魔力過剰症
「......レオン...私、お父様とちゃんと話すわ」
朝の微睡のなか、レオンの腕に包まれたアイリスは覚悟を決めたように呟いた。
「......君がそう決めたなら、俺も支える。大丈夫だ」
レオンの指がアイリスの髪を優しく撫でた。
「......ずっとお父様が怖かった。娘なのに、変な話よね。...十年前のあの日から私は魔法を使わない方がいいんだって思ってた...でも、マクシム様を助けることができたとき、私の力がレオンの役に立てるのなら...貴方の隣にいるために、私も頑張りたい」
そう言って微笑んだアイリスはベッドから起き上がり、身支度を始めた。そんな彼女を後ろからレオンが抱きしめる。
「......君は強いな。今も、昔も......」
「ふふ...レオンが泣き虫だっただけでしょ」
「...昔のことは忘れてくれ」
二人はおでこをくっつけて笑い合った。結婚の報告も兼ねて、アイリスはレオンとともにレイモンド伯爵家に向かうことにした。
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「アイリス......!」
「イーサン兄様!」
十年ぶりに再会した兄妹はわだかまりなどなかったように自然に抱き合った。
「......本当にすまなかった...これまでのこと...償いきれないことをしてしまった。こんな俺のことをまだ兄と呼んでくれるなんて......」
「...レオンから話は聞きました。お兄様たちもお辛かったこと、わかっていますから」
首を垂れるイーサンをそっと励ますアイリス。その様子にレオンも安堵した。
「...今日は父上に会いにきたんだろう?奥の間で待ってるぞ」
イーサンに連れられ、アイリスはレオンとともに廊下を進む。十年ぶりの実家に、アイリスは修道院に行く前の古い記憶を思い出していた。
ーーーここ、レオンとよく遊んだ
ーーーお兄様たちが魔法の修行をしていたのをこの窓からよく見てたな
思い出が溢れる我が家に、胸がぎゅっとなった。アイリスは緊張した面持ちで父のもとに向かう。そんな彼女の手を繋いで、レオンが優しく微笑んだ。
ーーー大丈夫。
言葉はなかったけれど、そう聞こえてくるようだった。
「父上、アイリスとレオンが来ました」
イーサンが扉を開けると、そこにはブラムが待っていた。対面の席に連れられ、アイリスとレオンが並んで座る。
「......お父様、お久しぶりです」
「......ああ」
ブラムは十年ぶりに見た娘の顔に、驚いたような、哀しいような、なんとも言えない表情を見せた。そんな父を見て、アイリスは言葉が詰まった。
「......あの、」
彼女がようやく言葉を出そうとしたとき、ブラムが静かに言った。
「十年前は...すまなかった。父として、お前の力を正しく導いてやることを諦めて...手放してしまった」
父から出た突然の謝罪に、アイリスは唖然とする。
ーーーお父様がまさか私に謝るなんて......。
膝の上に置いた拳を硬くする。
「......私こそ、ごめんなさい。禁術を使って......自分で家族と一緒にいられなくしてしまって......お父様と話すことを避けて生きてきたけど、ちゃんと話したい。私の魔力のこと、そしてこれからのことーーー」
ブラムは立ち上がってアイリスの側に膝をついた。近くに来た父にアイリスの肩がビクッとした。しかし、ブラムはそっとアイリスの前に手を差し出すだけだった。アイリスは躊躇いながらもその手を取る。
「......来なさい。お前の母親の話をしよう」
そう言ってブラムはアイリスとレオンをある部屋に連れて行った。
「..........ここ...!」
驚いてあたりを見回すアイリスは、自然と笑みを浮かべる。その部屋は亡くなった母親が使っていた部屋だった。
「...お母様のこと、知りたくて何度もこの部屋に忍び込もうとしたのに...頑なに入ることを許してもらえなかった......」
アイリスは亡き母が使っていた家具をそっと撫でる。全てがそのままにしてあり、まるで時が止まっているようだった。
レオンがブラムに問いかけた。
「...やはりアイリスの魔力は、お母上の......?」
ブラムはベッド脇にある椅子に腰掛け、目を閉じた。
「......ああ。妻は...リリーは生まれつき『魔力過剰症』だった。...アイリス、お前とは違ってリリーは魔法を使えなかった。いや、"使わなかった"んだ」
「どうして......」
「リリーはもともと西側諸国に存在すると言われる魔法部族の女だった。彼女はその強すぎる魔力が故に、幼い頃から迫害され、しまいには部族を追放された。そのときに彼女を保護したのが帝国軍だ。軍は彼女の魔力に目をつけ、いずれ魔獣討伐に役立てようと暗躍していた。彼女を監視する役目を与えられたのが私だ。リリーも早々に気づいていた。私が軍人として彼女の魔力を利用しようとしていたことに......はっ...間抜けなものだ。軍の司令で仕方なく結婚した女に本気になるなど......」
ブラムは部屋に残る面影を見つめていた。
「...アイリスは...義母上と同じ...」
「そうだ。アイリスも魔力過剰症だろう。おそらく、リリーよりも魔力量は多い。リリーは...私の妻になり、子を産んで...それきり魔力がなくなったリリーは次第に衰弱して...どうやら魔力過剰症の女は出産するとき、人よりも膨大な魔力を消費するらしい」
衝撃の事実に、アイリスもレオンも顔に絶望の色が見えた。
「......っ...お母様が亡くなったのは、やはり私のせい...」
アイリスが取り乱したとき、瞬時にブラムの声が部屋に響いた。
「違う!...断じて...お前を産んだからリリーは死んだわけではない。それを最近までセドリックが調べていたんだ」
「...セドリック兄様が...?」
「確か西の研究機関で研究員をしている...」
アイリスとレオンは寄り添いながら、意外な話の展開に驚く。
「...ああ。セドリックはずっと西で魔力過剰症の研究をしていたんだ。アイリスがーーー、妹が母親と同じ魔力過剰症だと知って、なんとか母と同じようにその強大な魔力に苦しまず、子を産んでも魔力を保持し続けられる方法をーーー」
「そんな方法が...っ...教えてください...!」
懇願したレオンに、ブラムは彼の方に向いて姿勢を正した。
「...レオンハルト殿。我が娘の命は貴殿にかかっている。どうか...!」
頭を下げたブラムに、レオンは訳が分からず困惑した。
「魔力過剰症を治すためには、この国最強の魔術師である貴殿に、"禁術"とされている『魔力の受け渡し』をしてほしい」
「それって......お父様、この国では他者に魔力を渡すことは禁忌とされています!それに...そんな危ない魔法を使ったら...レオンに何が起こるかも分からないわ!」
「そうだ。だが、禁術を使えばお前は助かる。少なくともこの先、膨大な魔力に苦しまず、いずれ子ができても、母親のように出産で魔力を使い切って死ぬことはない」
涙ぐむアイリスとは対照的に、レオンは希望の光が目に宿り真っ直ぐにブラムを見た。
「わかりました。それでアイリスを守れるなら...禁術でもなんでもやってみせます」
「レオン!」
止めようとするアイリスに、レオンは笑って言った。
「君を守るためなら、禁術のひとつやふたつ...容易いものさ。アイリス...このまま強大な力を持っていても、いずれ軍に見つかり狙われるかもしれない。そしてなにより、俺は君との未来を諦めたくないんだ」
彼の瞳に覚悟を感じたアイリスは、何も言えなくなった。
ーーーそんなの、私だって同じよ。レオンのためだったら、禁術だってやるわ。でも......もしも貴方になにかあったら......
十年前、自らが使った禁術で意識をなくしたレオンの姿を思い出してアイリスの顔は曇っていた。




