分断の号令
標高八百メートル、切り立った山肌。大隊の生存者全員が、共和国軍師団が野営する谷底を見下ろす位置に集結した。
凪は山道の岩場を軽やかに踏み越え、並走する白夜と呼吸を合わせる。かつて加瀬家の温室で感じた孤独とは違う、生存を賭けた者たちだけが共有する、鋭く研ぎ澄まされた連帯感がそこにあった。
「――これより、全兵力による一斉攻撃を敢行する」
小前田大尉が頷き、大隊の残存火力が夜空を焦がす。轟音と共に、師団の野営地が火柱に包まれた。混乱の極致。敵が何に襲われたのかを理解する前に、大隊は怒濤の如く斜面を駆け下りる。
「敵の指揮系統を寸断した! 今だ、散開しろ!」
小前田の怒号が響く。ここからは、凪が描いた数式通りの「分断」が始まる。作戦の要諦は、大隊を三つのグループに分け、それぞれが全く別の方角へ逃走を図ることで、師団の包囲網を三重に引き裂くことにある。
凪の号令と共に、第三小隊は師団の左翼を強襲する役割を引き受けた。
加奈が小銃を棍棒のように振り回し、目の前の共和国兵の頭蓋を砕く。稲生軍曹が短機関銃を乱射し、道を拓く。白夜がその強靭な尾で戦車の砲塔を圧し折り、火花を散らす。
戦闘は過熱し、最早、味方の声など誰にも聞こえなくなっていた。通信機からはノイズしか聞こえない。
「加奈! 稲生軍曹! これより指示は出さない。……生き延びるためだけに動け!」
凪の声は嵐の中に消えた。だが、その背中を見た二人の瞳には、迷いはなかった。彼らは凪という「生存の最適解」を信じ、言葉を超えた意思疎通を戦場の喧騒の中で展開する。
師団の一部が、第三小隊の追跡を開始した。凪の計算通り、敵の師団長は「最も目立つ獲物」である彼女たちに戦力を割いたのだ。
山頂から放射状に広がる帝国軍の残党。それらを追いかける共和国軍の黒い渦。
三小隊がそれぞれ捨て石となることで、師団は完全にその体力を削がれることになる。凪たちが担うのは、最も過酷で、最も多くの敵を誘い込む死の囮。
(来るなら来い……私の計算が、お前たちを地獄の淵へ連れて行く)
凪は白夜の隣を駆け、あえて敵の銃火が集中する場所へ身を投じた。加奈は弾切れになった小銃を投げ捨て、拾った敵のナイフを逆手に構える。稲生は笑いながら、手榴弾のピンを抜いた。
言葉は、もう不要だ。この戦場において、彼らは「生き延びる」という一点においてのみ、完璧に同期していた。白夜の銀色の鱗が闇を切り裂き、彼らは暗闇の中へとその身を沈めていった。
生き延びるために。ただそれだけのために、彼らは戦う。地獄の果てまで、その計算が導き出す「生存」という名の解を求めて。




