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逃亡者

さらに一週間が経とうとしていた時、それは起こった。


とうとう3番隊から脱退者が出るという事態が発生した。


夜、いつものように宿舎周辺を監視していると宿舎から人が出てきた。


一瞬殺すか否か躊躇ったが、リリスの力も借りて幾分か気分が落ち着いていた俺は殺さずに生け捕りにする方を選択した。


これが監視をはじめた頃なら迷わず、後先考えずに殺していただろうな。


そう思いながら高台から降りて、近づき、


「おい、どこに行く。どこかに行かれては俺が困る。今なら黙っておくから早く戻ってくれ」


と兵士の前を遮り言うと、


「い、一体どこから?!・・・いや、今はそんなことはいい。すまない、見逃してくれ」とその兵士は言った。


一体何を見逃すのかよく分からなかった。


「一体何をした?」


その質問は大きな間違いだったことに次の一言で気付かされた。


「これから逃げるんだよ。お前二週間も寝ずに仕事してるんだってな。不満だと思わないのか。俺は休みたい、何一つ面白くもないし、何か失敗すれば罵倒される日々にうんざりだ」


と言われた。


・・・そうか。何をした、ではなくこれから何をするのかと尋ねるべきだったか。


そう思いながら


「まあ、不満は不満だ。が、慣れた。あの隊長は毎日繰り返し無能、無知、無学、新人だから何も知らないのが当たり前と繰り返すだけだ。ならば常に都合の良い新人を演じていればいいだけだ」


すると、


「お前はいいよな。何も考えないのだから。本当に無能なんじゃないのか」


そうなのかもしれない。最初こそ苛立ちを感じてはいたが、今となっては慣れてしまい何一つ感じなくなってしまっていた。


それどころか夜の監視作業は探知魔術さえ使っていれば後は慣れ。途中からは魔術の補強練習と特訓に時間を充てていた。


・・・だからかもしれない。自分にとって好きな時間を使えるから不満も何もかもをそこで吐き出せたのかも、等と考えていると


「俺はもう無理だ、あいつには付き合えん。休みもないし、俺達はあいつにとって使い捨ての道具か何かか?」


「それは質問か?ならはっきりと言おう。そうだ、俺達はあいつにとって道具だ」


根拠までは説明しなかった。


が、「噂」によるととある兵士に「私は偉くなっていつか軍団長になる」とほざいていたらしい。欲があると言うか、高望みというか。


まあ、そこの評価はさておき、そんなことを言う者なのだ。推測ではあるが、おそらくあの隊長にとって俺達兵士は踏み台に過ぎない。そういう生き方をしてきたのだろう。


でなければ説明出来ない。自分にとって都合の良い人間は褒め、使い、不都合な人間には使えないと貶める行為を繰り返す、ということを。あれは完全に他者を使い捨てにしようという魂胆が見え見えではないか。


少なくとも俺はそう思っていた。


「そうと分かっていてお前はあれに付き合うのか。正気か?」


・・・正気か、か。


「正気か、と言われたらおそらく正気ではない。が、運が良いのか悪いのかあんなのが上に来てしまった。しょうがないだろう。もしこれに不満があるのならば組織構造それ自体を変える必要があるのではないか?」


と言うと、


「お前では話にならない。結局、通すのか通さないのか・・・どっちなんだ」


兵士が苛立ちを隠さずにそう言ってきた。



どちらと言われたらそれは、答えは決まっている。


「通さない、と答えるしかないだろう。もし俺がここを通せば監視していないと怒られるのだから。どうだ、黙って出て行くよりあの人に意見して出て行ったほうがいいんじゃないか?」


それが出来れば・・・等とごねているから


「面倒だな、連れて行ってやるよ」


俺はそう言うと、兵士の鳩尾に拳をめり込ませ気絶させ3番隊長の元に運んでいった。


そして隊長の幕舎の前まで来て兵士を地面に放り投げ、


「夜遅くすいません、隊長。問題が発生しました」


と言うと、とても苛々した様子で隊長が出てきた。


「一体何が起きたというのかね」と言うので


「はい、この兵士が宿舎から出てきたので問い詰めた所脱走をしようとしておりました」と報告した。


それで、と言ってきたので


「俺・・・私ではこの者の処分をどうするべきか判断出来なかったのでその判断を仰ぎたかったのとご報告を兼ねて参りました」


すると、隊長は少し驚いた顔を見せた後


「君の言いたいことは分かった。よくやってくれた、悪いがその子を起こしてやってくれないか」


と言われたのですぐさまそのようにした。


そして隊長が兵士を問い詰める。それを俺は後ろで聞いていた。さて、どのような判断を下すのか。


「どうして逃げようとしたのかね」隊長が尋ねる。


「辛くて、もう二週間近く休みがありません。特に何もないのにどうして休みがないのですか。俺はもう嫌です」


泣きつくように言う兵士。それを聞き、ふむと顎に手をあて考え、


「分かった、明日全員を招集して休みを3日ほど取らせよう。それで、いいかね。また頑張ってくれないか、軍のために」


笑顔で隊長が兵士に語りかけるように言った。


それを聞いていて、内心苦笑した。


何が軍のために、だ。お前のためだろうに。


ここで脱走を許せば他もきっと崩れる。その時の収拾をつけることを考えたら、休みを与えて問題を有耶無耶にしたほうが一等話が早いと言うものだ。


さらに言えば、ここで「出て行きなさい」と言えばこの隊長の「評価」に傷がつくわけで。将来軍団長様になりたいこのお方はそれを内心最も許せないことではないだろうか。


と、考えていると、泣きそうだった兵士が笑顔になり「本当ですか!」と元気に返事をし宿舎に帰っていこうとしていた。


俺は思わず


「話の分かる隊長でよかったな」と言っていた。それに兵士は笑顔で


「ああ、お前も有難う。話せば分かるんだな。俺、他の皆にも伝えてくる」


そう言って宿舎に走っていった。


───この兵士、馬鹿だ。


その一言でそう思ったが何も言わずにおいた。


・・・さて。


残された俺は、だが。


「君は無能だと思っていたが、それは取り消そう。新人ながらよくやってくれた。君の監視がなければ大事になっていたことだろう」


それに、小さく頭を下げる。


「これからも何かあったら必ず報告するように。自分で判断せぬよう気をつけなさい」


「分かりました」


「しかし、やれやれ。この程度で脱走とは・・。昔ならこういったことはなかったのに。君も持ち場に戻りなさい。しっかりとやるように」


そう言うと、隊長は宿舎の中に戻っていった。


「戻るか」


別に何に満足感もなければ、達成感もない「作業」だった。


が、「無能」が取り消されたことだけは一歩前進と言えるか・・・。


と、考え高台に戻る。


そして高台で監視を再開し、特に何もすることがなかったので今日のことを振り返った。


とにかく馬鹿だなと思ったのはあの兵士の最後の一言だ。


何が致命的だったかと言うと、あれだ。


「俺、他の皆にも伝えてくる」だろうな、間違いなく。


それはつまり、他の兵士も同じ事を考えてる者がいて、放っておけばその他多数の者が脱走する予定があったのではないかと考えられること。


おそらく概ね当たっているだろう。まあ、多くの人間が不満を持っているのは間違いないようだ。


そしてもう一つ思ったこと。


何に問題解決にもなっていない、ということだ。


この状態そのもの、根本的な問題を解決しなければ兵達も不満を持つし、これからも脱走をしようとする者が出るのではないか?


付け加えて言うならば、今回すんなりと休みを出したはいいが、「次回」はどうするつもりなんだろうな。


今回上手くいったなら次回も、と考えるのが普通ではないのか。おそらくあの兵士が代表して隊長に「休みを下さい」と言いに行くことになるのだろうが・・・。


一人で通用しなくなったら今度は数を揃えて休みを貰いに行くとでも言うのだろうか。そうなった時にあの隊長はどう対処するのか。


考えると少し興味があった。


慌てふためくのか、それとも冷静に処罰するのか。


・・・同じ事が起きたならば、俺ならどうするだろうか?



出来うるならそういった事態は避けたいものだが・・。


あったら、どうしたものかな。その時に頭を悩ませるとするか。


と考えるのをとりあえずやめて、魔術探知しながら魔術の特訓をし監視するのであった。



次の日。


隊長の前に3番隊員が集められた。俺も最後尾につくように並ぶ。


───と


どことなく全員の、俺の見る視線が冷たいような、気がした。


気のせいか?と思っていると隊長が話を始めた。


「残念なお知らせがある。昨日一人脱走をしようとした者がいる。理由を聞けば休みがないかららしいではないか。なるほど、君達にも不満が溜まってきているようなので今日から3日ほど休みを与えたいと思う。そこで少しではあるが静養し、また軍務に臨んで頂きたい。私から話は以上だ、では解散」


隊長はそう言うと宿舎の方に戻っていった。


3日全員一斉に休暇か。大丈夫なのか、これは。何かあったら大変ではないか。


等と考えていると、


「おい、お前」と身体の大きな兵士に声をかけられた。


「ん、なんだ?」と言うといきなり殴ってきたのでそれを避ける。


「何をするんだ、危ないじゃないか・・・」


と言って気づく。俺は周囲を兵達に囲まれていた。どうやら逃げられなくするためらしい。


一体何が起こるのかと思っていると、


「お前、今回は上手く行ったからいいがな。どうしてあいつを逃してやらなかった!」と兵士を指さしながら大声で怒鳴られた。


その指差す方を見てみれば昨日の兵士だった。どこか薄ら笑いを浮かべてこちらを見ている。


「当然だろう、俺の仕事だったからだ。それ以上でもそれ以下でもない」


何を言われているのか分からなかった。それどころか殺さなかっただけマシだと思って欲しいのだが。


「もしあいつが処罰されていたらお前はどうしたんだ?あ?俺達に殺されたってお前は文句言えねえぞ」


その理屈はおかしい。


「どうしてそうなる。俺はただ言われたとおり仕事をこなして報告をしただけのことだ。別に報告せずに殺すことだって出来たのだがな」


そっちの方が良かったのか、と言うとまた殴ってきた。それを左手で受け止める。周りからどよめきが起こった。


「そういう問題じゃねえだろ。お前が仲間を売った、ということが問題じゃねえのかここはよ」


なんだそれは?


「売る、という意味がわからない。どういうことか説明してくれ頼む。本当にわからないんだ」


すると、大男は舌打ちし、


「お前はやっぱり無能なんだな。俺達は同じ飯をくって、同じ所で寝てるんだ。もう仲間だろうが。友達じゃねえか。なのにそれを、お前には人の心がないのか?」と言われた。


「やはりよく分からん。何故俺の心の話になる」


「お前がやったことは俺のダチを隊長に引き渡したということで、それは仲間を売る行為と同等なんだよ俺達にとってはな」


分からなかった。


何を言っているのか、本当に分からなかった。


「済まない、やはり分からない。俺はお前達と飯を食ったわけでも寝たわけでもない。だから仲間でもないだろう?もちろんダチとやらでもない」


と言うと、周りの兵士から「もういい、やっちまえよ!」と声が聞こえてきた。


そうして「やーれ!やーれ!」と周りに声が響き渡る。


これは・・・、なんなんだ。どうなっている。


「お前にはわからんだろうな、友達とかいなかったんじゃねえか」こちらを馬鹿にしながらそう言い、大男は思い切り力を込めて右拳を振ってきた。


それを回避し、顔面を殴る。


大男は「や、やりやがったな。おい、全員でたたんじまえ」と言い、周りの兵士たちが一斉にこちらに突っ込んできた。


魔術を使うか、と思ったがこんな所で使うものでもないか、と油断した所を後ろから頭を殴られた。


と、同時に後ろに右足で蹴りを入れていた。


すると今度は左から体当たりが来た。


・・・乱戦とは、これか。


もはやその後のことは覚えていない。


ただひたすら殴り、殴られ。


結果は敗北。ズタボロにされ、もはや立てない状態だった。


最後の彼らの言葉は


「なんだこいつ・・・。もういい、やめてとっとと休暇に行こうぜ。お前もこのことは隊長に言うなよ。と言っても無理か。得意だもんなあ、告げ口」


そうして兵達は笑いながらどこかに消えてしまった。


「隊長に言うな・・・か」思わずそう呟き苦笑する。


───俺は気づいていた。


兵達に囲まれた、さらにその遠くからこちらを伺うその視線に。


視線の正体はその隊長。あの短い演説の後、宿舎に戻ったと見せかけてこちらの様子を遠くから伺っていたのだ。


普段から高台で遠くを見張っているおかげもあってその時の顔はよく見えた。薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ていた。


そして───


今も見ている。それをこそりと見る。


見れば、今度はとても満足そうな笑みを浮かべながらこちらを見ていた。


嫌な笑みだった。まるで虫を足で踏みつけて楽しんでいる子供の笑みのようだった。


見ていて気分が悪かった。


「うっ・・・」


何かが込み上げてくる。本当に気分が悪かったらしい。胸の辺りがむかむかする。


もういい、吐いてしまおう。と吐いたら赤い血を吐いていた。


口に嫌な味が広がる。それと共に全身に広がる痛み。


うつ伏せでは息がし辛いので仰向けになった。


息が苦しい・・・。頭がぼぅっとする。


その中、もう一度隊長の方を見ると。


こちらの視線に気づいたのか、それとも興味が失せたのか。今度こそ隊長は宿舎の方に消えていった。



「ひどい目に・・・あったな」


急所を狙われなかったことと生きているだけマシだと思おう。


今はそれで、いい。


大きく息を吸い、吐き出し、そうして目を瞑る。


そういえば、昨日も寝ていなかったな。


ああ、心地良い。日のぬくもりが気持ち良い。


───こんな日は、きっといいことが───


そこで俺の意識は途切れた。



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