英雄の帰還
それから数日後。俺達は本隊と二日遅れで合流を果たした。
風の魔術で移動すれば確実に合流するどころか素通りまで出来たがそれでは言い訳を考えるのも大変なので歩幅を合わせた形になる。
こちらは三番隊にばれないよう一番隊と合流。リリスは三番隊に向かった。
そんなこんなで魔族軍本営に帰り着いたわけだが。
・・・一番隊を除いて残りは命からがら、と言った所だった。
戦果は酷いものがあり、壊滅的打撃を受け損害は9割にもなる。
若くして命を失った兵達に黙祷が捧げられ、そうして当然ながら隊長には信賞必罰が与えられることとなる。
特別挙げるならば、三番隊隊長は降格処分で工場行きが決定し、一番隊には褒賞が与えられたことか。
それ以外の部隊のことは特に語られていないが、語られていないということは全滅したのだろう。
後全滅が惜しまれたのが魔術師部隊の連中だったが、まあどうでもいいことだろうと思う。彼らの指揮がもっとましならばこの痛手を被ることはなかったのだ。
そして副軍団長にも任命責任が問われることとなるが、続けて行うという話になっている。変わりがいないのだろう。
魔族軍の人材不足だということなのかもしれないな、とそんな話を遠くで聞きながら思った。
───そして
俺には特に報酬と言ったものも褒賞と言ったものも与えられなかった。逆に罰もなかったが。正規の一番隊ではなかったこと、そして隊長へ意見したことを内緒にしてもらったことで差し引きゼロ。何一つ手元にはなかった。
元の巣とも言える三番隊に戻ってきたら、前に「人の心が」どうとか言っていた大男が三番隊隊長になっていた。
そして俺には「お前は最前線におらず臆病風に吹かれた人間で、そんな情弱は必要ない」と言われた。隊長命令だったと弁明した所で聞いてはもらえなかった。
流石にどうしようもないと思った俺は副隊長の指示を仰ぎに行った。すると「今日は宴会を行うからそれどころではない。雑兵に用はないから別をあたってくれ」と言われた。
とにかく生き残った兵達で宴会をしよう、ということらしかった。何はともあれ無事に生き残れた事と、敵の食料を焼き払ったことでしばらく反乱はないだろうという祝宴。
というのは建前で、この宴会の本題は違う所にあったことを後に知ることとなる。
夜になり宴会が始まった。
豪華な食事が集められ、中央には大きな焚き火が焚かれ、夜なのに明るいお祭り騒ぎである。
俺はどうにもこういう場所は好きになれない、と離れようとした時
「皆さん、静粛に」
副軍団長だった。わらわらと全員が集められ、副軍団長による演説が始められた。
曰く
「此度の戦による我らの損害は甚大であった。にも関わらず全滅せず済んだのは殿を務め、また敵の食料庫を果敢にも単騎、焼き払いに向かった一人の女性の存在があったのだ!」
それをどこか関係のない話だと適当に聞いて、肉を取りながら、
「ん・・・?」
そっと肉を元あった場所に戻し耳を傾ける。今何か重要なことを言っていなかったか?
「では出てきて下さい。リリスさんです!皆さん拍手でお迎え下さい」
「───は?」
どこか他人事のようにそれを見ていた。いや、実際他人事なのだが。
正装のリリスが横から副軍団長の所に歩いてくる。
そういえば帰ってきてからリリスの姿を見ていなかったし会話もしていなかったな、と思っていると話が進む。
「この女性がたった一人殿をし、敵陣に突撃する様を生き残った兵達が見ているのです。さらに食料庫を焼き払ったのもこの方なのです。この方こそこれからの魔族軍を引っ張っていく将となりうる人材と言えはしまいか!私は彼女をきちんと評価し、弓隊の2番隊隊長を任命したいと思う!」
わああああああと言う歓声が響き渡る。それにリリスがペコリと頭を下げていた。
そうか、リリスはしっかりと評価されたのだな、と内心安心する。
さて、俺はどうしたものか。行く所もなく、宛もなく。
おじさん、まだ戻ってこないのか?
そんなことを思いながらその場を去った。
そうして誰もいないおじさんの建てた幕舎に戻り明かりを灯した。
ふう、と一息つきここまでの情報を簡単に整理してみることにした。
どうやらリリスの突撃は生きている兵達が見ていて証拠があったこと、そして三番隊隊長に「殿を務める」と言って突撃したのだということ。
さらに突撃だけでなく食料庫まで焼き払ったことを報告したことに加えて「生き残ったこと」がおそらく凄かったんだと思う。それは、女性であっても評価されるだろうなと。
が、どこかで聞いた話だなと思う。
それは元聖女の母の言葉。祭り上げられ、そうして人間のために最前線で尽くした母のことを思い出した。
そういう意味ではリリスも犠牲者の一人に成り得るのでは、と考えた所で首を振った。
いや、これでいいんだ。魔族軍では初の女性の将。落ち込んでいた士気も高まるだろうと言うものだ。
今頃勇者か英雄扱いを受けていることだろうな。
「さて、俺は風呂にでも行くか」
と、一人風呂に行く。
冷たい水を火の魔術で温め、服を脱ぎ風呂に入る。
相変わらずいい薬草風呂だ、身体中に染み渡る。気持ちが良かった。生きていてよかった、と思える瞬間である。
そんな開放感に浸りながら、
「どうしたものかな」
と一人呟いていると、魔力の反応を感じた。一際大きいので誰かは一発で分かった。
「今日の主賓がこんな所で何の用だ?お前がいるべき所はここではないはずだ」
「ヴェル様・・・」
リリスだった。
「戻れ、まだ宴会は終わっていないはずだ」
リリスの方を見ずに言う。
「ヴェル様、わたくしは・・・」
「おめでとう、正当な評価を受けてよかったと安心していた所だ」
「ヴェル様、こちらを向いて話して下さい」
どこか冷たい声でリリスが言う。
「別に、人の顔など見ずとも話せよう。そんなことより早く戻れ、お前がいなければ話が進まないのではないか?」
正直、今は一人になりたかった。心の何処かでどうしても思ってしまうのだ。
───俺は何故評価を受けなかったのか、と。
勿論別にどうでもいいという自分もいる。だが同時に正当な評価を受けても良いのではないか、という自分もどこかにいたのだ。
そんな時にリリスの登場である。自分の感情を読まれたくなくて顔を合わせたくなかった。
そう思っていると、シュルリ、と布がすれる音がした。
リリスの方をチラと見ると、服を脱いでいた。
そしてゆっくりと風呂に入りこちらに近づいてきた。
それから距離を取るように奥に行く。リリスがさらに近づいてくる、さらに奥に、と繰り返していると一番奥にまで追い詰められ、
「どこまで来るつもりだ」
深い溜息をつきながら言うと、ヴェル様のいる所まで、と一言答えてきた。
「分かった、何の用だ」
するとリリスは今度こそ横にピタリとつき風呂に浸かりながら、
「わたくしはきちんとヴェル様の事もご報告しました。しかし三番隊隊長はそのことを報告しなかったようです。また一番隊も」
そんなことは分かっていた。もう全て。
「いいんだ、お前だけの方が都合がいいんだ。報告しようがすまいが関係ない。お前を祭り上げ英雄とした方が魔族軍にとって好都合だろう。人が山ほど死んで落ちた士気も高まる、しかも初の女性の将。全員の期待感は否が応でも高まる」
「しかし!」
「しかしも何もない。それが全てだ。俺は三番隊を追い出された。おじさんが戻ってくるまで魔族軍から離れるつもりだ。いつ戻ってくるかは知らないがな」
「おじさんは数日後に帰ってくるそうです。先ほど聞きました」
「本当か!」
嬉しい知らせだった。
「ようやくこちらを向いてくださいましたね」
リリスが苦笑しながら言う。
しまった、と逆を見て
「まあ、数日ここで暇を潰すかな。やることもあるし」
「ならば二番隊に」
と言った所でリリスの方を向き、
「いや、お前の隊には行かない。行かない方がいい。お前はお前自身の部隊を作り上げるんだ。今度こそ兵が無駄死にしないような立派な部隊を、頼んだぞ」
「ではヴェル様はどうするのですか?」
「おじさんに相談し決める。もう大枠は決まっているがな。押し通すし、通らなければ魔族軍を抜けてでもやる。もう決めてあるんだ」
「そんな。わたくしはどうするのです」
「もはやお前は俺がどうこう言うべき立場にないのは分かるな。お前が自分で考え自分で決め、選ぶべき将となったのだ。責任を果たすべきではないか」
「わたくし、辞退してきます」
それを押し止め、
「よせ、もう手遅れだ。ここまで手を打たれたらどうしようもない。それにこれはいいことなんだ。お前が立派な将に成長できることを俺は心から望んでいるよ」
出来る限りの笑顔でそう言った。
「分かりました、ヴェル様がそこまでおっしゃられるならば」
「分かったらもう戻れ、俺はもう少し風呂に入っていく。主賓が長いこといなくなったらいけないだろう」
分かりました、と静かにリリスが風呂から出ようとする。
「リリス」
はい、とこちらを振り返ってくる。
「いや・・・なんでもない。行ってくれ」
リリスは首を傾げると風呂を出て行き、再び正装し宴会に戻ったようだった。
「ふう」と一息つく。
リリスに最後に言おうとした一言、それは
「さようなら」
言おうとしたが言えなかった一言だった。




