黒い牙
それからリリスは「準備して参ります」といって部屋を出ていった。
「一体何の準備なんでしょうかね」お父さんに尋ねる。
「うーん、多分あれでしょうね。黒竜の牙を見せるんだと思います」
「なんですか、黒竜の牙とは」
「端的に言えば槍です。しかし特殊な槍でしてね。刀身から持ち手まで全て漆黒です。黒い竜の牙や爪を材料に作ったものですから、それはそうなのですが」
「けれど動物の骨で出来ているわけでしょう?」
「竜の骨は腐りませんし、基本的に折れません。またそれだけで魔力を持っているので特殊なのです」
よく分からないな、と思っていると
「例えば竜がその爪で敵を引き裂いたとします。普通真っ二つとはいかんでしょう。せいぜい力任せにねじ切れるといった所でしょう。しかし、竜が魔力を込めて爪で引き裂いたら鋭く引き裂かれ胴は真っ二つになります。竜の骨や爪はそういった類の代物でございます」
まあ、実際に見たほうが話は早いと思いますよと言われた。
「それよりも、私は貴方のご両親に興味があります。いずれ合わせて頂きたいと思います。娘のこともお願いしたいですし」
「は・・、話はしてみます。が、しばらく合わせることは。竜族といきなり合わせるのも難しいでしょう」
そう答えておいた。
「まあ、いつでもいいです。いずれ、出来ればということで」
それに無言で頷いておいた。
───と
ガチャリ、と扉が開く。リリスが立っていた。先ほどのドレスの上から軽鎧を着ているようだった。鎧も兜も黒く、どうやらこれも特殊な装備品のようだ。
「可愛い娘なので装備にはこだわっておりますよ。竜族の技術を結集して作った鎧です。重量は感じませんし、ほとんど攻撃も受け付けません。矢も弾くと思いますよ」
なんか凄いな。
「では参りましょう」リリスが外に出るよう促してきた。
それに無言で従う。
誘われた先は森の中だった。
「では、お見せましょう。これは黒竜の牙という槍です」
長さはどれくらいあるのだろうか。短槍という感じではない。身長の2倍より少し長いのでおそらく長槍の部類に入るだろう。前に先端に小さな斧がついていると言っていたが、どこが小さいのかと問いたくなるほど大きな斧がついており、さらに長めの刀身がついてる巨大な斧槍だった。そして全身が漆黒で塗りつぶされていた。
そうしてそれを構えるリリス。左足を前に、右足を後ろに、そして槍を頭の方で上に構える。
魔力を高め、背中の羽を出す。槍の穂先と斧の刃らしき部分が薄緑に輝く。魔力に呼応しているようだった。
「おい、そこまで本気でなくても・・・」
「いえ、お見せします」
そうして右足で地面を蹴り、横から一気に左に槍を薙ぎ払った。なぎ払うのと同時に黒い風が巻き起こる。そしてこちらに一足飛びで戻ってきた。
「今回は見せるためゆっくり振りましたが実戦では今の行動をもっと素早く行います」
と、リリスが言ったのと同時にメキリと木が軋む音がした。
そして
先ほど薙ぎ払った木が真っ二つに切断されてしまった。
これが先ほど言っていた魔力を込めた一撃か。
「確かに、これなら槍兵に行こうとしたのも頷ける」
「有難うございます、これからはこの槍で御身をお守りいたします」
「いやしかし、まずは自分のことを守ることから始めるのだ。もしお前が死んだらご両親が悲しまれるだろう」
「確かにそうかも知れません。しかし、それ以上にヴェル様が死んでしまったらわたくしが悲しみます」
もう生きてはいけそうにない、と答えた。
「分かった、俺は俺の身をきちんと守ろう。しかしややこしいな・・・」
と言うと、リリスがややこしい?と首を傾げたので
「そうだろう、自分の命が自分だけのものでない感覚、何か重くなった気がする」
「良いではありませんか。いつ死んでもいい等という考えが捨てられて」
ニコリと、リリスは答えた。
なるほど、そういう考え方もあるか。
「戦場では生き残りたいと強く想えば想うほど生き残れるのだと思います。そしてそちらが勝つのだと」
「ならば、お互いに生き残ろう。どちらかが脱落等ということは許さんぞ、死ななければ負けではない」
「はい、死ななければ負けではないのです。強いて言うなら生き残った方の勝ちでしょう」
「改めてよろしく頼む、リリス」
「はい、よろしくお願い致します」と目の前で跪きリリスは答えた。
それからはリリスの家に「竜人の書」を置いてきたのでそれを取りに行き、ご両親に一言ご挨拶をしてお暇することにした。
「良い、ご両親だったな」
村に向かって二人並び歩きながら言う。
「そう仰って頂けると嬉しいです」
思えば、あの家に入るまでに魔術妨害に探知、さらにいつでも殺せるように魔術まで用意してたが用心しすぎだったか。
いや、しかし用心は大切だ。これからも常にしなければ。
───と
3つ魔力探知にかかった。3人か・・・。
「何かいるようだな」
「どうやら先程懲らしめた3人組のようです」
ああ、あの暴漢か。どうやら村の外で待っていたらしい。こちらに近づいてくる。今度は手斧に剣に棍棒と持っているものが違った。
見たところ剣や短剣で脅すといった感じではないようだ。特に棍棒だろう、相手を殴り気絶させようという魂胆が見え透いている。
「おい女、さっきはよくもやってくれたな」
一人が声を上げる。もう少しで村なのだがどうしたものか、と思案していると
「ヴェル様、先ほどとは違い手を抜くことをお許し下さい」とリリスが言ってきた。
探知した所この3人以外に周囲に人間はいない。見られる心配もないか。
「そうだな、せめてもの慈悲だろう。苦しまぬよう処理してくれ」
それに無言でリリスは頷き、槍を右手に持ち、そして同時に一足飛びに跳躍。必殺の間合いから左に薙ぎ払い、素早く立ち右払いしこちらに一足飛びで戻ってきた。
「行きましょう」
結果は見るまでもなかった。
素人目から見ても分かる、間合いに入った時点で勝負あり。
一撃目で3人の胴を薙ぎ払い、最後の一撃で全員の首をはねたのだ。あれでは生きてはいないだろう。
「一人かわいそうなことをしました」
リリスが不思議なことを言ったので
「どういうことだ、鮮やかなものだったが」
「最初の薙ぎ払いで浅く入り胴が半分切断出来ませんでした。まだまだ、未熟ですね」
まあ、だからトドメの一撃は最速で叩き込みましたから痛みはなかったと信じたいです、と答えてきた。
「そうか、よくやった」
向上心のある部下を持てて、俺は幸せだ。
・・・とんでもなく高次元な話で、なんとか「よくやった」と絞り出せてよかった。
そして、棒立ちになっている暴漢3人に目もくれず村に歩き出す。
少し歩いた頃に後ろの方で何か鈍い音がしたが、おそらく気のせいだろうと振り返らず村に向かい、通り抜けた後は来た時と同じように風の魔術で一気に魔族軍の陣営まで帰ることにした。
リリスをお姫様抱っこしながら跳躍しているとリリスが少し困惑した顔をしてこちらに話しかけてきた。
「あの、わたくしがヴェル様を主君とした理由ですが」
「説明する気になったのか?」
「いえ、お尋ねにならないのかと思いまして」
ふむ、と考えながら跳躍を続ける。
「俺から尋ねることはないな。お前がその時だと思ったら話してくれ」
最初の頃が嘘のように、もはや俺はリリスを疑ってはいなかった。
そうだ、リリスは竜族で、魔族で。
───それでもなお人間と主張する俺に頭を下げてきた。
それだけでも十分に称賛に値するではないか。誇りもあっただろう、本来下げるべき頭でもなかったはずだ。にも関わらずこの女は俺に頭を下げてくれたのだ。
それに対して俺が報いてやれることは「疑わないこと」以外今は思い浮かばなかった。
そうしてやることでしか、この女とは向き合えないと、思ったからだ。
「有難うございます」とリリスは一言、そう絞りだすように言った。
「他人を信じることは難しい。しかし信じなければ始まらない事もあるんだな。そのことを教えてくれたのはお前だ、リリス。だから、有難うは俺から言いたい。有難う」
「───勿体なきお言葉」
リリスは感極まったのか、涙を静かに流した。
陣営が近づき人目を気にしなければならなくなって途中でリリスを降ろす。
有難うございます、と言われたが無言で頷き返しておいた。
そうして二人で歩いていてふと疑問に思ったので聞いてみた。
「リリス、一つ聞きたいのだが。何故槍なんだ?」
するとリリスは不思議そうな顔をしながら
「そう、ですね・・・。間合いが長いからでしょうか。対単体にも対複数でも戦えますし。あまり弱点らしきものが思い浮かばないから毎日槍を振っていました」
「ええと、黒竜の牙を?」
「はい」
「ちょっと、持ってみていいか?」
いいですよ、と持っていた槍を手渡され、持った瞬間に地面に膝をつく。そして槍を地面に落とし
───なんだ、これ?
全身から嫌な汗が吹き出た。
「だ、大丈夫ですか?どうしました?」
リリスが心配そうな声を出す。
いや、この槍・・・
「一つ聞くが、これを子供の頃から振ったり突いたりしていたのか?」
「そうです」
竜族と人間では大きな差がある、と思った。ここまでか、とも思った。
よく見たら地面に落とした槍の周りが少しへこんでいた。重みに耐え切れなかったのだ。
そう、この槍はとてつもなく重かった。
さっきまでは風の魔術で重量を軽くしていたので気づかなかったし、リリスは軽々とこれを扱っていたので勘違いをしていた。
とにかく返さないと、風の魔術で槍を軽量化し持ち上げ返す。
「ふ、ふむ・・。なかなか重量のある槍のようだな」
と答えておいた。
「そうでしょうか。比較的軽い物を選びましたよ。後は実用的なものを」
───え?
「鍛錬用にはさらに重量のある槍も使っていましたし、もっと長く不便なものも使っていました」
「い、色々してたんだな」
「武器に魔術に馬術に、全部練習しておりますよ。後料理も裁縫もお母様から教えて頂きましたので得意です」
ニコリ、とそうリリスは答えてきた。
「そうか。馬には、この槍を持って乗るのか?馬は耐えられないとか、ないのか?」
思わず聞いていた。
するとリリスは息を飲み、
「いけません、忘れていました。わたくし用の馬があったのですが、まあいいでしょう」
槍と正装は持って来ましたしね、と答えてきた。
しばらくは歩兵で頑張ってもらう必要がありそうだ。馬が重量に耐え切れそうにない。その想像がどうしても出来ない。きっと耐えれないだろう・・・馬が、可哀想だ。
しかしこの重量に耐えられる馬ってどんな馬なんだろうな。一度見てみたいものだが・・・。
と考えていると、
「けれどヴェル様も槍を片手で持っていたではありませんか?しかも長めに。その方が凄いと思いますけど」
訝しげにリリスはそう言ってきた。
それに俺は笑顔で「ああ、有難う」と答えるに留めておいた。




