風呂
言われるまま西の幕舎に二人で着替えを持って来た。赤煉瓦で出来ている宿舎と違って布でできており簡素に出来ていた。
中から明かりが漏れている。声をかけようとすると中から
「おー、来たか来たか。ささ、入れ」
とおじさんの声が聞こえてきた。
「失礼します」女と二人同時に答え幕舎に入った。
幕舎の中は外と違い豪華だった。
床は赤絨毯。中央には少し大きめの机に椅子。部屋の隅にベッドらしきものがある。後は整理された大きめの資料が壺の中に入っており部屋に敷き詰められていた。
「ささ、座れ」と椅子の方に座るよう勧められる。俺は左側に、女は右に座る。
「えらく豪華だな・・・」
と、呟くと
「それほどでもないぞ?部隊長連中の方がよっぽどいい生活している。後もう少しでな、風呂が沸くから待っとれ。後喉も乾いてるだろ?」
そう言うとおじさんは外にでて、瓶を持って帰ってきた。
「なんだそれは?」
「この西に広がる森で出来る果物を潰して液体にしたものだ。まあ飲んでみろ美味いぞ」
瓶の中の液体は透明な緑色をしていた。
「このまま、瓶から飲んでいいのか?」
「構わんよ」
ささ、ググっと。そう言われ飲んでみることにする。
最初は少し舐めるように。味を確認したら今度はごくりと喉を鳴らしながら飲んだ。
「う、美味い。なんだこれは」
「果物と後薬草を混ぜて造ったものだ。今度作り方を教えてやろう」
「おい、お前も飲んでみろよ。美味いぞこれ」
「え、あ・・・はい。では失礼して」
女に瓶を手渡す。女はそれを受け取りこくりと喉を鳴らしながら飲んでほっと一息ついた。
「本当に美味しいですね」
ことん、と瓶を机に置きながらそう言った。
「そうだろう、そうだろう。ああ、いい忘れた。毒など入ってないからな」
と言われドキリとした。
「毒・・・」
「まあ、実際の戦争では毒殺も有り得るから注意しろよ。そうだな、毒消しの魔術というものもあるのでまた機会があれば教えておこう、後毒消しの薬の調合の仕方もだな」
「そんな魔術聞いたこともないが・・・」
「そうだろうな、少し特殊な魔術でな。先に毒の魔術を覚えないと使えないんだよな」
「え・・・?」
「まず何の毒かを覚える必要が有るんだ。基礎から教えてやるから安心しろよ」
女の方を見たら顔が青ざめていた。そしてチラとこちらを向いてくる。
どちらともなく「毒・・・か」と呟いた。
おじさんはそれから「風呂見てくる」と外に出て行った。
「毒殺か、まああるのかもしれないな」
「わたくしも油断しておりました」
───と
「おーい、風呂沸いたぞー。こっちだ」
と外から声が聞こえてきた。二人で外に出る。
そして森の中に案内されるとそこには地面を掘って作った風呂があった。
だがただの風呂ではない。全て石で綺麗に作られており、水も透き通って綺麗なものだった。さらには木製で出来た屋根と囲いが出来ていて全天候型と来ている。
「こだわって作ったんだ」
自慢気におじさんは答えた。凄い、と思った。これを手作りで・・・。
「歳を食うとこういうことに力を入れたくなる。この水もただの水じゃないぞ。薬草を入れてある。身体の疲れを癒すことが出来る」
「毒じゃないだろうな」
と言ったら拳骨を食らった。
「馬鹿!そんなわけあるかい!」と言われ
「すいませんでした・・・」と素直に謝っておいた。
「まあ、二人仲良く入ってくるんだな」
では邪魔者は退散するからゆっくりとな、そう言っておじさんは幕舎の方に戻っていった。
「通常気にするよな、見ないようにしよう」
「わたくしは構いませんよ。そうですね、むしろ好都合です」
等と言い出した。何の都合がいいのだろうか。
と、考えていると女は服を脱ぎ、それを横においた。女の裸体が目の前に晒される。
綺麗な肌だ、と思った。
湯加減を足で確かめ、大丈夫だと思ったのだろう。ゆっくりと入っていく。
「まあ、入るか」
それに倣って服を脱ぎ風呂に入る。湯加減はちょうどよかった。おじさんがこだわっていると言うだけあった。
女は構わないと言っていたが、そうは言っても裸を見るのは遠慮するべきだろう。
そう思い女との距離を取る。
そう考えていると女の方からこちらに近づいてきた。
「おい、距離取った意味が無いだろ」
思わず言ってしまった。そして顔を背ける。
「好都合だと言ったはずです。見せたいものがあります」
「なんだ見せたいものとは?まさか自分の裸か?そう簡単に男に肌を晒すのはどうかと思うがな」
一体何の説教をしてるのか、自分でもよく分からなかった。
「まずはわたくしの目をごらんください」
「・・・目?」
目の前にいる女の顔を見る。顔が近かった。
───と
女の魔力が膨れ上がっていくのを感じた。なんだ、これは・・・。
それと同時に変わる女の目の色。
青く美しかった目は黄色の目に変わり、瞳は縦に長細くなった。
「何のつもりだ、それは」
「わたくしが魔族であるという証拠です。見たことはありませんか?地域によっては竜の眼とも言われますが」
「いや・・・ないな」
と言った所で頭に激痛が走った。頭を左手で抑えながら言葉を続ける。
「その竜の眼とやらは、一体何の効果があるんだ?人を殺せるものか?」
「その気になれば殺せるでしょう」
「おい、なら今すぐやめろ。俺が死ぬだろうが」
痛い、頭が痛い。しかしその眼から目を背けることが出来ない。
このままではまずい。どうする?
「本来ならば、もう貴方は意識を失っているはずなのですが・・・」
と言われ「え?」と間の抜けた声を出した。
「もう一度問いますけど、貴方は本当に人間ですか?」
黄色の眼が金色に輝きだした。どうやらさらに魔力を高めたらしい。
「ああ・・・そうだ。に、人間だ」
かろうじて答えた。
「───そうですか、わかりました」
そう言うと女は背を向けた。
頭痛が治まる。なんだ、あの眼・・・。どうも尋問に使っているあたり、何かを聞き出す魔術のようだが。例えば「嘘がつけない魔術」とか。
もうここまで強制されれば呪いの類ではないか。
「大変失礼いたしました、最後にもう一つお見せします」
女はそう言うとまた魔力を高めた。すると背中から黒い羽が2つ生えてきた。蝙蝠の羽ではなく、大空を飛ぶ鳥のような羽だった。
ただ色は黒、漆黒の黒。
「見たことは・・・ありませんか?」
ズキンと頭が痛んだ。さっきの眼のせいか。
「覚えがないな・・・」
実はあった。黒ではなく白い羽なら母が出した所を見たことがある。神聖魔法の何かだったはずだが。
と思い出し、まずいと思った。これでさっきの眼で見つめられたら何を言い出すか分からない。
頼む、頼むからあの眼で見るなよ・・・。
───と。
「そうですか・・・」
しばらくして女は下を俯きながら魔力を引っ込めた。それと同時に羽が消える。そしてこちらに向き直り
「すいませんでした、悪気はないのです」と謝ってきた。目は美しい青に戻っていた。
「理由があるのなら聞かせてもらおうか」
まだ頭が少し痛んだ。
「誰にでもする真似ではないだろう?何故だ?」
女は横に座り、失礼しますと言いながら言葉を続けた。
「わたくしは探しているのです。子供の頃、わたくしを助けてくださった人間を」
「今日言っていた人間のことか?魔族の事を悪く思わない子供のことか?」
「その通りです、おそらく魔族軍に参加しているだろうと思い遠くからやってきたのです」
「ふむ・・・」話を続けさせた。
「わたくしは貴方がそうではないかと思ったのです、それでつい試してしまいました」
ごめんなさい、と謝ってきた。
「悪いが俺はお前と会った記憶が無い。まあ、見つかればいいなその子が」
死んでなければいいがな、と思ったがそれは口にしなかった。
「とても似ていたのです。いえ、同一と言ってもいい」
「悪いが違うものは違うと思うぞ」
「わたくしの思い違いでしょうか・・・」
「さあな、それよりもう上がろう。おじさんが待っている」
上がろうとすると女が左手に抱きついてきた。何か柔らかな感触が左腕を包む。
「お待ちください!」
「なんだ?」
「名前、そう名前です!わたくしの名前・・・」
「名前?」
「まだ名乗っておりませんでした。リリスと申します」
「リリスか、良い名だな」
そう言い右手でリリスを離そうとする。
「貴方様の名前を、どうか教えて下さいませ!」
そうでなければ離しません、などと言うので
「ヴェルだ」
本名は伏せておいた。おそらくリリスというのも本名ではないだろう。
「ヴェ・・・ル・・・。そう、ですか」
そっと、左腕から離れる女、リリス。
そして今度は静かに泣きだした。
「いつか、その子が見つかるといいな。それと済まない、誤解させたようで」
そう言い、風呂から上がり新しい服を着た。




