戦法
休憩だ、後でもう一戦だ、今度は二対一だ、とおじさんは立て続けにそう言い残すとリリスに気を利かせたのだろう、どこかに行ってしまった。
そのリリスだが槍を抱きしめるように胸の前で持ちながら、ごめんなさいと謝ってくる。
「別に、謝ることでもないだろう」
そう思ったのでそう言った。しかしリリスの目は逸らされたままだった。
「安心出来ないか?」
それに無言で頷かれた。
ふむ、よっぽど手をはたいたことを気にしているのか。
これは、何といえばいいのか。
少し考え、
「人を信じねば始まらないこともある、と言った気がする」
あれ、これは俺が言った言葉だったか?
まあ、いいか。話が進めば。
「はい」小さく頷かれる。
「きっとこれも同じだ。お前が俺を信じてくれねばきっと始まらない。俺を信じろ、安心してほしい」
その言葉に納得が出来たのか、今度は力強くリリスは頷いた。
「さて、おじさんから聞いたがどうやら剣圧という技があるらしい。あの風がそうらしいのだが」
自分にはよく分からなかった、と付け加えてこう述べた。
「リリス、お前にはどう感じられたんだ?最初風が吹いたと思うんだが、あれだ」
リリスは少し考える仕草を見せた後、信じてもらえないかもしれませんが、と呟き
「大きく見えたのです、とても大きく。大男が剣を持って目の前に立っているような。目の前に大きくそびえ立つ壁があると言えば伝わりますか?」
「ふむ・・・」
信じる信じない以前の問題で、漠然としていてよく分からなかった。
が、どうやらそういうものらしいと納得した。そう感じた、というならそうなのだろう。
そういうことにしておく。話が進まないからだ。
重要なのはどうやらそこではない。
重要なのはこれからだ。今度はこのリリスと俺の二人で「あれ」と戦わねばならない。
おそらく向こうも本気でくるだろう。こちらの力量が分かっているのだから。
俺ならそうする。あれほど余力を残しておいて本気を出さない訳がない。
「よし分かった。今度は二人でおじさんに挑むわけだが」
リリスがこの一言で震える。
「おいよせ、その勝てないという想像は捨て去れ。いいか、俺も勝てない。さっきも勝ったとは言い難いしな」
リリスが来なくて中断しなければおそらく今頃五体満足ではいられなかった、気がする。
「だが二人だったら分からない。ここは協力し合うんだ」
「───協力?」
リリスが首を傾げるように言う。
「そうだ、共に戦うんだ。守る守られるという関係ではなく、そうだな。二人で攻撃に出よう」
言いたいことは伝わっただろうか。
おそらくあの戦闘をするために生まれてきたような者に防御はまず通用しない。防御ではなくするなら回避、これは絶対だ。
魔術妨害云々あるだろうが、魔術も極端な話妨害する必要はない。回避出来るのならば回避すればいいのだ。ただ防御する術はないよりはあったほうがいいだろうと言うだけで。
そしてさらに回避しているだけで敵は倒せない。倒すには「攻撃」これしかない。当たるか当たらないかは分からない。だが、繰り出す必要がある。これも絶対条件。
「とにかく手数で攻めること、防御ではなく回避すること。こちらが優位だと思えるのは今のところ手数以外思い浮かばん」
「手数、ですか。ですが・・・」
リリスは少し考え、目を逸らす。
「わたくしの攻撃は一撃も入りませんでした」
ふむ・・。どうやら何か根本が違うようだ。
「あくまで俺の考えなのだが」と言いおき、こう続けた。
「その、一撃が入りませんでしたと言うのは当然だろう。素人目から見てもお前の一撃は当たればまず死ぬ。文字通り当たれば必殺の一撃だ。あのおじさんも避けていたが、俺でもまず回避を選ぶ」
もちろん回避出来れば、の話だが。
「───え?」
それが意外だったのか、驚いた顔でこちらを見てきた。
「いや、だから死を回避するのは当然なのではないか?逆に尋ねるようで申し訳ないが、どうして当たると思ったんだ?」
そこがよく分からなかった。
当たれば「必殺」
ならば相手にとっては「必死」になって回避するのは当然ではないか?だから命中率は途端に下がって然るべきだ。
自分が攻撃を繰り出す時、少なくとも一撃で決まると考えたことはない。一撃目は基本的に牽制じゃないか?
しかし牽制という発想がない。これはどういうことだ?
となり、こういう結論に至った。
「・・・そうか、攻撃力の差か」気づけば自分で呟いていた。
確かに黒竜の槍はとてつもない破壊力だ。攻撃に用いれば基本的に一撃で沈むだろう。防御など考えれば森の木のように真っ二つになるだろうし。
となれば一撃で決まると考えるのは必然、か。
「リリス、一つ聞くが牽制が必要な戦いをしたことがあるか?」
「牽制・・・ですか?」難しい顔をしながら首を傾げてきた。
「そうだ、例えば一撃目はわざと空振らせて次の一撃で決めるとかそういうの」
リリスはそれに対して、良くわかりません、と答えてきた。
なるほど、これは俺の推測がある程度正しいという解答だろう。
やはりと言うべきか、リリスは「牽制」を知らない。
そう考え、今までのリリスの行動を少し振り返ってみる。
思えば、森の木を薙ぎ払うのも一撃だったし、暴漢を倒すのも一撃だった。
だが、あれはどちらも必殺の間合いであること、相手が反応出来ず動けないことが大前提だったではないか。
となれば当然だ、牽制など知らないのは。
全て一撃で片付けてきたのだろうこの女は。
そうでなければ説明がつかない。
と、ここまで考えて一つのことが思い浮かんだ。
・・・ん?
しかし、ひょっとしてこれは使えるんじゃないかと思った。
「そうか、リリスお前はとにかく攻撃しろ」
「え?ですが先程も申しましたけれど、わたくしの攻撃は」
言いたいことは分かる。当たらないんだろう。だからこう続けた。
「別に当たらなくていいんじゃないか。おそらく当てようと思っても当たらない。お前の槍はおそらく・・・な」
と言うと、リリスは少し顔を赤くしながら
「わたくしの槍が、使えないということでしょうか?」
と声を震わせながら言われ、俺は首を傾げた。
「どうしてそうなる。だから使えるんじゃないか」
え?と言われたので説明する。
「いや、リリスの攻撃は当然全て回避するだろう。防御は即死を意味する。ならば回避の一択。だが俺の攻撃は即死には至らない。要は当たっても大丈夫だと考えられているだろう」
そうでないと困る。
さっき俺は確かに一撃を入れた。が・・・信じたくないが致命打に至っていなかったように思える。あの脇腹への攻撃は確実に意識を刈り取るくらいの威力はあったはずだ、と思っているのだが。
ただの蹴りではない。魔力で強化した特別な蹴り。親父でも少なくとも数秒は足が止まる威力はある。
だが、それを意に介していなかったように思えた。
だからこそ生まれるであろう油断。そこに期待するしかないだろう。
「俺が一撃を入れる、おじさんの足が止まったらそうだな、武器破壊を狙ってくれ」
おそらく足が止まれば、だ。おじさんはリリスの次の一撃で真っ二つになってしまう。ここは手加減してもらわねばまずい。
「一撃が入らなければ?」
と聞かれ、
「そりゃお前・・・、お手上げというやつじゃないのか」
でなければ勝てる想像がつかなかった。
それからは、リリスは無言で槍を左に、右に薙ぎ払う素振りをしていた。
それを見ながら、当たらなきゃいいがな、と思う。あれは殺す気満々ではないか。
何か悪いことを言っただろうか、と自分の言動を思い返すがどれも思い浮かばない。
───と
「あの、一つよろしいでしょうか」
槍の素振りをやめリリスが声をかけてくる。それに、どうした、と反応すると
「わたくし達は回避しなくていいのでしょうか」
と聞かれた。
なるほど、回避・・・か。
「どうだろうな、する必要ないんじゃないか?」
と言われ意外だったのか、驚いた顔を見せてきた。
「どうしてそう思われるのですか?」と尋ねられ
「うーむ、いやな。リリスが攻撃を繰り出しているうちは相手は回避しか出来ないことが前提なんだ」
そう、リリスの攻撃は同時に絶対の防御にも成り得る。これこそ将に攻撃こそ最大の防御という言葉がぴたりと当てはまった。
「思うのだが、あの槍を吹き飛ばす技。原理は分からないが、一つだけ俺でも分かることがある」
それに、なんですか、とリリスが聞いてきたので無言で頷き、
「あの技は、槍を見ていないと使えない、ということがだ。おじさんは攻撃は点だと表現した。つまり要点さえおさえれば攻撃も防御も可能だということだろう」
まあ、あの理論が正しければ、だが。
それにリリスは無言で聞き入っているようだったので続ける。
「逆を言えば、だ。あの技は点が見切れなければ使えない。すなわち、見てないと使えないんだ」
どんな神経してるんだろうな、と付け加えて言い終えた。
「なるほど、槍を振っているうちは注意はこちらに引きつけているので十分役割を果たしている、ということでしょうか」
それに無言で頷き、こう返した。
「リリス、自信を持て。お前の槍は出会った頃と変わらず必殺であり折れることはないだろう。俺が保証しよう。───心さえ折れなければ、お前は決して負けはしないんだ」
「負けは・・・しない」それを反芻するようにリリスが呟いている。
「どうやらおじさんが戻ってくるようだ。さあ、行くぞ。何が起こっても驚くな、何があっても己を信じろ。自分を信じ貫け。それが槍兵の在り方ではないのか?」
まあ、実のところ槍兵なんてものはよく分からなかった。剣兵部隊にいるわけでもないし、適当なことを言ったと思う。
が、どうにも自分の心を信じ貫けぬ者に、敵を貫ける想像が出来なかった。それだけのことだ。
おそらくあながち間違えでもなかったのだろう。
「はい、分かりました」
リリスは力強く頷いてくれた。今はそれが心強かった。




