風吹く丘
起床時間となり、決められた場所に整列する。今日は弓兵部隊での活動である。
弓兵部隊長が弓部隊の説明を行い早速弓の練習かと思ったらまずは装備品の支給から始まった。全身緑の服。長袖に長ズボンの全身緑の服だった。三着ほど支給され宿舎で着替えてくるように言われる。
着替えた後は朝飯。とにかく食えと言われた。朝に飯をそれほど食べたいとは思わないので少し食べたらこっそり隣の人間に譲った。
いいのかと聞かれたが、食欲がないので譲った。代わりに水を譲ってもらったので有難く受け取り飲んでおいた。
その後は元の場所に整列。前には部隊長。
部隊長から服の説明を受ける。説明によると肌を露出させると山に入った時に怪我をするので長袖長ズボンなのだそうだ。ついでにいえば暑くても我慢してこれを着るように、とのことだった。
その後は腕立て伏せに走りこみだった。
「あそこに見える小高い丘の上まで上がり、そして下って来い」と言われた。
かなりの距離があると思った。
おいおい、剣兵隊とやること変わらないじゃないか・・・。いや、むしろ走りこみに関して言うならこちらの方がきつい。
「行け!走れ!」
部隊長の怒鳴り声が合図だった。全員が走りだす。とにかく言われたとおり走りこみを開始する。
そうしてしばらく走り続けながら思う。いつになったら弓が射てるんだ、と。
この速度ではあの丘について戻ってきたらもう夕方近くになるのではないか。そこから弓の練習を始めるのだろうか。
いや、まさかな。
と考えていたら周囲から少しずつ脱落者が出始めた。真っ先に脱落したのは朝飯を隣で食べていた人間だった。隊列からそれて横でうずくまり吐いているのが目に入った。
正直、済まないと思った。朝飯を譲らなければああはならなかったろう。
等と考えていたら周りもちらほら脱落しはじめた。倒れる者、真っ先に脱落した人間のようになった者、色々いた。
途中からそれらに目もくれず前を向き走った。ただひたすらに走り続けた。
走りながらふと親父が言っていた言葉を思い出す。弓兵はヒットアンドアウェイが基本で、常に有利な位置に移動し続けなければならない、と。
言うのは簡単だと現実を思い知った気がした。実戦ではこうしてひたすら走り続けるのか、と。
もうこうなっては弓を射るどころじゃないんじゃないかとすら思った。
そう思うと足元がふらついた。
これではダメだ、考えながら走っていたら丘にすらたどり着けない。とにかく何も考えず走らねば。
それからしばらくして、もうどれだけ走ったろうか。とにかく無心で走り続けていた自分も限界を感じ始めた。上がる息。周りも脱落者の方が多くなってきた。最初は50人程度から始めた走り込みも、今や数えるほどしか残っていなかった。
これ、別に脱落したっていいんじゃないか?特に怒られることもないだろうし。
もういいかと考えていると前に一人女が目に入った。昨日見た女のようだった。黒髪を一つにくくり、その髪が左右に小さく揺れている。一糸乱れぬ走りを見せていた。
凄い女だと思った。
周りが脱落していく中、自分自身ですら脱落を考えていたのにあの女はおそらくそんなことは考えていない。ただ目的を遂行しようと走っている。そんな気がした。
別にその姿に勇気づけられたわけではない。
だが、負けていられないと思った。だから走った。丘までひたすらに。
丘についたらついたでさらにきつかった。最初は緩やかな坂道が待っており、その坂道も徐々に急になっていく。
前かがみになりながらひたすら走る。前に体重をかけたほうが楽に感じたからだ。
・・・楽なものか!
気のせいだった。どんな体制だってきつい。もう楽しようという雑念すら振り払って走り続けた。
途中何度も挫けそうになったが、ここまできてへばってたまるか!
その一心で走り続けた。
そうして気づけば丘の上についた。気づけばその女と自分の二人しかいなかった。
胸のあたりがドクドクと音を立てていた。目眩がする。気を抜けば気絶しそうだ。
上がる息。地面に膝をつこうとした所で女に声をかけられた。
「きついでしょうがまずはゆっくりと走りそれから歩くといいでしょう」
言われたとおりにする。そうしてしばらく歩いていたら少しずつ身体が楽になっていくように感じた。
「あ、有難う。楽になった気がする」
楽になったら今度は喉が渇いた。暑い、服が汗で重い。
ふと上を見上げると日が一番上に来ていた。最初はもっと低い位置にあったのに、一体どれだけの時間走ったのだろうか。
「貴方、普段運動は?武術か何か経験でもあるのですか?」
女に聞かれた。
「え、いや。まあ、多少は運動していたが」
主に学舎の行き帰りに少々。通常の人間でも、魔族でも3時間はかかるだろうが俺には風の魔術がある。使えばわずかの時間で移動可能だった。まあ、誰かにばれないこと前提の移動だったが。後は日々の鍛錬。
もちろんここで魔術を使うことも出来たが、これだけ人目があったらダメだ。魔術はなるべくばれないようにしなければ。いざと言う時に困る。二日目で実は魔術が使えましたとばれるようではこの先生き残れそうにないので使っていなかった。あくまで魔術は奥の手だ、そう決めていた。
と、考えた所でしまったと気づいた。走るのに必死で探知するのを忘れていた。慌てて探知を使う。
実戦では常に探知しておかなければ。といっても訓練でこれではな。要練習といった所か。
探知を使って分かったことはやはりと言うべきか、ここには二人しか居なかった。離れた所に脱落者が集められているようで丘の下の方に魔力の塊を感じるが、なんなんだろうな。説教でもくらってるのだろうか?
と考えていると
「下を見てください。脱落した人たちが集められています」
女が丘の下を指を指しながら言う。
そうか、丘だし目視可能か・・・とその光景を見て一歩引いた。
「お・・い。何やってるんだあれは」
思わず呟いていた。
女はそれに対し冷静だった。
「見て分かるでしょう、腕立て伏せですよ」
姿が小さくてよく分からなかった、というのは言い訳か。整列させられて地面にうつ伏せて小刻みに何かしている程度には分かったが。少なくとも腕立て伏せさせられているとは信じたくなかった。
「中には倒れてる者もいただろう。なのにあれでは死ぬんじゃないか?」
「そうかもしれません、けどそれまでではないですか?」
そういうものか、と考えていると
「これが戦場ならば私達以外生き残ってはいません」
「それは・・・どうだろうな」
とだけ答えておいた。
しかしこの女、息一つ切らせてないが。
どうにも気になったので聞いてみることにした。
「ところで、お前なんで弓兵なんだ?見たところ体力に自信ありといったところじゃないか?剣兵にならないのか?」
「両親に反対されまして。わたくしも剣兵・・・厳密に言えば槍兵を志望していました」
と、意外な答えが返ってきた。
「槍・・・か?」
「そうですね、先端に斧のついた槍なので純粋な槍とは違いますが」
座って少し休みましょうと勧められ、言われたとおりに座る。丘に吹く風が心地よかった。相変わらず日が近いせいか暑いが。
「見たところ人間のようだが。魔族に力では勝てないし、剣兵部隊に行っても大変なんじゃないか?だから両親にも反対された、というところか?」
背中に羽はないし魔族ではなさそうだ。そう判断し女に言うと
「いいえ、わたくしは魔族です。ですからその心配はありません」
「む?そうなのか」
「魔族だからと言って必ずしも翼があるとは限りません、わたくしがそうです」
「それは失礼した。てっきり魔族には必ず翼があると思い込んでいた」
「いえ、いいのです。普通の方はそうでしょう。そうですね、証拠を少しお見せしましょう。幸いここには二人しかいませんし」
「いや待て、別に見せなくていいぞ。お前が魔族と言うなら魔族なんだろう。それでいい。それとあまり人間の前で魔族だと言うべきではないと俺は思う」
まくし立てるようにこう続けた。
「人間と魔族が必ずしも仲良く出来るわけでもない。俺とお前にしてもそうだろう。俺は人間で、お前は魔族。俺がもし魔族のことを良く思っていなかったらどうするんだ?」
よく考えることだ、と一言付け加えて言っておいた。
「確かにその通りです。わたくしも人間に魔族ですとは宣言しません。人間として生活するつもりでいましたしこれからもそのつもりです」
違和感。そう、違和感を覚えた。
───この女は、今何と言った?
ごくり、と唾を飲んだ。そうして何とか絞りだすように言う。
「どういう、ことだ?」
と。それがやっとだった。
「何故わたくしが魔族だと宣言したのか、それは貴方が一番お分かりではないのですか?」
ニコリ、と女は微笑みながらそう言う。
何を言っているのか分からない、そう言おうとすると女は言葉をこう続けた。
「───見たところ、貴方も魔族ではありませんか?どこか似ていると思ったのでわたくしは宣言したのですが」
強く、冷たい風が吹いた。




