小器
家で訓練すること数日。
結論から言えば、羽は消せなかった。羽そのものに魔術妨害の力があるようだった。
だから羽を隠し通すことは不可能だ、と両親には報告しておいた。それに親父は、そうか、と一言言うだけであった。
羽を消すことは諦め、羽を展開して戦うことだけを考え実践し、疲れたら読書をし、そんな日を繰り返した。
そんなある日。
ようやくと言うべきだろう、親父曰く「ジークフリートが帰還した」という吉報が入ってきた。
俺は喜び勇んで魔族軍に帰還した。
しかし、その日。おじさんは幕舎に帰ってくることはなかった。
次の日こそ、と思いやはり幕舎周辺で待っていた。
昼になっても誰も来る気配はなかった。
「これは今日も来ないかもな」
色々忙しいのかもしれない。事後処理もあるだろうし、今回こちら側が受けた損害も甚大だったわけで。
そんなことを考えながら、昼だけどひとっ風呂浴びるか、と風呂場に向かい、風呂を温め服を脱ぎ、風呂に入った。
近頃よく風呂に入っている気がする。
この一時が幸せなんだよな、等と考えていると魔力が一つ近づいてくるのを感じた。
おじさんか、と思い急いで上がろうか、と思ったが風呂に入ったばかりだしいいか、となった。
確かに急いで会いたいけど、たった今入ったばかりだし。
魔力の地点を探知していると、おそらく幕舎を覗いているのだろう。まずは俺の幕舎を覗き、誰もいないのでおじさんの方を覗き、
そして今度はこっちに来るようだった。
「おかしいな、誰だ?」
おじさんなら普通幕舎にいるはずだろう。何故こちらに来る必要がある。
まあ、いいか。誰でも、大した事ではないだろう。
───と
「ヴェル様、おられますか?」
リリスの声が聞こえた。
「ああ、居るが。済まないな、風呂に入った所だ。何か用か?」
では私も、とリリスも服を脱ぎ風呂に入ってきた。
「いや、待て。お前部隊の訓練があるんじゃないのか?」
ああ、それならば、とリリスは言い、
「副長を命じ、そちらに指示させています」
上手くやっているようだった。部下もしっかり使っているようではないか。
「凄いな、もう立派な将の一人か」
「いえ、わたくしはまだ。心細いことの方が多いですよ」
「そうは、見えないが」
数日見ないうちにリリスは凛々しく見えるようになっていた。それと引き換え自分はどうだ。
いつものように一人で訓練し、今も気が向いたからと風呂に入って呑気なものだった。
だが、それが悪い気がしないから困る。
あくせく働くことも決して悪くないが、こういう争いのない一時を過ごすのがいいことだと。
あの反乱以来、強くそう思うようになっていた。
もしかしたらあの反動でどこか腑抜けているのかもな、等と考えていると、
「ヴェル様、ここ数日おられなかったようですが」
「ああ、軍から離れていた」
すると、リリスは困惑した表情をしながら、
「ヴェル様、ご存知だと思いますが魔族軍には軍規があります。もし誰かにばれれば逃亡兵として処分される可能性もあるのですよ」
「そうだな・・・。お前が黙っていれば問題のないことではないか」
するとリリスは、
「わたくしは、今は将です。不公平なことは出来かねます」
と述べられ、正直驚きを隠せなかった。
「そうか、それで、どうする?俺を処分するのか?」
「いいえ、ヴェル様を処分するとすれば三番隊隊長でしょう。そしてわたくしは彼に報告等いたしません」
このやり取りで思う所があった。だから尋ねる。
「リリス、お前は何をしにきたんだ?俺にお説教をしにきたのか?」
「そうではありません、ただヴェル様のことが心配で」
「俺の事なら心配いらない。いつも通り変わらず一人で居るだけだ。これからもそれは変わらないだろう」
「ヴェル様・・・」
内心苦笑した。
───俺は、いつまで孤独なのだろうか
「もう戻れ。リリス、お前には部下が、仲間がもういるだろう。俺とお前はもう同じ道にはいないんだよ」
するとリリスは悲しそうな声で、
「わたくしにとってはヴェル様だけが友で、仲間です」
と言ってきた。
「馬鹿なことを言うな。それこそ将失格だろう。お前を慕う人や魔族の気持ちはどうなる。お前はもう・・・」
全て言い終える前にリリスが抱きついてくる。それを離そうとするが、どこにこのような力があるのか、離れなかった。
「おい、離せ」
「嫌です。ヴェル様おかしいです!わたくしが将というものになってからまるでわたくしを突き放そうと!そんなにお嫌いですか?わたくしのことが」
それに何も答えられなかった。
別にリリスのことが嫌いになったわけではない。むしろ大切な人だとすら思っている。
嫌いになったのは、きっと。
自分自身のことなのだろう、と思う。
それは単純な言葉で言うなら「劣等感」に似た気持ちなのかもしれない。
「ヴェル様はどうなのです?わたくしが将になって偉くなって、もうわたくしの事など仲間だとも何とも思っていないのですか!」
売り言葉に買い言葉とはこの事なのかもしれない。
その言葉に頭に来て
「大切だと思っているさ!だがな、もう俺の気持ちがどうとかそういう立場にお前はないんだよ!」
「そんなに立場が重要でございますか!人の気持ちを、ヴェル様の気持ちを踏み躙ってまで欲しい立場ではありませんよ。何ですか、ご自分が評価されなかったことで面白くないのですか?そういうことですか?」
「なんだと!もう一度言ってみろよリリス!」
「何度でも申し上げます!わたくしだけが評価され、貴方様が評価されなかったことが面白くないのでしょう?立場だのなんだのと屁理屈ばかり言ってますけど実際そうなのでしょう!」
「そんなこと、いつ、誰が言ったんだよ」
「見れば分かります。ヴェル様の馬鹿!」
パチン、という音がした後、視界がぐらりと揺らいだ。
何が起こったのか分からなかった。リリスから思い切り平手打ちを受けたと気づいたのは、リリスが風呂から上がった所で、だった。
初めて人と喧嘩というものをしたと思う。
思い返して苦笑する。まだまだ自分が子供なのだと思ってしまう。
くだらないことで喧嘩をしたな、と。
確かに、立場がそれほど重要だとは俺も思っていない。が、周囲はどうだろうか。
そればかりを考え気にするようになっていた。別に俺はいいんだ、自由だから。
だがリリスは違うだろう。もう周囲には仲間がいて、人がいて。一人じゃない。
そこまで考えた所で
───ああ、そうか
結局の所、彼女の立場とかそういうものではなく、そういう人に囲まれた環境を「羨んでいた」だけなんだな、と思い至った。
なんと小さき器だろうと生まれて初めて思い知った。
いつまで孤独なのか。
それは、なんてことはない。
俺自身が、もっとより大きな「器」でなければ何時まで経っても孤独なのではないだろうか。
もっと多くの物に触れ、価値観を広げ、もっと多くのことに気づき考えられるような視野の広い者にならなければならないのではないか?
「我、未だ小器なり。なれど、いずれ」
いずれ、大きくなってみせる。
こんな屈辱塗れの人生、ごめんだ。
そしてそれを変えるのは誰でもない、この俺自身なのだ。
と思ったが、ふと。
「あれ、別に偉くなっても孤独なのに変わりはなくないか?」
思わず呟いていた。
そうだ、別に器が大きかろうが小さかろうが結局の所孤独なのに変わりない。
結局最後は自分で決めるわけだし、自分で何かを成し遂げようとするだろう。
となれば周囲に人がいようがいまいが孤独なのにかわりはないではないか。
そう考えると、肩に入った力が一気に抜けた気がした。
「分からんな」
分からないが、一つだけはっきりと言えることがあった。
今の自分は、誰かに誇れるような人生は決して歩めていないのだと。
そのことに気づかせてくれたリリスには感謝せねばなるまい。
平手打ち一発は高い勉強料となってしまった気がするが。
頬の腫れが引いたのは夜になってからだった。




