決着
咄嗟のことだった。
否、無意識だった。羽が勝手に自分の前で防御をしてくれた。
と、同時に何事もなかったかのように暗黒剣が打ち消される。
黄金色に透き通る羽の先にいるロゼッタが唖然としている。
「一体何が・・・」
思わず呟いていた。
「ヴェル様!」
リリスとミリアがこちらに走ってきていた。
「来るな!」
それを制止し、自身は立ち上がる。
「何、その身体でどうするつもり?」
未だ肩の傷は塞がりきってはいなかった。だが、動けないわけでもなかった。
「王妃、今一度尋ねよう。これが最後だ。本当に、貴方は俺を殺したいのか否か」
「私は・・・。私は別に貴方が憎いわけではないわ。けれど、貴方がバルバロッサの息子であるとはっきり分かった以上本気で試したくなったわ」
「試す?試すとは」
「竜族はね、戦いあうことでしか分かり合えない種族なの。竜族は二択、戦うか、戦わないか。嫌なら縄張りの中に引き篭っていればいい。それが我慢出来ないなら争って勝ち取るしかない」
ロゼッタは笑顔でそう言った。
「なるほど。バルバロッサは、つまりそう言いたかったわけか。要は、俺が俺らしく生きたければ勝ち取れ、ということだな」
縄張り、俺にとっては魔族軍・・・ではない。アルカディア大陸全体がそれに当たるだろう。
俺がこの大陸でこの第一王妃に認められ生きていくには、戦って殺してでも認めさせるしかないようだ。
「いい顔付きね、ヴェルファリア。その顔、ゾクゾクするわ」
熱い、身体がただ熱かった。
「その前に傷を癒しなさい。万全な体制でやりあいましょう」
ロゼッタは笑顔でそう言うと踵を返し部屋の中央に歩いて行く。
「感謝する」
ただ一言、俺は感謝を述べた。
それからしばらくして。完治した俺はロゼッタの前に立つ。
そして構えた。周りの者は全員離れて固唾を飲み見守ってくれた。
「行くわよ、ヴェルファリア」
そう言ってロゼッタは右手をこちらに向け暗黒剣を飛ばしてくる。
だが、先ほどとは違い見える。竜の眼のおかげだろう。
だからそれを横に軽く飛び避ける。
「よく避けたわね、しかしこれならどうかしら」
何と今度は暗黒剣を五本展開してきた。
が、こちらも見ているだけではいけない。
とにかく反撃を、そう思い氷のつららを展開する。速度を重視したため十本しか展開出来なかった。
それを即座にロゼッタに向け撃ちだす。
「甘いわよ!」
暗黒剣と氷のつららが激突する。つららを貫通し暗黒剣が飛んできた。
暗黒剣の方がやはり上手か、そう思いつつ羽で暗黒剣を防ぐ。そして羽の裏で再び氷の魔術を使うため魔力を周囲に展開する。
「どうしたの、防戦一方?」
さらに暗黒剣を飛ばしてくるロゼッタ。それを羽で打ち消し、氷のつららを展開、反撃する。
今度は相当に魔力を込め、つららの数は二十にもなる。
さあ、これを避けれるか!
「甘い、甘すぎる!」
ロゼッタが両手をこちらに出してくる。どうやらロゼッタの正面に暗黒剣を壁状にし展開しているようだった。
「・・・ん?」
疑問に思い、もう一度氷のつららを展開し飛ばす。
「だから何度やっても・・・」
両手を前に出しながらロゼッタが何か言おうとする。
そこに一足飛びで接近し、羽で思い切り殴打した。
「が・・・はっ・・・」
ロゼッタが右にすっ飛ぶ。
あれ、実はこの人物凄く弱いんじゃ、その飛んでいったロゼッタを見ながら思ってしまった。
いや、そんなことはないか。多くの人々が恐れているのだ、そんなことはない。
そんなことはないが、弱点が見え見えである。
いや、もちろん単純に羽で殴りつけたから攻撃が通用したというのはある。
暗黒剣を打ち消せたのだ、羽で殴打すれば暗黒剣の壁を突破し殴り飛ばすことが可能なのは分かっていた。
が。それ以外に、もう一つ致命的な弱点がある。
それは推測だったが、対峙することで確信に変わった。
最初から違和感があったのだ。
もしも、の話になるが。
もし俺が暗黒剣を使えて、しかもそれを壁状に展開出来るならずっとそうしてるだろうな、と。
見ていて漠然とそう思った。それほどに暗黒剣は便利な魔術である。恐ろしいとも思ったが、心のどこかで羨ましいとも思っていたのだ。
それは完璧なまでの破壊力、そして防御力。それを備えているからに他ならない。
だが、ずっとは展開出来ないのだ、この魔術は。
それはどの瞬間か。
これはミリアの最初の一撃に話は遡る。
ミリアがロゼッタに一撃を加えた時、一体どういう状況だったのかを考えれば自ずと答えは出た。
ミリアの一振り、ロゼッタは後ろに飛び回避した。ロゼッタにも竜の眼が当然あって動きが見えたのだろう。だから回避した。
確かにそうかもしれない。
───だが、本当にそうだったのか
そこを俺は疑った。
そして試した。結果はこの通り、ロゼッタは吹き飛び、俺は生きている。
試したのは、こうだ。
氷のつららを投げつけ、おそらくロゼッタは暗黒剣を壁にして防御をするに違いない、と。そこを羽で殴打。
だが、これをするには大前提がある。
羽で殴打するには「物凄く」隙が出来る。一瞬羽を広げ、そして身体を捻って攻撃するわけだ。
純粋に拳で殴るよりずっと隙だらけだ。この隙を狙われたら俺は即死していることだろう。そもそも羽を開いて無防備状態を晒すなど通常自殺行為に等しい。唯一暗黒剣を無効化出来る羽を広げるわけだ。
が、実際はどうだ。逆に圧倒していると言って良い。
その理由、それは暗黒剣を「攻撃」と「防御」同時に展開出来ない、という事だ。
そう、だからあの時ロゼッタはミリアの攻撃を防御することを「放棄」し、回避したのである。
ロゼッタが暗黒剣を投げつけようとしたのとほぼ同時にミリアの攻撃が飛んできたのだ。おそらくロゼッタは驚いたことだろう。
自分が攻撃しようとしたその時に、隙だらけのそこを狙われたのだ、だから回避した。
攻撃と防御が同時に出来ないからだ。
が、回避と同時に攻撃しようとしていた暗黒剣を防御に回した。が、間に合わずミリアの一撃はロゼッタに入ったのだ。
「っう・・・やって、くれるじゃない」
ロゼッタが口元の血を拭き、立ち上がる。
それに構わず氷のつららを周囲に展開、投げつける。
「そう何度も通用すると!」
「思うさ、何度でもな!」
そのまま氷のつららに合わせて移動、ロゼッタを翼で殴打する。そのまま空中に打ち上げた。
「な・・・」
さらに空中に浮いたロゼッタに向け氷のつららを投げつける。狙うは顔面。
「ちょ、ちょっと」
ロゼッタが慌てて羽で顔面を防ぐ。
それを見て思わず口元が緩んだ。
やはり、な。
暗黒剣の壁は下半身から上半身へ防御する魔術なのだ。でなければミリアの二の太刀残月が防がれ、かつ額から傷がついた説明がつかない。
もしそうでなければミリアの一撃でロゼッタの少なくとも服は裂けていただろうし、下手をすれば下半身は真っ二つだ。が、ロゼッタはあの一撃を防ぎ得た。
それが逆にこの推測を生んだのだ、そしてそれは当たっていた。
「ええい!小僧が・・!」
「舐めるなよ、か?」
苦笑しながら言い、影に魔力を込め空中のロゼッタを追撃するよう命じる。
「舐めるなよおおおお!」
「それは、こちらの台詞だ」
それと同時。
「がはっ・・・ば、馬鹿な!?」
ロゼッタが空中に浮いているさらに上、俺の影がそこにいた。全力で地面に叩き落とすように踵落としをロゼッタの背中に決める。
慌てて後ろを振り返るロゼッタ。
「すいません、王妃・・・。その綺麗な顔ぶっ飛ばします!」
そう宣言し、拳に風の魔力を込める。
竜の力を発揮しながら内面強化を実戦で使うのは初めてだった。
だから宣言したのだ。
「すいません」と。
「や、やめろ・・・こ、降参!やめてええええええええ!」
「またまた───ご冗談を!」
急降下し慌てふためくロゼッタ王妃の顔面めがけ俺は思い切り拳をめり込ませた。
「ふう」
「ふう・・・じゃねえぞ、小僧・・・・!」
地面に回転しながら叩きつけられ、鼻血を勢い良く流しながら。それでもなおロゼッタはふら、と立ち上がった。顔が少し陥没してるように見えた。
「よく立ち上がられました。うわっ酷い顔です、大丈夫ですか?」
やったのは俺だが、これは酷い、と思った。
「まだだ、まだ終わって・・・」
ロゼッタがそう言い終える前に、
「いいえ、終わってます」
片目を閉じ、左手の親指を立て、下に下げながら言う。そう、もう勝敗は決している。
「───何を」
おいおい、王妃。忘れたのか。
───俺が空中に展開させた影を。
影は勢い良く空中から落下し、ロゼッタの後頭部めがけて全力で踵落としを入れる。それは見事に決まり、今度こそロゼッタは前のめりに倒れた。




