塔の村の住人アーガス
【古代政3993年・3の満月】
塔の村グリムボストンで唯一の大図書館、レイモンド・ミルグ図書館。
木造建ての趣があるこの建物は、壁一面が本で覆われている。塔の村の村人達は、ここを百年以上も知識の泉として活用しているのだ。
昼の太陽が狭い窓から木漏れ日のように差す、心地よい場所。
そんな静寂で一人、巨大な本棚の前に立ち、赤茶表紙の本めくっている中年の男がいた。
小さな丸眼鏡をかけており、古い布生地の正装からして、図書館司書だと分かる。
持っていた本は、歴史本だ。タイトルは『ハリス伝記・第三章 マンザークの伝説』と書かれていた。
そんな時、張り詰めた空気が一変する。
バタ――ッ!!
入り口の両扉が、勢いよく開かれたのだ。
その音に、中年の男は振り向かず、しかめっ面で溜め息を吐く。
「……アーガス」
入り口には、笑顔で扉の影からちらっと顔を見せる、陽気な青年が立っていた。
その金髪は陽に照らされ、色鮮やかに輝いている。
あの夜、妹を失ったアーガスは、数年で急速に成長を遂げた。だが、お茶目で気が抜けている印象は、特に変わっていない。
「扉を開けるときはいつも丁寧に、と言ってるだろ」
「別にいいじゃねえか! あ、そんなことより俺の剣知らない?」
「そんなことより……だと?」
拳を握りしめる中年男。持っている本がしわくちゃになりそうだ。
アーガスは扉の影から体を出し、図書館の部屋の中に入る。
彼は茶色い布製の訓練服を着ていた。手足には、怪我防止用の包帯を巻いている。
古代政3970年、11の新月に生を享けたアーガスは、東端の村で、妹と母で三人暮らしをしていた。
ある日、その村が突如クラニウム軍に襲われ、母は自分をかばって殺され、逃げている最中に妹も失ってしまった。
その後、彼は剣術を習い、グリム騎士団に所属。騎士団としては名ばかりの小規模なものだったが、騎士団がほとんど全滅するまで所属していた。
現在、齢二十二。大図書館の司書を務める父親と、塔の村で暮らし、今も独学で剣術を習っている。
「……お前、また武器を失くしたのか?」
「おう!」と言って、満面の笑顔を見せる。
そう話す息子から、父親ゲイルは、目線を本に戻して再び息を吐いた。
「アーガスにーちゃん!」
「今日もよい天気ですね。ご機嫌いかがです?」
そんな時、とある父娘二人が図書館に入ってきた。塔の村に住む人たちで、この図書館の常連でもある。
ちょっぴり無邪気な娘は、どうやら今日も絵本や童話を求めて来たようだ。敬語で話す父は、優しげな表情で、娘の小さな手を繋いでいる。
「おーっ! リア、元気そうだなー! ジョースさんもこんにちは!」
「こんにちはっ!」「こんにちは」
「あ……そういえばリア、俺の武器どこ行ったか知らないか?」
リアという娘に問いかける。彼女は「しらない!」と首を振った。
「ああ、村の壁の外を散歩してた時に見かけましたよ? グリム森林の東側で」
「うわ! 思い出しました、ありがとうございます!」
意外にも、リアの父親の方が在処を知っていたようだ。
アーガスは慌てた様子でお礼を述べた後、急いで立ち去っていく。
その後、草原を駆け抜け、アーガスは村外れの森、グリム森林への境界まで辿り着く。
「あったあった! ふぅー……」
アーガスは地面の土に突き刺さっていた白と金のソードを手に取る。
キングアーミー・ソード。
全体的にカトラスのような美しい見た目だが、その剣身は特殊だ。出っ張った箇所を押すと、剣身が回転して柄の中に収まるようになっている。
――スチャッ。
ボタンを押し、剣身を柄に仕舞いこむ。
ふとアーガスは、東側にあるグリム森林の先を覗いた。
真っ暗な、グリム森林の先を。辛い光景が頭を過り、アーガスの叫んだ記憶が反響してきた。
『れ……レオナぁぁぁあああ────ッッ!!!』
ふと目を閉じて俯くと、独りで呟く。
「……お前がいないと、なんの張り合いもないよな」
森の奥に向かって発した言葉は、既に行き場を失っていた。
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「時は一刻を争います。陛下、速やかに兵の増員を!」
同じ頃。カステリの中心に位置する地下王城・アインスワルグ。
謁見の間で一人、青髪の女騎士が、現国王に抗議していた。
「百も承知だ。だが、これ以上兵を集める余裕はない。クラニウム軍による攻撃は、今に始まったことではないぞ」
玉座に座るのは、当時のアインスワルグ国王、ロゼル・アヴェリア。
クラニウム軍に支配されたこの地で、王家の繁栄を導いた張本人である。
「少なくとも今の軍では、この王城を守ることしかできないだろう。他者に惑わされず、それに専念すべきだ」
王の隣にいる厳つい表情の騎士も、青髪の女騎士の抗議を否定した。
「グッ……それなら、未来都市に伝書鳩で援軍を要請しましょう。きっと我々の言葉を聞き入れてくれ──」
「甘いな、イース。あの国の王に頼れと? 全身や脳が機械に侵されている奴だぞ! かつての屈辱を忘れたのか? 奴は我々を見捨てた。もはや敵も同然だ!」
女騎士の発言に、必死な表情で反対する厳つい騎士。直後、謁見の間は静寂に包まれた。
「……ビルよ、少し落ち着くがよい」
国王の言葉に、厳つい表情の騎士は咳払いし、黙り込む。
「よいか、イース。足りんのだよ。万が一彼らを味方につけたとて、未来都市の文明や軍の数を以ってしても、力を持つ者クラニウムの軍が相手なら、擦り傷すらつけられまい」
「弱点は必ずあると言ったのは陛下ではありませんか!」
「奴に弱点などない!」
王が断言すると、女騎士は顔を俯かせた。しかし、彼女にはどうしても今、奴を葬らなければならない理由があった。
「……先ほど、哨戒兵から、二千体のクラニウム軍が南西から向かっているという報告がありました」
女騎士は、重い口調で言い放つ。
「もしかすれば、明日――塔の村グリムボストンが侵攻されるかもしれません」




