再会
厳しい寒さのなか教会で朝の礼拝の準備をするアイリスに、初老の女性が声をかけた。
「おはようございます、シスターアイリス。調子はどうですか」
「おはようございます、サラサ院長。魔力の制限は問題なく...」
「そうではなくて。なんだか浮かない顔をしていたから。......皆が起きるまで、話し相手になってくださらない?」
アイリスは見透かされたことに決まりが悪そうな顔になりつつも、優しく微笑む院長の隣に腰掛けた。
「......あなたがこの修道院に来てから、もう十年になるわね。初めて会ったときはまだ九つだったかしら。何もない北の果てにひとりぼっちでやって来た女の子が、こんなに立派な修道女になるなんてね」
「...院長のおかげです。家族に捨てられた私を救ってくださった。ここに来なかったら、私......」
「......過去のことを思い出していたのね。あなたは十分過ぎるほどに償ったわ。前に話してくれた幼馴染の彼も......きっと大丈夫よ。あなたのことを恨んだりするはずがないわ」
「......そう...だといいのですが..........」
そのとき、教会の扉を叩く音が響いた。
「あら、誰かしら」
「村の人かも。私、見てきます!」
昨晩から吹雪いている外は、まだ人が出歩くには危険な状態だ。アイリスは急いで扉を開けた。
「.........どなた?」
そっと外の様子を伺うと、そこには見上げるほど長身で、雪男かと思うほど雪を被った人間が立っていた。
「ひゃあっ...!はやく中へ!」
アイリスはすぐさま中に招き入れた。雪が積もったコートのフードを取ると、恐ろしい雪男なんかではなく、整った顔の青年であることがわかった。
「一体どうされたのですか...こんな吹雪の中...」
タオルを持ってきたアイリスが尋ねると、その青年は彼女を見つめたまま動かなくなった。あまりの視線に思わず彼女も固まってしまう。
「あの...?」
「........ッ...アイリス......僕だよ.........」
真っ直ぐに彼女を見つめる瞳に、アイリスはハッとなる。
「......レオ...ン........?」
彼女の瞳にも彼が映った。今にも泣き出しそうに顔を歪め、その大きな腕は彼女をすっぽりと包み込んだ。
「...やっと......っ...会えた........」
目の前にいる彼があのレオンだなんて信じられなかった。ずっと泣いてばかりで、臆病で、いつも後ろにくっついてくる弟みたいな幼馴染ーーー。そんな彼を、私がーーー。
アイリスは思わず彼の胸を押し戻した。
「...どうして......なんでここに......」
「君を迎えにきた」
レオンの低く落ち着いた声に動揺するアイリスは、思わず彼から目を背けた。レオンが再び彼女に触れようと手を伸ばしたそのとき、院長が出てきた。
「あら、お客様だったの?」
二人の間に長い沈黙が続いた。
----------
「貴方が......」
「はい、レオンハルト・エリアス・ヴィルベールと申します」
修道院の院長室で、レオンはサラサ院長に礼をした。コートを脱いだ彼が纏う帝国軍特務魔術隊の軍服を見ると、サラサはゆっくり口を開いた。
「......軍人になられたのね。あの子から聞いていた貴方は、よく泣く臆病な子だったのに......」
「アイリスが私のことを...?」
「...ええ。ここにきた頃は全く口をきかなくて、ボロボロでね...すごく冷たい目をしていたわ。何年もかけて、少しずつ心を開いて......貴方のことを話す彼女は、とても切なそうで...でも、大事な思い出だと言っていたわ」
「.........そうですか」
「本気なの...?『彼女を迎えにきた』って......」
「はい。命にかえても守ります」
そう言って彼は懐から勅許の書状を出した。アイリスが修道院から出ることを皇帝が許可したものだった。
「...あの子が戻りたいと言うなら、私は反対しないわ。貴方が彼女を本当に慈しんで、大切に想っているなら、きっと彼女も同じように想いを返してくれる。貴方のことを話すときの彼女の目は、そうだもの」
にっこりと微笑むサラサに、レオンは深くお辞儀をした。
----------
院長室を出たレオンは、花瓶の水を入れ替えるアイリスを見つけ出した。彼が近づくと、その気配に気付いたアイリスが顔を上げた。
「...レオン、私...貴方にずっと謝りたかった...あのとき、私の魔法が暴走して...あなたに喜んでほしかっただけなの......お母さんに会わせてあげたかった......ごめんなさい...」
そう言って涙を流すアイリスを、レオンはそっと抱きしめた。
「...もう大丈夫だ。ずっと...この十年、君を探し続けてきた...やっと......やっと会えた........」
あの頃とは違う彼の体温に戸惑いながらも、アイリスも彼の背に手をまわして抱きしめた。




