主従の誓い
再び幕舎に戻ってきた。机の上には豪華な料理が並んでおり、正面におじさんが座っている。
「上がってきたか、まあ座れ」
と促され左側の椅子に座る。
「で、どうだった?」
突然聞かれた。
「ああ、いい風呂だった。疲れが一気に飛んだよ、あの薬草凄いな」
と答えておいた。すると、おじさんはそれはもうつまらなそうな顔をしながら
「おいおい、そっちじゃねえだろ。どうって言ったらそりゃ・・・なあ?」
「どっちだよ・・・」
「年頃の男女がやることと言ったら一つしかねえじゃないっすか!」
それには答えず
「明日は魔術師部隊での活動らしい。今日のようにひどい目に合わなければいいがな」
「ふむ、魔術師部隊ね・・・」
おじさんは腕を組み何か考えだした。
「何かあるのか?」
「んー、そうだな。魔術使えないことにしてお前、すぐ戻ってこい。ここにな」
と言われた。
「何かあるんだな?」
「ない、何もないから戻ってこいと言っている」
よく分からない、何の問題もないなら別にいいではないか。
「正確には、得るものが何もない」
問題がないと言う話ではないらしい。一体どういうことかと尋ねようとした所で
「お風呂、頂きました」
リリスが戻ってきた。少し頬が赤くなっている。
いい湯だったろ、とおじさんが言い、はいと答えていた。
「まあ、お嬢さんも座れ。お嬢さんにも話しておこう。もう一度繰り返すが、魔術使えないことにして戻ってこいお前ら」
リリスが言われるまま椅子に座り、おじさんの方を見る。
「どういうことでしょうか?」
「ほら、どういうことかとなるだろう。説明してくれ」
俺も続く。
おじさん曰く
魔術師部隊は援護・補助部隊で主力部隊ではないということ、普段は本ばかり読んで実戦経験が積めないこと、そして実戦では使えない、ということだった。
「何より気に入らん」
最後は完全におじさんの私情が入っていた。
「いいか、戦場は常に動く。生き物のようにだ。臨機応変に対応する必要があるのだがあいつらは何もせん。それどころか後方から現場が分かったようなことをするから結果的に味方の足を引っ張ったり無駄な犠牲を出しているのが現状だ」
「そうは言っても一度見ておく必要はないか?」
まあ、興味もあるし。
「そんなの時間の無駄だ。そうだ、ちょっと待ってろ。ああ、飯はくってていいぞ。毒なんて入ってないから安心しろ」
おじさんはそう言うと机の上にある料理を一口ずつ全て食べて見せてくれた。毒がないとアピールしてくれているようだ。
「だまされんぞ、毒消しの魔術や薬があるんだろ?食べて毒消しすればいいことだろう」
冗談半分に言うと
「可愛げのないやつだな、馬鹿!」
とケラケラ笑いながらコツンと軽く頭を叩かれた。そうしておじさんは幕舎から出て行った。
さて・・・二人になったわけだが。
風呂の一件があり気まずい。
泣いてたしな、最後。別に悪いことはしていないが、悪いことをした気がする。
と、考えていると
「さあヴェル様!晩御飯を頂きましょう!」
風呂の時が嘘のように、リリスは笑顔で元気にそう言ってきた。
ま、まあいいか。吹っ切れたとか何かかも。
・・・ん?
ふと疑問に思ったことを口にする。
「ヴェル様、ってなんだ。様って。別に呼び捨てでも貴方でもお前でもなんでもいいから様はやめろよ」
「何でもいいならヴェル様でいいではありませんか?いいではないですか!」
なぜ、そんなに必死なんだ。いや、しかし「様」というほど偉いわけでもないし、慣れない。後むず痒い。別に、照れてるわけではない。決して。
「うーむ」
どうしたものかと考えていると
「ヴェル様、料理が冷めてしまいますよ」
ここは心を鬼にして一言言っておこう。様付は面倒だ。
「あれか、お前にとって俺は昔の子供の生き写しだから様付なのか?だったらやめてくれ。現実を突きつけるようで悪いが俺はその子供でも人間でもないのだから」
「決してそのようなつもりはございません!」
リリスは間髪入れず大声でそう言ってきた。
「わたくしがそうしたいからそうしているだけです。貴方を敬い、命をかけて守りたい、そう思ったから」
話がややこしい方向に行っている気がした。
「何故そうなる、何度も言うが・・・」
と言いかけた所で
「今は何を言っても信じてはもらえないでしょう。ただこれだけは信じて欲しいのです。わたくしがそうしたいからそうしたいのです。お願いします」
少し考える。
まあ、別に困ることもないか。何より相手にするのも面倒だ。目の前の飯も食べたいし、話はきっぱり終わらせておこう。
そうだ、この女は頭が混乱しているに違いない。風呂でもその子供に似てるとか同一だとか言っていたし。突然のことだったから混乱してるのだ、そうに違いない。
同一人物と勘違いするほど似てるようなら仕方ない。いきなり諦めろと言う方が骨が折れそうだ。
しばらく放っておけばおとなしくなるだろう。
そうだ、普段の俺を見てきっとがっかりするとか。
「なにこの人間、魔術一つ扱えないとか・・・わたくし幻滅いたしましたワ。けど良かった、昔の子供と違うようで。じゃあまた探しに行くからさよならー」
なんて言われるに違いない。
と考えた所で、いやいやそれも待てよとなった。
なんかそれも嫌だな。勝手に夢を見られて幻滅される・・・、俺の立場がないではないか。
と、考えていると
「あの、わたくしそんな女ではありませんわ・・・」
何故かしょんぼりとしながらリリスはそう言ってきた。そこで思考を止める。
・・・しまった!口にしていたのか。
「どこから?どこから口にしていた?」
「そうだ、この女は頭が混乱しているに違いない、からです」
「冗談だ、悪い冗談だ」
「謝らないと、流石のわたくしも怒りますよ」
「すいませんでした!」
反射的に謝っていた。すると大きなため息をつかれ
「いいですよ、許して差し上げます。ですからヴェル様でいいですね?」
あの、目が黄色くなってます。頭が痛い、軋む。
「はい、いいです・・・」
やはりあの眼は呪いだ、強制の魔術に違いない。そう思うのであった。
そうしてどちらからともなく料理を食べる。食べている最中は無言だった。
気まずかった。料理の種類も味もまるで分からなかった。
せっかくのご馳走が台無しだ。
と、考えていると
「わたくし、貴方様についていくと決めました」
突然、リリスがそう言ってきた。
「なんだ突然。付いて行くと言ったって今日出会ったばかりだろう?」
それに、勘違いがあったようだし。ここは断っておこう
「悪いがお断りだ。それにさっきつい口にしてしまったようだから言っておくと勝手に夢を見られて幻滅されるのは気分が良くない」
リリスが無言でこちらを見ている。だから続けた。
「そうだろ?逆に考えてみろ。お前に俺が一生付いて行くと突然言ってみろ。おかしいだろう?疑うだろう?」
「いいえ」
「は?」
「疑いません、信じます」
「何故?何故だ?」
理解が出来ない。
「嘘をつく、理由がないからです」
何と答えればいいのか、分からなかった。
するとリリスはこう続けた。
「その例えですけど、おそらくヴェル様が一生私に付いて行くとおっしゃるなりの理由があるはずです」
しまった、例えが悪かったか。
「わたくしにも当然理由があります。貴方様についていく理由が」
「理由・・・か」
「ただその理由は今は言えません」
「何故だ、後ろめたいことでもあるのか?」
するとリリスは無言で首を振り
「今の貴方様に何を言っても信じてもらえないからです」
そう言い、そうしてこう続ける。
「貴方様に今足りないのは他人を信じる心でございます。手始めだと思って頂いて構いません。要らないと思ったら捨ててください。足手まといなら自害をお命じ下さい」
「何故、そこまで・・・」
つい口にしていた。
「わたくしを信じて頂きたいからでは、不足でしょうか?」
「なら、ならばだ・・・」
「はい」
こちらを真剣な目で見つめてくるリリス。
「一つ尋ねる。もし昔の人間がお前の目の前に現れたとする。お前は俺ではなく向こうを選ぶのだろう?」
それにリリスはニコリと微笑み
「愚問でございます。貴方様に付いていきます。これより貴方様が私の主君です。一生お仕えします」
もはや何を言っても仕方のないことか。
「信用を得ることは難しい、それはお互いにだ」
「必ず貴方様の信頼を得て見せます」
信用ではなく、信頼ときたか。大きく出たものだ。
信じてはいるが用心している信用と、信じ頼る信頼とでは大きな差がある。
「面白い、では俺がお前の主君だというなら命じよう。見事俺の信頼を得てみせよ」
どうせ出来はせん。そう思っていると
リリスはこちらに回ってきて跪き
「了解いたしました、よろしくお願い致します」
こうして俺とリリスの奇妙な主従関係が今日から始まった。




