与えたい平穏
「......あれ......私............」
目を覚ましたアイリスは、帝国軍の医療班のベッドに横たわっていた。横で彼女の手を握っていたレオンがすぐさまその気配に気づく。
「...アイリス!...大丈夫か!?身体は...痛みはないか?」
混乱した頭が次第に冴えてきたアイリスは、我に返って「マクシム様は!?」と尋ねた。
「...落ち着け。マクシムも、他の人も全員無事だ。あの魔獣の襲撃で死者は出ていない。...君のおかげだ」
「...よかった........!」
涙ぐむアイリスに、レオンは水を汲んでコップを手渡した。
「...アイリス...あの魔法は.........」
レオンが心配そうに彼女の頬に手をやった。落ち着いたとはいえ、まだ顔色が悪い彼女を案じている。
「......この帝国では、修道院や教会に魔獣が入り込めない強力な結界が張ってあるでしょう?あの結界は、聖職者がただひとつ、『他者を癒す魔法』しか使えなくする代わりに、魔力を封じ込めて作ったものなの。北での十年間、私も魔力を制限して結界を作っていた...だけど、制限がなくなった今、魔力も魔法も元通りになって......」
「だからか......あんな高度な治癒魔法を使うなんて...本気で心配した。頼むから、二度とあんな無茶しないでくれ.........」
レオンがアイリスを抱きしめる。その肩は小さく震えていた。
「...でもマクシム様が助かってよかった......」
「俺の仲間を救ってくれてありがとう、アイリス」
レオンの目は涙で潤んでいるように見えた。アイリスはその顔に昔の泣き虫だったレオンの面影を感じる。
「隊長!マクシムが目を覚ましました...あ!アイリス様!」
部屋にやってきたヘイリーがアイリスのベッドまで駆け寄った。
「アイリス様.....マクシムのこと、ありがとうございました!!」
深く頭を下げたヘイリーに慌てるアイリスだったが、一方でレオンは「全くだ...お前がついていながら」と一喝した。
レオンはアイリスにキスをすると、「まだ顔色が悪い。少し休んでいてくれ」と言ってヘイリーを連れて部屋を出た。
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「隊長...アイリス様の力のことですが......」
二人きりになったヘイリーとレオンは、深刻な顔で話し始めた。
「...ああ、あれほどの魔法......もし世間に露呈したら、彼女の身が危険に晒される」
「ただでさえ治癒魔法みたいな高度な魔法を使える魔法使いは希少ですからね...何よりあんな魔法を使っても底が見えない魔力量......隊長やレイモンド閣下をも遥かに凌ぎます」
ヘイリーの言葉に、レオンの顔が一層曇った。
ーーーできることなら、彼女にはなんの不安も感じさせたくない。ただ俺の隣で笑っていてほしい。
「軍にバレたら......」
ヘイリーの顔もより一層険しくなった。
「ああ...彼女は『帝国のため』その身を犠牲にしていいように使われるだろうな...幸いなことに彼女の力を目撃した者は少ない。お前は隊員たちに口止めを頼む」
「言われなくても口の堅い奴らです。アイリス様に何かあったら隊長に殺されますもん」
「そうだな...あの騒ぎのなか、よく彼女のことを守ってくれた。ありがとう」
「......た、隊長が褒めるなんて.........」
浮かれたヘイリーを戻して、一人になったレオンは窓の外を見つめた。
ーーーレイモンド伯がアイリスを北の地にやったのは、このためだったのかもしれない。
彼は窓に映る自分の険しい顔を直して、アイリスがいる部屋へと向かった。




