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価値

竜の眼、確かに発動する可能性は十分にあった。一応封印を解除しているわけだから。


しかし、今の今までそれらしき片鱗すらなかったのだ。両親も解除まででこの力の使い方は教えてくれなかったし、俺自身いずれ出来るだろう、程度の認識しかなかったのだ。


「ヴェル、様?」


完全に一人で考え事をしていた俺はその声に驚き、


「あ、ああ。俺が竜族か・・・。そうだ、な」


しかし、今回のように他人を操る魔術もある以上情報はあまり漏らしたくはない所だ。例えそれがリリスであっても、だ。ここは慎重であるべきだろう。


「まあ、そんなことはいいんだ。それより気になることがある」


「ご自分自身のことより心配なことですか?」


それに、勿論だ、と頷き、


「敵はもう一人いるだろう。さっきの魔術師は幻の魔術を使う魔術師ではなかった。こちらを叩かねばならん。おそらく近くにいるはずだ」


「ヴェル様!」


「俺のことは今はどうでもいいだろう。今は敵を倒すことだけを考えるんだ。そして無事に帰る、それだけだ」


するとリリスは目を逸らし、何も話してはもらえないのですね、と呟いた。それに一言


「済まない。気に入らないなら俺一人でも行く。ではな」


そう言い、探知の魔術を使う。魔力、魔術の探知共に一つかかった、北西の位置にいるようだ。


なるほど、敵襲があった時点で北西の陣に逃げようとしたらしい。


では何故先ほどの魔術師がこちらに襲いかかってきたのか。よっぽど自信があったのと、傀儡による移動速度が尋常じゃないほど早かっただけのことか。


まあ、確かに対単体においてあの魔術は最強といって過言ではない。他人を中距離から操れるのだから。負けは予想していなかっただろう。


そんなことよりとにかく急ごう、そう思い足にいつものように魔力を込めようとして上手くいかないことに気づいた。


仕方ないので北西の方へ走ろうとすると、


「お待ちください」


リリスだった。


「どうした?俺は急いでいる」


「ですからお待ちくださいと申し上げました。おそらくヴェル様は上手く力が使えないはず。羽すら出せないのですから。今は歩いて力を身体に馴染ませて下さい」


話はそれからです、とリリスは言った。


「だが」


「今のままでは死んでしまう、と言ってもですか?」


「どういう、ことだ」


「竜の力は強大です。暴発すれば自爆する可能性も十分にあるのです。ヴェル様の魔術の才はずば抜けているとは思っていますが、それでも、です」


少し考える。


もしここで肯定してしまえば、自分が竜族だと言うことになる。が、それが問題なのか?


ここまで身を案じてくれるリリスに対して情報漏えいを恐れて何も言わないのは果たして正しいことかと迷いが生じた。


その迷いが、俺にこう言わせた。


「分かった、言うとおりにしよう」


事実上の肯定だった。


北西に向かい二人で歩き出し、ぽつりぽつりとお互いに話し始める。


「今回の件があり情報漏えいの恐れがあると思い黙っておこうと思っていたが、やはりリリスには言うべきことなのだろうな」


それにリリスは無言でこちらを見てくるだけだった。


「リリスの推測通りだ。が、純粋な竜族ではない。お前と同じだ。竜族の分類は違うだろうがな」


「何故」


何故、と言われた。いったい何が、と言おうとするとリリスはこう続けた。


「何故今までその力を使おうとしなかったのですか?」


至極最もな質問だった。


「使わなかったのではなくて、使えなかったのが正しい表現だ。使い方も分からなかったし、今回何がきっかけで使えるようになったのかさっぱり分からない。まあ、きっかけはよしとしよう。使えるようになったのだから使い方を考えるべきなんだろうな」


「そう、ですね。羽の出し入れは出来た方がいいでしょうね。練習としてもってこいだと思います」


リリスもそれに同意する。


「どうやって出すんだ?」


「背中に魔力を込めるだけです。言葉で言うのは難しいですけどとても簡単ですよ」


そう言われ、魔力を込めようとして


「ん、何属性の魔力になるんだこれは」


風か?土、ではない気がする。火も違うだろうし、と考えていると


「無属性、ではないでしょうか」


「無属性?」


聞いたことがなかった。


「そうですね、空を飛びたいと念じて何も考えず適当に魔力を込めて見て下さい」


そう言われ、空を飛びたい、飛びたい・・・と念じてみる。


・・・別に空を飛びたいとは思わないよな。


「済まない、出ないようだが」


「邪念が入ってませんでしたか?」


「い、いや・・・」


入っていました。願うものなら何でもよさそうなら、強くなりたい。羽が生えれば強くなれるのならば。


強く、より強く。


そう思い魔力を込める。


───と


背中からバサリ、と音がした。羽の音だった。背中を見れば出来ていた。


が、これは一体、と息を飲む。


そしてリリスの方を伺うが、リリスも驚きを隠せなかった。


「こん・・・じき?」


リリスが呟くように言う。


そう、俺の羽は「金色」に輝いていた。よく見れば先の方が白か銀色のようになっているが、リリスの漆黒の羽とは全く違った羽がそこにはあった。


「なんだ、これは。どうなってる?」


自分でも混乱する。何故だ。


───何故「白い」羽じゃないんだ


リリスは漆黒だ、それは父が夜竜だから黒。


ならば俺は母親が白なのだから白ではないのか。あれか、特殊なものか何かか?


「ヴェル様、金はおそらく雷竜だと思います」


リリスだった。


「雷竜?」


それに、そうです、とリリスは答え


「わたくしが聞いた話では雷竜は絶対数が少ないそうです。父か母に雷竜の方がいらっしゃるのですか?」


と言われ、


「どうだろう」



これは、考えても仕方が無さそうだった。リリスでも分からないようだし、俺が分かるわけもない。もう一度親父と母にあたって見るしかないだろう。


「まあ、いい。羽は出せたし、羽が出せると魔力が一気に安定した気がする。どうやら魔力の制御を行う物らしいなこれは」


ただの飾りでもなければ、単なる加速するための道具というわけでもなかったようだ。


全身に漲る魔力を感じる。しかもそれはさらに増大していくようだった。


「ヴェル様の魔力はちょっと異常です。元々から量が多いとは思っていましたけど、魔力が漏れだしていますよ。羽を御覧ください」


そう言われ背中の羽を見ると、羽がさらに輝きを増しているようだった。


「まずいな、これは目立つ。まあ、明かりいらずではあるが」


思わず苦笑すると、笑い事ではありません、と言われた。


「その漏れ出している魔力ですけど、それだけで相当な攻撃力を持っているようです。わたくしは耐性があるからそれほど影響はありませんが」


「そ、そうか・・・」


魔力を抑えようとする。すると羽が消え、元の状態に戻った。今度は魔力が従来通り安定しているようだった。


「上手に扱えるようになったようですね。やはり魔力を使う才能が飛び抜けているのでは」


リリスに褒められた。


「あまり人に褒められたことがないから何ともな。さて、敵が動き出しているから急ごう」


おそらくさっき羽が光ったのを見て慌てて敵が逃げ出そうとしているようだった。北西の陣に逃げられたら厄介だ。とにかくその前に倒さねば。


そう思い風の魔術を足に込め、リリスを両手に抱えると走りはじめた。


「ヴェル様、竜の眼だけは展開しておいて下さい。相手は幻を使うのでしょう?」


「その眼、だけというのは今無理だな。羽も出さないと無理そうだ」


ならば敵と遭遇したらすぐにも展開して下さい、と言われ頷いた。


そうして一人の男が闇夜の中北西に移動しているのが見えた。


「どうやら間に合ったようだ」


さらに加速し、敵の前に入り込みリリスを降ろす。


リリスは槍を構え、こちらも羽を展開し、魔力を一気に高める。


見える、魔力の流れがはっきりと。


「な、なんだお前達は。ミゲルは、息子はどうした!?」


お金持ちが着ていそうな赤い服の男はそう言った。腰には剣をつけている。


男は細身だが身長は高く、よく見れば屈強な体つきをしていた。


「ああ、アレは息子だったのか。悪いが、殺した」


「な、なんだと。おのれ、わしらの考えた戦略を突破し息子まで・・・貴様ら何者だ。いや、絶対に許さんぞ!」


もはや何が言いたいのかわからないが、とりあえず怒っていることは分かった。


が、気になることは言っていたか。


「あの戦略を考えたのはお前だったのか」


すると、男はふん、と鼻を鳴らし


「スカーレット一族と言えば兵法に精通した一族よ。そして誉れ高き魔術師の一族」


「という割に息子の方は下衆だったがな・・・」


「ええい、息子の仇だ。これでもくらえ!」


そう言い、両手をこちらに出してくる男。


───が、何も起こらない。


「どうした、何も起こらないじゃないか」


「ば、馬鹿な。魔術が発動せん。ええい、こうなったら」


そう言い剣を抜きこちらに襲いかかってきた。


リリスがそれを迎撃しようとするが、それを制止し、


「悪いな、試したいことがある」


そう言って、羽に魔力を込め地面を蹴った。


すると敵の背後に周り、思い切り距離が空いた。加速しすぎたようだった。


ズザザ、と地面を擦る音が遅れて足元から聞こえてくる。


「な、なんだ今のは」


こちらを振り返りながら男が言う。


さらに一足飛びで飛び、今度は魔力を込めずに蹴りを入れた。敵が思い切り吹き飛ぶ。


どうやら内面強化せずとも相当な攻撃力があるようだった。


「うぅ・・・息子の仇を・・・」


そう言い、剣を杖代わりにし立ち上がる。


この親子にも色々あったのだろうと思う。兵法に精通しているならば魔族軍で働ければきっと立派な人材になったに違いない。


そんなことをどこかで思いながら、今度は魔力を込め、一気に加速し、


「うぐっ・・・」


血反吐を吐きながらも立ち上がろうとする敵の顔面に向かって。


右拳に魔力を集めて、拳を突き入れた。


グチャリ、と嫌な音がした。


見れば頭蓋を完全に貫通していた。もはや顔の原型はない。


拳を敵の頭から引き抜き、血でドロドロになった右腕を見る。


リリスに、お見事です、と言われ、俺は複雑な気持ちになった。


「済まない、少し遠回りになるが寄る所がある」


そう言い、先ほど敵だった死体を抱えた。


「ヴェル様?どうされたのですか?」


「この男も敵将。葬ってやらねばなるまい。見事だった」


そうして先ほどの息子のところまで行き、地面を魔力を込め殴り穴を開け、そこに二人を入れ埋めた。


「丁重、と言うわけではないが。安らかに眠れ」


不思議とミゲルにも憎悪はもう湧かなかった。


あの男にも父がおり、そしてその父も勇敢に戦って、全力で戦略を生み出したに違いなかった。その二人に敵だとか味方だとか、そういうことを超えて共感しうる物があったのだろう、と思う。


そう、お互いに全力を出しきって戦いあって、結果的に勝利したに過ぎない。


「仕事に貴賎がないように、敵や味方という所にも貴賎はない気がする」


そう、ぽつりと呟いた。


それにリリスは、え、と一言言うだけだった。


「何故かは分からないが、味方よりも敵から得るものの方が多かった。その敵を辱めることも貶めることも俺はしたくはない。彼らも立派に生き、そして戦い死んだ。そのことは忘れてはならないことなのだろうな」


「そうは言ってもミゲルの所業は・・・」


「リリス、それは俺も許せんよ。けれど、思うんだよな。彼らも出会い方が違えば。もしかしたら味方で協力しあって戦うこともあったかもしれない、と。このアルカディア大陸で優秀な人財を失ったことにはきっと違いないんだ」


そう言い、二人を埋めた場所に対してしばらく黙祷し頭を下げた。


そして出た言葉は


「有難うございました」


だった。


「不思議ですね」


リリスに言われる。何がだ、と言うと


「ヴェル様が、です。敵からまるで何か教わったような振る舞いをされます。わたくしは、やはり許せません」


それに苦笑し、


「それが普通なんだよ、リリス。俺がおかしいんだと思う。だから無知で無学で無能だと言われるんだろう」


けどな、と言い


「それがどうしようもなく俺なんだ。無知だから知りたがる、無学だから学びたいと思う、無能だから能力を欲する。そしてそれは敵、味方というものを越えて他人から得ようとするのだ」


「今回のミゲルの操術、あれも得られたし、その父の幻の魔術もあの規模で出来る事が分かった。何より今回の戦略は見事だった。多くの命が失われたが、それでもな。そこから学ぶものは確かにあった」


「ヴェル様、それを人前では言わないで下さい」


「分かっている。今後誰の前でも、お前の前でも言うつもりはない。が、今は言わせてくれ。後悔した所で失った命は取り戻せん。どう繕っても、だ。そのことを忘れてはならない。ならばこそ、と。俺は前向きになろうとしているだけのことかもしれない」


「ヴェル様、わたくしは」


語気が強かった。きっと否定したいのだろう。


「リリス、それをお前にも誰にも強要するつもりはない。不満があるなら主従の関係をお前が取り消しても構わんぞ。このような人間についてくる必要はないのだ」


それに、と続けた。


「お前の事は大切だと言った。だがよく考えて見ればお前にも想い人がいたんだよな。それを一方的に俺の感情をぶつけて口づけをしてしまったことを許して欲しい。このままではあのミゲルと同じで最低な奴だ俺は」


ミゲルにリリスが操られた後の事だ。自分の感情のまま俺はリリスを抱きしめ唇を奪った。


今になって、その行為が正しい行為だとは思えなかったのだ。


「リリス、主従の関係をここで解消しよう。お前は想い人を探せ、それがお互いのためだ。俺は俺の道を行く」


届かぬ想いを抱きながらリリスと関係を続けるのは正直辛かった。


ならば孤独であるほうが幾分も楽だった。最初は悲しいかもしれない、けれどそれも最初だけだろう。


「お逃げに、なるのですか」


リリスだった。


「逃げる、か。そうだな、そういうことになるだろう。俺はお前を大切な人だと言った。それに嘘偽りはない。が、お前は違うだろう。その感情のすれ違いのまま一緒にいられるほど俺は大人ではないんだ」


するとリリスは少し躊躇い、しかしこう言ってきた。


「ヴェル様・・・。いえ、ヴェルファリア様」


「───な」


「当たり、なのですね。貴方の名前はヴェルファリア・ファフニル・エルグランド」


「何故、それを」


「子供の頃わたくしを救ってくれた子供の名で、そしてわたくしの想い人でもあります」


そんな、どうして。


「ヴェル様はお忘れですが、貴方は一度わたくしの家に来たことがあります」


思考がついていかない。この女は一体何を


「お父様とファフニル、つまりヴェル様のお父様は交友関係があるのはもうご存知の通りです。その際お互いに友達のいなかったわたくしと、ヴェル様を二人は引き合わせたことがあったのです」


「そうして二人で両親に内緒でそっと遊びに出かけたわたくしとヴェル様でしたが、村ではぐれてしまいます。そしてわたくしが数人の魔族に囲まれ殺そうとした時、貴方が入ってきたのです」


それをただ無言で聞く。


「貴方は戦いボロボロになりました。その時わたくしは地面でボロボロになっている貴方を見下し、見下ろしながらこう言いました。弱い子、どうして私を助けようとしたの?と」


「当時のわたくしの力を持ってすればすぐにも解決することだったのです。しかし貴方はわたくしと魔族の間に立ち戦った。理由は単純だった」


「友達が、大切な人が傷つくのを見たくない、とその時のヴェル様は仰りました。その時わたくしの眼から初めて涙が出たことを覚えてます」


孤独だったのだと思う。否、今でも俺は孤独だ。


辛い、寂しい。


だからこそ他人の孤独を分かってやれると心の何処かで思ってきた。


おそらく子供の頃からそんな気持ちだったからだろう。リリスの寂しさに気づいてやれた自分がいたのかもしれない。


だからこそ、守りたいと思ったのかもしれない。


同じ孤独を感じているリリスを、大切な人だと口にしたのかもしれない。


「確かにわたくしは強かったのだと思います。けれど、それは本当の強さではないことを、ヴェル様。貴方は身を持ってわたくしに教えてくれたのです」


「何故、今まで黙っていた?」


すると、リリスは叫ぶように


「言いたかった!ずっと!ヴェルと名前を聞いた時、嗚呼この人だと確信した。でも言えなかった。だって貴方は何を言っても信じてくれないから!」


否定、出来なかった。最初の出会いは疑う所から始まった。


それどころか今も彼女を疑っていた。そんなことを考えて、ふと。


見ればリリスは涙を流し、唇を噛んでいた。そしてこう続けた。


「やっと出会えた、今度こそ私が守ると、思ったの!どういう形でもいい、別に愛してくれなくてもいい、ただ貴方を守りたいと心の底から思ったの!」


いつもの丁寧な口調じゃなかった。


それはリリスの本音なのだろう。


「だから無理やり主従の関係を結んだりした。貴方に近づきたくて、信じてもらいたくて。そして私が守りたくて。一緒にいたくて・・・」


「だめ・・・うっ・・・ですか」


涙を拭きながらリリスが呟くように言う。


「信じては、もらえませんか?」


もはや言うべき言葉は一つだった。


「済まなかった」


「ヴェル様は、悪くありません。それに例えその子と違ったとしてもやはりヴェル様のことを好いていたと思います。だって、わたくしのためにここまで助けに来てくれたのですから」


リリスは笑顔でそう言った。


「そうか、そんなことよりリリス」


「何ですか?」


「涙で酷い顔になっているから川で顔洗え」


照れ隠しだった。もうこの話は終わりだ、と言うように俺は冗談を言った。


「ヴェル様・・・もう!」


リリスは顔を真赤にしながら、けれどどこか安心した顔をし、そう叫んだ。


それに苦笑する。


そうして二人で川に向かいながらこれからのことを考えるのであった。



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