闘宴
「何をしてるんですか、早く逃げますよ!」
ミリアがこちらに走ってくるなり叫ぶように言う。
「ですがヴェル様が!」
リリスが俺を肩で支えながら言う。
「いいから俺は置いていけ。これは、まずい事態になってきた」
許さん、許さんぞと叫びながらゆっくりとこちらに来るロゼッタ。もはやあれは人の形をした化け物になっていた。
「ええい、まずは小娘お前だ!」
そう言ってロゼッタはミリアに向けて暗黒剣を飛ばした。それをこちらと距離を取るように飛んで回避するミリア。
さらに暗黒剣が飛ぶが、ミリアがとにかく回避に徹して注意を引きつけてくれているようだった。
「ちょこまかちょこまかと。この私の暗黒剣を、それで見切ったつもりか小娘がっ!」
ロゼッタがそう叫ぶと右手から先ほどとは比べ物にならない長さの剣を天井に向かって展開する。
パラパラ、と何かが落ちてくる音がした。
それがとても高い天井から落ちてきた石だと気づいたのと同時。
「死ね、小娘!」
思い切りミリアに向かってその暗黒剣を振り下ろした。
「舐めないで下さい!」
ミリアがそう叫ぶ。
そうして。とてつもなく大きい暗黒剣が振り下ろされた所に、ミリアはいなかった。
あんな巨大な魔力の塊、喰らえば消滅は必至だった。赤煉瓦で出来た建物でなければ真っ二つなほどの大きな剣だ。
ミリア、お前は死体すら残さず死んだのか?
その光景を見て、愕然とする。
「ふん、小娘め。跡形もなくなったか。これで───」
ロゼッタが後ろに落ちている扇を拾いに行こうとしたのだろう。後ろを振り返った瞬間だった。
「───油断、しましたね」
何が起きたのか、分からなかった。見れば振り返ったロゼッタの後ろにミリアはいた。
そして必殺の横薙ぎ払いがロゼッタに振るわれ、
「小娘、お前から近づいてくれるとはな。生意気な」
何故か刃がロゼッタの傍で止まっていた。
まずい、と思った。
確かにミリアは圧倒的に強い。おそらく誰よりも早く強い。
だが、弱点がないわけじゃない。魔術という存在だ。
「ミリア、引け!」
直感で思わず叫んでいた。その声に気づいたのかミリアはさらに後ろに飛びロゼッタと距離を置く。
こちらとかなり距離が空き、その表情を伺い知ることは出来ないが動揺しているに違いない。
ミリアが時間を稼いでくれたおかげでこちらは逆に冷静になりつつある。ミリアがいなければとうの昔に俺は死んでいただろう。
後で感謝しなければ、と考え思わず口元が緩む。
どうやら、俺はここで死ぬつもりはないようだ。そしてミリアも死なせるつもりはない。
「リリス、ミリアの援護にいけ。ただし、回避重視だ。近接攻撃はおそらく通用せん」
「しかしヴェル様は?」
「大丈夫だ、幾分か冷静になってきた。やるしか、ない」
肩を貸してくれているリリスに言う。
「やるしか、と申しましても」
心配そうな表情でこちらを見ながらリリスが言ってきた。
「では聞くが、どこに逃げるつもりなんだ」
そう、逃げる場所などなかった。後ろにある大きな扉はこちらからは開けられない。兵士が二人がかりで開けており、外から塞がれている形だ。
何らかの仕掛けがあるか、内側から外に声を出さない限り開けられないようになっているのではないか、と考えたのだ。
それは、とリリスが一言言い、そのことにはっと気づいたようだった。
「そうだ、最初から逃げるなんて選択肢はなかったんだ。だから、やるしかない。巻き込んですまないが、頼む」
そう、これは本来俺だけの問題。それは変わらない。
だが、ミリアが横から助けてくれ今俺は生きている。そしてリリスが庇ってくれたから、俺は生き残れたに違いない。
そしてこの時点で。もう、二人とも巻き込んでしまっているのだ。
こうなった時点で、もう俺一人の問題ではなくなっているのだ。
何より。おそらく、ここから「二人を見逃してくれ」とあのロゼッタに言った所で許す様子はなさそうだ。ならば、もうあのロゼッタをどうにかするしかないではないか。
では今出来る最善の策といえば、それは三人でロゼッタに立ち向かうこと、それしかない。
後で情けないと言われようが、卑怯と言われようが構わない。今は生き延びることしか考えられなかった。
───頼るしかない、リリスに。ミリアに。
「分かりました、ヴェル様はそこに居て下さい」
「待て、その前にリリス。手の治療をする」
俺はそう言って魔力を込め羽を展開する。
「リリス、手を見せてくれ」
リリスが俺を地面に下ろし、掌をこちらに差し出してくる。赤く染まっていた。
すまない、そう言い魔力を込め手に触れる。傷は一瞬で塞がった。
「有難うございます、では行ってきます」
リリスはそう言うと地面の槍を拾い、羽を展開。こちらを振り返らずミリアの援護に向かった。
よし、今度は自分の番だ、と肩の暗黒剣でえぐられた場所を触れようとして何もないことに気づいた。
見れば綺麗な空洞が出来ており、そこから大量の血が出ていた。傷口周辺は真っ赤に染まっている。
よく痛みがないものだと不思議に思う程には冷静だった。
とにかく周辺から治療し、傷口を塞いでいくしかない。
が、とにかく時間がかかる。その間に王妃がこちらに気づき攻撃を加えてきたら俺は死ぬだろう。
ただでさえ派手な金色の羽だ、気付かれないわけがない。
果たしてどれだけの時間気付かれずに済むか、分からなかった。
けれど、やるしかない。とにかく急いで治療を開始した。
奥の方ではミリアとリリスがロゼッタと戦っている姿が見えた。
ミリアが攻撃し、ロゼッタの注意を引く。そして暗黒剣を飛ばそうとした所にリリスが全力で突きを繰り出してすぐさま引いている。
見事な連携だと思った。が、同時に、やはり、とも思う。
やはり、あの王妃に近接攻撃は通用しない、と。
暗黒魔術とは攻撃だけでなく防御にも転用が可能なのかと推測する。
おそらく、可能なのだろう。刃のように鋭い剣を展開出来るのだ。さらに無駄に大きな剣にも出来た所を見れば形状は自由自在に操れるのではないか。
だから、と言うべきか。それを大きく広げ周囲に展開することも十分に考えられた。
つまり、王妃の周囲に常に暗黒剣の壁が出来ている、ということだ。通常の近接攻撃はまず通用しない。
そうでなければ説明がつかない場面があった。ミリアの必殺の一撃が寸前で止まった事だ。
では、完璧な魔術であるか。
その答えはおそらく否。
弱点がない魔術というものは聞いたことがない。
よく考えろ、あの王妃が取った行動を。
冷静に、と思った瞬間
「小賢しいのよ、小娘達が!」
ロゼッタが思い切り魔力を前に放っているのが分かった。
「ミリア、こっちへ!」
触れるだけで傷つく暗黒剣、回避以外の選択肢はない。
リリスには竜の眼がある。だから回避が出来る分安心ではあった。
こちらにも竜の眼はあるが、遠すぎて魔力の流れまでは分からなかい。だから起きた現象を見て考えるしかない。
見ればリリスが一足飛びに飛ぶミリアの手を取り、思い切り引き寄せていた。
おそらく正面に暗黒剣を広範囲に展開したのだろう。だからあんな隙だらけな回避法を取ったに違いなかった。
「ようやく、動きが止まったわね。死ね!」
ロゼッタが体制を崩した二人に向け暗黒剣を放とうとする。
が、させるか、と内心叫ぶ。
もはや黙って見ていられなかった。
影に魔力を込めロゼッタを攻撃するよう命じる。
狙うは隙だらけなロゼッタの背面。そして影は一瞬でロゼッタの背面に行き、全力で蹴りを入れさせた。
───が
「いたっ、痛いじゃないの!」
六枚羽に阻まれ致命的な打撃を与えられなかった。が、ロゼッタの体制がそれで崩れる。その隙にリリスとミリアは体制を整えていた。
「一体何・・・って、ヴェルファリア貴方なんでそこにいるの。傷は?」
ロゼッタが背面を振り向き、影の俺を見て驚きを隠しきれずにいた。
影は羽を生やすことは出来ない、竜の力までは再現出来ないのだ。もしかしたら工夫すれば出来るのかもしれないが、現状は無理だ。
が、ロゼッタが驚いたのはそういうことではない。
おそらく「傷」や「服の汚れ」と言った物がない俺の影を見て驚いているのだ。
影はそこまでは再現出来ない。
言ってしまえば、「綺麗すぎる」俺がロゼッタの目の前に現れ立っているのだ。彼女からすれば違和感は絶対にあるだろうし、何より暗黒剣を受けてすぐに動けるという事態が異常なのだろう。
「ええい、まあいい。手間が省けるわ。一気に消し飛ばしてくれる!」
その一言と共にロゼッタの魔力が膨らむのを感じる。
思わず影に叫ばせていた。
「ミリア、リリス。とにかく下がれ、距離をとれ!」
そして影に攻撃させる。
───が
それは一瞬だった。一瞬にして影が消し飛んだ。
魔力が弾けた、と思った瞬間、あっという間に消滅した。
その間にリリスとミリアはロゼッタから思い切り距離を取り難を逃れていた。それに内心ほっとする。
見れば、ロゼッタが立っている所を中心に地面が円形にえぐれていた。あの範囲内にいたらと思うとゾッとした。
おそらく跡形もなく俺達は消し飛んでいたに違いない。
なんという破壊力。おそるべき暗黒魔術。
破壊の象徴としか思えなかった。
あらゆる属性の魔術を学び実践してきたと思う。が、ここまで「破壊」に特化した魔術を俺は見たことがない。
そこまで考えごくり、と唾を飲んだ。
強すぎる。それはもう圧倒的に。
そして同時に連想される「死」の予感。常に付きまとうその考えを振り払うように首を振った。
何を弱気になっているんだ、二人は頑張ってくれている。とにかく治療を急げ、それからだ。
と思っていると、
「ん?あれ、ちょっと───そこで何をしているのよ!」
しまった、ばれた。背面からロゼッタを攻撃させたことが仇になった。彼女の背面は、振り向けばこちらが視界に入る。
「黄金の、羽?」
首を傾げながらロゼッタがコツ、コツと石畳を歩く音をさせながら近づいてくる。
死が、近づいてきていた。
コツ、ある一定の所でロゼッタが足を止め右手を腰に当て何かを考える仕草を見せる。
そうしてこう言ってきた。
「貴方、本当に・・・バルバロッサの息子なのね。貴方の望みは何?富や名声?それとも王の座?貴方が望めば何でも手に入るわよ、その気になればね」
何を言っているのか分からなかった。
が、治療の時間が欲しかったので話を合わせることにする。
「俺はそんなもの求めてはいない。ただ平穏な時を生きたいと思っているだけだ。王妃、貴方に出生の秘密がばれると殺されると聞かされた、だが俺は死にたくない、生きたい」
「そう、けれどそれは無理な相談よね。私は子を授からなかった、今も望んでも子は授からない。もうバルバロッサは私に愛想を尽かしたのかしら、抱こうともしてくれなくなったわ」
そう言って掌に暗黒剣を展開してこちらに向けてくる。
「憎い、とは言わない。けれど羨ましいわ、エルグランドが。どうして私には子が出来なかったのに貴方には出来たのかしら。どうして───」
そう言ってロゼッタの黄金色に輝いた眼から涙が零れ出た。
「ずっとバルバロッサを傍で支えてきた。いくつもの苦難を乗り越えてきた。それで望んではいけないの?幸せを!」
黙って聞いていればこの女、そうどこかで思った自分がいた。
だから肩を押さえ治療をしながらも立ち上がり、俺は言った。
「では尋ねるが、俺の母が悪いのか?王妃、貴方がどれほどの苦労をしてきたのか俺は知らない。だが、それとこれは話は別だ」
「子が授からないことが不幸せなことなのか?俺の母の気持ちは?きっとバルバロッサの傍に居たかったろう。そして俺の存在を貴方に隠すことなく陽の当たる所で生きたかったはずだ。ずっと隠れるようにして生きてきた母のその人生を、貴方にとやかく言われる筋合いはないだろう」
「そしてバルバロッサの気持ちは?貴方は傍にいながら、だからこそ距離が近すぎて見えていないのではないか?」
すると、ロゼッタは、子供が分かったような口を、と言い暗黒剣を飛ばそうとする。
「俺は、死ねない。他でもない王妃、貴方の為にもだ。バルバロッサにとって俺は待望の子、らしい。だから彼の為にも死ねない。当然母にとっても望まれたから生まれたのだろう、だから死ねない。そして、俺が死ねば間違い無く二人は不幸になる。バルバロッサの傍にいるであろう貴方も当然不幸になるだろう」
「どういう、ことよ」
「バルバロッサが失意の日々を送ってみろ、貴方はそのバルバロッサの姿を見てどう思うか、だ。辛くはないのか?それを不幸と呼ばず何と言おうか」
するとロゼッタが舌打ちをした。きっと思うところがあったのだろう。
「尋ねよう。貴方はバルバロッサと第二王妃との子を殺したと聞いた。その時のバルバロッサはどうだったんだ?きっと失望したはずだ、そして貴方は第一王妃。そんな王の最も近くにいた存在だ」
「それを繰り返すおつもりか!」
下を俯いているロゼッタに叫ぶように言う。
「黙りなさいよ!」
そう叫び、ロゼッタは今度こそ俺に向け暗黒剣を飛ばしてきた。




