迎撃
次の日の朝。
リリスに言われたとおり、一番隊は食料の守備らしかった。一番隊長に話をすると、意外とすんなりと話が通って肩透かしをくらったほどだ。
隊長は魔族でありながらも性格は温和な人であった。
俺に対しても「話は聞いているよ、苦労してるんだねえ君も」
等と言ってくれた。優しい言葉をかけてくれた人は思えば初めてではないだろうか。
ここは安全だけれど仕事だからしっかり守ってほしい、配置は任せると言われとりあえず食料が集められている場所にきた。
いつも監視をしているクセだろうか、とにかく高いところに登って全体を確認したかったので高い所を探した。
周辺は木々で囲まれており、特にこれといった高台は存在しなかった。
───が、見つけた。
一際大きな木で、そして高い木を。きっと周囲の木と比べて長く生きてきたのだろう。とても立派な大木だった。
探知で周囲に誰も居ないことを確認し、風の魔術を使いその木の上に飛ぶ。
がっしりとした枝に飛び乗り、大木に体重を預け周囲の様子を伺った。
「辺りが全て見渡せるな」
思わず呟いていた。とても綺麗な光景だった。
───と
「ん?妙だな」
最初は風のせいだと思っていた。いくつか木が動いている場所があるのだ。正確には動いているように見える箇所、だが。
「風のせいか・・・?」
そう思いながらおそらく村に向かっているであろう自軍の方を見てみた。
自軍が動いている森のあたりからちらほらと人が動いているのが見える。進軍中なのだろう、と言うのは分かった。
だが、その逆の位置。そこもまた揺れている、ように見えた。
・・・何故だ?
そちらの方を注視する。
今度は動きはなかった。どうやら気のせいだったらしい、と一息ついた。
それから何時間が経っただろうか。俺はずっとその大木にいた。ただひたすらに監視を続けた。
日が高くなっているので昼にはなっているだろう、と思う。
リリスたちもそろそろ敵と遭遇し争いになっている頃かもしれない。
喉が渇いた、そう思い水筒を手に持ち水を飲む。それを三口程飲んで腰に戻した。
───と
動きがあった。
自軍の方からだった。見れば火の手が上がっている。
「・・・火?」
馬鹿な。何故火など上がるのか?
おそらく村は無事通ったのだろう。もう昼なら村は疾うの昔に通過しているに違いない。
となれば、その奥。その奥から火の手が上がっていることになる。
なるのだが・・・。
「燃やすものなどあったのか・・・?」
そう呟き、あ、と声が出た。
「・・・まずい、これはひょっとするとまずいかもしれない」
一つの可能性に行き着いた。
しかも高確率で当たっているだろう嫌な予感。
燃やす物など決まっている。
───人しかないじゃないか。
おそらく自軍が待ち伏せを受け、火攻めを受けている、という可能性に至った。しかも撤退してこない所を見ると挟み撃ちにあった、もしくは足止めをくらっているかの二択。
そうして脳裏によぎるのは全滅の二文字。
撤退してこない、ということはどういうことか。つまりは相当な奥に入り込んだ所での挟撃、かつ奇襲攻撃。さらに加えての火攻め。
これはすぐにも隊長に報告すべきだ。急ごう、と思ったその時。
森が動いた、と思った。
どうにも気になり目をこらして動いたと思った箇所を確認する。
やはり動いた。否、こちらに向かって動いてきている。
先ほど自軍とは逆の位置が動いていたと思っていた場所が動いていた。人がいるのが見える。今度ははっきりと。
しかも大きく分けて3箇所。こちらを囲い込むように扇状に人が配置されていた。人数はさほど多くはないかもしれない。
「まずいな、これは・・・」
とにかく急がねば。木から木へ飛び移りながら隊長の元に戻った。
他人にばれないギリギリの所で魔術を使うのをやめ、一番隊長に報告へ行く。
「申し上げます、敵がこちらに来ております。数は分かりませんが、ここが狙いのようです」
「それは本当かい?見間違いではないのかね?」
「疑われるのも無理はありませんが、信じて貰う他ありません。こちらに来ているので迎撃の用意を」
火攻めのことはあえて報告しなかった。
今するべき優先順位を自分の中で勝手につけてしまった、という気持ちはある。が、今するべきは火攻めにあっているであろう味方ではなく、自分たちの身と、そして「生命線」である食料だ。
これがなくなってしまったら帰りようがないのである。彼らが生きて帰ってきたとして食料がなければ餓死してしまうことだろう。
「分かった、君の言葉を信じよう。まあ、間違えであったほうがいいがね」
一番隊長は苦笑しながらそういい、部下たちに防御の指示を飛ばした。
「君は君の戦い方があるのだろう?一番と三番では戦い方も違うだろう。君は君のやりたいように動きなさい」
正直助かった。そして話の分かる人で良かったと思った。
「有難うございます、では早速動きます」
そうして戻るは先ほどの大木。大木の上に上がり敵を確認する。見れば先ほどよりかなり近くに来ていた。
さて、どうするか・・・。
考えている余裕はあまりない。だが無策で戦えばまず死ぬ。何よりこちらは一人、相手は多人数。多少慎重に動くべきだ。
「やるしか、ないか」
慎重さと臆病は違う。ここは動くべき所だ。機先を制する、それしかないと考えた。
考えながら早速移動を開始する。狙うは敵3隊のうちの最も後ろ、そして真ん中の敵を攻撃出来る位置。
移動をしながら手頃な石を拾い集めた。
敵が長蛇の列になり始めた。そして俺はその横をつける位置についた。木の上に飛び上がり、冷静に機会を伺った。この機会を逸せば次はなく、自分もまた死んでしまうだろう。
時間にして数分が経ったと思う。狙うは最後尾一人前の敵。最後尾の敵が思った通りに動けば勝ち、そうでなければ次善の策だ。
そう思い覚悟を決めて、魔力を込め石を全力で投げた。
と、同時に次善の策として投石器による投石をする。木にあたって命中しないだろうとは思う。だが、当たろうが当たるまいが良かった。要は相手が驚けばいいのだ。
敵の真ん中めがけて投石器で石を投げる。綺麗な放物線を描いて飛んでいく。
と同時にガコンと強烈な音がした。おそらく金属の音だ。敵が兜か鎧をつけていたのだろう。それに直撃したのだろうと思った。
「た、隊長ー!?・・・て、敵襲!」
声が聞こえた。悲鳴にも似た声が森に響き渡った。
───え?
どうやら、敵の隊長に運良く最初の投石が直撃したらしい。魔力を込めた全力の投石攻撃だ。例え金属の兜だろうが鎧だろうが木ごと貫通していることは容易に想像出来た。
敵の足が止まり、どこだ、どこだ!と騒いでいる声が聞こえだした。
これで奇襲攻撃は潰せた。まあ、予定とは違ったがいい意味で違うのでよしとしよう。
さらに追撃の投石攻撃をする。魔力を込めた全力投石攻撃。持っている石ころは残り3発。それを無作為に投げつけた。
そうして木から木へ移り、敵の背後に回る。
見れば敵は先程俺がいた方を向いて防御を固めているようだった。当然だろうと思う。
石は全て同じ方向から飛んできているわけだ。どんだけ高速だろうが石が地面に突き刺さっていれば自然と分かることだろう。
そして上にいるのもばれているかもしれない。木にあたった石もあるわけで、角度からばれている可能性は十分にあった。
が、それは良し。例え上からだろうが下からだろうが相手は対応出来ていない。さっき俺がいた場所を向いているのが致命傷だということを、
───次の一手で教えてやろう!
今度は下から魔力を込めた全力投石攻撃を連続で行う。今度は地面なのであちらこちらに落ちている石ころを適当に掴んでは投げつけた。もはや当たるか当たらないかは関係がなかった。
狙いは敵の「命」ではなく「足止め」だ。まあ、当たれば運が良かったということだけだろう。
遠くでメキリと木が倒れる音がした。石を当てすぎて木が倒れたのだろう。そして大きな悲鳴にも似た叫び声。
敵が名前を叫んでいる声がこちらにも聞こえてきた。
倒れた木で潰れたのかもしれない。こうも好都合に行くとやり甲斐があるな、と口元が思わず緩んだ。
───と
敵が騒ぎながらも次の行動を取っていた。
一体どうしたんだと探知の魔術を使う。感じるのは魔力があちらこちらに散らばっていた。
今度はどうやら散り散りになりだしたようだった。あちらこちらから足音がする。
陣を広くすることによって全体の視野を広げてどこからでも攻撃出来るようにしたのだろう。
だが・・・。
心のなかで思う。
───本当にそれでいいのか?
と。
そう思ったのとほぼ同時に
「うわあああああ!て、敵襲だ!」
今度は味方の援軍だった。味方が一気に足止めした敵軍めがけて突撃してきたのだ。
その瞬間一番隊は出来ると確信した。あの隊長は凄い。攻撃が絶妙だった。敵が散り散りになった所を急襲したのである。
敵が固まっていたら数で押し負けていただろう、と思う。だが現実はどうだ。
敵が広がった結果、敵一人に対し味方は三人で一時的に戦える状態になっていた。
後は彼らが存分に仕上げてくれるだろうと考えていると、こちらに敵が散り散りに逃げ出してきていた。その数三名。
遠距離攻撃ばかりも芸がないか、と風の魔術を足に纏わせ一気に地面を蹴り正面の敵を腰につけていた短剣を抜き突進、そのまま首を狙って突き刺した。
刺した手応えを感じる間もなく短剣を引きぬき、その死体をもう片方の敵に思い切り叩きつけるように蹴り飛ばした。
「ぐぁっ!」
死体と共に飛んでいく敵。死体に潰されて身動きが取れなくなっていた。
「な、なんだ!?こ、こっちにも敵が?」
こちらに剣を構えながら最後に残った一人が言う。
が、遅い。
着地と同時に一足飛びに間合いに入り、顎の下めがけて短剣を突き刺した。
「がふっ」
返り血を受けぬようすぐさま短剣を引きぬき、先ほど飛ばした敵の方へ飛ぶ。
「うぐぐ・・・」
───ああ、良かった生きてて
内心全員殺してしまったらどうしようかとヒヤヒヤしていたのだが、一人生きていてくれて本当に助かった。
「どれ、助けてやろう」
まず死体の下にいる敵の剣を思い切り蹴り飛ばす。
「───ぁ!?」
もはや敵は声にもならぬ声を出していた。
「ああ、すまない。お前の手ごと蹴り飛ばしてしまった」
手加減するつもりだったが、魔力を込めて「つい」蹴り飛ばしてしまい敵の右手ごと遠くへ吹き飛んでいた。
右手の引きちぎれた敵を見下ろしながら死体を足で蹴ってどかせた。
「言えば助けてやる」
「は、か、勘弁して下さい。た、助けて・・・死にたくない・・・死にたくない!」
「知っていることを話せ、俺が救ってやる。信じろ」
慣れない笑顔を作りながら言う。
「うわあああ、来るな、来るな化け物っ!」
「・・・ダメか、この手は使いたくなかったが」
出来れば魔力の温存をしておきたかったからだが。後実験も済んでいなかったのもあって使うのは躊躇われた。
が。もはやそうも言っていられんか、と考えちょうどいい実験材料もいるわけだし、いいかとなった。
短剣を地面に置き、両手に電撃の魔力を込め、敵の脳めがけて直接叩きこみ命じる。
「俺の知りたい情報を手短に話せ」と。
リリスの父ティルファングは言っていた。電撃による魔術は人の心も操れると。
ならばこの使い方は間違ってはいないはずだ。そうであって欲しい、そう願い敵の脳に電撃をひたすら流しこむ。
すると、先ほど騒いでたのが嘘のように静かになり、はい、わかりましたとうわ言のように呟きだした。
成功、したのか?
そう思っていると、
「最前線は我々の勝利で終わっているでしょう、自然を利用した挟み撃ちと火矢で敵は今頃全滅しています」
と、喋り出したので正直驚いた。ここまで上手くいくものかと。
いや、それどころではない。
自然を利用した挟み撃ち、とは一体何なんだ?
するとこちらの考えていることが分かるのか、
「はい、そうです・・・。崖の上に大きな石を準備しておりまして、敵が奥に入り込んだ所で退路を塞ぎ、前は木の柵で防ぎ、火矢で攻撃するのです」
と喋りだした。
・・・そういうことか。
「最後に尋ねるが、ここにいる敵は」
全てを言い終える前に兵は答えた。
「もはや全滅でしょう・・・。命令された食料を焼き払うことも出来ずに・・・うううう」
「おい、どうした」
「うあああ・・・あぁ・・・」
よく分からないうめき声を上げると兵は力尽き死んでしまった。念の為に脈を確認し呼吸も確認したが本当に死んだらしかった。
何か証拠が残っても困るので死体の脳に電撃の魔術妨害を直接叩きこみ形跡を消し、さらに短剣で首を突き刺しておいた。
短剣を死体の鎧から出ている布で血を拭き取り腰につけ、前線に戻ることにした。探知の魔術は継続して行なっており、こちらに来ている敵は一人としていなかった。
どうやら全てが終わったらしい。
その後一番隊と合流し、隊長に進言することにした。
「隊長、すいません。私は行くべき所があります。行かせて、いただけますか?」
もはや敵が全滅しただの、敵の目標だの言うべきことではなかった。敵は待ってはくれない。一人でもやろうと思っていたことがあった。
「君の報告のおかげで助かった。誰かが敵を奇襲してくれたらしい」
「そのようなことはいいのです。私を前線に行かせて頂けますか?」
すると一番隊長はこちらを笑顔で、しかし鋭い目つきをしながら、論外だね、と言ってきた。
どういうことか、と言おうとするとそれを制止され、
「君一人が行ってどうにかなるのか?どうにもならんだろう。煙が見えるということは火攻め、なのだろうな。そんな地獄にどうして行かせられようか。ここは防御と撤退だ」
それは分かっていた。これは完全に俺の我儘だった。が、通さねばならないことでもあった。
「隊長の命令なしに一人行けば命令違反によりおそらく俺は処刑されるでしょう。それは困る。俺はまだやるべきことがある」
「・・・ふむ、だが我々は撤収準備をするよ」
「元々一番と三番では戦い方が違うという話だったはず。ここからは三番隊員の戦いです。そう言えば納得してもらえますか?」
すると隊長は苦笑しながら
「分かった、好きにするといい。一つ命令をするよ。生きて戻ってこい。いいね?」
拒否権はない。それに力強く頷き頭を下げ、
「有難うございます!」
大声で自分の感謝の気持ちを伝えた。
それは、久しぶりに出た心からの感謝の言葉であった。
その後、隊長と別れ走って火の手の上がる最前線に向かった。
思いを馳せるはリリスの後ろ姿。
俺は、彼女に生きて戻れと命じただろうか?
俺は彼女になんと言って前線に向かわせたのか。それを正確には思い出せない。
だが、断じて死ねとは命じてはいない。
ならばどんな窮地にいようと、例え地獄にいようと、リリスお前は生きているよな?
俺は、信じるぞ。
「待っていろ、リリス。今、助けに行くからな」




