赤雷帝
「そのような所では何なのでどうぞ中へ」リリスのお父さんは中に入るよう促してきた。
「まあま、飲み物を用意しないと」お母さんの方はご機嫌そうに奥に入っていく。
まだ、油断はならない。とにかく用心して入らなければ。
「そう慎重にならずともいいですよ」
笑顔で、お父さんがそう言ってくる。
「何のことでしょう」
「この娘が主君と決めたお方でしょう、全てお話しましょう」
意味深なことを言いながら奥に入っていった。
玄関にいたリリスも、さあ中へ、と手招いている。
大きく息を吸い吐き出す。
ここまで来てはもう引き下がれないか、と意を決めて入ることにした。
特に魔術探知にかからない所を見ると建物内に魔術的な罠はなさそうだった。
それに少し安心はしたものの、まだ油断は出来ない。
リリスがさあ、と奥に来るよう促してくる。
「では、お邪魔します」
と、奥に行くことにした。あまり警戒しすぎても怪しまれるだろう。
誘われるまま奥の部屋に入る。小さい部屋だった。机が一つあり傍に長椅子が二つ、後は周りに本棚があるだけという簡素な部屋。
奥にはリリスのお父さんが座っており、どうぞと手前の椅子の方を差してきた。
「失礼します」
頭を小さく下げ言われるままに座る。
リリスは、少々お待ち下さい、と扉を閉めるとどこかに行ってしまった。
この狭い空間に二人。しかも殺されるかもしれない。
とはいえ、ここでいきなり魔術を撃たれる可能性は低いだろう。本棚もあるし、大切な文献もあろう。
どんな本があるのかちらと見ると、それがばれたようで
「本にご興味がおありですかな?」
と問われてしまった。
「ええ、そうですね。一体どのような本を読まれるのでしょうか?」
そう質問すると
「私は人間の文化について研究しております」
と答えてきた。
文化?と尋ねるとそうですと返ってきた。
「不思議そうな顔をしておられますね。例えば人間たちが祭りで使う歌や風習ですな。そういうものを研究し文献にしているのでございます」
今まで魔術書や戦略書しか読んで来なかった俺にとっては興味深いものだった。文化、か。考えたこともなかった。
「それはまた興味深い研究をなさっておられますね」
「実用書なども少しはあるのですが、こちらは別の方が研究しておられます」
「研究者で繋がりがあるのですね」
「そうです、各分野に得意不得意がございますから。実用書などはファフニルという方が書かれた書物を読まれると良いでしょう。たまに会うのですがね、あの方の本は良いですぞ。」
と言われた。俺の親父だが、さてどう返したものか。何か言ってもボロが出そうだ。
黙っているとリリスのお父さんはすくっと立ち本棚の方に向かう。そして一冊の本を取り出して机の上に置き座った。
「この本をさし上げましょう。その方と作った本でございます」
本の題名を見てみる。そこには「竜人の書」と書かれていた。
・・・竜?
親父は竜族の研究などしていたのか。そんな書物見たこともなかったが、と思っていると
「竜族は人里離れた場所に住んでおります。滅多に人前に姿を現すことはありません。中には大暴れするものもいますが、赤雷帝バルバロッサ健在の今暴れ竜も滅多にいないでしょう」
「赤雷帝?」
「そうです、バルバロッサは赤雷帝と呼ばれています」
おかしい、何か認識が違うのか?疑問に思ったことを口にする。
「初耳です、バルバロッサは魔族の王、つまり魔王では?こちらではそう学舎で習っておりますが」
すると、ふふとリリスのお父さんは微笑み
「そうでしょうな。そうですか、魔王ですか」
「何か、おかしなことを言いましたか?」
「そうですな、その本の内容と重複するのですが。端的に申し上げるとバルバロッサは魔族ではありません。私から言わせれば魔王でもない。アルカディア戦争を体験してきた者は魔王等と言わないと思いますが」
どういうことだ、と思っていると
「あれは竜族ですぞ。赤き雷を操ることにおいては右に出るものがないことから赤雷帝と畏怖され呼ばれているのです。彼の書いた書物もいくつかありますな。雷の魔術書や雷撃の魔術書といった類の書は全て彼の手によって書かれたものです」
・・・読んだことがあった。前にナンバーワンの記憶消去した電撃の魔術はまさにその書物を読んで使えるようになったものだった。何とも便利な魔術だと思っていたが、あれはバルバロッサ作の魔術か。
「ただ、あの書物は参考になりませんな。電撃や雷の魔術を使える者などバルバロッサ以外いないでしょう」
妙だと思った。俺は使える。これは一体どうなっている。
「魔術にそれぞれ属性があるのはご存知ですよね。学舎で学ばれていらっしゃるはずだ」
「そう、ですね。しかし電撃の魔術など学舎では学びませんでした」
そうだ、電撃は独学によるものだ。ただ操るのが難しく、何より困ったのは電撃が自分にも振りかかるので常に電撃の魔術妨害が必須だったことだ。魔術妨害と電撃を発生させる魔力混合比がとにかく難しかった。その他諸々の問題もあるのだが・・・と考えていると
「そうでしょうな、電撃の魔術はおそらく誰にも使えない。あの電撃は自らを焦がすのです。少しでも魔力の方向を間違えると自爆してしまう可能性が非常に高い」
と、まるで俺の考えを見透かした事を言ってきた。
「どういう、ことでしょう」
「何、簡単なことですよ。電気は感電するのです。掌に電撃の魔術を集めた瞬間に掌から発生した電撃が自らを焦がす。それを曲がりなりにも成功させているのがバルバロッサだけです」
そう言い、こう続けてきた。
「まあ、あの魔術は使えると便利ですな。破壊も天候も、人の心ですら操ることが可能だ」
破壊や天候は分かるが、人の心もか。
「記憶消去等と本では生易しい表現をしていましたが、魔力さえ脳に注ぎ込めば記憶を改ざんすることすら可能です。生物の動きは電気で出来ていると考えがありましてね。そこにバルバロッサは着目した。生物の動きが電気で出来ているならば電撃の魔術さえ操れれば生物そのものを操ることすら可能だと」
それを無言で聞く。
「そしてその可能性は限りなく正しかった。彼はその理論を自ら証明したのです。赤雷と言われたのもそこからですな」
「何故赤い雷なのでしょうか?」
疑問だった。俺が電撃魔術を行使した所で赤くはならない。まあ、失敗して自分に電撃が走った場合血が噴き出ることはあったが・・・まさかな。
「彼は他人に対して電撃魔術をほとんど行使していません」
「どういうことでしょう」
電撃と雷の書物は主に「破壊」「記憶消去」「天候変化」「地形変化」といった系統しかなかったように思ったが。あれは全て対物、対人用の魔術ではないのか?
「彼は、自分自身に電撃を纏わせて戦っていたのです」
な・・・に。
「生物の動きは電気で制御出来る。つまり自分自身の動きも電気で制御出来ると考えたわけです。そして彼は成功した、自らの脳を電気で刺激し力を最大限開放する魔術を」
なんだその魔術。俺の風の魔術の雷版か?と思っていると、
「ただ、この魔術は弊害もあった。身体の限界が来て身体中から血が吹き出たのです。しかし彼は戦い戦争に勝利した。そこからですな、赤雷帝と呼ばれるようになったのは」
どうにもとんでもない魔術らしいことは分かった。おそらく、俺も可能だろう。原理は分かった。やろうと思えばできなくもないだろう。しかしそこまでして戦う神経が凄い。バルバロッサとは一体どんな化け物なのだろうか。
「話がそれましたな。赤雷帝の話はこれくらいにして本題に入りましょう」
本題、か。一体どんな話になるのだろうか。




