赤夜の誓い
【古代政3993年・3の満月】
塔の村のはずれ、夕焼けに染まったグリム森林。
「うおおおおっ……!」
『キングアーミー・ソード』を両手に握っていたアーガスは、最大の力を込めて、目の前の障害物を薙ぎ払った。
バシュッ! ゴゴゴゴゴ……バサ――ッ!!
竜の鱗のごとく硬い大木が、一瞬で切れ、葉っぱの音を鳴らして倒れた。
彼は剣を一心に見つめる。白の刃は鋭さを損なわず、橙色の光を反射して輝いている。
「す、すごいよ! アーガスにーちゃん!」
「はは、まあな」
額に汗を流すアーガスを、離れた場所にいたリアは目を輝かせて見つめている。彼はスイッチを押し、剣身を柄の中に収める。
あの日以来、毎日の特訓で磨いてきたアーガスは、クラニウム・ハンド数体に太刀打ちできる剣術、筋力を持っている。
「──そーいえば、アーガスにーちゃんって、どうしてそんなに特訓してるの?」
「え? ……あー。それは……」
アーガスは頭を掻いた。幼い子供に素朴な視線を向けられながら、指に顎を置き、瞳を伏せて考え込む。
「……旅に出ようと思ってるんだ、俺」
「たび?」
「長い長ーい散歩だよ」
少女は、アーガスの言葉に首を傾げる。
その愛らしい仕草に、思わず笑みが溢れた。リアの方に近づいてしゃがみ、目前まで顔を近づける。
「俺の場合は、失くしものを探しに行くための、な。俺の妹がクラニウム軍に攫われてさ。だから、生きている姿を見つけられたらなって」
でも、もう生きてないかもな……そう言おうとして黙り込む。気付けば彼の面持ちは、憂いを帯びていた。
クラニウム軍に攫われた者は、奴隷にされるか、拷問されるか……しかし大半は、命を奪われる。
よからぬ考えを打ち消そうと、彼は首を横に振った。
「……実はな、リア。明日になったら、俺は旅立ちたいと思ってる」
「ふーん……」
それを聞いて考え込んだリアは、
「──アーガスのきょうだい、生きてるといいね」
アーガスは絶句した。
彼にとって妹の存在は、ずっと諦めきれない存在だった。彼女の無事を確認し、再会を果たすことが、生涯の夢だった。
リアの一言でその思いを改めて自覚し、
「ああ! リア。俺が旅立っても寂しがらずに、父さんの図書館でたっくさん絵本読めよ!」
アーガスは声を潜めたまま、満面の笑顔を見せて言う。それを見た少女もつられて、にこっと笑い、「うん!」と頷いた。
……もしかすれば、数年前に攫われた妹と、この少女を照らし合わせたのかもしれない。青年は、その小さな頭を撫でた。
塔の村の城壁の上で、アーガスは夜空を眺めていた。
仄かに赤く輝く、奇妙な星たち。淡い赤の星たちは、十万年以上もの間、夜の空を美しく彩っているという。
肘を胸壁に置きながら、青年はため息をついていた。
そんな時、靴の足音が、彼の背後から近づく。
門の見張りかもしれないと感じたのか、アーガスは振り返った。
「早く家に帰ってこい」
「あ、父さん」
呆れた顔をするアーガスの父、ゲイルだ。
彼は息子の隣に立ち、グリム森林より先の景色を見つめる。
「聞いたぞ。旅に出るんだってな」
「ん? 誰から聞いたんだよ、まさかリアか!?」
「まあ、そんなところだ」
唯一の家族には秘密にしようと思っていた。心配させてしまうかもしれないから。
しかし、彼のことだ。騒がしい息子がいなくなって、清々するとすら思っているかもしれない。
「……お前、あそこに行くつもりか」
ゲイルが指したのは、森林よりも先にある、巨大な建物。大きな山の中に埋まっている、要塞のような城だ。
カステリ中心部、少し南側に佇む、地下王城『アインスワルグ』。
ここには、南の旅の者が多く集まる。東にある大きな橋『ハルソン橋』を所有しており、それを渡るのに許可が必要だからだ。
妹を捜すためには、東の『ハルソン橋』を渡る許可を、そこで貰わなければならない。
「……まあな。父さんに黙ってて、悪かった」
「死んだ妹でも捜すってことか。結構なことだな」
アーガスは、父親の発言に不快感を覚えた。
「レオナを死んだって決めつけるのは、よくないだろ……!」
「あの子が攫われて、何年かかったと思っている? 十年だぞ。……いくら待っても未だに、レオナは戻ってこない」
そう話すゲイルは、無表情だ。数年の月日で希望が薄れ、もはや娘は戻ってこないと確信したのだろう。
「アーガス。現実を見ろ」
「嫌だ。レオナは……確かに生きてる! 感じるんだ、今も生きてるかもしれないって」
ゲイルはため息を吐く。
「何の冗談だ?」
「……冗談? 冗談じゃねえよ。分かるんだよ、レオナは生きてるって! 感じるんだよ、俺には!」
気付けばアーガスは、感情的な眼差しを父親に向けていた。「感じる」。確かに冗談じみた台詞だが、彼の中には微かに、しかし相応の確信を持っていた。
「はぁ。お前はいつだってバカだ」
「バカだって言われたっていい。俺は――」
「十年も特訓してきたのは、レオナのためだろう?」
ため息をつきながら、アーガスを見て、呆れ返るゲイル。
しかし、息子が心の奥に潜めていた決意を感じ、彼の口角は僅かに上がっていた。
「バカな奴ほど成功を見る。なぜなら、バカな考えこそが、希望に繋がるからだ。行ってこい」




