猟兵の矜持、獣の戦術
共和国軍、第七猟兵大隊長アレックス・ジェレミー少佐にとって、この戦役は単なる「消化試合」に過ぎなかった。
帝国軍の戦術を非合理的と断じ、自軍の優位を疑わなかった彼のもとに、川で師団が一個大隊に足止めを喰らっているという信じがたい報せが届く。焦燥する師団長からの救援要請を受け、ジェレミーは鼻で笑いながら、迅速かつ傲慢に自隊を動かした。師団が正面で釘付けにしている間に、後方から回り込み、敵の息の根を止める。猟兵の誇りにかけて、帝国のアマチュア集団など瞬殺できると確信していた。
ジェレミーの猟兵大隊が、山あいの坂の頂上に差し掛かったときだった。
静寂を破り、霧の中から加瀬凪と彼女が率いる別働隊が、電光石火の如く飛び出してきた。
「今だ! 出鼻を叩く!」
凪の号令と共に、彼らは敵の陣形が整うよりも一瞬早く、密集する猟兵の急所を撃ち抜いた。混乱し、隊列が崩れた敵を嘲笑うかのように、凪の別働隊はあえて敵の包囲網を正面から突き抜け、一気に駆け抜ける。敵の猟兵たちが何事かと動揺し、銃口を後ろに向けた瞬間には、凪たちは既に敵の後方へと姿を消していた。
敵の陣形は完全に崩壊し、指揮系統は混乱に陥った。
凪はその隙を見逃さない。彼女はあらかじめ計算していた、小高い丘の窪みへと飛び込むと、そこを天然の要塞として第二の防衛陣を即座に構築した。
「全小隊、防御態勢へ! 敵が体制を立て直す前に、この窪みを鉄の檻にする!」
激しい銃撃戦が始まった。
凪の指揮する防衛陣は、まるで最初からそこに鎮座していたかのような完璧な死角の排除と火線の交差を実現していた。ジェレミーにとって、これは猟兵の誇りを賭けた狩りから、泥沼の消耗戦への転落を意味した。
ジェレミーは苛立っていた。自分より格下と見なしていた帝国軍の小隊に翻弄されているという事実が、彼の合理的な判断を狂わせた。
「正面から叩く! 構造など関係ない、押し潰せ!」
功を焦り、自ら陣頭指揮を執って窪みへと突撃するジェレミー。その傲慢な一歩が、彼の命運を決定づけた。
凪は、彼が突っ込んでくることさえも計算に入れていた。敵の突出部を集中砲火で孤立させ、白夜がその強靭な尾でジェレミーの愛銃を叩き折り、動きを封じる。猟兵たちは散り散りに掃討され、唯一残された少佐は、泥と土にまみれて白夜の鋭い爪の下に組み伏せられた。
静寂が訪れる。
凪は白夜の背後から静かに歩み寄り、冷ややかな瞳で、かつて傲慢に笑っていた猟兵大隊長を見下ろした。
「……猟兵大隊長、アレックス・ジェレミー少佐。あなたの誇りは、今の突撃で霧の中に消えましたね」
ジェレミーは屈辱に顔を歪めた。最強と自負していた猟兵の大隊長が、帝国軍の捨て石に捕らえられるという現実。彼は捕虜として、凪の数式の前でひれ伏すしかなかった。
「まだだ、貴様らのような連中に……!」
「いえ、終わりです。あなたの存在そのものが、共和国師団の指揮を鈍らせる最上の『人質』になるのですから」
凪の冷徹な声が戦場に響く。
ジェレミーを捕らえたことで、川辺の戦局は劇的な変化を遂げようとしていた。凪は、捕らえた獲物を冷たく見据えながら、次の生存への一手を脳内で弾き出す。




