反乱
休みも明けた初日。3番隊は全員一箇所に集まっていた。
前に隊長が、俺達はそれが中央に見えるよう整列していた。
「君達に悲しいお知らせがある」
隊長の第一声目はそれだった。隊員たちがどよめき出す。それを静かにしなさい、と優しく諭すように言いながら隊長はこう続けた。
「北東で反乱が起きています。そして鎮圧に我々の隊も向かうことになりました。軍団長は現在不在、副軍団長が直接命令を下す形での出立となります。規模は小規模だと情報があり、比較的安全に対処出来ると判断されたことから出征が決まりました。新兵のみでの構成となっておりますが、普段の訓練を活かせば十二分に対応可能だと思います。気を引き締め行きましょう」
我々の隊も、というのだから他の隊も来るのだろうな、と思っていると
「他にも我々含め弓5部隊、剣兵からも4部隊、魔術師からも1部隊が派兵されます。小規模の反乱鎮圧には十分でしょう。指揮には魔術師部隊が当たります」
そういって周囲は安堵するものが出始めた。
確かに、規模はそれほど大きくないのだから数的な問題においては問題ないのかもしれない。
しかし他の隊との連携をほとんどとった経験がない現状に俺の不安は拭いきれなかった。
そして指揮。
あの魔術師達に果たして一体何が出来るのか、正直疑問だった。
そもそも普段の訓練もしたことがなく、実戦がどうしたものかも分からず机上だけで戦う彼らをどう信じろと言うのか、そこからして疑問だった。
・・・死ななければいいのだが。
一抹の不安を抱えたまま出立の日となる。
一人あたりに与えられた携帯食は3日分。行軍には一週間がかかると見込まれている中、この食料は正直心もとない。
が、後続が食料を運搬しながらの行軍なので、携帯食は使わないだろう、と言うのが隊長の意見だった。
その他携帯したものは、投石具に短剣と水筒のみ。弓矢は俺には配給されなかった。
曰く
「君は弓の練習をしたこともないのに持っていっても仕方がないだろう」とのこと。もちろん隊長である。
さらに、後続の食料輸送の任務を負うことになった。「君、得意だろう。やってきなさい」と言われやった形である。
このまま食料を荷台で引っ張っていけばいいのか。なら戦いに巻き込まれることもない・・・か、と少し思って少し安堵した自分がいた。
行軍は予定通りに進み食料が一箇所に集められた。山の上に陣を敷き、水も確保した。
夕方に全員の食事が終わり、陣の周囲にかがり火が上がる。
「火は多めに焚きなさい。多くの軍が来たと知らしめるだけで敵は逃げるかもしれませんね」
と隊長は大層ご機嫌だった。周囲もそれはいい、と景気よくかがり火を焚くのであった。
そんな雰囲気の中、俺は一人離れて飯を食べ水を飲み水を補給しておいた。俺には「いつもの」仕事があったからだ。気は抜けなかった。
そう、夜には監視の仕事。各隊より2、3人ずつ出され、周囲を警戒する役目を負った。その中には当然とも言うべきか、俺もいた。
山の上だから見晴らしは良かった。かがり火の近くでは明るすぎてかえって遠くが見えないので暗い所に移動し、暗い所で目を慣らした。そして、そこから見下ろすようにして監視をする。
おそらく明日はあそこを通るのだろうな、と思う。暗くてはっきりとは見えないが、村があるようだった。建物が上から数えて20戸程度ほどあり、その傍には畑のようなものが見える。規模としてはそれほど大きくはないだろう。
が、朝にはきっと綺麗な景色が広がっていているのどかな村なのだろうな、と思いを馳せた。
流石にこの距離からではあの村まで探知は出来ないかと思案していると、後ろから魔力の塊が近づいてくるのを探知した。
少し様子を伺っているとこちらに近づいてくる。
・・・敵では、ないか?
しかし油断は出来ない。万が一敵ならば潜伏し、生け捕りにしようと考えた。情報は大いに越したことはないからである。
きっとあの性格の悪い隊長のことだ。拷問なんてお手の物だろう・・・。
等と考えると腹が立ち、気づいたら歯ぎしりしていた。
やはり、あの隊長は好かない。どうしても姑息で陰湿な想像しか出来なかった。
───と
意識を集中し遠くを見ると、なんだ、と大きくため息が出た。見慣れた槍を持っていたからだ。正直安心した。
その者は近づいてきて、「こちらにおられましたか」と微笑みを浮かべながらこちらに話しかけてきた。
「リリス、正装なのだな」
「初の実戦ですから。何が起こるか分かりませんし。わたくしも監視の志願を致しました。来た方を重視して人がいるのですが、あれに意味があるのでしょうか」
と問われ、
「さあな。普通進行方向を監視するものだと思うのだが」と言うと、わたくしもそう思いました、と返答がきた。
「人員過剰だったので手薄だと思われるこっちに来たのですが、正解だったようです」
「正解かどうかは分からないが、おそらく明日はあの村を通るだろう」
するとリリスは首を傾げ、
「どうしてそう思われるのですか?」と言ってきたので、
「そうだな・・・。周囲は山に囲まれていてあそこだけ切り開かれたように出来ている村。村なので当然道は整備されているし通らない手はないと思った。行軍が楽なんだ。食料を運搬するにもな。わざわざ食料を運搬するのに畑の中や山の中を通ってはいかんだろう?」
リリスはなるほど、と呟き、
「けれど、それは相手も予想しているでしょうね。もしあそこで襲われたらと思うと」
ふむ。それは考えていなかった。単純な通り道としか認識していなかった。
「偵察の必要があると思うのだが・・・どうだろうか」
もし敵が潜んでいる場合、もしくは敵が潜もうとしているならばそれなりの形跡があるだろうと考えたのだ。
「そうですね、万が一のことがあってはいけませんし、偵察した方がいいかもしれません」
そういう流れになったので俺は3番隊長に、リリスは1番隊長に、それぞれ提案に向かった。
ところが・・・
「偵察?そのようなものは必要ないでしょう。そもそも上からの指示もありませんし、敵がいるわけがありません」と言われた。
「しかし、万が一のこともございますが」
そうだ、万が一いたら、と考えると背筋がゾッとした。おそらく壊滅的打撃を受けることになる。
もちろんそこまで頭の回る敵がいなければ何一つ問題のないことだが。
「では尋ねるが、君あそこまで偵察するために馬を使うのかね?足では到底間に合わないだろう?走るのかね?ん?」
「走ります」
即答だった。風の魔術を使えば一切問題のないことだった。
が。それは笑われ、そして怒鳴られることになった。
「馬鹿なことを。ふざけたことを抜かす前にここから出て行きなさい。馬鹿の相手をするほど私には余裕はないんだよ。ただでさえ戦前で昂ぶっているのに、そういう要らない心配がかえって迷惑だ。出て行け!」
荒れていた。ひょっとすると酒が入っているのかもしれない。
───と
「失礼致します」
後ろから入ってくる者がいた。リリスだった。
「ほう、これはお美しい」
隊長の機嫌が良くなる。
「どうしてこのような戦場に女性が?」
「わたくしは兵士でございます、今は1番隊に所属しております。隊長から偵察の案が了承されたのでご報告をと思いまして」
助け舟のつもりで出てきたか。
下がれ、と隊長に言われ一歩下がる。隊長はリリスに近づき、上から下をじっくりと見て、
「偵察、か。この男も今実は全く同じ進言をしてきたのだよ。それにしても利発そうな、いい子じゃないか」
そういってリリスに手を伸ばそうとした所で、
「お待ちください、隊長。それで偵察の任務ですが」
俺だった。
隊長にリリスを触らせるのはどうにも許せなかった。
そう思ったのと発言、どちらが先だったかは自分でも分からない。
隊長は舌打ちをし、こちらを睨みつけながら、
「二度も言わせるな。偵察はいい。お嬢さんも偵察はいい。1番隊長にそう伝えておこう。二人共下がりなさい」
と、言った所で隊長が何やら考える仕草を見せた。
と思ったら、ニヤリとし
「お嬢さんは一緒に来て下さい。1番隊長に報告します。・・・お前は監視だ」
そういって俺は幕舎を追い出された。
監視場所まで戻り、村を見下ろす。
見下ろしながらふと違和感を覚えた。
・・・やはり、何かあるのではないか。
単純な村人の反乱だとは思えない。
村に人の気配がないからだ。まるで生活してる感じがしない。さっきから人っ子一人出てこないし、明かりの1つすら灯らない。
これはそもそも何の反乱だったのか、と考えている所に背後からまた魔力の気配がした。
隠れて後ろを警戒していると、ヴェル様、と声がかけられた。
「なんだ、リリスか。どうした?こっちなら特に変わりがない。変わりがないのがおかしいと思い始めたのだが」
と言った所で、リリスがいつまでもこちらに近寄ろうとしないので首を傾げ、
「どうした?何か、あったのか?」
そうとしか思えなかった。リリスは、はい、と小さく答え
「ヴェル様、明日の出陣ですが、私が3番隊に組み込まれ、ヴェル様が一番隊に組み込まれることになりました。ヴェル様の任務は食料の防衛だそうです。代わりにわたくしが前線に出ます。監視はいいのでもう寝るよう命令が下っております」
「どういうことだ?」
何がどうなってそうなったのか分からなかった。
「あくまでわたくしの推測となりますが、良いですか?」
それに無言で頷いた。
「どうやらあの3番隊の隊長はわたくしを気に入ったようです。そして手元で戦果を上げる所を見せたいようでした。ここは幕舎の外で声を拾っただけなので確かなことは言えないのですが」
そういい、リリスはこう続けた。
「ヴェル様のことを最前線の囮に使う予定があったようです。おそらく戦場で殺すつもりだったのでしょう。それらしきことを1番隊長に言っておりました。それでしぶしぶわたくしとヴェル様を交代させた、という所です。わたくしは隊長の傍にいるので安全であることは二人から説明がありました」
「納得がいかんな。まあ、俺を囮に使うのは分かる。あれほど無能だなんだと言っているんだ。俺一人死んだ所でどうでもいいのだろう。なるほど偵察の必要がないわけだ。裸で敵に突っ込ませる予定があったのだからな」
忌々しい、と舌打ちし、
「が、そんなことはどうでもいい。問題はリリス、お前だ。どうにもその隊長の傍が安全とは思えない。前線そのものが安全ではない気がする。だから安全等と考えず用心してかかれよ。撤退の準備は常にしておいた方がいい」
それにリリスが無言で頷く。
「───とはいえ、その退路があるのか実は怪しいのだがな」
「え?」
リリスが首を傾げる。
「いやいいんだ気にするな、これは考えすぎだろう」
そう。考えすぎならばいいのだが、と思いつつ就寝するのであった。




