夜
何故、この女は気づいたのか。俺は一言も魔族だとは言っていない。
厳密に言えば人間でもないのだが。ここはどう答えるべきか、少し考えて
「いや、俺は人間だ。容姿を見ろ、人間そのものだろう?」
と答えた。すると
「そうですか、わたくしの思い違いですか」
微笑みながらそう返してきた。
「だが俺は魔族をどうとも思っていない。別にお前のことを嫌うこともないだろう」
そうだ、別に敵対する必要はないだろう。警戒する必要は十分にあるだろうが。
すると女は何がおかしかったのか、ふふふと小さく笑った。
「何かおかしなことを言ったか?」
「いえ、ごめんなさい。昔同じ事を言ってくれた人間がいまして。子供の頃ですが」
「そうか、子供ならなおのこと魔族と人間の差は出るだろうに」
珍しい子供もいたものだな、と思う。
俺が子供の頃、アルカディア戦争終結からわずか数年のことだ。魔族と人間との争いは大きくはないが小さく続いていた。今のように学舎があったわけでもなく、仲も険悪だったと言っていい。
大人達がそうだったのだから、その姿を見てそれが当たり前だと思っていた子供たちも多かった。
もちろん全員とは言わない。少なくとも俺は違った。
が、友達は居なかったな・・・。いや、途中から作るのをやめたに過ぎないが。
理由は一つ、親父と母だ。
親父は魔族軍参謀長で世間に何の問題もない身分だったが、問題は母だ。母は人間の「聖女」として扱われてきた。聖女は魔族からは敵対した人間最大の敵であり危険な人物で、人間からしてみては戦争の責任を取らせるための都合の良い「生贄」だったのだ。
その母を親父は世間から隠す必要があった。
ある時初めて出来た友達を家に連れて行った事があった。自分も嬉しかったのだろう、友達を両親に紹介したくて連れて行った。
最初は良かった。しかし・・・
友達を家に帰す時に事は起こる。
親父はその子の後をつけて家族ごと殺した、らしい。そのことを親父に殴られながら聞かされた。
それから、友達を作ることはやめたし家に誰も寄せ付けないようにしてきた。探知の魔術を勉強し実践したのもその頃からだ。
家がばれたら俺が殴られるのはまだいい。だが、関わった者が死んでいくことと母の存在が世間にばれることがもっと問題だった。
───と
「さあ、戻りましょう」
女に声をかけられ現実に戻された気がした。いかん、昔のことを思い出してしまった。
今は別に、昔のことなど気にしていない。大事なのは今どう生きるかだろう。
「ああ、そうだな」と、それに答える。
そうして丘を下りながら思う。
友など必要ない。必要なのは力だ、大切なものを守る力。
今はその力を養う時なのだ。そう思い走りこんだ。
女は今度は横にいた。どうやらペースを合わせながら走っているようだった。
丘を下るともう日は落ちかけていた。
遅くなってしまったか。しかし部隊長に報告せねば、と二人して部隊長の元にいく。
が。おかしい。どこを探してもいない。
「先に帰ったのでは?」
女が言った。
「どうやらそのようだな。腕立て伏せしていた連中も解散しているようだ」
「どうなっているのでしょうか?」
「俺に聞かれてもな・・・一体どうなってるんだろうな?」
「とりあえず、部隊長の宿舎に行ってみませんか?報告しなければ問題が起こりそうです」
それに無言で頷き部隊長の宿舎を尋ねた。
「失礼します、ただ今帰還しました」
女がそう報告する。
部隊長に信じられないと言った顔をされながら「お前たち、あそこまで上がったのか」と言われた。
「命令されたので走って来ました」
女が言う。それに続き
「何か問題でもありましたか?」と尋ねると、
「い、いや何の問題もないが・・・もう飯の時間は過ぎている。今日は悪いが飯抜きだ」
と言われた。
思わず女と顔を見合わせる。無言で一体どうなっている?と問いかけるように。
「明日のことだが、明日は魔術師部隊に行ってもらう。これからも励むようにな」
と言われ宿舎を追い出される形となった。
部隊長の宿舎から離れ、女と二人歩きながら疑問に思ったことを口にする。
「一体どうなってる?しかも飯抜きだと」
「ご飯は別に問題ありません。ただ妙ですね」
なんなんだ。ひょっとして最初から無理難題の命令でも言われたのか?
そう言おうとすると、こちらに近づいてくる魔力を感じた。
「誰か来ますね」
女も気づいたらしい。もう周りは暗いのによく気づいたものだ、と関心していると
「おー、お疲れ様」
おじさんの声だった。
「おじさんか、お疲れ様です」ペコリと頭を下げる。
誰ですか?と横から女に聞かれ、輸送しているおじさんだよと答えておいた。
「なんだなんだ、凄い汗だな」
「丘まで走らされたんだ。しかも戻ってきたら飯抜きと言われてな」
ふむ、と少しおじさんは考えて
「それはまた、いきなり災難だったな」
「災難?」
「弓兵部隊にも5つ部隊があってそれぞれ部隊長がおる」
「そうなのか」
「で、お前たちが今回参加したのはおそらく5番目の部隊長だろう。5番隊は即戦力を求めていてな、その一つの判断材料が走り込みだ」
「走り込みだけで即戦力か分かるものなのか?」
思わず聞いていた。
「まあ、基礎体力の面においては出来るだろうさ。だが訓練すらしてない者がいきなり即戦力とは成り得ないのが通常だろう。そもそも弓兵なのに弓も矢も使ってなかろう」
それと、とおじさんは続けた。
「単なる自己満足の一面もあるな。俺の命令が出来るか、嫌なら抜けていいんだぞとおそらく言ってたんじゃないか?」
「いや、俺達はそんなことは聞いてないが」
「途中脱落した人間だよ。いくらでも代わりはいるとか、おそらく言われてたんだと思うぞ」
「それで・・・・嫌なら腕立て伏せをさせた、か」
「倒れたやつもいただろう。それは適正なしと判断されおそらく弓の工場行きかもしれんな」
「まさか・・・そんなことで」
「5番隊はそういうところだ。離職率が最も高い所だな、5番隊は」
おっと、言うべきことではなかったか、とおじさんは笑いながらごまかしたが手遅れだった。
「どうにも悪循環してるようにしか俺には思えないが・・・」
「まあ、なるべくあの5番隊とは関わらないことが懸命だろうな」
「そうは言うが俺達では隊を選べないんじゃないか?」
おじさんはうーむと少し考えて、そしてこう答えた。
「いや、選べるかもしれん。まあ、お前の希望通りになるかは分からないが」
「まさかおじさんと一緒に矢の運搬作業か?それも悪くないけどな。得るものは多いし何より楽しい」
「そう言ってくれるのはお前だけだよ。隣のお嬢さんなんて見てみろ。退屈そうじゃないか?」
と言われ女の方を見る。
「・・・退屈か?」
「いえ、ただ少し冷えると思いまして・・・」
するとおじさんは気づかず済まないと女に一言謝罪し、
「そうだな、夜は冷え込む。そしてその汗びっしょりな状態はなんとかする必要があるだろう。宿舎から着替えをとってこい。後飯抜きもいかんだろう、こちらもわしがなんとかしよう。集合場所はここから西にある森の幕舎だ」
「しかし宿舎に戻らねば問題があるのではないか?」
「そこは任せておけ、二人共必ずこいよ」
安心しろ、ではな。そういうとおじさんは部隊長の宿舎の方に消えていった。
「よく分からないが、着替えをとりにいくか」
「そうですね、では行きましょうか」




