前の意志が大事なのだ。そうでなければ俺は認めない」


それに無言で頷いた。


「して、俺のことを父と早く呼んで欲しいのだが」


「父、か。いや、すまない。どうしても貴方のことを父と思えない。今まで育ててきてくれた親父がいるからな」


そうだった、バルバロッサが父ですと説明された所でいきなり「はい、父さん」とは俺には思えなかったのだ。実の所正直どうでもよかった。


「お、おいファフニル。ひ、酷いぞ!」


バルバロッサがたじろいだ。


「俺、今日を楽しみにしてきたのに。ロゼッタから生き残り認められるのは前提条件だろ。そしてそれが終わったらきっと、父さん、息子よ!と感動場面があると思っていたのに」


バルバロッサが大げさに手を広げ、首をわざとらしく振る。


「いや、それはないな・・。すまない」


素直に頭を下げる。するとバルバロッサは苦笑し、


「いやいい。仕方ないことだろう。だが、お前が元気そうでよかった。これからも頑張って生きて欲しい」


「それなんだがな。俺は無知、無学、無能と言われ魔族軍からも追い出されてるぞ。頑張って生きると言っても魔族軍で生きることは不可能かもしれない」


正直疑問だった。ロゼッタに殺される殺されない以前に、もはや魔族軍に居場所はなく。生きているようで死んでいるようなものだった。と、それは言い過ぎか。一人孤独に毎日飯を食べ、風呂に入り、寝る。それだけで幸せを感じていたのだ、別に不満はない。


ない、が。他人に胸を張って生きている人生だとも思えなかったのも事実だ。


───と


「苦労しているようだな。俺達の最初の頃を思い出させるわい」


バルバロッサがどこか遠くを見ながら、懐かしそうにそう言う。


「そうだな」


腕を組みながら親父が言い、おじさんがどこからか持ってきていた大剣を肩に担ぎながら無言で頷く。


「俺達だって最初から一枚岩というわけではなかった。命からがら生き存えることもあったし。最初は兵数・・・何人だったか」


「百名程度から二十余名にすぐ減った」


「わしらも馬鹿だったな。それで制覇を夢を見たから」


三人それぞれ思う所があるのだろう、口々にそう言いながらもどこか懐かしそうな、嬉しそうにそう語る。


「話がそれたな。ヴェルファリアよ。お前はお前らしくあればいいのだ。そうだ、魔族軍遊撃隊を新設してはどうだ?面白そうだろう?」


バルバロッサが子供に玩具を与えるような風に言う。


「面白そうではあるが、そんなこと可能なのか?」


可能だとは思えなかった。だから可能なのかと問いかけた。


「まあ、可能だろう。ここにほれ、一応軍団長がいるわけだし」


バルバロッサがおじさんの方を指さしながら言い、わしか?とおじさん。


おじさんは頭を掻きながら


「分かった分かった、遊撃部隊な。もはや得物は選ばんぞこの部隊。ヴェル、お前を隊長に、ミリアをつけてやるから二人で自由にやってみろ。後次の戦、お前達を連れて行くから訓練もやるんだぞ」


「ええ!?」


驚きのあまり思わず声が出た。


「軍において役職、肩書きはその必要があるたび新設すればよいのだ。ヴェルファリア、お前苦労するだろうけどきっと良い経験が出来ると思うぞ」


バルバロッサは、ああ、それと、と言い


「お前得物がないんだってな。どれ、俺のいい槍が一本余ってる。それをくれてやろう。後でジークフリートに言って持って行かせる」


またわしかよ、おじさんの声が部屋に響いた。


「ところでおじさん、その持ってる大剣は?」


疑問だった。おそらく部屋の奥から取ってきたのだろうけど。


「んー。これか、竜殺しの剣。万が一お前やミリアが死ぬことがあればこれで王妃を斬ることになっていた」


「え、ちょっとあなた?」


ロゼッタだった。何とも形容しがたい笑みを浮かべながらバルバロッサの方に近寄る。


「いや、それは。仕方なかろう、大切な息子か、そうだな。まあ、ジークフリートの娘を殺しちゃったわけだし。因果応報って西の国の言葉があるじゃないですか」


「あなたが試せって言うから試しただけでしょう!?」


「いや、まさかロゼッタが死んだら他の女とやりたい放題とかそんなこと一切考えてないからね。今日は、第三王妃の番だった、かな・・・」


「あなた!もう・・・」


「ところでロゼッタ、お前疼いてるだろ、身体が」


「なっ・・・」


今までまくし立てていたのが嘘だったかのように、ロゼッタは身体をもじもじさせながら、人差し指を胸のあたりで絡めている。


「そう、ね。ヴェルファリアが思った以上に強い雄で、疼いてるのは確かよ。けど、私はバルバロッサの女よ?」


「だがその疼きは俺でも沈められぬ。おい、ヴェルファリア」


突然呼ばれて驚いた。


「な、なんだ」


全く関係ない話をしていたではないか。


「竜族の雄と雌が争って、雄が勝った場合もう一つあるんだ。これは生殖本能なのだが、基本的に勝った雄の子を雌が欲しがるという習性がある。逆もあるようだがな。俺は負けたことがないから分からぬ」


「ふむ、多少は聞いていたが・・。具体的に聞くのは初めてだな」


「で、お前。ロゼッタを抱け」


「───は?」


何を言っているのか分からなかった。


「お前はロゼッタに勝った。そしてロゼッタが本能的にも敗北を認めてしまったわけだ。もうこうなってはロゼッタはお前に抱かれねば毎日寂しく自分を慰めるしかない。それどころか欲求が抑えきれず発狂してしまうだろう」


「つまりは、あれか。俺が王妃に勝ったから王妃は俺に欲情しているの?竜族の習性で?」


「そういうことだ」


「バルバロッサよ、そういうことだ、ではない。貴方はいいのか、貴方の妻が抱かれようとしているのだぞ」


「良い!竜族なのだ、これが竜族なのだ!貞操がどうとかではない、それ以上の話、本能の話なのだ。竜はとかく個体数が少ない。生き残っていくためにはどうしても子作りに励まねばならぬ。特に雌。その本能に逆らうことなく抱かせてやることが大切なのだ。大切なのは次代に子を残していくことなのだ」


「王妃、貴方はそれでいいのですか?」


とロゼッタの方をみて驚いた。はあはあ、と息を荒げこちらを頬を赤らめながら見ている。


「王妃・・・?」


「ああ、もう。吐息だけで感じちゃう。お願い、お願いだから抱いて」


「そ、そんな馬鹿な」


思わず両手で顔を覆っていた。


───と


「我慢、出来ない!」


ロゼッタのその一声と共に身体に衝撃が走った。ロゼッタに抱きつかれたのだと気づいた時にはもう遅かった。


「う、動けん」


「寝室に連れて行くわ。そのまま行きましょ。大人の魅力を教えてあげる。他のことも色々と」


そう言うなりロゼッタの寝室に連れて行かれ、お互い裸になり豪華なベッドの上に飛び込んだ。


そしてベッドの中で、ロゼッタは色々なことを手とり足取り教えてくれた。


どこを触れば良いのか、どうすれば気持ち良いか、そして。どうすれば愛し合えるか。


「本能だからとだけで抱いているのではないのよ、当然そこに愛もあって然るべきだと思うの」


軋むベッドの中、行為の途中にロゼッタがそんな一言を言っていた。


「貴方とこんなにも距離が近い、体温を感じる。だから当然温かいと思うでしょ。でもね、その距離にあって温度を感じないことだってある。そこに心の繋がりが、愛がないから」


そう言ってロゼッタは俺の唇に涙を流しながら唇を重ねる場面があった。


きっと、俺とバルバロッサを重ねていたのかもしれない。そんなロゼッタを見て漠然と思ったことだ。


当然だ、と言う気持ちと目の前に俺がいるのに他の男の事を考えるロゼッタを許せずに、より激しく、愛など分からぬままひたすらに精一杯ロゼッタを果てさせた。


愛は分からなかった。ただ熱かったとだけ記憶している。


途中から「許せない」から「忘れさせてやる」と。


ただその気持ちだけでロゼッタをひたすら抱いた。ベッドが軋むごとに嬌声を上げるロゼッタ、それを見下ろしながら何とも言い得ぬ征服感を感じていた。


俺が、あれほど強大な強さを持ったロゼッタを組み敷き自分が思った通りに反応し、その度に嬌声を上げる状況に酔いしれた。


女を抱く悦びを俺は、そこで知ったのだ。だが知らなくてもいいことも知った。


「大人の愛」と言うものだ。誰かの代替品となって人を愛するのは辛かった。その辛さから逃れるためにさらに必死にロゼッタを抱いた気がしないでもない。


良くも悪くも全て、全てロゼッタが教えてくれたようなものだった。


ひとしきり行為を済ませ、服を着、寝室を出る間際、ロゼッタは最後にこんな一言をこちらに投げかけてきた。


「激しかった。そう、それでいいのよ。女性を愛すにはそうでなければ。嗚呼、貴方のこと、本気で愛してしまいそう」


と。


「馬鹿なことを。貴方にはバルバロッサが、王がいるでしょう。そして俺には婚約者がいます。一夜限りの関係だ。貴方が竜の本能とやらに抗えないというから手伝ったまでです。それと、俺はバルバロッサの代替品ではないんだ。だから、もう貴方を抱くことはないだろう」


愛してもらうならバルバロッサに愛してもらえ。言外にそう、返した形になる。


「ふふ、貴方はまた私を今度は優しく抱くことになるかもしれないわ。そう、貴方の子がここに宿った時にね」


ロゼッタが微笑みながら言う。


何を馬鹿な、そう思い寝室を出た。


その足でおじさんたちがいるであろう幕舎に向かうと、おじさんとミリアがいた。


おじさんは「元気そうだな」と言い、ミリアは冷たい目で「一週間ぶりですね、お久しぶりです」と一言言うのみであった。


俺は、気付かぬうちにロゼッタと一週間もの間抱き合っていたことをミリアの一言で気付かされることとなった。



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