黒霧
次の日はおじさんに言われた通り二人共休みとなった。
朝起きると横に裸のリリスが寝ていたが、それを起こさないようにそっとベッドから出て服を着て、幕舎を出た。
「やはり、身体が動くとはいいものだ」
そう一人呟きながら身体を伸ばす。さて、屈伸でもしようか、と言う時に起床の合図がなった。
「今日はどうするかな」
突然の休暇、どう使うかと悩んでいると、
「おはようございます」
と、後ろからリリスから声をかけられたので、おはようと返す。
「もう大丈夫なのですか?」
「ああ、そうだな。今日一日ゆっくりしていれば完治すると思う」
と答えておいた。
それからおじさんの幕舎に行き朝飯を済ませた後、
「今日は二人で色々話でもすると良い」と、おじさんに幕舎でゆっくりするよう勧められた。
そうして自分たちの幕舎に行きベッドに入ろうとするとリリスに脱いで下さい、と言われ服を脱ぎベッドに入る。リリスもまた服を脱ぎベッドに入ってきた。
さて、どうしたものかと思案していると
「心配しました」
と、リリスが傍に近づいてきて囁くように言ってきた。
「3日も寝ていたのだったか、済まないな足を引っ張って」
これは二度目になるかもしれないが、とにかく足を引っ張ってしまったことに変わりはない。
「それはわたくしも───」
その先はいいと言うように制止させ、
「この三日間の話が聞きたい、一体何をしてんたんだ?」
「ヴェル様の看病と、いつまでも付き添っていても仕方がないと言われ二人で特訓しておりました」
「ふむ、特訓か・・・」
「特訓では一般兵が支給される武器を使っての特訓です。槍だけでなく剣・弓と後魔術も教わりました」
「魔術・・・?」
おじさんは確か魔術が不得手と言っていた気がするが。少し気になった。
「一体何の魔術だ?」
「初歩的な毒と毒消しの魔術、それとあれは風の魔術になるのでしょうか」
リリスは胸のあたりに近づいてきて唸る。そうしてこう呟くように言った。
「ヴェル様ならわかるかもしれませんね。武器を、消す魔術です」
「ふむ、武器を消す魔術・・・か。ところでリリス、何をしているんだ?」
よく見れば俺の胸のあたりで顔を埋めたまま動こうとしない。
「ヴェル様分の補給です。三日間一緒に寝れませんでしたから」
なんだ、その俺分の補給とは。が、それは口にしないでおいた。
きっと理解出来る類のものではないだろう。
「なるほど、潜伏の応用か。武器を消すという発想はなかったな」
「ただ今のわたくしには少々高度なのか使えませんでした。詠唱が間違ってるわけでもないようなのですが」
リリスはこう続ける。
「黒い風が出るんですよね。霧状になって。どうも風の魔術を使うとそうなるようです」
どうしてでしょう、と顔を埋めながら言ってきた。
・・・さて、どうしてだろうな。
そんな話は聞いたこともないし、見たこともなかった。
「気になるな、試しに見せてもらえるか?」
「いいですけど、もう少しヴェル様を補給してからです」
と、俺の匂いを嗅いできたリリスであった。
それから堪能したのか、もう大丈夫ですというリリスと服を着て一緒に外に出る。
リリスには黒竜の槍を持たせてあった。
「その槍を消すわけだろう。風の魔術で確かに消せるだろう。やや高度ではあるだろうが」
俺が試しに、と思ったが安静にしている意味がないのでとにかくリリスにやらせてみる事にした。
リリスは無言で頷くと、
「リリスの名に応じて命ず。風よ、集まりて我が武器に纏い守護し給え」
ふむ、詠唱とは懐かしいな、と思いながらそれを見ている。
実は魔術は詠唱を必要としない。ある一定の力量は必要だろうが。頭の中で詠唱してしまえばいいのだ。何も口にだす必要はない。必要な魔力を必要な箇所に、必要な属性を発現させればいいだけなのだ。
さらに詠唱はもっと省いてもいい。極端な話、今の詠唱ならば俺ならこうする
頭の中で「風、右手、武器、潜伏」
で終わると思う。
リリスは魔術があまり得意ではないのだろうな。それが少し微笑ましかった。
まあ、あれだけ槍が使えて魔術も俺より使えるようじゃ、俺の立つ瀬がないか、と一人苦笑していると
なるほど、黒竜の槍に「黒い風」が纏わりついて本来発揮されるはずの「潜伏」効果が一切出ない。
潜伏は対象の物を無色化するという魔術だ。例えば姿を消して敵に近づくことも出来るし、この発想はなかったが得物を視界から消してしまうことも可能である。
これをなんとかしようと思ったら探知の魔術が必要不可欠になるだろう。
というのが本来の風の魔術「潜伏」の効果なのだが、これはどうしたことか。黒い霧が発生するだけだった。
「ちょっと、触れてみてもいいか?というか先に確認するが大丈夫なのか?」
「わたくしが試しましたけど、どうも相手を殺傷する類の魔術ではないようです」と答えが来た。
魔術妨害をあえて切って黒い霧に触ってみる。
ふむ、確かに何ともない。
ならば、これならどうだろうか。
「リリス、それを纏わせたまま槍を思い切り薙ぎ払ってくれ」
そう言うとリリスから少し離れた。
それを確認したのか、リリスは無言で頷き黒い霧が纏わりついた槍を大きく振った。
すると黒い霧が大きく目の前に広がる。
「ほう、リリス、これは使えるじゃないか?」
と言うと、え?と困った顔をしながらこちらをみてきた。
「それを纏わせた状態で槍を振り続ければ辺りは真っ暗になるし相手の視界を塞ぐことが出来るだろう。何、要は相手に見えなければいいのだろう?」
「まあ、そうですけど・・・」
それでもリリスは納得がいかなかったようだ。
「夜限定なら武器どころか姿も隠せるな。しかも広範囲を隠すことも出来るんじゃないか」
なんとも便利な魔術だ。
が。何故このような現象が起きたのかはよく分からないが・・・。
一つ、引っかかると言えば引っかかることがあった。
「ひょっとすると竜族だからかもしれない。魔術の源のようなものが違って単純な魔術が扱えないのかもしれない。ただでさえ強力な魔力を誇る竜族だ、何かしら変異があってもおかしくはないだろう」
と、勝手な仮説を立てた。
そう言った所で忘れていたものを思い出した。
そう、リリスの槍を取りに行った時に、リリスのお父さんから受け取った「龍人の書」だ。もしかするとあれに何か書いてあるのかもしれない。
「済まないリリス、俺は幕舎に戻る。調べ物があるからリリスは一人で時間を潰しておいてほしい」
え、ちょっと・・・という声が後ろから聞こえてきたので振り返り
「どうした?何かあれば幕舎にいるから来ればいい」
と言うと
「何かないと駄目なのですか?わたくしは今日はヴェル様のお側におりたいのですが」
リリスが困惑した顔をしながらこちらにそう言ってくる。
特に拒否する理由もないし、何よりリリスのことを調べるわけだ。傍にいて困ることもないだろう。
「分かった、ただ退屈だと思うぞ?」
それにリリスは無言で近づいてきた。そして横に来た所で一緒に幕舎に戻った。
「竜人の書」か・・・。一体何がわかるのだろうか。
魔術に関して何か書いてあれば良いのだが。




