ヴィルベール公
「...幸せになってね、アイリス。貴女なら大丈夫。この先の人生が素晴らしいものになることを祈っているわ」
「サラサ院長......今まで本当に、ありがとうございました」
別れを惜しんで涙が溢れたアイリスの肩を、そっとレオンが抱き寄せた。
修道院から出た二人は、吹雪が止んで晴れ間が出てきた銀世界に飛び込む。
「あははっ、つめたーい!」
雪の上に倒れて無邪気に笑うアイリスを、レオンは愛おしげに見つめた。
「ほら、風邪引くだろ」
レオンが自分のコートを脱いでアイリスにかける。昔から優しいレオンだったけど、今のビジュアルで優しくされるとむず痒い気恥ずかしさが込み上げてくる。ずっと可愛い弟みたいな存在で、恋愛対象として見たことがなかったが、あの頃からレオンはその容姿でモテていた。ぶかぶかのコートの裾をたくし上げて、アイリスは呟いた。
「私の方が身長高かったのに......」
ゆうに彼女の背丈を超えたレオンは、アイリスに見上げられて心拍数が上がりっぱなしだった。
『え...?かわ......可愛すぎない??』
アイリスが可愛すぎて目がぐるぐると泳ぐレオンだったが、気を取り直して彼女の手をとった。
「じゃあ、行こう」
その手をしっかりと握り、アイリスは微笑む。
----------
北から南へ下る汽車に乗り、徐々に変わっていく車窓の風景を眺めながらアイリスが呟いた。
「私...本当に帝都に戻っていいのかしら......」
アイリスの不安を察知したレオンは、向かい合わせから彼女の隣に席を移動した。
「...誰がなんと言おうと、君は俺の妻だ。君の家族にも話は通した。何も不安に思わなくていい」
ーーーレオンは変わった。凛々しくなった顔立ちも、大きくなった身体も、低く落ち着いた声も。全てがあの頃とは違って、彼が男の人であることを意識してしまう。私、この人と結婚するんだ...。なんだか夢物語のよう...。
アイリスはぼんやりとレオンの顔を見ていた。まだ実感が湧いていないのだ。レオンは彼女の顔を覗き込んで無自覚に追いうちをかけた。
「...アイリス?」
「...!う、うん......ごめんなさい、なんだかまだ夢のようで.......でも、私の家族だけじゃなくて、レオンのお父様...ヴィルベール公はお許しをくださるの...?」
「父上?...は手放しで喜んでいたが...」
----------
遡ること数ヶ月前ーーー。
ヴィルベール公爵邸
ヴィルベール公は息子にお見合い写真の束を渡して言った。
「レオンハルト、いくつか縁談の話がきている。お前が帝国軍に入ると言い出したとき、許すかわりに条件をつけたのを覚えているか」
「はい、『二十歳までに結婚すること』ですよね」
「そうだ。もう十九......そろそろ相手を決めねば」
「父上、結婚する人はもう決めています」
「なっ...どこの令嬢だ!?今までそんな話なかったのにいつの間に...」
「私が妻に望むのはーーー、レイモンド伯爵家のアイリス嬢です」
「アイリス嬢って...禁術を使った、あの娘か......はぁ...昔からお前があの子に惚れていたことは丸分かりだ。彼女がいなくなってから異常なまでに魔法の研究や鍛錬に励んでいたのは...このためだったのか」
「はい。レイモンド伯に必ず彼女の居場所を聞き出して、迎えに行きたいのです」
今まで見たことのない息子の表情に、ヴィルベール公はしばらく黙ったあと唐突に笑い出した。
「父上...?」
訝しげな顔で父を見るレオンに、ヴィルベール公は腹を抱えながら言った。
「...いや、お前の母親が生前よく言っていた。『レオンはアイリスのことが大好きだ』と。いつか結婚の話が出たときは、二人の意思を尊重しろと言われていた。まさか本当にこうなるとはな」
「母さんが......?」
レオンは驚いて父の顔を見た。ヴィルベール公は嬉しそうに頷きながらつけ加えた。
「それに、あの子は十にも満たない年で遥かに卓越した魔法使いだった。そのくらいの力が無ければ、公爵家の...お前の嫁は務まらん。無事に見つけ出し、アイリス嬢がお前を受け入れたなら...」
「...っありがとうございます!父上!」
レオンの綻んだ顔を見て、ヴィルベール公は亡き妻のことを思い出した。
『あなた、レオンったら今日もレイモンド伯爵家のお嬢さんのところへ行っていたみたい。本当に大好きなのね』
『またか、レオンのやつ...レイモンド伯のように少しは逞しくなってほしいものだ。あいつは少々気が弱すぎるからな』
『ふふ...確かにレオンは泣き虫だけど、優しい子に育ってるわ。私の身体がこんなだから、家で満足に遊んであげられないけど...毎日、レイモンド伯爵家のお嬢さんの話をとても楽しそうにするの。いつか結婚したいって言い出すかもね。...そのときは、絶対にレオンの気持ちを尊重してあげてくださいな』
病に臥せた妻の言葉を思い出し、ヴィルベール公は小さく笑った。目を閉じて、妻の顔を思い出す。
『それから、はやく孫を抱かせろ、なんて言っちゃダメよ!』
ーーー母は全てお見通し、だな。




