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それから一週間、リリスの手も少しばかり借りながら昼は作業、夜は見張りを繰り返した。


途中どうしても着替えと風呂に入らねばならなかったが食料運搬する時にこっそりおじさんの幕舎の方の温泉に行き風呂は済ませた。


ただ、夜の見張りは無意味で、特に不審者もいなければ誰も出てきやしなかった。


実戦において意味があるのかは分からない。確かにこの経験も生きるのかもしれない。


が。今はただただ休みが欲しかった。主に睡眠時間を。


そんなある日。


いつものように矢を回収していると、矢を射っている兵士がこんなことを言い出した。


「なあ、今噂になってるんだが、うちらの部署休みないだろ。理由何か知ってるか?」


「さあ、あの隊長が考えることはわからん」と言うと


「噂によると、どうも結婚した女房と仲が悪くて帰れないらしいぜ。だから休みがないんだとさ」


もっぱらの噂さ、と付け加えてこちらに言ってきた。


ふむ、噂とはそんな風になっていくんだな。


その噂が正しいか間違っているかは分からないが、とりあえず面白いことは分かった。


「まあ、あのおっさんが結婚していることにも驚きだが、よく付き合えるよなあんな細かいやつと」


奥さんの顔が見てみたいぜ、と言いながら兵士は矢を放った。


そうか、確かにあんな人でも結婚しているし、養う家族もいると考えると大変だな、と矢を回収しながら思う。


「で、他には?」


何が、と言われたので、


「そりゃお前、他の噂もいくらかあろう」


するとその兵士はニヤリとし、


「そうだな・・・今のところは・・・」


と、色々と教えてもらった。各々矢を射る度に二人一組になる瞬間があるので噂集めをした。


まあ、特に面白いこともなかったからだ。


これが気の緩みだというならそうだろう、けれど矢を何も考えず撃たせているうちは誰もこんなことは口にしなかった実情を見る辺り、現状の3番隊は腐っているのだろう。


───自分含めて。


晩飯を終え、いつもの寝ずの見張りが始まり噂のことや近頃分かったことを考えてみる。


まずどうして今頃噂が流れ出したか。


おそらく不満が募り出しているからだ。あれだけ一人一人細かく指示され、時に貶されもしていれば精神的に疲れてくるし、何より動きづらい。いちいちあの隊長の顔色を伺う「作業」から始めねばならないからだ。


次に、あの隊長の能力について。あれだけ散々言われているが、あの者自体能力値は低くない。高くもないが。


矢を一本一本丁寧に撃たせるのは、あの中から「必殺の矢」を学んで欲しいからだ。一矢一殺というべきだろうか。


が、その説明がなされていないから「何のために」丁寧にやっているのか誰ひとり理解していないのが現状の問題だろう。正直最初は理解に苦しんだものだが3日もすれば気づく。


その次、一週間経ち今まであった「休暇」がなくなったため。「今度はいつ休みなんだ?」と言う空気が流れている。おそらく来週も同じ流れなら脱退する者が出てもおかしくはないだろう。


特別忙しいわけでもない、単に自分で忙しくしているだけ。例えば食料運搬を荷台も使わず一つ一つ運ばせるとか、な。


そこから不満が出ないわけがない。


そこで「噂」という形でこういった不満を解消しようと組織的になって動き出したのではないか、と推測している。


で。噂の内容は以下の通り


「休暇」がないのは「3番隊長」と「奥さん」が不仲なため。家に居づらいという自己都合。


「休暇」がないのは近々、反乱が起きるからその準備をしている。


俺のことを指さし「ああはなりたくないな」という風潮が出来てきている。


逆に俺を同情してくれたり憐れんだりという言葉も幾つかあった。


と、大きく分けると4つ聞いた気がする。



ここから推察されることを考えてみる。


まず休暇について。これはどっちも「有り得る」話だが、この「反乱」という言葉はとても不穏で、どこから出たのかと思う。まさかとは思うが、何らかのの情報操作の可能性もなきにしもあらずだ。


さらにこの反乱情報は事細かく噂されていた。一様に「北東で」「軍団長がいない近々」「我々も行く」


と、やたら情報が統制されていた節がある。かなり偉い人からの情報漏えいなのか、何者かの意志が働いているのかは知らないが不思議だった。まあ、何事もなければいいのだが。


特に軍団長、おじさんがいないこの時を狙われた場合苦しい。おじさんは確か南西の鎮圧に行っているはずで、北東は真逆だ。もしここで反乱が起きたら鎮圧部隊は、なるほど確かに学舎を出たばかりの人員で望むことになるだろう。兵士は出払っているし、このタイミング程実はいいタイミングはなかったりする。


さらに最悪のケースは、南西の反乱と北東の反乱が「何らかの結びつきがあった」場合。で、かつ南西が囮のケース。となればこの策は何が狙いか、これから未来を担うであろう子供たちをこの反乱一回で一気に刈り取り魔族軍の戦力低下を狙っているのは明白だ。


そうなれば今年はもはや動けまい。被害が甚大だからだ。多少の反乱には目を瞑るしかなく、税も上手く集まらず、苦しい国の運営を迫られることになる。



さらに、この噂が何故立つのか。情報の経路を少し考えてみた。単純に南西からこの中央を経由し、北東に情報を流したのが最も手っ取り早い。この流れのどこかで情報漏えいし兵に情報が回ったのだとしたら。


回ったからなんなのだろう、と思う。詰めが甘いということか、それとも「起こらないだろう」と気の緩みを誘ったか、あるいは・・・


───わざと漏洩することで警戒させ、本当に起こった時に敢えて「逃亡兵」を出すため、か。


命がけで北東の反乱鎮圧に行く必要性はない。この時点で多くの兵士は「行かない」という選択をすることも出来る。そして選択肢とは「時間があるうちが最も多い」のが基本だ。もし反乱が起きた当日に情報が発令されたら、多くの兵士は混乱し、隊長に「いかがしましょう!」とお伺いを立てるに違いない。


だが、こうして事前に「あるかもしれない」と噂が流れるとどうだ。「もしあったら?行かねえよ、命懸けだし」という兵士が何人も出てきてもおかしくない。時間と共に覚悟などすぐに揺らぐ。人は楽な方にしか行かない生き物なのだ。


さらに最悪なのは「反乱そのものは小さく、大軍でかかれば大丈夫」と言う安易な考えで反乱鎮圧に向かった場合。最低の士気で、相手は準備を万全にした士気の高い反乱軍が相手。


さらにさらに考えるなら、それでも「兵士」が欲しい場合、報酬を高く出すとか言い出すのではないか。だがそういう問題ではない気がするがな・・・。もうこの時点である程度勝敗は決しているではないか。



まあ、実際にあったらだが。


運が悪ければ全滅するだろう、な。


・・・まあ、考えすぎか。寝ていないからこんな悪い考えに至ってしまう。


後は、俺のことだが、これは3番隊長がよほど無能ではない限り、おそらく隊長自身が「知っている」ことだろうし、おそらく「口にしていること」なのだろう。


そう、例えば「あの無知で無能なやつとは違うだろう、君は」と俺を指さしながら一人一人に指示しているなら自然と「ああはなりたくない」となって然るべきだろう。だからこの噂一つに大した意味はない。


まあ、そこから汲み取れることはあるけれど。


一言で申し上げるなら「この組織体制はどうなっているのか」だ。


一人を吊し上げ、それを材料に周りに物を言って聞かせるやり方、というのはどうにも好かない。


それはまるで人の弱みを握ったり、人質を取り、「ああなりたくなければ働け」と言っているのと同義ではないのか。


少なくとも俺はそう思う。言ってしまえば汚いやり方なのだ。


まあ、組織はそれでも動いているから、それはそれでいいのだろうが・・・。


そんな組織がそう長く続くだろうか。


そんな組織が続いた試しを俺は聞いたことがなかった。


そこで考えを吐き出すように深呼吸をした。


そして心のなかで居ないおじさんに思ったことを言う。



おじさん、魔族軍は少しずつだろうが腐ってきているようだぞ。


否、元々腐ってたのかもしれないが。


もうこの軍体制もそう長くないかもしれん。




そんなことを考えながら。


そうして。


今日も眠れない日が、これから始まろうとしていた。









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