想い
朝になった。いつになくよく眠れたのは隣にいるミリアのおかげだろうか。
───と
「いない」
隣で寝ていたはずのミリアはもういなかった。
探知の魔術を使ってみると、外に二つの魔力を感じる。そして離れたところに一つ。
起き上がり外に出て、二つの魔力の方に行くと、そこには正装のミリアとリリスがいた。
リリスがこちらに気づき、おはようございます、と声をかけてくる。
すると、ミリアもこちらに振り向き、おはようございます、と言ってきた。
「ああ、おはよう。ところで二人共何をしてるんだ?そもそもリリス、二番隊はどうした?」
「副隊長に任せているので大丈夫です。教育的指導をしに行くとだけ伝えてあります。終わればすぐに戻りますよ」
そう微笑みながら言い、持っている木の槍を構えた。
対するミリアは、というと、
「お待ちになってね、あなた。すぐ終わらせて朝食の準備をしますからね」
そう言って木の剣をリリスの方に向き直り構える。
とりあえず歩き、二人の様子が見れる位置につく。
そして二人を見比べ、思う。
どう考えてもリリスの方が有利だな、と。間合いは槍の方が圧倒的に長いし、何より木の剣ではミリア得意の「居合」は使えないはずだ。刀ではないから使えないと思うのだが。
───と
「始まるか」
後ろからおじさんの声がした。
「ああ、もはや何故とは言うまい。どう見る?俺はリリスの方が有利な気がしてならんが」
おじさんが横に来て腕を組みながら唸る。
「剣か、いい線行って最後はミリアが勝つかな」
「む?リリスではないのか?」
「そうだな、おそらく勝負がつくのは後半。前半に蹴りがつけれるようならリリスが勝つだろうが」
何故後半なのだろうか、と思っていると、リリスが動いた。
「手加減はしますからね」
そう言いながらブン、と槍を振るう。
───が
それを突きで受け、間合いを詰め斬りつけようとするミリア。
「ん、剣でも一の太刀が使えるのか」
「あれは点の技だな。一の太刀じゃない」
おじさんが解説してくれる。
「単なる防御からの攻撃、ということか」
ああ、とおじさんが言ったのと同時。リリスが背後に飛び斬撃を回避する。
「まずいんじゃないか・・・」
おそらく追撃術、二の太刀が飛んでいくのでは、と思ったがミリアは棒立ちだった。
「あれ、二の太刀は?」
「使えねえのさ。二の太刀残月は単なる下からの斬り上げ攻撃じゃないんだ」
「そう、なのか。説明してもらっていいか?」
その間にもリリスとミリアは攻撃を打ち合っている。が、ミリアは防戦一方、と言った所だ。
「そうだな、二の太刀残月は追撃術であると同時に間合いを広げる技でもある」
「間合いを、広げる?」
よく分からなかった。
俺達が話している間も二人は攻撃をしあっている。
いや、リリスが一方的に槍を振るっているように見える。
一撃一撃が必殺とも言える突きを凄まじい速度で繰り出している。それをミリアはひたすら防御している形だ。
「何故あの残月、横薙ぎ払いではなく縦からの動作の多い下からの斬撃か、という話になるんだが。あれは地面に刀を一瞬突き刺しているんだ。そして持っている柄の一番先を持つことで間合いを広げて振り上げている。だから一足飛びに後退されても当たるんだ」
「その割に威力があったように思えたが・・・」
右の甲が一瞬で割れたわけだが。柄の先を持ってもそこまでの威力があるものなのか。
「当然あるだろうさ。鍛冶で鍛えられた腕力と握力はわしでも計り知れない。時に一日ずっと重い金槌を使う時もある鍛冶だ。どれだけの鍛錬になっているのか分からん。後残月の特性だな。地面に刀を突き刺すことで引き抜く瞬間加速を得られる」
十六にしてそれだけの筋力と精神力とは一体どういうものなのか、想像が出来なかった。
何が恐ろしいのか、それは一日中金槌を振り下ろす作業をし続けることだ。
刀を奉納と言っていた。きっと偉い人に渡すものなのか、そこはちょっと分からないが、おそらくそこに邪な感情は入らないだろう。神聖な物を扱うように、丁寧に細心の注意を払って金槌を振り下ろすに違いなかった。
それを一日中、と考えたら背筋が凍るようだった。
あの子は、それを何も思わずずっと続けてきたと言うのだろうか。
一体彼女はどんな人生を歩んできたのか、わずか一六年、されど、と考えていると
「おい、動くぞ」
おじさんに声をかけられ、はっとする。
見ればリリスが全力で突きを繰り出していた。
当たる、と思った瞬間だった。
ミリアが舞った。
そう、表現するしかなかった。
起こったことを情況証拠から言えば、こうだろう。
槍の先が当たる瞬間に身体を捻り回避、と同時に踏み込み剣を横薙ぎに振った。
が、単純な振りではない。おそらくニの太刀残月の応用。
純粋な間合いだけなら槍の方が圧倒的に長い。にも関わらず槍の切っ先を回避し、かつ木の剣で槍の間合いを制するには、おそらく剣の柄の先を握り身体を倒しながら振ったに違いない。
見ればミリアの木の剣は右手から左手に持ち替えられていた。
つまり槍の突きを左に回避。そのままの勢いを殺さず回転し、右足踏み込み、同時に左手に持った剣で相手を薙ぎ払ったのだ。
「う・・・そ・・」
リリスは一言、そう言うと肩をおさえ膝を落とす。
「一体何が?」
「ミリア、手加減したな」
おじさんがため息混じりに言う。
「どういう、ことだ?」
「本来ならリリスは死んでいるということだ。あの薙ぎ払い、後頭部を狙えるんだ。敵が前に踏み込んでくる分間合いが縮む。一瞬頭が下がるわけだが、そこの後頭部の横を狙うように斬るのが本来なんだが、肩を狙ったようだな」
「そこまでの殺傷能力はないように思うが・・・」
「いや、ある。回転することによる遠心力と、相手の勢い、何より相手の頭が下がって戻る瞬間を狙う。単純に考えてみろ、お前が投げた投石を真正面に向かいながら受けるのと後ろに下がりながら受けるのではどちらが痛い?」
「それは、真正面から受ける方が当然痛いだろうな」
言いたいことは分かった。今回の場合なら、槍を突いて、突きを戻す瞬間身体が後ろに立ち上がる瞬間が当然あるだろう、と。本来はその「点」を狙い後頭部を狙い撃つわけだ。
相手が戻ろうとする勢いと、後頭部を狙おうとする攻撃が合わさったら、その時一体どれほどの破壊力が生まれるのか。
「・・・いや、理屈は分かるがそんなこと出来るのか?」
「実際やってのけてるじゃねえか、ミリアが」
そういっておじさんが指を指すのと同時。
ミリアがリリスに頭を下げ、「有難うございました」と言っているのが聞こえてきた。
そして、
「勝負、ありましたね。これからも鍛錬をお続けなさい」
そう言ってミリアがこちらに回って、歩いて来ようとする。
「待って、下さい」
リリスだった。ミリアを引き止める。ミリアはリリスの方を向こうともせず、
「───何ですか」
と言うだけであった。
「まだ、勝負はついていません」
そう言って立ち上がろうとするが、リリスは立ち上がれない。
「勝負、ですか。結果としては私が勝ちましたが、感情では貴方に負けました。と、言えば貴方は満足してくれますか?」
ミリアは目を瞑りながら唱えるように、こう続けた。
「途中までは私たちの邪魔者だと思っていました。が、貴方が愚直なまでに繰り出す一生懸命な突きを見て、考えを変えました。どうしてそこまで純粋に槍を振るえるのか、と。どうしても伝えたい想いが、あったのでしょう?」
そう言ってミリアはこちらに歩き出す。
「ここは譲りましょう。貴方の想いを伝えなさい」
今のミリアを見て、一体誰が幼いと、齢十六と信じられようか。
この女は、本当に出来た女だった。立派だ、と素直に思った。
そうして、ミリアはこちらの傍に来て
「朝御飯の準備をしてきます。少し時間がかかりますからごゆっくりどうぞ」
一瞥しながらそう言うだけあった。
その一言に、人をからかうような素振りは一切見られなかった。
思わず後ろを歩くミリアを振り返る。
が、こちらを振り返ろうともせず下を向きながら歩いていくのみであった。
「惚れたか?」
おじさんが後ろから声をかけて来てはっとする。
「あ、いや。ただ、立派な女性だと思っただけだ。それよりもリリスだ」
そう言ってリリスの方に走る。
リリスは肩を押さえたまままだ立ち上がれずにいた。激痛なのだろう、呻いている。
「遅れを、とりました」
「ちょっと待ってろ。今癒す」
「いえ、お構いなく」
そう言われてもな、と思い木の剣で叩かれたであろう肩を触り、
───引いた
思わず、手を引いて「しまった」
肩が大きく腫れ上がっており、一体どうすればこんなに腫れるのか分からなかった。
「何が構うな、だ!待ってろ」
全身に魔力を込め羽を展開する。治癒能力を発動するには竜の力を引き出すしかなかった。
そして肩に触れ、魔力を込めて治療を行った。
ゆっくりと腫れが引いていき、完治するまでに数分はかかった。
「やれやれ・・・」
そういって羽を消す。
「とてつもなく強かった。竜の眼を使えば、と言うのは言い訳ですね」
おそらく、結果は変わらなかっただろうと思う。ミリアのあの強さは尋常ではない。木の剣一振りでこの大きな腫れ上がり具合だ。
「どう、だろうな」
一言しか言えなかった。
「あの女性ならば、確かに結婚を認めざるを得ないかもしれません。ヴェル様をしっかり守ってくれそうです」
「リリス・・・」
すると、今度はリリスは泣きだし、
「悔しい。ヴェル様を守りたかったのに、傍でずっと。けど、それも拒絶され、さらに敗北まで。わたくしはどうすれば」
見ればリリスが握っていた木の槍が中程でメキリ、と折れていた。
「リリス、済まなかった。将だとか兵だとかそんなつまらぬことを言って。お前ほど俺を想ってくれる人はいない。有難う、それだけで嬉しいことだ」
「ヴェル様・・・」
「だが、リリス。お前に言わなければならないことがある」
「何でございますか?」
リリスは涙を拭き、尋ねてくる。
「俺の事はもう、忘れてくれ。いや、正確に言おう。───お前と俺との記憶、消さねばならん」
その宣言と同時に、冷たい風が吹き抜けた。




