解除
次の日。リリスが休みということで二人で休養をとることにした。久しぶりの彼女の手料理は美味しかったし、心穏やかな一日を過ごせた。
そしてその次の日。
リリスを軍に送り出した後、俺は一人実家に向かった。魔族軍を辞めるかどうか決め兼ねていたのだ。
まあ、それだけが理由ではなかったが。
探知を使い、周囲に人がいないことを確認しながら、風の魔術を使い急いで帰宅した。誰にも見つかっていないし尾行されてもいなかった。
「久しぶりの家か」
赤煉瓦で出来た家を前にして呟く。戻ってきたのは実に3ヶ月ぶりとなるだろうか。
もう一年も経ったかと思えば未だ3ヶ月という所に驚きである。
探知した所魔力が1つしかないので親父は不在のようだった。
とりあえず扉を開け、「ただいま」と言うと母が出てきた。
「あらあら、まあまあ。ヴェルじゃないの。どうしたの?」
「どうしたの・・。そうだな、ちょっと話があって」
母は少し考える仕草を見せた後、とりあえず中に入りなさい、と言ってきた。
そして中に入り、見慣れた机の前の椅子に座る。
母は飲み物を持ってきて、前に座った。
「で、どうしたの?」
「実は・・・」
あったことを全て説明した。上手く伝わっているかどうかは分からないが、全てを伝えたつもりだ。
「というわけで、魔族軍を辞めるべきか少し悩んだわけだ」
すると母は笑顔で
「ヴェル、貴方どうして全員殺さなかったの?」
と言ってきた。
いや、それはまずいだろう。
「流石にそれは躊躇われた。そこで皆殺しにした所で問題は解決せん。処分は免れないだろう」
と言うと、
「そうねえ、それもそうねえ。人間は弱いものだから群れたがるのよね。それが自分の力だと錯覚してしまうの。けれどそれはしょうがないことなのだけれど、それを押し付けるのもねえ」
母はこう続けた。
「彼らの言う仲間意識や友情というものは幻想に近いものがあるわ。私も聖女と言われた時期があったけれど、最後は裏切られたわけだし。そんな彼らは普段私のことを当然仲間だと思っていたでしょうね」
「そういうものか」
それに母は頷き、
「彼らの言うことは大して意味はないわ。そのリリスという子が言う事の方がよっぽど自然だと思うけれど、どうしてそこまで想われているのかしらね貴方」
それは俺も疑問だった。だから、さあ、としか答えられなかった。
「まあ、辞めてもいいけれど今はまだ辞めるべきではないと思うわ」
ふむ、そうか。
「まだ入って間もないわけだし、それはそれでかけがえのない経験だと思うわ。貴方は少なくとも他人に無知だとか無能だとか、そういう人間ではないわよね。嫌な思いをしたわけだし」
それに無言で頷く。
「人はね、そういう辛い経験をしなければ他人に本当の意味で優しくすることは出来ないわ。貴方は誰よりも自分に厳しく、けれど他人に優しくありなさい」
「それがいずれ、きっと貴方を大きくするわ。今はまだ我慢の時なのよ。飛躍の時を待ちなさい。きっと事態は好転するから」
「そうだろうか?」
母は苦笑しながら
「そうね、それ以上悪くなることがあるのかしらね。だから良くなるしか考えられないのだけれど」
なるほど、それもそうか、と頷いた。
「それに、辛いからとすぐ諦めていたらきっと後悔するわ。諦めぐせがついてしまうのね。私はヴェルには前向きに生きていて欲しいの」
「分かった」と言うと
「いいえヴェル、貴方にはまだ早すぎる。分からなくていいのよ。そうね、短いうちに貴方は色々経験しすぎた。そこで前向きにというのはとても難しいことよ。ゆっくりとでいいのだから」
それに無言で頷いた。
「さあ、話は終わりかしら?」と言われたので、
「いや、実は本題はこれからだ」
母は笑顔で、そう、と答えると飲み物を取りに行き、新しいものを出してきた。それを飲みながら
「竜人の書、という本を読んだのだが」
「・・・そう」
明らかに母の顔が変わった。どこか諦めに似た顔だった。
「母さんは、竜族なのか?」
単刀直入だった。
「そうね、隠しても仕方のないことだから言うわ。確かに、竜族よ」
「そうか」
やはりそうだった。どうにも引っかかっていたのだ。何故親父があの研究に関わっていたのか。
「親父はどうやら母さんについても研究をしていたようだ。白竜がどうとか、だったか」
「私は人間族に与した竜族です。昔から崇められていたのよ。病気を治したり、大地に恵みを与えたり、時には人を蘇生することもあった。戦争の時にも力を貸したわ」
「分かった、過去の話はいい。過去を詮索するのもどうかと思うし。重要なのは今だ。気になることがある」
と言うと、と言われたので
「リリスは竜族だ。人間離れした力を持っているわけだが、俺にはそういったものは備わっていない。これはどうしたことだ。封印とやらと関係があるのか。それとも元々そういう力はないのか?」
「封印の方ね」
意外とあっさりと答えられた。
「その封印と言うのは、解除出来る類のものか?」
「出来るわよ、ヴェルが望めば。けれどいいの?解除すればもう元には戻れないわよ」
何か含みのある言い方だった。
「元には戻れない、とはなんだ。何か失うものでもあるのか?」
「そうねえ、お父さんにも相談した方がいいのかしらね。夜になったら帰ってくるからそれまで休んでいなさい」
そう言ってこの話は一度お開きとなった。
それまでは久しぶりに家の図書室で魔術の本を読み漁り、夜となった。
親父が帰ってきて3人で久しぶりの家族会議が始まる。
「話は聞いた。大変だったようだな」と親父が言う。
「大変かどうかは分からないが・・・。まあ、妙なやつもいるんだな程度には学べた」
「あの隊長は一癖あって前々から問題になっていた。元々4番隊隊長だったのだが、あまりに酷い管理体制だったので副隊長に下げたことがあった。だが何一つ変わらないどころかより酷くなった。現4番隊長より元々偉く、またこの隊長が腰の低いやつで、副隊長になってもどうやら言いなりにしていたらしい」
それに、なるほど、と言うと
「それで今回は偶然にも息子に被害がな。無事で何よりだった。どうにもいけ好かないやつだ」
「あれはどうにかならないのか。明らかにおかしいと思うんだが」
「どうにもならんな。参謀長と言っても組織にあまり口出しは出来ん」
「なら、軍団長はどうだ?」
すると親父の目つきが変わった。
「軍団長?どうしてお前がその言葉を口にする?」
「いやなに、軍団長と名乗るおじさんと知り合いでな」と言うと親父は突然笑い出した。
「ああ、それが知り合いだ。ほれ、お前が軍に入る前に言ってたろ」
やはりか、と思った。
「偶然にも知り合えた。何故か矢を運搬してて一声かけたのがきっかけだったか」
と言うと
「ああやって人を見てるんだとさ。あんなことせずとも人は見る力あるんだがなあいつ。性格悪いわな」
「親父と対等と言っていたが本当か?」
「対等?俺の方が上だぞ。負ける気がせん」
・・・なんか似たようなことをおじさんも言っていた気がするが。
「まあ、無事知りあえてよかったな。だったら魔族軍を辞める必要はないだろう。あれがいる限りはなんとかなるだろう。俺からも言っておこう。少なくとも現隊長からもはや得るものはないだろう?」
それに無言で頷く。
「魔族軍もそこまで腐った人間ばかりではないんだ。立派なやつもいる。それに、そんなことのために魔族軍を設立したわけでもないんだ。誰が偉くなるとかではない、この大陸に一時の平穏を築くために作られたんだ。もう組織がでかくなりすぎて崩しようもないが」
「そうか・・・」
「バルバロッサと、ジークフリートと俺。3人で相当無茶をした。焼け野原になる大地を見て、何もないことに気づいてな。何をしてきたのだろうとなって、バルバロッサが言った。何もなければ作ればいいのだ、と。だが何かを作るためにはそれを守る力が必要だ。それが魔族軍だっただけのことだ」
どこか懐かしそうに親父は語った。
「ジークフリートとは?」
「は?軍団長の名前だろう。聞いたことなかったのか?」
それに頷く。
「そうか。今あいつは南西の反乱鎮圧に向かっているから戻ってきたら言ってみるといい。が、今回の反乱はちとおかしいから無事に戻ってこれるか怪しいんだがな」
「まさか、どこかと連携した反乱だとか?」
すると親父は、ほう、と興味深そうに話を聞いてきた。
「噂が流れていた。次は北東で、軍団長がいないうちに、そして俺達も参戦すると」
「なるほど、そういう噂になっているのか。まあ、事実だ。北東で反乱が起きている。近々鎮圧が必要だろう。まあ、どこにも不満は広がっているようだな」
「中央はそれほどでもないが、あちらこちらでは反乱が多いのか?」と言うと
「そうだな、お前もいずれ旅にでも出して見て回らせようと思っていたのだがな。まあ、多い。魔族が勝ったから、はいそうですかとすぐに人間たちが納得するほど上手くは出来てないんだ」
それに、そうだったのか、と言うと
「それに、3番隊隊長のような魔族もいる。すぐに人間を虐げようとする者も後を絶たない。今でこそ奴隷扱いすることは禁止し、厳罰に処してきたが、それでもなお、な」
最初はあった、ということか。
「自由に、全ての者が楽しく生きていけるような大陸にしたかった。バルバロッサもそれを望んでいるし、ジークフリートだって当然そうだろう。俺もそうだ。だがな、その下が必ずしもそうかと言うとそれは否だ。思ったように上手くはいかんよ」
「バルバロッサは退屈だからと人間を殺さなかったようだが」
ああ、それは、と言いながら親父は
「あいつなりの照れ隠しだよ。・・・なんだ、ティルファングとも知り合いか?」
それに頷き
「竜人の書・・・と言うものを貰った。それで俺のことと母のことについて聞きたい」
親父はそれが本題か、と言い俺はそれに無言で頷いた。
「そう、母は竜族で白竜だ。主に癒しの力を持っているが破壊の力も持っている。いや、むしろそっちの力だ」
「癒し一辺倒だと思っていたが・・・」
「癒しの力はとても強力な魔力を必要とする。その魔力を内に秘めながら制御出来る事、それ自体が脅威なのだが。それで破壊の力として見るというのは、例えば傷口を塞ぐという魔術。傷ついたという事象そのものを破壊するんだ」
・・・どういうことだ?そんなことが可能なのか?と考えていると
「毒を無効化するのも毒を分解するわけだし、蘇生も死という事象そのものを崩壊させるということ。全て破壊なのだ。じゃあ攻撃に転用したら?」
「どう、なるんだ?」
分からなかった。
「生きているという事象を破壊するわけだ。命そのものを直接破壊するわけだ」
そんなことが・・・
「可能なのが白竜の力だよ。母さんのな」
母さんは「そう大げさなものでもないわよ、普段は使わないし」とか言っている。
「まあ、人間に裏切られ俺達に差し出された母さんは最初はおとなしかったのだが、さあいざ処刑という時に周囲の人間がなあ・・・」
「一体、何があったんだ?」
「いやまあ・・・。なんだ、魔女を殺せと連呼しだして。そこで母さんの中で何かが吹っ切れたんだろうな。そこにいる人間全て皆殺しにしてしまって。はっきり言うと、頭部から破裂して全員死んだ」
「ひ、酷いな」
思わず呟いていた。
「当然の報いよ」と元聖女様であった。
「そして私を助けて下さい、さもないと貴方達も殺します、なんて言われたらどうしようもないだろう。3人でどうするかという話になって、俺だけ結婚していなかったから俺が娶る形で、今に至る」
そうだったのか。
「結果的には良かったんだがな。母さんはとてもいい人だった」
貴方もいい人よ、結婚してよかったわー、等と言っている母。
「さて、そこまではいいのだが。問題は俺だ。さっき言っていたティルファングの娘と知り合いで、とても強力な力を持っているし羽もある。だが俺にはないのだが、これは一体どうしたことだ」
と言うと
「はっきり言うと、魔力を封印してある。さっきも言ったが白竜の力は強力で、さらに竜族と魔族との間に生まれた新種はさらに強力だ。封印するしかなかった」
「それは、今解除出来るものなのか?」
と言うと、親父と母は二人顔を見合わせた後、こちらを見て
「いいのか?後戻り出来んぞ?」と言ってきた。
「だから、どういうことなんだそれは。何か問題でもあるのか?」
「ある、その力はバルバロッサにも匹敵する力だ。はっきり言おう、王の力だ。それは善政にも使えれば圧政にも使える力。正しく使えば多くの物を得、守ることもできるだろう。だが、間違えたことに使えば己を破滅へと導く力とも言える。約束出来るか、正しく使えると」
少し考え、
「それは、分からない。だが、正しき道に使えるよう努力はしよう」
「人はそれでもなおお前を誹謗し中傷するだろう。それでも、か」
「己が正しいと信じた道だ。他人にとやかく言われようとそれることはないだろう」
親父はそれに頷き、母は苦笑した。
「ヴェル、出来ればこの力は一生封印したままにしておきたかったわ、その方が楽だし幸せだもの。何より不必要だと思ったから」
母はそういった。
きっと、そうなのだろう。
「過ぎたる力は必ず己の身を滅ぼす。力に使われるな、使いこなせ。そして、正しきことに使えよ」
親父はそれを繰り返し聞かせるように言う。
「力を得たからと言って一人でなんでも出来ると思うな、驕るな。頼ることを忘れるなよ」
それに無言で頷いた。
「その力を得たからといって俺が偉くなったわけでもなければ器が大きくなったわけでもない。そうだろう?」
それに親父は頷く。
「それでは始めましょうか、封印解除を」
母がそう言い、俺は、頼む、と答えた。




