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休息

頭が痛い。


その激痛で目が覚めた。


目が覚め、真っ先に視界に入ったのは白い天井だった。


ここはどこだ・・・と首を動かし辺りを見渡す。


そうしてようやくいつもの幕舎であることに気づいた。


「俺は、一体」


何故ここに居るのか。


・・・そうだ、あれからどうなったんだ?


確か影の魔術を「リリス」の影に使ったところまでは覚えている。


あれは上手く行ったのか?他人の影を扱う等試したことがなかった。


と、少し考え・・・


いや、上手く行っていた気がする。


おぼろげながらも影の呼び出しに成功しおじさんの背後にリリスを確認した、ような気がする。


───と


頭が痛い。手で抑えようとするが手が上に上がらない。右も左も、何も言うことが利かない。


自分の身体がまるで自分のものではない感覚。


起き上がろうとするが起き上がれなかった。


ここに来てようやく気づく。


ああ・・・そうか。


俺は魔力の使いすぎでどうやら寝ているらしい。


身体を動かすことが無駄なことを悟り、目を瞑る。


子供の頃にもあったな、こんなことが。


その時のことを思い出す。


魔力の使い過ぎで身体中が動かなくなったことがあった。


あの時は恐怖のあまり眠れなかった記憶がある。


これが「死」か、と実感した気がした。


普段は当たり前のように動くこの身体も、指一つさえ自分の意志で動かせない恐怖。


もはやそれは生きているようで死んでいるではないか、と子供心ながらそう思ったのだ。


「今も、そうか」


やはり怖いものは怖かった。


動けないものだと頭で理解はしている。


だが、理解しているからといって恐怖を感じないわけではない。


大きく息を吸い、恐怖を吹き飛ばすよう息を吐き出した。


・・・ん?


一ついいことを思いついた。


影の力を利用すれば動けるのではないかと思ったのだ。


が、すぐにこの考えは消した。


魔力切れで動けなくなったのに、気づいてすぐに多量の魔力を消費は自殺行為に等しいのではないかと思い至った。


「駄目か」一人呟く。


そうしてどれくらいの時間が過ぎただろうか。


何度か眠ろうとしたが眠れなかった。相当寝ていたらしい。


気づけば辺りは暗くなっていた。


夜か。少し肌寒いな。


と思っていると「ただいま戻りました」と入口側から声がした。


「リリスか・・・おかえり。済まないな、起き上がれないんだ」


と言った所で


「ヴェル様!?起きたのですか?」


ちょっと待ってて下さい、おじさんを呼んできます。


そう言うとリリスは走ってどこかに行ってしまった。


しばらくしておじさんとリリスが戻ってきた。


二人共ベッドの横に椅子を持ってきながら、


「お前、三日間寝てたんだぞ」無茶しやがって、とおじさんに言われ


「良かった、無事で」とリリスは涙ぐみながらこちらを見てきた。


「済まない、足を引っ張ったようだ。やはり俺は使えない人間らしいな」


といった所で


「お前は馬鹿だな。わしとやりあえただけ相当なもんだぞ」と褒められた。


「有難う、ございます」その一言が嬉しくてつい有難うと自然と言っていた。


「よく、ご無事でいられました」


「あれから、どうなったんだ?」


と尋ねると、おじさんとリリスは顔を見合わせ気まずそうに答えてきた。


「あれからヴェル様はお倒れになりました。その後幕舎に運び込み、処置をしました」


・・・処置?


「もはやヴェル様は死の寸前にいました。ですからすぐにも魔力を補給する必要があったのです」


ふむ、そうか。


「それは、助かった。それで、その処置と言うのは?」と尋ねると


「そうですね、粘膜と粘膜の絡み合いと言えばいいのでしょうか?」とリリスが恥ずかしそうにそう答えてきた。


今ひとつ要領を得ない解答だった。


おじさんがそれに補足するように「悪いとは思ったんだ、しかしお前が助かるにはそれしかなかった」


「それ」とはなんだ?


「まあ、リリスから聞け。わしは飯の準備をしてくる」


そういっておじさんは出て行った。


「で、一体何があった?」


「すいません、ヴェル様。端的に申し上げると勝手に抱きました。私の魔力を直接流し込みました」


・・・そうか。


「それは済まないことをした。別に愛している人間でもない者を抱くのは大層苦痛が伴っただろう」


そう言いつつ


「しかし俺にはそれに報いる術がない」


しかしそれにリリスは


「わたくしがいいと決めたからそれはいいのです。わたくしにとってヴェル様が助かってくださればそれで良いのです」


そんなことはどうでもいい、と言ったように。リリスはそう言ってくれた。


「聞くべきことではないのだろうが、初めてだったのだろう?」


それにリリスは恥ずかしそうに無言で頷いてきた。


「なおのこと済まない。本来愛すべき人間とするものなのだろう」


申し訳ないと思った。自分の落ち度でこのようなことになってしまった。


「主君を助けるのは当然の務めですから」リリスはそう言った。


「務めか、なおのこと済まなかったな」


どうしてか、そう言って悲しくなった自分がいた。


務めとは義務や責務、ということなのだろう。


仕方なくそうした、ということではないのか。


確かに結果的に助かった。だが、しかし。


それでよかったのかという気持ちもある。「初めて」は大切なのではないのか、まして好きでも愛してもいない他人を抱くというのは、絶対に苦痛が伴うのではないのか。


そう思うのは非常識、なのだろうか、と考える。


「あ、いえ。言いたいことはそうではないのです」リリスは悲しそうな顔をしながら言う。


「そう、なのか」


「言い換えます、助けたかったのです。わたくしがヴェル様を」


何故そこまでしてくれるのか分からなかった。


そういう顔をしていたのかは分からない。リリスはこう続ける。


「わたくしにも愛というものは分かりません。ただ、もしこの気持ちが愛と言うのならばそうなのだと思います。失いたくないと思ったのです。ヴェル様が死ぬかもしれないと聞かされた時、わたくしはいてもたっても居られなくなりました。救う方法があると聞かされた時、出来る事ならば何でもしたいと思ったのです」


それを聞いて少し考え、こう答えた。


「俺にはそういった経験はない。だからお前の気持ちは分からない。だが感謝はしているし、もし本当ならば嬉しい。それと済まない、心配をかけた。負担をかけて、本当に済まないと思う」


リリスの気持ちはよく分からなかった。だが、彼女の負担になったのは事実だろう。


部下の足を引っ張るとは、情けない限りである。


「負担等と、そんな悲しいこと仰らないで下さい。わたくしは嬉しかったのです」


「・・・嬉しかった?」


白い天井を見ながら考える。


何故嬉しいという感情が湧くのか。


まだこの魔族軍に入って間もないが幾人かの人間や魔族と会ってきた。


だが彼らは一様に俺のことを「使えない」と評した。おそらく足手まといで負担になるとか目障りだからそういう発言に至ったのではないか。否、「使えない」と言うのは作業をする道具として使えない、ということなのだろうか。


少なくとも、きっと彼らは俺を助けようとは思わないだろう。「死ぬなら一人で勝手に死ね」と言うか言わないかは分からない。だが、そうに違いない。


何故か。使えない道具なのだろう。例えば壊れた道具を普通の者ならばどうするか。


「捨てる」のが自然な行動なんじゃないか。修理して大事に扱おうとする者の方が圧倒的に少ないはずだ。


が。自分が他人を助ける事になった時。果たしてそんなことを考えるだろうか・・・。


考えたこともなかった。


・・・嬉しかったとはどういうことなのだろう。


分からない。そう思っていると、


「ヴェル様のお役に立てて嬉しかったのです。わたくしが不甲斐ないばかりにヴェル様にご無理をさせました。負担をかけるというならわたくしで御座います」


リリスが、不甲斐ない?負担に、なった・・・だと?


そうは思わなかった。だからこう言った。


「そんなことはない。お前の槍がなければ俺は死んでいただろう。戦うことすら出来なかったはずだ」


あの二刀流に一人で戦うと想像してとてもじゃないが勝てる想像は出来なかったし、何より生きている自分が想像出来なかった。


「リリス、お前の槍さばきは誇っていいものだ。不甲斐ない等というものではないと思う」


それに対してリリスは申し訳ございません、と一言言い、そしてこう続けてきた。


「わたくしが不甲斐なかったのは槍ではなく、心で御座います。一度は折れかけた心を、ヴェル様は救って下さいました。心が折れなければ負けることはないと言われ、わたくしは救われました。誇りを守ることが出来たのでございます。その恩に報いたかったのです」


そういえば、そんなことを言った気もする。


何かいいように解釈されているし、きっと良かったのだろう。そこは深く考えないことにした。


「そうか、しかし恩に感じることはない。俺は当たり前のことをしたまでで思ったことをただ述べただけだ」


事実だった。それほど重要なことは言っていない気がする。


───と


「おい、とりあえず薬草入りのスープ持ってきたぞ。魔力回復にはこれが一番だ」


おじさんが幕舎に入ってきた。邪魔するぞ、とこちらに来る。


そしてスープをリリスに渡して、飲ませてやれ、と言い


「あれだ、済まなかったな。お前達予想以上に強かったから本気を出してしまった」と謝ってきた。


「我ながら大人気なかったと思う」と言われ、それは違うと答えた。


「もし実戦だったら死んでいた。それを教えようとしてくれたのだから謝ることではないんじゃないか」


上には上がいると思った。とてつもなく強いと思った。


そして、強くなりたいと思った。


「おじさんほど強い者に言うと笑われるかもしれないが、自分一人で何とか出来ると思っていた所があった。しかしそれは甘いと認識できた。まあ、危うく死にかけたが。リリスは分からないが、俺はとても弱い存在なのだと思い知ったよ」


それに対しておじさんはうーむ、と唸り


「いや、何というか。そうだな、普通の者との前提条件が違うよなお前達は。説明してやるからその間にスープ飲め」


と言い、お言葉に甘えてその間にリリスにスープを飲ませてもらうことにした。


そしておじさんの説明が始まった。


曰く


まず、俺についてだが通常の人間は普通魔術に頼らず武器を扱うらしい。この時点で俺は違う。魔術に依存した戦闘方法だ。魔術の運用方法と、本来魔術を扱うのに必要なはずの詠唱を省いてるその技術は凄いらしいが、魔力が切れた際この状態になるあたり致命的な弱点を持っていると言わざるを得ない。


だから基本的な戦闘方法を身につける必要があると言われた。魔術に依存しない戦い方を。


「後お前弓も扱わせるが、何というか・・・。正規兵と違って暗殺者みたいだよな」と付け加えられた。


「・・・暗殺、者?」


酷い言われようだと思った。


「背面攻撃が将にそれだよな。わしは疑問に思ったんだが、どうしてあれ殴打なんだ?」と言われ


「済まない、二人共俺が魔術については使えないことにして口外しないでほしい。手の内がばれてしまっては通用するものもしないしなるべく隠しておきたい」と言い、了承を得てこう答えた。


「影の魔術は、試したことはないのだがどうも武器を投影出来ない気がする。いや、もしかしたら出来るのかもしれないが今までその発想がなかった」


それにおじさんはふむ、と何か考え


「あの魔術は使える。なんとか武器まで実体化出来るようになればの。確実に背面攻撃で必殺の一撃を繰り出せるだろうな」


それに頷こうとしたが疲れて頷けなかったので、そうだな、と答えておいた。


そしてリリスから、どうぞとスープを差し出されたので少しずつ飲む。


全身に温もりが広がっていく。が、とても美味しいと思える味ではなかった。せっかく作ってもらったので文句は言えない。効果はあるらしいし我慢して飲む。


「まあ、武器の心得がないのだからそれもそうか。案外使えるようになれば自然と出来るようになるものかもしれんな」


そして次にリリスの話になった。


おじさん曰く


リリスの弱点は槍の性能に頼りすぎなこと。これについては俺も事実だと思った。とにかく一撃で済ませようとする辺り、黒竜の牙に頼っている所は大きい。


能力差のある場合は一撃で済むが、相手の力が拮抗していたり上の相手の場合このままでは勝負にならずまず負けるとおじさんは宣言した。


「まあ、決して弱くないんだが。万が一相手の方が強かったら、な」


単なる一兵卒相手ならまず負けはないと思う。だが、軍を率いる将と戦うことになった際、このままでは、と言うことらしい。そんな状況に成り得るだろうか。魔族軍に牙を剥こうという者が果たしているのか、そこは疑問だが。


いや、しかし。


考えすぎて悪いことはない。準備はしておくべきだろう。強い相手はこの大陸いくらでもいるのではないか。広大な大地だ、いてもおかしくはない。


スープも飲み終わり、リリスが空いた皿を机に持っていく。


「ところでお前一体何者なんだ?魔術を無詠唱で行うとは只者ではない気がする」


「何者、と言われてもな。魔術師ではない、と思う。だからといって生粋な戦士というわけでもない。何なんだろうな」


自分のことなのに自分のことがよく分からない。


が、さっき言われた言葉がなんとなく気に入ったのでこう続けた。


「暗殺者、とさっき言われたが。それが一番しっくり来るな」


おじさんは、ふむと一言言うと


「リリス、お前もお前だ。お前、まさか竜族か?」と言われリリスは少し考え、無言で頷いた。


「そうか、道理でな。バルバロッサそっくりだと思ったぜ」


「知っているのか、バルバロッサを」


身体に力が思わず入る。


───と


「おお、もう起き上がれるのか。確かに即効性のある薬草ではあったがな」おじさんが驚く。


身体に力を入れたら起き上がれていた。身体は重いが、どうやら動けるようになったらしい。


そうしておじさんは微笑みながら


「知っているさ、あれも竜族だからな。ただ羽の色が違うな。まあ、別に色は関係ないんだろうが」


確かに、魔族も羽の色は違う。形はそっくりだったり歪なものもあるが。


「おじさん、何かしらないが凄いな。一体何者なんだ?」


「言ってなかったか?ここの軍団長だよ、肩書きだけだけどな。言うまでもないが、誰にも言うなよ」


と答えられた。


リリスの方を見たらリリスもこちらを見ていた。


つまりは、なんだ。


「尋ねるが、それは、一番強いということなのでは?」


おじさんは腕を組み少し考える仕草を見せ、


「どうだろうな、一番強いのはなんだかんだいってバルバロッサじゃないか。二番は、忌々しいがファフニルなんだろうなあ。いやいや、待て。ワシが二番だ」


等と言っている。


とりあえず、強さの次元が違うことは分かった。


「まあ、お前達はよくやったよ。が、まだまだだ。安心しろ、これからみっちり鍛えてやるからな。とりあえずお前ら明日は休め」


そう言うとおじさんは笑いながら出て行った。


そうして、幕舎にはリリスと俺、二人取り残される。


安心しろと言っていたが、一体何を安心するのだろうな。


「軍団長、か。詳しく分からないが、生き残れただけ運が良かったんじゃないのかこれは」


リリスに呟くように言う。


「そう、ですね」


組織の流れが今ひとつ分からないが、軍団長というくらいだ。おそらくとてつもなく強いのだろう。


・・・ん?


一つの疑問が湧いてきた。


「なあ、リリス。おじさん、多分偉いのになんで食料運搬したり矢を運んだりしてるんだ?」


それにリリスは、さあと答えた。


「だよな。あまりこういう言い方は好きではないのだがどうにも下っ端がやるような仕事ではないか」


「工場の仕事もですよね」


そこでおじさんが言っていた一言を思い出した。


「仕事に貴賎はない、と言っていたな。それを口だけじゃなく実際にしてる、ということか」


と、ここに来てもう一つ疑問が湧いてくる。


「俺、あの人に敬語使ってないけどいいのか?」


それにリリスは苦笑しながら


「ヴェル様、それは今更ではありませんか?」


とたしなめられた。


「───それも、そうか」


もう今更変える必要もないか。おじさんがいいと言っているのだし、いいのだろう。





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