先入先出
次の日。朝飯を済ませた後、おじさんとリリス、そして俺の3人は幕舎の前に集合していた。
「今日は何をするんだ?」
と尋ねると、
「今日は矢の運搬はいい。そうだな、今日は各部署への食料運搬をしよう」
食料運搬か。
「各部署に食料倉庫があるからそこに食料を運び入れる作業だ」
誰にでも出来そうだな、と思った。おじさんはニヤリとしながら
「まずは食料倉庫に連れて行く」
と、3人で食料倉庫に向かった。
向かっている最中「ああ、リリスとわしは今日工場な。お前一人で食料運搬だから」と言われた。
どうにも役立っている感がなかった。
「なんだろう、貢献度合いが違う気がするのだが・・・」
とぼやいた所で
「おいおい、何を言ってるんだ?」
と言われ、
「工場は何かを生産しているわけだろ、武器や防具や消耗品。そっちの方が立派な仕事をしているように感じるのは気のせいだろうか?」
思ったことを述べる。
ふむ、とおじさんは少し考え、足を止める。俺もリリスも同じように足を止めた。
「うーん、これはわしの考え方であって全員がそうではないのだが」と前置きした上でこう述べた。
「仕事に格差はないとわしは思うんだよ。確かにな、わしも最初はそう思った。運搬作業など誰にでも出来る。なんでわしがやらねばならんのだと思ったこともあった」
だがな、とこう続けた。
「例えば戦争で食料を輸送する仕事があったとする。それって重要じゃないか?」と問われ、
「食料がなくなれば戦争は続行出来ないから重要だろう」と答えると、そうだと大きく頷かれた。
「それと同じじゃないか。こうして食料を運搬することも輸送の仕事と何一つ変わらない。各部署食料がなければ訓練も出来ないし、何より生きられないだろ」
「それはそうだな・・・」
「考え方次第じゃないか。確かに誰にでも出来る。が、だからといって軽んじていい訳でもない。作業一つ一つに意味があり、それは連続している。どれかが途切れたらそこで終わってしまうんだ。となれば、仕事に貴賎はないし格差もない。貢献度の差もないはずなのだ」
ふむ・・・。
「まだ納得が出来ないようだな。敵を倒し功績を上げることも功績だろう、それは疑いの余地がない。だが、食料輸送だって同じように恩賞があって然るべきなのだ。わしならそうする」
と言われた。
「まあ、あくまでわしの中での話だ。価値はそれぞれ違うだろう。だが、あまり差をつけたりするのはよくないぞ?本来見えていたものが見えなくなってしまう。それはとてももったいないことじゃないか?」
そう、なのかもしれない。とりあえず頷いたらおじさんは苦笑しながら、
「何もいますぐ答えを出す必要はない。お前達の人生は長い。その中でお前達の答えを出せばいいさ。だが、出来れば皆が楽しく幸せになれるように、そう考えて生きてくれればの」
そうしておじさんは空を見上げながらこう続けた。
「わしは嬉しいし、そうしたら何より誇れそうな気がするんだよ。ああ、これが仕事を教えたんだな、と。次の世代に何かを伝え残せたのだと」
そう言われて、俺は何故か
「有難うございます」
と、呟くように言っていた。
それにおじさんは笑顔で。そして無言で頷き、頭を撫でてくれた。
それが何故かとても嬉しかった。
それから俺達は無言のまま食料倉庫に来た。どうやらここに食料があるらしい。
「ここに食料が集まっていて毎日搬入されているわけだ。が、毎日運び込むこともないだろう」
各部署勝手に持って行ってるしな、と付け加えられた。
と、そこで引っかかるものがあった。
「ん、各部署勝手に持って行ってるんだったら俺達が何も運び入れる必要はないんじゃないか?」
と尋ねると、
「まあ、そうなんだが。ただやらないと問題が起こるんだよな」
一体何の・・・と言おうとした所で
「ああ、まてまて。言いたいことは分かる。何の問題がというんだろ」
お前はせっかちだな、と言われおじさんはこう続けた。
「確かに食料は運び込まれている。それで確かに活動は可能だ。そうだな、お前達に尋ねるが新しい飯と古い飯、どっちが食べたい?」
と、問われて
「そりゃ新しいか古いかと言われたら新しい方だろう。なあ?」
思わずリリスに尋ねる。
「わたくしもそう思います」とリリスも頷いた。
すると、おじさんは笑いながら
「そうだろうな、わしもそうだ。そこで問題が起こる」
そしてこう続けた。
「全員が当然新しい方がいいと思うだろう。で、全員新しいの新しいのと持っていくとだ。残ってしまうんだよなあ」
と言って食料倉庫の中に入って行った。俺とリリスもそれに続く。
倉庫の中は雑草のような匂いがした。食料ってこんな匂いがするんだな、と思っているとおじさんは奥の方に歩いて行く。
「いや、ちょっと待ってくれ。この手前のから運び出せばいいじゃないか。食料運搬だろう?」
と尋ねた所で、おじさんは、まあついてこい、と奥に歩いて行った。
そうして止まり、最も奥にある端っこの食料に指を指した。
「これがなんだか分かるか?」
と言われ観察する。他の食料と何の変わりも、と思って
ふと。違和感を感じた。
これは、どういうことだ。
「埃かぶってますね・・・」
リリスが呟くように言う。
「そうだ、これが古い食料だ。全員が新しいものを常に持って行くから古いものが残って使えなくなってしまうんだよ」
まあ、まだこれは食えそうだがな、とおじさんは続けた。
「まあ、大したことではないんだ。常に全ての食料を消費して回っているうちはいい。だが、倉庫には大体いくつか食料が残る。残った食料を手前に出すようにしてくれればいいんだがな、それは非常に面倒な作業になってしまい誰もしない」
そう説明しつつ目の前の食料袋を持ち上げながら
「こうしてわしが各部署に運んでいる次第、だな」
お前達もそこいらの持って来い、と言われて外に運び出す。
そして食料倉庫の横にあった荷台に載せて行く。
「やり方は分かったな、とにかく古いのから持ち出せ。よく確認してからな」
「分かった」
「ああ、それともう一つ、重要なことをいい忘れた」
なんだ?まだ何か重要なことがあるのか?と思っていると
「魔術師部隊から先に持っていくようにな。何故かは分かるな?」
おじさんは腕を組みながら不機嫌そうな顔でそう言った。
「よっぽど嫌いなんだな、魔術師部隊が」
と言うと
「さて、リリスとわしは工場に行く。まあ、午前中でその作業終わるだろうからその後幕舎に来い。後もしもの話だが、誰かに何か聞かれても上手くやれよ。ではな」
俺の言葉には答えず、おじさんはさあ行くか、とリリスを連れて工場に向かって行った。
やれやれ。
それを見送りながら、一息つき、
さてやるかと思った所で、
───上手くやるって、なんだ?
何か引っかかった。
しかし、それを聞こうとしても時既に遅し。二人はもう視界の向こうにいた。
まあ、いいか。大したことではないだろう。
さて、とにかく荷台に食料を運び込もう。
食料を運び込むことは楽だったし時間もかからなかった。周囲に人がいないことは探知で確認済みだったので風の魔術で重量を軽量化し一気に運び込んだ。
だが、別の形で時間は取られた。倉庫を一周するのに時間がかかった。古いものを持ち出せというから一周して食料を確認したのだ。見たところ、手前から新しいものになっているようだった。入れる方も出す方も手前からということらしい。
楽したいのはどっちもか・・等と考えているうちに荷台に積み込みが終わった。
荷台を魔術師部隊に向け押す。風の魔術で一気に運ぶか、と最初に考えたが、それはまずいと判断した。途中で風の魔術を使わないことも考えられたからだ。警戒して押していくより最初から使わずに押したほうが手っ取り早いと思ったのだ。
というわけで、風の魔術を使わず荷台を押して愕然とした。重くて動かなかった。
さらに。
ギシリ、と荷台が軋む音がした。
これは、ひょっとしてまずいんじゃないか。調子に乗って積みこみすぎたか、と少し降ろして動くようにした。
どうやら荷台にも載せられる重量が決まっているようだった。物は大切にせねば、と思った。これ壊れても補充はすぐに効きそうにないし。
そうしてなんとか押し出して魔術師部隊に運ぶ。
いざ到着して疑問が出た。
これはどこへ運び入れればいいのか。
───と
魔術師部隊の人らしき人がいたので声をかけてみた。
「あの、すいません」
するとこちらをチラと見るなり無視をされた。
なるほど、これは上手くいきそうにないと思った。
諦めて自力で探すことにした。探す際にポイントにしたのは食事をする場所。弓兵は外で食べていたし、きっとその近くに食料倉庫もあるだろうと考えたのだ。
が、この考えは外れる。
どこにもなかった。
何故だ。悪い考えではないはずだ。食事をする場所と食料倉庫は近くにあるはずだ。
だが、どこを探してもない、ない。
無為に時間が過ぎていくことに焦りを感じ始めた時
「おい、そこの」
と声をかけられた。声はしわがれていて相当歳の高い者に思われた。羽がある所を見ると魔族のようだ。
「あ、はい」
「何をしているのか、ここは魔術師部隊で弓兵が来る場所ではない」
「すいません、食料を運搬しにきました。どこに運び入れれば良いでしょうか」
と、聞くと、それは心底嫌そうな顔をされ
「雑用の物か。やれ、無学が移りそうじゃわい。はよそれを持っていけ。向こうじゃ」
と、右の方を指された。しかしそこはさっき行った場所なのだが。
「あの、先ほどそこには行ったのですが立派な建物以外何もなかったのですが」
「そこが厨房で、その中に倉庫がある。いいからさっさと運べ。鈍臭いやつじゃのう!」
と言われて急いで荷台を押す。これ以上何か言われても面倒だ。場所さえ分かればもういいだろう
そう思っていたらさらに声をかけられた。
「食料庫の在り処など誰でも当然知ってように。これだから無学の人間は」
と大声で言い、どこかに行った。
なるほど、おじさんが毛嫌いする理由が分かった気がする。さっさと食料を運び入れよう。
厨房についた。しかし厨房は入り口が狭く、倉庫には一つ一つ荷物を降ろして運ばなければならなかった。なんとも不便な作りである。なんで倉庫が奥なんだ、これは。
まあいい。とにかく急いで運ぼう。幸い周りに人はいないようなので風の魔術で一気に運びこんだ。
よし出るか、と思ったらまた声をかけられた。先ほどとは別の魔族だ。今度は若いし二人いる。
「弓兵ごときが何をしにきたんだ?」「目障り、邪魔なんだけど。そのでかい荷台どけてくれる?通路塞いでるじゃない」
「あの、横を通れば通れると思いますが・・・」
「は、お前何様のつもりなんだよ」「偉い人に道を譲るのが当たり前なの、これ常識だから」
これだから無学は、と言われた。
無言で荷台を横に押す。前や後ろには動くが、横にはとてもじゃないが動きそうになかった。何より車輪が壊れそうだ。
少し下がりながら斜めに下がることにした。結構コツがいって左に下がろうとしたら右向きに下がらないと下がれなかった。
「鈍臭い・・・」「お前、弓兵でも使えないって言われてるんじゃね」
と言われ、どこかに行った。
散々だった。
まあ、とにかく午前中に終わらせなければ。魔術師部隊からいそいそと退散すると食料倉庫に戻り、各部署に運んでいった。
弓兵の方は「おー、すまんな」と気さくだった。剣兵の方は「気合が足りない、搬入が遅い。こんなことに時間をかけるとは。実戦では敵は待ってはくれんぞ。常識だろう」と言われた。
そうして。
食料運搬の仕事は終わった。食糧倉庫に荷台を置いて、荷台を念の為に確認する。特に傷んではいないようでほっと胸を撫で下ろした。あまり無茶な運搬はさせれそうにない、大事にしなければ。
さて、幕舎に戻るか。
にしても、「無学」だとか「使えない」とか「常識を知れ」とか言われたことがなかったな。
なかなか厳しいな。
厳しいけど、疑問だ。「常識」ってなんなんだ?
彼らにとっての常識とは、動きが鈍臭ければ「無学」で「無能」で「常識知らず」なのだろうか。
入って三日目だった気がするが、そんな一瞬で全てを学び動ける者なんてそうはいない気がする。
少なくとも俺は何の説明もなしに出来るとは思えなかった。
彼らの人の判断ってどうなってるんだろう。彼らの常識ってなんなんだろうな・・・。
等と考えているうちに幕舎についた。既にリリスとおじさんはいるようで、俺を待っているようだった。
これ以上待たせるわけにはいかない、走ってそっちに向かう。
「思ったより時間がかかったようだな。少し待ったぞ。どうだった?」
「無学で使えないと言われて、常識知らずと言われた。後鈍臭いだったな、散々だった」
「わはは、そうか。だから言ったろ、上手くやれよと」
「どうすれば上手く出来たんだ?」
「それは、誰にも見られず入れるのが話が早い」即答で答えられた。
「おじさんには悪いんだけど、仕事にはやはり貴賎があるのではないか、格差もある気がする。食料運搬するだけでこうも言われると流石にな・・・」
「何度も言うけど、あいつらは馬鹿だ、何もお前までそうなる必要はない」と言われた。
「後、思うが常識がないだとか鈍臭いだとか最初のうちは当たり前なんじゃないのか。いきなり出来るとはとても思えなかったし常識等と言われてもさっぱりわからなかった。彼らの常識とは何なんだ」
おじさんはそれに対してうーむ、と唸りこう答えた。
「そうだな、その考え方であってるだろうよ。あいつらの中で何が起こってるのかって、自分なら出来るとか自分は知ってるってことなんだ。自分だけでなく周りも知ってると勘違いしているから当たり前だと錯覚していることが多い」
「経験の悪影響とも言えるかな。環境とも言えるが。環境に適応することはとても難しい。現にお前が苦しんでいるのがいい証拠だろう」
と言われ無言で頷いた。
「彼らはお前と比べて魔族軍にいる時間が長くそれだけ経験がある。だがそれ以上に環境に慣れて、それが当たり前になっているんだ。それは時に良くも悪くも作用する」
「よく、分からないが・・・・」
「良いのは統制が取れるということだ。だが、これは悪い面もある。全員が同じような考え方や行動をするようになってそれ以外の事を考えられなくなるのだ。上司がこう言っているから正しいだろう、部下はおかしいと言っているが周囲の通例や慣例だと合ってるのだからやっぱり俺達が正しいのだ、という思い込み。そういうことがままあるということだ」
そうおじさんは言うと一息つき、
「多数決なんだよな、あいつら。多数が右向いてりゃ右向くのが正解だと思って疑わない。そんなやつらばかりなんだよ」
「そういうものか」
「そういうもんだ、お前の感覚の方がわしはよっぽど正しいと思うがの」
「もう一つ質問なんだが」
と問うと、なんだと言われた。
「俺って、そんなに使えないのか?」
と尋ねたら笑われた。
「そりゃな、入って一週間経たず使える奴がいたらそいつは凄いだろうよ」
と言われ
「お前はよくやってるよ、自信を持て。しかし自信過剰にはなるな。慎重であれ、余裕は見せるな、一生懸命であれ、起こった事象は疑え」
そうすりゃ、使えないなんて言わせねえよと言われた。
「ところで話は変わるが、他の部隊どうだった?入りたいと思ったか?魔術師部隊はどうだったよ」
とおじさんに尋ねられ
「最悪だった。おじさんが嫌っている理由を身をもって知った気がするよ」
「あいつらあれで自分たちは正しいと思っているからな、わしゃ驚きだわい」
「本当か・・・、俺もそれに驚きだ。どうにも彼らが常識だとは俺には思えないんだよな。理不尽だ」
「その気持と考え方を常に持ってろよ。リリスもだ。己の価値観は常に高めるようにするんだ、いいな」
それに俺とリリスが無言で頷く。
「馬鹿の真似をすることはない。お前達はお前達であればいいのだ。あいつらにとって使えなくても、それは使いこなせないあいつらが悪く、お前達は悪くない。いいんだ、お前達はお前達で」
おじさんは空を見上げながらそう言い、しばらく間を開けた後こちらに向き直りこう続けた。
「あいつらのいい所だけは吸収しろ、そして応用せよ。悪い所は真似せんでいい。悪い所は何故悪いのかを真剣に考え吟味するクセはつけておけ」
「はい」
俺とリリスの返事は同時だった。
「よし、昼飯にしよう。大変だったな、お前。リリスもよくやった」
と、俺は肩を軽く叩かれ、リリスは頭を撫でられていた。
この褒められる瞬間が好きだ。素直に嬉しかった。




