計画
「わたくしの、記憶を・・・消す?」
リリスが唖然としながら言う。
「済まない、だが、それしか・・・」
「嫌で御座います!どうしてヴェル様の記憶を消さねばならないのです?いっその事自害をお命じ下さい!」
「俺に、お前を殺すことも自害を命じることも出来ん。お前は、大切な人だと思っている。記憶を消す理由は、俺の生まれのせいだ」
「ヴェル様の、生まれ?」
それに、そうだ、と答える。
「済まない、俺の事情で。もう消すのだから言ってしまうが俺はバルバロッサの息子だ。ファフニルの息子ではなかった。バルバロッサとやはり竜族の母である第五王妃と間に出来た子だったんだ」
「そ、そんな・・・」
「が、問題は第一王妃の方だ。第一王妃が嫉妬深いらしくそのことがばれると俺は殺されるらしい」
「つまり、口止めのため、ですか」
「念入りに記憶まで消して、な」
「嫌です!どうしてもというならやっぱりわたくしをその手でせめて、殺して・・・」
「その気持ちも、記憶を消せば関係なくなる。記憶は今日の会談の後消すことになるだろう」
───と
「おい、二人共ちょっといいか?」
おじさんが遠くから声をかけてくる。
「なんだろう、ちょっと行ってみよう。そうだ、リリス。お前が例え忘れても俺は忘れない。決してお前のことはな」
そう言ってリリスの手を取り、二人でおじさんの所に向かう。
おじさんの前に並んだ所で、おじさんは俺とリリスの顔を交互に見て、
「うむ、今日の会談だがリリスも特別にご招待だ。初めての女性の将ということでな。それと今日は夜までこっちにいろ。後、お前分かっていると思うが早まったことはするなよ」
「分かっている。リリスにも事情は話した、どうせ記憶を消すのだしな。構わんと思って」
「その記憶を消すの、それなしでいいから」
「───は?」
リリスもきょとんとしていた。
「いやだからそれなしで。解決法を考えた。今日決行するから安心しろ。まあリリスのことだから言わなくていいと思うがヴェルのことは決して口外するなよ。ではな」
おじさんはそういうとどこかに歩いて行った。
「どういう、ことですか?」
「さあ、分からない。ただ、記憶を消すな、とはどういうことだ?まあ、何か解決法があるなら喜ばしいことだが」
「良かった・・。ヴェル様との記憶が失われなくて」
「そう、だな」
そう言っていると、
「朝御飯ができましたよー」
おじさんの幕舎からミリアの声が聞こえてきた。
「リリスも一緒に来い。久しぶりに食べよう」
「はい、喜んで」
久しぶりにリリスの笑顔を見た気がした。
そうしておじさんの幕舎に来て全員が椅子に座る。
前には見たこともないものが並んでいた。
「なんだ、これは?」
「味噌汁です。そしてこっちが小麦ではなくお米と麦です。西の国の代表的なものです」
「ほう、これは凄いな。ところでスプーンが見当たらないのだが」
見れば妙な棒が二本目の前にあった。
なんだこれは?
「あの、それは箸で食べるのです。こうです」
そう言ってミリアは「いただきます」と言って箸を取り、ご飯を挟み込んで食べていた。
「へぇ、器用なもんだな。リリス、スプーンを取ってくれ」
「あ、そう言われると思って取ってきました」
「ちょ、貴方達。箸を使いなさい!」
ミリアが怒る。
「いや、悪いが食事で時間を割きたくない。・・・なんだ、この米というのは。粘って食べづらいではないか」
そしてリリスの方を見ると、リリスも食べるのに手こずっているようだった。
「もう、知りません!」
そう言いながらミリアは一人箸でご飯を食べ、リリスと俺はスプーンで食べるのであった。
食べ終わり、ミリアが「ごちそうさまでした」と言って片付けをする。
「済まないな、片付けまでさせて。あ、ご飯は美味かった」
「そうですか、何か考えていたのと違いますけど美味しければよいでしょう」
そう言ってミリアは幕舎から出て行った。
リリスと二人きりになる。
「ん、リリス、顔に米粒がついているぞ」
唇の傍についてる米をひょいとすくい、食べた。
「あら、すいません・・・。それにしても食べづらかったです。美味しかったですけれど」
「そうだな、次からは味噌汁とやらだけにしてもらおう。飲むだけだし」
リリスは、そうですね、と言いながら、話を本題に、と進めてきた。
「今日の話だな。今日会談があり、そこではバルバロッサ、ファフニル、ジークフリート、おじさんな。そして俺とミリアで集まることが決まっていた。そこにリリスも突然の参加、らしいな」
「どうしてそこにミリアもいるのですか?」
「ああ、それは・・・」
と言った所でミリアが戻ってきた。空いている椅子に座るなり、
「私との結婚をそこで公にするのよ」
くすり、と微笑みながらミリアが言った。
「おいおい、さっきまでの凛々しいミリアはどこに行った。さっきは物凄く格好よかったのに」
「あらあら、惚れて下さいました?ならばそのままでも良かったのですが」
ミリアは、からかうようにそう言いながらも真面目な顔つきでこう続けた。
「さっきは、彼女も必死でしたし真剣だったからそれに応えたまでです。普段からそういう振る舞いと言うのは性に合いません。それと私自身思う所があったのです」
「思う、所?」
一体何があったのだろうか。
「ヴェル、貴方に負けた時に人のために力を振るえるといいな、と言われたことを彼女との戦いの中思い出しました」
「どうして、そう思ったんだ?」
「私は人のために力を振るったことはありません。自分の為に、自分自身を鍛えるためだけに鍛錬してきました。そしてそれは間違っていないと思っています。しかし、貴方達と出会い迷いが生じたのも事実です」
ミリアはどこか寂しそうな表情を見せながら、
「先ほどの彼女の槍は、ヴェルに会いたい、その一心で振るわれていたのはわかりました。もちろん彼女の為に彼女は槍を振るっていたのでしょうけれど、ヴェルをどこかで想っていたのではないでしょうか。そう考えたら自分の武の一振りは何も望むものも背負うものも、想うものすら何もない無だと感じたのです」
そう、ミリアは言った。
だが。
「そんなことはないぞミリア。お前の技見事だった。お前は気づいていないだけできっと何かを望んでいるはずだ。お前の戦いを見ている時、お前の人生とはどんなものだったのかを少し考えた。一日中金槌を振るっているとお前のお父さんに言われて真剣にお前のことを想った。何を考え、何を感じ、どう向き合って金槌を振るってきたのかと」
「ヴェル、貴方は・・・」
「俺は、純粋にお前が凄いと思った。お前の生き様が俺を感動させたのは事実だ。お前の武は、美しい。無というならば、それは無意識の美であり強さだと俺は思う。そこに劣等感を抱く必要はない、むしろ誇るべき所だ」
「そんなこと、初めて言われました」
「俺に武の難しいことはわからない。が、思うことはある。変幻自在の無形、無意識こそ最強なのではないかと。ミリア、お前はその歳にして早くもその域に到達しているのではないか」
するとミリアは、優しく微笑みながら、
「私にも実のところよく分かっていません。が、敵を前に武器を振るう時の自分は無意識のうちに攻撃と防御を繰り出しています。ただ、全力で対峙するだけです。真の敵は己に在り、そう心に秘めて一撃を打ち込んでいます」
「いいんじゃないか、ミリアお前にもいずれきっと守るものが出来る。お前の言葉を借りるなら、守る力がなければ意味がないんだ。そうだ、一理あるんだ。自分自身を守る力のない者に、他者を守ることなど出来ない」
そう言って、こう締めくくった。
「逆を言えば、お前はいつでも他者を守ることが出来る領域に今、立っている。そのことさえ忘れなければいずれ気づかぬうちに自分だけでなく他者も守れる者にきっとなっていることだろう。そもそも俺だって他者のために振るってるつもりはない。無意識のうちに気づけば他者を守っていただけだ。そんなもんじゃないか?」
「ヴェル、貴方はそこまで真剣に私の武について考えてくれていたのですね。初めてです、嬉しいです」
そう言ってミリアの目が涙で潤む。
その涙を見て、嗚呼、そうかと気づいた。
この子は、ただ誰かに認められたくて頑張ってきたんじゃないか、と心の何処かでそう思った。
ならば誰でもない、俺が彼女を認めてやりたいと思ったがそれは口にしないでおいた。
別に俺は偉くもないし、そこまで言う権利はないように思えたからだ。権利の問題でもない気がするが。
───と
「良い感じの所悪いのですが、わたくしもいます」
リリスが声を発して驚く。
「あ、ああ。もちろん忘れてないぞ。で、どうした?」
すると、リリスはどこか心配そうにこう言った。
「今日の会談のことです。いえ、勿論結婚がどうという話があるわけですけど、それが本題ならわたくしは呼ばれない気がするんですよね」
と言われ、よく分からなかった。
「何故、そうなるんだ?」
「だってそうでしょう。ヴェル様とミリアとの結婚をわたくしが何もなしに認めると思いますか?」
「それも、そうか。いやまて、どうせ親父が断ると思っているんだが」
「まあ、それはいいでしょう。どちらにしろ、です。結婚の話をつつがなく行いたいならばわたくしを呼ばずに二人で済ませてしまう方が話は早いはずなのです」
言われて納得する。確かにその通りだ。
「では、裏に何か意図があるとリリスは言いたいわけだな?」
「そこまではわたくしにも分かりません。しかし何かあるのではないでしょうか」
ふむ。
───と
魔力が一つ近づいてくるのを感じた。
「誰か来る」
三人が外に意識を集中する。誰かと思えば、おじさんだった。
「言うのを忘れていた。各自得物、武器持って来い。間違っても訓練用のなんてもってくるなよ。リリスは黒い槍、ミリアは村正、分かったな。後正装で来い」
俺には特に武器がないので何も言われなかった。服も未だ弓兵の服しかないんだよな。
言うだけ言っておじさんは走ってまたどこかに去っていった。
「何とも絶妙な所で来たな。武器、か。確かに妙な話になっているようだ」
するとミリアは、先ほどの沈んだ感じではなく、いつものように明るく振るまいながら、
「くすくす、まあいいではありませんか。言われずとも武器は持って行きましたよ当然」
「ミリア、お前は最初から何かに気づいていたということか?」
流石、出来る女は違うと思った。
が、次の一言でそんなことはなかった、むしろより物騒なことを考えていることを知ることとなる。
「いえ、もしヴェルとの結婚を破談にするようなことがあれば、全員を脅すか、最悪皆殺しにしてでも結婚しようと考えていただけです」
怖い、怖いから。しかも冗談でなく本気でやりかねないから恐ろしかった。
「と、なれば。わたくしは絶対に反対なので。どの道、黒竜の牙が必須なようですね」
リリスもさっきの不安はどこ吹く風。やる気が出てきていたようだった。
「くすっ、次は手加減しませんよリリス」
「それはこちらの台詞ですよミリア」
二人は口元は笑っているが、目は笑っていなかった。
何故だろうか、俺はそんな二人を見ながらお腹のあたりが痛くなるのを感じた。
それから数時間後。
おじさんが幕舎に戻ってきて、会談場所に連れて行くからと俺達を連れ魔族軍の中でも偉い人しか来れないと言う城に連れて来られた。
「さて、どうなるか」
思わず呟く。
「ここまで来れば何が出てきても。毒を喰らわば皿までも、なんて言葉もありますよ。毒、効きませんけどね」
ミリアが、右手の人差し指を唇に当てるようにして微笑みながら言う。左手には刀を持っている。
「何があっても結婚阻止。わたくしがやるべきことです」
リリスだった。こちらも黒竜の牙を持っている。
「おしゃべりはそこまでだ。この扉の先、全員が集まっている。とりあえず無言でついてこい」
言われて前を見ると、大きな扉が目の前にそびえ立つようにあった。両端に兵がいる。きっと扉を開けるためにいるのだろう。
「ジークフリートだ、開けてくれ」
兵達に言って扉を開けさせる。
会談が、始まろうとしていた。




