竜人の書
幕舎に戻り早速「竜人の書」を手に取り読もうとしたが、幕舎に机がなかったのでおじさんの幕舎に行くことにした。
そして机に書を開き、読む。
「著書・・・ティルファングとファフニル、か」
ティルファングはどうやらリリスのお父さんの名前らしい。
「ティルファングは父の名ですね」
そうか、とそれに答えページを進めていく。重要な所と思われる場所を幾つか要点を上げると次の通り。
「竜人とは、竜族と人間から生まれた者の便宜上つけたものである。」
ではリリスは、おそらく単純に「竜族」と「魔族」の間に生まれたから「魔竜」という位置づけなのだろう。
「竜族には羽があるが、魔族のそれと違い大きな翼を持っており、それぞれ形式が違う。最も多いのが大きな鳥のような羽を持っている。」
ふむ、確かにリリスもその例に漏れずそういう羽をしているな、と頬杖をつきながら読み進める。
「竜族の羽の色には意味がある。黒ならば夜に強い竜であり、それは夜竜とも呼ばれ、基本的に夜にしか活動をしない竜である。では赤は、活火山付近で生活しており、溶岩が飲み物である、と言われている。」
同じ竜族でも全ての生活習慣などが分かっていないことがここから分かる。
「その他確認されているものが、現在は大きく分けて赤色、黄色、金色、白色、黒色、青色である。」
意外と少ない、と思ったが「大きく分けて」というのが引っかかる。明確に区別出来ない竜族もいた、ということか。
「竜族は人間や魔族と比べ戦闘能力が極めて高いが生殖能力が極めて低い個体である。ただ、彼らが積極的に戦闘をすることはなく、普段は自分の縄張りを守ることと出来る限り争わず生存しようとする」
要は怒らせない限りは相手から手出しする種ではない、ということだろう。だが、今回のアルカディア戦争においては人間が先に手出しをしてしまった、というだけで。
この戦闘能力についてもっと詳しく書いてあることがないかと適当に読み進めていくと、あった。
「竜族の魔力は特殊で、人間や魔族と違った発現をする。例えば夜竜は昼の時に周囲を闇夜にする。それを人間は太陽を喰らう闇として畏れ敬っている」
例えが夜竜に限定されているのは、おそらくリリスのお父さんが「夜竜」だからだろう。と、なればリリスもまたこの類の魔術が使えて然るべきではないだろうか。
と、ここまで読み進めたところで昼になっていたので本を一度収め、リリスと昼飯を食べることにした。
「リリス、昼飯を食べよう」と言うと、ではわたくしが作りますから、とどこかに出て行った。
手持ち無沙汰になったので書をさらに読み進めることにした。
すると興味深い一文が目に入ってきた。
「竜と人が交わることで竜族の力と人間の力を扱える新しい種族が誕生した」
・・・リリスのことだろうか。と思っていると、それは半分合っており、半分間違っていた。
まずはリリスのことが書かれていた。ティルファングによるものだろう。
「黒竜と魔族の間に生まれた子の魔力は竜族のさらに上を行くものだと推察される。子供の時から人化している事から成熟された竜族と同等の魔力を備えていると見て良い。だが、その魔力を上手に扱うことは困難。特に子供の頃は手を振るだけで暴風が吹き荒れるほどで、時が来るまでその魔力を封印することにし、それに成功」
・・・魔力を、封印?
封印しているからリリスの風の魔術はあんなことになっているのか、それとももう解除していて「夜竜」の能力が開花しあんなことになっているのか、疑問だった。
これは詳しく聞いてみる必要があるな、とさらに読み進めたところで「なっ」と思わず声が出た。
「これは・・・」
おそらく親父が書いたものだろうと言うことはなんとなく分かった。理由は「見覚えがあったから」だ。
そこに書かれている一文はこうであった。
「竜人の力は絶大だと思い知った。白竜が出てきたのだ。人を蘇生させ、毒を無効化、毒沼すら清らかな水に変える奇跡の存在が現れた」
・・・ここに書かれている白竜とは、おそらく。
と思った所で「昼ごはんが出来ましたよ」とリリスが声をかけてきたので本を横におき、昼ごはんを食べることにした。
「ほう、薬草スープか。どれどれ」と飲んで驚いた。おじさんが作るものより美味かった。
「どうですか?」と尋ねてきたので「美味い」と素直に答えておいた。
「良かった、工夫した甲斐がありました」と嬉しそうなリリスの顔を見て何故かこちらも嬉しくなる。
少しして、リリスが「何かわかりましたか?」と言ってきたので、そうだな、と頷き、
「推測の域を出ないが、リリス、お前の魔力は封印されており完全ではない可能性がある。もしかするとそれが完全なのかもしれないが、封印した記述しか今のところ出ていない」
「魔力の封印?」首を傾げるリリス。
「何か子供の頃に記憶はないか?何かして叱られただとか・・・」
「そうですね・・・」とリリスは少し考える仕草を見せ、こう答えた。
「村に一度行った時怒られた記憶があります。ただ人間に助けてもらったと言った時に何故か頭を撫でられたような」
「そうか」
特に手がかりはなし、か・・・。と思ったが一つ引っかかった。村に行ったのは無断で一度行ったから、なのだろう。一応これについて聞いてみる。
「村には無断で行ったんだよな?」
それに、はいと答えてきた。
ここまではいい。だから怒られたのだろう。だが、「撫でられた」というのはなんだ?
「リリス、何故撫でられた?言い方を変えよう、何故褒められたんだ?」
そうだ、何かがおかしい。
リリスは竜人の書で言うところの「魔竜」に位置する所におり、おそらく子供の頃は魔力を上手に扱えなかった、はずだ。
その子供が村に行ったとなれば大事であり、文章通りならば「惨事」になりかねないだろう。それはあの両親が望まないことだろう。竜族はなるべく目立たない行動を取っているのだからそうなのではないか。
にも関わらず「褒める」とはどういうことだ?
「それは、わたくしが上手に魔力を扱えたから、だと思います」と言われた。そうしてリリスはこう続けた。
「あの日、わたくしは一人の人間に助けられたからだと思います。自分の力ではなく、他者に助けられたこと自体褒められる事だったのではないでしょうか」
どこか悲しそうにリリスは言った。
「なんだ、その人間は。魔竜よりも上の存在ということか?」
謎だった。
「分かりません、ただその人間は無事だったのです。それもあってその人間を探しているのです」
もう今はいいのです、ヴェル様がいらっしゃるので!と慌ててリリスが言うのを無視して考える。
ふむ。
ひょっとするとその人間は生きているかもしれない、と漠然と思った。魔竜の魔力に耐えぬいているわけだろう。それはよっぽどの人間なのではないか、と。
「なるほど、俺個人としても興味が湧いてきた。その人間、探すのを手伝おう。見つかるといいな」
思わずそう言っていた。それに対しリリスは、そうですねとこちらを見ずに小さく同意するだけであった。
その後、昼飯を食べ終わり、その人間の特徴を聞くも「覚えていません」の一点張りだった。
ならどうやって探してたんだよ、と思わず言いたくもなったがそれは堪え竜人の書を再び読もうか、と思ったらおじさんがどこからか戻ってきた。
「なんだお前ら、こんな所で。いいから二人で散歩でもしてこいよ」とおじさんに言われ
リリスが「けれど食器の片付けが」と言い、そんなのわしがやるわいとおじさんに急かされるまま追い出されてしまった。
さて、どこに行くかと思っているとおじさんが俺だけに声をかけてきた。
「ここから南に小さな湖があるからそこにでも行って仲を深めてこい。そんでもって夜は、わかってるな?」
「いや、分からんが」
かーっ、これだからお前は・・・と頭を抱えられた所にリリスがやってきて、
「どうしました?」と首を傾げてきたので
「南に湖があるらしい。行ってみよう」
そう言い、言われるまま二人で湖にやってきた。
なるほど、綺麗な湖だな、と思う。
「綺麗ですね。とても穏やかですし、こうしているとどこかで争いが起きていたり、苦しんでいる人々がいるなんて嘘みたいです」
そのリリスの言葉に、そうだな、と頷いた。
「こんな穏やかな日が続けば良いんだがな」
気づけば、そう呟いていた。
その呟きを肯定したのか、否定したのかは分からない。
ただ、リリスが無言で寄り添ってきた。
「どうした?」
「しばらく、今はしばらくこうさせてください」
静かで穏やかな時間。
いつ死ぬとも分からないこういう時代だからこそ、こういう時を大事にしたいと思った。
それからしばらくして日が落ちかけ、
「そろそろ帰るか。リリス、また来よう。もちろん嫌でなければだが」
「嫌なわけがありません。必ず、また来ましょう。約束です」
約束、か。
次にこの湖に二人で来れるのはいつだろうか。
漠然と、そんなことを考えながら幕舎に戻るのであった。




