孤立無援
先ほどの崖よりさらに下っていく。
すると、探知によって今度は10人前後の敵がいることが分かった。それを目視でも確認する。
見れば崖下に雨のごとく弓矢を降らせていた。もはや火矢は十分と判断しているのか、通常の矢であった。
そちらではなく崖下を見ると、下からは黒煙があちらこちらで上がり、混乱が広がっているのが分かる。
火矢の恐ろしさは即死に至らないことなのだと光景を見ていて漠然と思った。
見れば味方が右往左往し、立ちすくみ、そうして上の矢で射殺されている。さらに矢を回避しようと死体を盾にしようとする者もいるが、死体が火矢で焼かれていて盾に出来ず、そこを射殺される者までいた。
それを見て舌打ちをする。もう撤退しても大丈夫なのに、何か連絡手段はないのかと。
もどかしかった。
───と
思い切って撤退する者も現れた。それを見つけた敵が一人それを追いかけるようにこちらに向かってきた。
まずい。さっきは考えて行動出来たが、今回は無策かつ無防備。
このまま見殺しにするか?
どうする、考えている余裕はない。敵は徐々にこちらに近づいてくる。周囲に障害物と言えば少し大きな岩くらいだが、もはやその背後に回る余裕もない。
「そうか」
思わず呟く。
そうして使うは風の魔術。
今まで武器を消すことしか意識していなかったが、自らに風の魔力を纏わせて姿を消してみることにしたのだ。
すると、みるみるうちに自分の姿が消えて行く。上手く行ったと思った。姿が消せればやれることも増えると思った瞬間
「うぐっ・・・」
すぐさま魔術を解除した。消えていた姿がまた映し出される。
とにかく大きく息を吸い吐いた。上がる息、死ぬかと思った。
馬鹿な。この魔術・・・大きな欠点がある!
武器に纏わせている間、武器が消える「潜伏」の魔術。これを自分に適応し姿を消した、までは上手く行ったが問題は纏わせている周囲の状況を考えたことがなかったということに尽きるだろう。
その弱点とは。
───潜伏中は呼吸が出来ない、
ということだ。風の密度が濃すぎて空気を吸うことが出来ないのだ。つまり息を止めている瞬間のみ姿を消し、呼吸しようと思ったら解除しなければならない使用が限定的な魔術ということになる。
いや、まあよしとしよう。敵に見つかる前に試せたのだから。
見れば敵がこちらに近づいていた。
さっきとは違い、姿を消せること自体確認出来たので幾分冷静になれた。
敵がこちらに駆け上がって上がってきた。そこで大きく息を吸い、止め、自分に風を纏わせ姿を消した。
ばれるな、行け。行ってくれ、と心のなかで叫ぶ。
敵はこちらに気づかず横を素通りしていった。横を通る足音がとても大きく聞こえた。
すぐさま立ち上がり、後ろを確認する。見れば先ほどの敵が弓を構え崖下の兵を射ようとしていた。
もはや迷っていられなかった。
早歩きで近寄り、息がもたなくなった所で「潜伏」を解除、大きく息を吸い、風を足に纏わせ一気に地面を蹴る。そして敵の背後まで回り込み、思い切り背中を蹴り飛ばした。
うわあああああ、という悲鳴とともに敵が落ちていく。
その瞬間、まずい、と思った。
声が、敵に聞こえていたらこちらに集まってきて俺がここにいることがばれてしまう。それはまずい。
そう思い、周囲を見渡し先ほど隠れられなかった岩があるのを思い出し、その岩の後ろに隠れることにした。
しばらく様子を見よう。
───と
一人動きがあった。こちらに上がってきているようだ。
「おーい、サム。どこに行ったんだ?おーい」
サム、とはおそらく先ほどの敵の名前だろう。岩陰に隠れその様子を伺う。
と、突然様子が急変した。
「おい、まさか・・・サム、おいサムーッ!」
先ほど敵が立っていた所で崖下を見ながら叫ぶ男がいた。
・・・何故だ。何故だと思う。
───何故、あそこで落下したと分かった?
その瞬間、何か致命的なことをした気がした。
そしてそれは「気がした」ではなく「確信」に変わる。
見れば敵がこちらに近づいてきていた。
おい、どうしてこちらに来るんだ。しかも迷わずに。心のなかで叫ぶ。
冗談ではない、何故だ。何故!
頭の中が「何故」「どうして」で埋め尽くされる。
どうする、どうする、どうする・・・どうする!
見れば敵が腰につけた短剣を引きぬき今にもこちらにこようとしていた。
ええい、もはやままよ。
潜伏するにはやや時間がかかる、となれば。
むしろ好都合。岩陰だし、何より1対1はこちらの望む所!
影に魔力を込め、敵の背後につかせる。そして───
背後の影に敵の右手を掴ませ、口をおさえさせ声を出せなくさせた。
そして本体の俺は短剣を引き抜き、一気に敵の首めがけて突き入れた。敵は一瞬で絶命した。
死体を敵にばれないようそっと岩陰の奥の方に入れる。
影を消し、またあたりを伺う。探知にも動きはなく、敵にばれている様子はなかった。
が、時間の問題だろう。おそらく敵は今頃サムとやらとこいつで逃げた敵を「狩り」しているつもりでいることだろう。そうであって欲しい。
しばらく与えられた猶予の中、次の手を考えていると腹がぐぅとなった。どうやら魔力の使い過ぎで空腹になったようだ。
自分の食料を使うのは勿体ないので敵の食料を奪うことにした。先ほど殺した敵の腰袋を漁って見る。おそらく食料があるだろうと思ったら、なかった。
「おかしいな、何故だ」
思わず呟いていた。仕方がないので自分の食料を食べながら、考える。
敵の袋に入っていたのは水筒と落書きのような絵が折りたたまれて入っていた。どうやら子供が書いた絵のようだった。
なんだ、これは?
そう思いながら敵の水筒の水を一気に飲み干す。ここまで水分を取って来なかったせいか、水を飲んで初めて自分の喉がとても渇いていたことに気づいた。
水を飲んで少し冷めた頭でここまでを考えてみる。
火矢に使う道具がないのはおそらく使い切ったせいだろうと推測は出来るし納得もいった。
だが食料がないこととこの絵がどうにも引っかかった。なんだろう、この違和感は。
と少し考え、辞めた。
今はそんなことを気にしている場合でもなかったからだ。敵の短剣を回収し、自分の腰につけた。二本あれば心強いと思ったからだ。一本は投擲用に使ってもいいだろう。武器は多いに越したことはない。
弓矢はどうするか、と少し考えて敢えて持っていないことにした。
確かに武器は多いに越したことはないが、今の俺には「潜伏」がある。が、弓矢まで消すのは難しいと考えたのだ。消せるかもしれない、しかし風の纏わせる量を増やせば増やすほど身体から一気に水分と空気がなくなるような気がした。
感覚としてそう思うのだからきっとそうなのだろう。となれば身軽な方が動きやすい。
そう、弓矢は今の俺にとっては武器ではなく単なる「荷物」に過ぎなかった。
さて、そんなことよりも解くべき謎があるのではないか?と思い至った。
そう、敵は何故こちらに気づいたのか、だ。
もう一度通ってきた道を地面を見ながら戻り、一歩目で気づいた。
「───なんて、迂闊」
自分でも呆れて物が言えなかった。
凄く単純明快な答えだった。足跡である。今でこそ風で土が舞い上がり消えつつあるが、さっきまで足跡がくっきりと残っていたのだと思う。現地の人間だ、多少薄くなっても気づくのかもしれない。
これは考えていなかった。
しかしこうなると、今までの行動が無意味になってくるように感じた。
ふと後ろを見れば、岩陰に隠しきれなかった「血」が地面についているのが目に入った。もう少し奥で殺せばよかったと後悔したがもう遅かった。
まあ、遠くから目を凝らして見なければ血だとはばれるまい、そう思うことにした。
さて、これからどうしたものか。上手く二人目までは殺せたが確か残りは八人。これを全員殺す手等あるだろうか、と考える。
一つあるにはある。魔力を込めた投石攻撃で一気に八人仕留めれば。それはとても単純明快で一瞬で思いついたことだ。
だが、上手く行く可能性が極めて低いのではないだろうか?
さっきの実績から言うと三人が限界のように感じる。いや、限界を考えない方がいいとは思うが、そうだな。よくて五人まで、としよう。
投石攻撃は確かに一撃必殺だが、敵に動き回られれば途端に命中率は下がる。気づかれず投石出来るのはおそらく三発で、それに気づいて動き出す敵二名を残り二発で、という算段を自分の中でつけた。
ただ、これはあまり望ましくない展開だ。
この先敵が何人いるのか分からないのと援軍を呼ばれるのが最も好ましくなかった。そうなればこちらは一人、だが敵は数人と分の悪い戦いを強いられることになる。
勿論、急いではいる。だが、ここはまだ慎重に戦わざるを得なかった。あくまで俺は一人で、相手は多人数であることを忘れてはならない。
そう思いながら岩陰から出て、崖下の敵を目視に行くのであった。




