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第3話①「他人以上、友達未満」

 体育の授業は地雷原だった。いや、地雷原のほうがまだマシかもしれない。地雷原なら探知スキルで安全な経路を割り出せる。でも体育の授業には「力加減」という、私が三年間まったく訓練してこなかった技術が要求される。

 四月の第三週。体育館。種目はバレーボール。体操服に着替えて整列した時点で、私の脳内にはすでに警告が鳴っていた。ルーは体育館の二階ギャラリーに退避している。体育の授業中は肩の上にいるわけにいかない。激しく動くと振り落とされるからだ。一度、任務中に私が急旋回した拍子にルーが吹っ飛んで、電柱に激突したことがある。あれ以来、ルーは高機動戦闘時には私のポケットに入ることになった。今日はポケットのない体操服なので、ギャラリーから観戦するらしい。


「通信は維持する。何かあれば指示を出す」


 ルーはギャラリーの手すりの上に座ってそう言った。バレーボールの授業に通信は要らない。

 チーム分け。六人一組で私は雫と同じチームになった。雫は体育が苦手らしく準備運動の時点でちょっと顔が曇っている。「バレー嫌いなんだよね」と小声で言った。理由は聞かなかったがサーブ練習を見ればわかった。雫のサーブはネットに届かない。

 試合が始まった。

 最初の数分は大人しくしていた。レシーブは膝を使って柔らかく、トスは指先で、相手コートに返すときは力を抜いて。大丈夫、普通の高校一年生の運動能力の範囲に制御できている。たぶん。

 問題はスパイクだった。前衛に回ったときセッターから高いトスが上がり、、三年分の戦闘反射が脳を介さずに打ちやすい角度を求めて四肢を動かした。踏み込み、腕を振りあげ跳躍。手のひらがボールを捉えた瞬間「あ」と思ったときにはもう遅かった。ボールは白い線を引いて飛んでいき、相手コートを通り越し体育館の壁に激突。ぱんっ、という乾いた破裂音が体育館に響いた。ボールは——ボールだったものは壁の前の床に落ち、凹んだゴムの残骸がかすかに揺れている。

 体育館が静まり返り三十二人の視線が私に集まった。三十二人分の沈黙が空気を固くし、先生が口を開きかけて閉じる。私は手のひらを見下ろした。バレーボールを破裂させた手がじんじんしている。


「……ごめんなさい。力入りすぎました」


 声が裏返った。先生が新しいボールを持ってきた。


「藤咲、次からは加減してね」


 加減。加減するには基準が必要で私にはその基準がない。「ボールを破裂させない程度の力」というのは「怪物を殴る力の何パーセントか」で計算するしかなくて、分母がおかしいのだ。ギャラリーの上からルーの声が聞こえた。


「出力の調整ミスだ。次は最大筋力の四パーセント以下で打て」


 四パーセント。四パーセントでいいのか。いや、確かにそうだ。私の最大出力で打ったらボールどころか壁が壊れる。変身時の数十分の一の筋力が残っているとはいえ、一般人の基準からすれば十分すぎるほど異常だ。

 試合が再開された。まったくもって気まずかった。


               ◇


 気まずさの中でもう一つの事件が起きた。雫がサーブを失敗し、ネットに引っかけてボールが力なく床に落ちた。さすがに三回連続でカチンときたのか、チームの後ろのほうで小さな声が聞こえた。


「また雫じゃん……」


 声量としてはほとんど吐息に近いので、聞こえたのは私だけだったかもしれないと思ったが、雫の肩がわずかに縮んだ。雫にも聞こえていた。

 次のラリーは私が後衛にいた。ボールが飛んできて簡単なレシーブで普通に返せるところ、私は——コケた。わざと派手に足をもつれさせて、体育館の床に盛大にすっ転んだ。受け身を取る技術があるから怪我はしない。でも見た目は完全に「ドジっ子の大転倒」だった。


「きゃっ——!」


 わざとらしくない程度に悲鳴も上げた。ボールは反対側に転がっていった。ぷーっと笛が鳴る。相手チームのポイント。注目が雫から私に移った。


「大丈夫? 藤咲さん」

「さっきのスパイクすごかったのに、レシーブは苦手なの?」

「あはは……ドジなんです、私」


 雫がこっちを見ていた。目が少し丸くなっていた。

 は内心で自分の行動を分析していた。誰かを守った。これは、三年間やり続けてきたことだ。怪物の攻撃から民間人を庇う。危険地帯から子供を避難させる。味方の撤退を援護する。誰かを守ることは私の体に染みついた行動原理だ。

 でも今は違う理由もあった。雫を守りたかったというのは本当だ。でも同時にこの場所に馴染みたかった。「ボールを破裂させるバケモノ」ではなく「ドジな栞」になりたかった。守る行為の中に自分の欲望が混ざっている。それが良いことなのか悪いことなのか、まだわからなかった。


               ◇


 試合が終わって汗を拭いて体育館の隅で休憩。授業が終わり着替えを済ませて、水筒の水を飲んでいたら雫が隣にやってきた。


「ねえ、栞」

「ん?」

「連絡先、交換しよ」


 スマホを取り出し、メッセンジャーアプリの交換画面を出してQRコードを見せ合う。この手順は先週覚えたので大丈夫、今回はスムーズにできる。雫が私のスマホをちらっと見て目を見開いた。


「……栞、このスマホ買ったばっかり?」

「え? 三年くらい使ってるけど」

「三年!?」


 雫の声が裏返った。


「うちのおばあちゃんのスマホよりアプリ少ないんだけど」


 ホーム画面が見えていた。電話、メッセージ、メッセンジャーアプリ、カメラ、SNS(昨日入れた)、ニュースアプリ(最初から入ってた)。以上。画面の大半が壁紙で、初期設定の青いグラデーションがほぼ丸見えだ。


「いや、必要なものは入ってるし……」

「六個!? アプリ六個!? おばあちゃんですらメッセンジャーアプリと動画アプリと天気予報とお薬手帳と電子マネーと地図アプリと——」

「お薬手帳は要らない……」

「そういう問題じゃないの!」


 雫は本気で驚いていた。おばあちゃんのスマホに負けた事実が、私の「普通の高校生」としての実績にダメージを与えたらしい。言い訳のしようがなかった。三年間、スマホを使う余裕がなかったのだ。怪物と戦って、ルーと作戦会議して、仮眠して、また戦って。スマホは緊急連絡用の端末でしかなく、ゲームもSNSもやる時間がなかった。


「……入れたほうがいいの?」

「入れるとか入れないとかの次元じゃないんだよ。音楽は? 地図は? 支払い系は? 写真の加工アプリは?」

「全部ない」

「栞、ちょっとこっち座って。今から入れるから」


 雫に導かれるまま座ると、雫が私のスマホを奪い——借り取って、猛烈な速度でアプリをインストールし始めた。指の動きがルーの戦闘時のタイピング速度に匹敵する。人にはそれぞれの戦場がある。雫の戦場はスマホの中にあるのかもしれない。

 十分後。私のスマホのホーム画面には二十個以上のアプリが並んでいた。壁紙がほとんど見えなくなっている。


「はい。最低限ね、最低限」

「これで最低限?」

「最低限」


 満足そうな雫の様子とはうらはらに、私は若干圧倒されていた。

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