第七話 彼女の師匠
主座様に出会った翌日。
朝一番に太一から電話がかかってきた。
電話口に出るなり「お前何したんだよ!!」と怒鳴られた。
なんでも昨夜突然主座様御自ら春日家におもむかれたそうで、太一いわく「家の中に爆弾を投げ込まれたよう」だったそうだ。
そういえば、帰宅して太一に連絡するのを忘れてた。
「阿呆おおぉぉぉ!! すぐに連絡しろよおおぉぉぉ!!」
「スマン」
そうは言うが、こっちも大変だったのだ。
主座様と別れてすぐに帰宅した俺は、事の次第をジジイに報告した。
一緒に話を聞いた母と叔母達までもが頭をかかえ、西村家に電話をかけ、西村家からお祖父様とお母上がわざわざウチに来られた。
そこでまた同じ話を繰り返した。
安倍の主座様に会ったこと。
もらった様々なこと。
サトさんと妖魔についての情報。
転移陣と対になる札のこと。
対価として、今後困っているモノがいたら助けることを約束したこと。
封印が解けるのは、一年後の秋だということ。
西村家のお二人はにじって下がり、額を畳にすりつけた。
「玄治くんに、とんでもない負担を…」
「智子のために、申し訳ありません」
「お祖父様! お母上! 頭を上げてください!!」
あわてて土下座をやめさせようとするが、二人はてこでも動きそうにない。困った。
「俺が勝手にやったことです!
俺はさとこさんのいない世界では生きられません。
ならばさとこさんを呪った妖魔を斬るだけだと、以前から決めていました!
俺が『静原の呪い』にとらわれているだけです!
西村家の皆様にはなんの責任もありません!」
「玄治くん…」
頭は上げてくれたが、今度ははらはらと泣き出してしまった。困った。
「その、主座様がおっしゃるのに、俺は土属性だそうです。
金属性のさとこさんを生かし、水属性の妖魔にとっては苦手な相手だと。
だから、大丈夫です!
さとこさんのことは、おまかせください!!」
根拠もなく胸を張って宣言したら、今度はお二人に手を一本ずつとられ、押し頂いて泣かれた。
「ありがとう。ありがとう玄治くん」
「智子を、お願いね。玄治くん」
「いやだからやめてください!」
泣かないで押し頂かないで! といくら言っても聞いてもらえなかった。
そのままお祖父様とお母上はジジイと母と話を始め、俺は寿美叔母さんに連行された。
「智子ちゃんを助けるならば、今の実力じゃ足りないだろう?」
おっしゃるとおりです。
だからって、このレベルの妖魔に小太刀一本は無茶だと思うんだ!!
せめて防具をつけさせて!!
勇を補助にくれ!!
「勇は別口にひとりで行かせてる」
…スマン。勇。お互い生き残れることを祈ってる…。
そうしてボロクソにされた。
妖魔? なんとか倒したよ!
おかげで太一に連絡する余裕はなかった。
「今すぐ来い!!」と半泣きの太一の声に、予定していた手伝いを免除してもらって駆けつける。
初めて訪れた春日家で、初めて会う太一の父上と兄上にご挨拶をする。
「静原くん」
「ハイ」
「――一度目は許してやる。二度目はないぞ」
「ハイッ!! 申し訳ありませんでしたッ!!」
ガバリと土下座したのだが、父上の横で兄上が「試し斬りの的を探してるんだよね」と冷たい笑顔でボソリと言った。
あわてて太一に救いを求めたが、こちらも同じような冷たい笑顔だった。
ナニしたんですか主座様!!
主座様にもらった書き付けを父上に渡すと、父上はなにやら考え出した。
父上と兄上がなにやら相談を始め、その後俺の寸法を計られた。
霊力も調べられ、刀を握って最大霊力を出したり試し斬りをしたりした。
ゴツゴツした岩を何個も出され、触らされた。
「玉鋼だよ。刀の原料」
「これが」
話には聞いたことがあったが、現物は初めて見た。
「その人その人によって玉鋼にも相性があるからね。
属性特化してる人は特に。
そういう人は、こうやって玉鋼から選ぶよ」
「へー」
知らなかった。ウチはいつも出来上がった刀を持って来てもらってるから。
確かに持って来てもらった刀の中でも、合う合わないがあると感じるな。
色々計られ、調べられ、方針が決まったらしい。
「すごい刀を打ってやる。期待したまえ」
来たときとはうってかわって上機嫌の太一の父上に「よろしくおねがいします」と頭を下げた。
夏休みが終わって、サトさんは学校に来なくなった。
「無事に任期を終えられてホッとしました」とうれしそうに言われると、「学校で会えなくてさみしい」とは言えなかった。
しゅんとした俺だったが「次の日曜日、玄さんは予定がありますか?」と聞かれ、すぐに上機嫌になった。
予定があったとしても断ります!
サトさんと一緒にいたいです!
茶会の手伝いだったよ!
それでもうれしいのだから『静原の呪い』は罪深い。
サトさんの師匠でもある我が校の茶道担当教師の橋本先生から呼び出された。
橋本先生は五十代の女性。
白いものがまじる髪をピシッと結い、隙無く着物を着こなしている、どちらかというと厳しい先生だ。
その先生に生徒指導室に呼び出された。
「何やらかしたんだよー」とクラスメイトからははやし立てられ、俺自身も「何か悪いことしたっけ?」と首をひねりながら部屋に入った。
はたして。
「静原……。ありがとう。ありがとう!
サトを好きになってくれて、ありがとう!!」
号泣だった。
「え。あの」
「サトは『呪い』のせいでちいさい時はいじめられててねぇ」
「その相手教えてくださいぶちのめします」
「『呪いがうつる』なんて言われて疎外されても、じっと我慢するような子で」
「ぶち殺します。どこの誰ですか」
「だから恋愛なんて無理だったのよ。
それ以前に、あの子は人間不信だったのよ。
なにもかもあきらめて、人当たりよく距離を保って、壁の中でひとりこもっていたのよ」
なんてこった。あのやさしい笑顔の影にそんな秘密があったなんて。
「そのサトが!!」
ハンカチに顔を埋めていた橋本先生がガバリと顔を上げ、俺に正面からせまってきた。
「あんたにはあんなに甘えて!」
「そ、そうですか?」
そうかな? サトさん、甘えてくれてるのか?
それならうれしいな。
「あんたといるときはあんなにやわらかい顔をして!」
「そ、そうですか!?」
いつもやさしいやわらかい表情の女性だと思っていたが。
そうか。俺限定なのか。
うわ。にやけるのがとめられない。
「三歳からあの子を見てるけど、あんなサト見たことがない!
ありがとう静原! サトを救ってくれて!
サトに人を愛する気持ちを教えてくれて!
ありがとう! ありがとう!!」
俺の手を取りぶんぶんと振りながらわんわんと泣く橋本先生。
俺もつられて涙ぐむ。
「とんでもないです。俺のほうこそ――」
サトさんに会えてしあわせです。
そう続けようとしたのに。
「あんた図体デカいしいっつもしかめ面してるし、正直西村さんから最初に話聞いたときには『あいつが!?』て思ったけど!」
は?
「無愛想が服着て歩いているようなあんたが!
無気力で授業態度も適当で教師泣かせのあんたが!
サトの前だとあんなにニコニコ愛想よくなって!
春日に聞いたよ!
人が変わるみたいになる『静原の呪い』っていうんだって!?
よくぞサトに呪われてくれたね!! ありがとう静原!!」
………言いたいことはたくさんあるが………
我が家の女どもといい、橋本先生といい、俺の評価はかなり低いようだ。
あれ? でも「ありがとう」て言ってくれているということは、祝福してくれているのか?
認めてくれているのか?
それなら、まあ、いいか。
「短い間だろうけど、サトをよろしく頼むわね」
涙ぐむ先生。先生もサトさんは二十歳まで生きられないと思っている。
そんな先生に、俺はゆるく首を振った。
「死ぬまで一緒にいてくれると、サトさんは約束してくれました。
おばさんになっても、おばあさんになっても、ずっと側にいます」
きょとんとしていた先生だったが、やがて持っていたハンカチで口をおおい、うつむき震え始めた。
「――先生?」
「――ああ。そう、そうね!
あんたがずっと側にいるなら、きっとサトはしあわせになれる。
頼んだわよ。静原」
「はい。おまかせください!」
にかっと笑う俺に、目にいっぱい涙を浮かべた先生も笑ってくれた。




