第八話 しあわせな日々
夏が過ぎ、秋が来た。
茶会の合間に二人で紅葉狩りをした。
綺麗な紅葉を拾って渡したら、サトさんがしおりを作ってくれた。
「玄さん、お勉強がんばってくださいね」なんて言われたら勉強にも身が入るというものだ。
もらったしおりは辞書にはさんでいる。
辞書をひくたびにニヤニヤしてしまう。
寒くなったことを言い訳に、二人くっついて歩いた。
初めて手をつないだ。
恥ずかしくて恥ずかしくて、お互い顔を見ることができなかった。
ちらりと彼女をうかがうと、同じようにこちらを見ている彼女と目があった。
真っ赤な彼女がかわいくて、思わず笑みがこぼれた。
「玄さん、真っ赤」と笑われた。
赤い顔で楽しそうに笑う彼女にまた惹かれた。
十二月に入ると寺は忙しいらしい。
手伝いを申し出たが断られた。
「もしかしたら家族で過ごす最後の年末年始かもしれない」とお母上に悲しそうに言われたら、邪魔できなかった。
俺は冬休みだが、サトさんは忙しかった。
寺の用事、茶会の手配、事始め、初釜。
茶道って、けっこう忙しいんだな。知らなかった。
時間の許す限りサトさんの手伝いに入る。
重いものは俺が持つ。
サトさんに「力持ちですね!」「ありがとうございます」と感謝してもらえるだけで鼻が高くなる気がする。
茶を点てるのは戦力外通告されてしまった。
へこむ俺を見て彼女が楽しそうに笑う。
彼女が楽しそうならばまあいいや。
年が明けて寺が落ち着いたからと、お母上とサトさんの二人が我が家に挨拶に来てくださった。
正月に俺が西村家に挨拶に行こうとしたら「正月、寺は人の出入りも多くバタバタしてるから来ないでほしい」と断られた。
「代わりに、落ち着いたらこちらから挨拶に行かせてほしい」と言われていたのだ。
ちびどもは初めて会うサトさんに「およめさんだ!!」「玄にーちゃんのおよめさん」とはしゃいだ。
「およめさん」と言われ、サトさんも俺も真っ赤になってしまった。
ちびどもに取り囲まれはやしたてられ、二人で顔を見合わせくすくすと笑った。
サトさんは大家族の我が家に驚いていたものの、すぐに馴染んだ。
女どもや妹達にサトさんをとられてしまったが、楽しそうな彼女をみているだけでしあわせなのでそのままにしておく。
サトさんが我が家にいるのは変な感じだな。
なんだか本当にお嫁に来てくれたみたいで、うれしくて胸がいっぱいになった。
「にーちゃん、でれでれ」
「あのにーちゃんがこんなになるなんて…。『静原の呪い』、おそろしいな…」
「にーちゃん間抜けな顔になってるぞ」
年長の弟達も容赦ない。
覚悟しとけよ。お前達もじきに俺みたいになるぞ。
なんたってお前達も静原の男だからな。
寒い寒いと言っていたら雪が降ってきた。
雪はすぐに積もった。
冷たい雪の中をサトさんに歩かせたくなくて、ちびどもにするようにひょいと抱き上げた。
「げ、玄さん!」
真っ赤になった彼女の声に、やっと己の所業を自覚した。
「す、すみません!! 子供扱いして…」
あわてて降ろそうとしたが、降ろすと足が冷たいに違いない。
しばらく迷ったが、決めた。
「サトさんに冷たい雪の上を歩かせたくない。
少しだけ、我慢してください」
そう言って彼女を抱き直す。
しっかりと下半身を支え、安定させてから歩き出した。
シャク、シャク、と雪を踏みしめる音がする。
「…重いでしょう?」
「軽いですよ? 小鳥のようだ」
いつもは俺の下から聞こえる彼女の声が耳元から聞こえることがくすぐったくて、知らず笑みがこぼれる。
シャク。シャク。シャク。
「……玄さんは、力持ちですね」
「造園業の仕事も手伝ってますからね。
力仕事は昔からやってますから、まあそれなりに」
サトさんが甘えるように身をあずけてくれる。
かわいくて愛おしくて、思わず抱く手に力がこもってしまう。
「寒くないですか?」
「玄さんにくっついているから、温かいですよ」
耳元からくすくすと笑う声が聞こえる。
かわいい。
俺もつられて笑う。
雪が積もるくらい寒いはずなのに、身体の中からぽかぽかしてちっとも寒くなかった。
梅が咲いた。桜が咲いた。
あちこちの名所に二人で行った。
茶会の手伝いに行くたびに社中の皆様が「あそこがいいよ」「来週あたりあそこが見頃になるよ」とおすすめしてくださるのだ。
次にお会いしたときに「行ってきました」と報告すると、とても喜んでくださる。
サトさんはいい人達に恵まれてるな。
満開の桜にむかってサトさんが手を伸ばした。
サトさんはちいさいので、手を伸ばしても桜の花に触れることができない。
それでも彼女は満足そうだったが、俺は彼女の望みを叶えたい。
ひょいと彼女を高く抱き上げた。
「どう? サトさん」
「すごい! 桜の中にはいっちゃった!」
子供のようにはしゃぐ彼女がかわいくて、調子に乗ってくるりと回ってみた。
「あはははは! すごい! 玄さん、もう一回!」
「いいよ。何度でも!」
サトさんを抱いたまま桜の下をくるくると回る。
「あはははは! すごい! すごい!」
「はははは!! 楽しいね! サトさん!」
「ええ! 楽しい! すごい! すごい!」
彼女と二人、声を立てて笑った。
菖蒲が咲いた。紫陽花が咲いた。
京都がこんなに花であふれていたなんて知らなかった。
雨の中を傘をさして並んで歩く。
雨にけむる紫陽花の小路を歩いていると、まるで世界に俺達二人だけになったような錯覚を覚える。
「紫陽花の迷路のようだね」
「異世界に迷いこみそうね」
ここでない世界から落ちてきた『落人』の存在は広く知られていた。
つまり、ここでない世界――異世界があるということだ。
実際、年に何人かは『神隠し』と呼ばれる現象に巻き込まれている。
ふと、サトさんが消えてしまわないか心配になった。
サアサアと降る雨はパタパタと傘を鳴らす。
その傘の広さの分、彼女と距離があるのが気になった。
「サトさん」
俺の呼びかけに立ち止まるサトさんの手から傘を取り、たたむ。
「え?」と驚く彼女を俺の傘に入れ、きゅっと手を握る。
「異世界に連れて行かれたらいけないから」
本気で心配しているのに、彼女はくすくすと笑う。
むぅ、と口を曲げたが、彼女がくっついてきてくれたので途端にでれっとなる。
「そうね。連れて行かれたらいけないから」
そして彼女はつないだ手を少し動かし、指と指をからめるようにして握り直してくれた。
「しっかり、つかまえておいて?」
上目遣いでそんなこと言わないで!!
かわいすぎて脳味噌が爆発するから!!
「――爆発する…」
「なあにそれ?」
くすくす笑う彼女がたまらなく愛しくて、口元から手を離すことができなかった。
離したら叫びだしてしまう。
「サトさんが大好きだー!」って。
「濡れちゃう」と言ってぴとりと寄り添ってくれる彼女の体温を感じる。
あわてて口元から手を離し、傘を持ち直して彼女に差しかける。
「濡れないように、くっついててね」
「ええ」
二人でくすくす笑いながら、紫陽花の迷路を歩いていった。
祇園祭に初めて行った。
すごい人ごみだった。
手をつないでいないと絶対はぐれる。はぐれたら、もう会えない。
危機感を抱いて、彼女の手をぎゅっと握った。
「私、宵山は初めて」
「俺も。こんなに人が多いんだね」
「でも、すごく綺麗」
大きな山鉾の一面いっぱいに並べられた提灯に火が灯され、幻想的な光景だった。
「玄さん、連れてきてくれてありがとう」
「俺もサトさんと一緒に見られてうれしい」
はぐれないように、指をからめてぎゅっと握った。
下鴨神社のみたらし祭で彼女の素足を見てしまい鼻血が出るかと思った。
五山の送り火をどこでみるのがいいかで社中で激論が起こってしまいサトさんと二人でおろおろした。
京都がこんなに行事にあふれていたなんて知らなかった。
サトさんといると世界が輝いて見える。
知らなかったことが次々と見えてくる。
サトさんの側にいるだけでうれしくてしあわせで満たされる。
サトさんが俺のすべて。
サトさんのいない世界にはもう戻れない。
二人でいろいろな場所に行って。
二人でいろいろなものを見て。
並んで歩いて。手をつないで。一緒に笑って。
そして、また秋が来た。




