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平安猫魔伝〜異世界を滅ぼした魔導王、平安の都で猫になる〜【連載版】  作者: 伊勢吉
第四章:橋姫と日常

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第九十六話「ろくろ首の再会」

門の外に、二つの影があった。


夕刻の路地に、それぞれが少しずつ遠慮した格好で立っている。一方は見覚えのある背丈。白みがかった着物に、黒髪が長く垂れて、首が——人の倍はある。


もう一方は初めて見る顔だった。


背は低く、体格もずんぐりしている。しかし首の構造は同じだ。肩の上に載るべき頭が、腰のあたりから長い管のように伸びて、その先に小さな顔がある。こちらの首は短く折り畳まれていて、長さを持て余しているようだった。


我は石畳の上から二つの影を見比べた。


ろくろ首だ、と判じるのに時間はかからない。ただ、二体が揃って門前に立っているというのは珍しかった。先に出会ったろくろ首がここへ来たのは、秋も半ばに差し掛かった夜の路地でのことで、あの時は一人だった。


今日は、連れを持ってきている。



格子こうし越しに外の気配を読んでいると、先に来たことのある方——我は心の中で「先客」と呼ぶことにした——が、門に向かって小さく頭を下げた。呼び鈴を鳴らす勇気がまだないらしく、立ったまま待っている。


我は縁側から庭石へ降り、門の方へ歩いた。


音を聞いたか、それとも気配を察したか、格子の向こうの先客が顔を上げた。我と目が合う。一瞬だけ体が固まり、それからほぐれた。来てよかった、という種類の弛緩だった。


門の掛け金を外すのは我にはできない。ただ格子の前に座って、外へ向かって尾を一度立てた。


「鳴らしてみなさいよ」と先客が隣の連れに言っているのが、格子越しに聞こえた。


連れの方が、震える手で呼び鈴の紐を引いた。



おうめが出てきて、格子の外の二体を見た。


驚いた顔をしたのは一拍だけで、次には「どうぞ」と言っていた。この老女も、屋敷に出入りする種類の幅が広がったことには慣れてきている。


藤原真白(ふじわら の ましろ)が廊下から声をかけてきた。


「お客様?」


「ろくろ首の方が二名でございますよ」


お梅が答えた。「二名」という言い方に、妖怪を人間と同等に数える丁寧さがあった。


真白が縁側に出てきた。二体を見て、先客の方に目が止まる。


「あら、久しぶり」


先客が深く頭を下げた。首が長い分、礼の動作が大げさに見えるが、それが本人には難点らしく、顔が少し赤くなっていた。



座敷の縁側に四者が落ち着いた。


真白と二体のろくろ首、それに我だ。葛上真澄(かずらがみ の ますみ)は母屋の奥に控えていて、気配だけを読んでいる。


先客が連れを紹介した。


「妹です」


「妹さんが」


「同じたいですから、話が合うかと思って。ここへは私一人で来ていましたが、妹がどうしても来たいと言って」


妹——連れの方——が頭を垂れた。先客と同じく、礼の大きさに戸惑っている様子だった。


「初めて参ります。怖くないですか」


妹が真白に直接問いかけた。遠慮のない聞き方は、緊張のあまり礼儀を飛ばしてしまったせいだろう。


「怖くないわ」


真白が迷わず答えた。


「でも、もし怖いと感じていたら?」


妹がさらに聞く。


「そうしたらそう言うわね。でも、今は怖くない。首が長いということ以外は、普通に話しかけてきた方たちだもの」


妹が少し黙った。それから、先客の方に向かって言った。


「姉さん、ここの人は変わっている」


「変わっているわよ」と先客が答えた。声に温かさが混じっていた。



茶が出た頃、話が動いた。


「ここへ来た、とあちこちで話してしまったのです」と先客が言った。


「あちこち?」


「ろくろ首の仲間うちで。妖怪の話というのは回るのが早くて。姿を隠して暮らしている者が多いですから、こういう屋敷があると知ると、気になるようで」


先客が言葉を選ぶように少し止まった。


「傷つけられたり、追い払われたりせずに受け入れてもらえる場所が、都にあまりない。だから——妹もですが、来てみたいという者がほかにもいます」


真白が茶碗を持ったまま、先客を見た。


「この屋敷に来てもいい、と伝えてくれて構わないわ」


先客が目を丸くした。


「本当に?」


「ただし、こちらが不安になることはしないでほしい。それだけ」


先客が深く頷いた。今度は首の長さに自分で気づいて、慌てて頭を戻した。


妹が「これが難しいんです」と笑った。首が長いと、礼の加減が難しい。その言葉自体がおかしかったのか、真白も小さく笑った。


我は縁側の端で、その三人を眺めていた。



妹の方が来た理由は、姉とは少し違った。


「いつも隠して暮らしているので、それが正しいのかどうか、ずっと分からなかった」


妹が言った。語り口が姉より直接的だ。


「隠す、というのは、首が見えないようにということ?」と真白が聞いた。


「そうです。昼間は首を縮めて出かけます。夜になると伸びる。それが私たちの体のことわりなんですが——伸びているのが恥ずかしいというか、見られると怖いというか」


「自分の体を、恥ずかしいと思っているの」


「思っていました。でも姉が話してくれて——ここでは首が長くてもいいと言われた。それが本当か確かめたかった」


「本当よ」と真白が言った。


「どうして?」


妹の問いは単純だったが、軽くなかった。どうしてそう言い切れるのか、という問いだ。


真白が少し考えてから答えた。


「首の長さは、あなたのことを決めない。どんな体でも、どんな姿でも——話してみなければ、その人のことは分からない。だから首が長いということより、今あなたが直接に問いかけてきたということの方が、私には印象に残る」


妹が姉を見た。姉が頷いた。


妹が再び真白を見た。


「姉さんが言っていた通りでした」


「どんなことを言っていたの?」


「正直な人だって」


先客が照れたように「それだけじゃないわよ」と言い足したが、何だったのかは続けなかった。



日が傾きかけたころ、二人が帰り支度をした。


「また来てもいいですか」と先客が言い、「仲間を連れてくることも?」と妹が続けた。


真白が「どうぞ」と答えた。


「ただ、大勢が一度に来ると屋敷の方が対応できないこともあるから、少しずつにしてほしい」


「分かりました」


二体が頭を下げた。今度は二人とも首の長さに合わせた角度を探して、少しぎこちなかった。


「あと——」


真白が少し柔らかい声で言った。


「首が伸びていることを、恥ずかしいと思わないでくれると、私も話しやすい。縮めて来なくていいわよ、ここでは」


妹が止まった。


「伸ばしたままで来ていいと?」


「ええ。それがあなたの体だもの」


妹がまた姉を見た。


「姉さん、今日来てよかった」


「言ったでしょう」


先客が門の方へ歩き始めながら答えた。その首が夕光の中で長く伸びて、夜を前にして少し輝いて見えた。



二体が去った後、縁側に真白と我だけが残った。


真白が門の閉まる音を聞いてから、空を仰いだ。


「妖怪の噂が広まっているのね」


独り言だった。我は縁側の板の木目を見ていた。


「傷つけられずに受け入れてもらえる場所が少ない、というのは——聞いていて少し、胸が痛かった」


真白が脚を縁側の端に揃えた。


「首が長いというだけで、追い払われてきたということでしょう。見た目のことで」


我はまた何も言えない。声がないし、言葉もない。しかし真白が話し続けるのは、我が聞いていると分かっているからだ。返事を待っているのではない。


「あの妹さんが——伸ばしたままで来ていいと言われた時の顔、見た?」


我は真白を見た。


「見ていたわね、きっと。ああいう顔が見られるから、話しかけるのをやめられない」


真白が手を膝の上で重ねた。


「次は何人来るかしら。首が長い人だけじゃないかもしれない」


葛上真澄(かずらがみ の ますみ)が廊下に現れた。


「姫君、屋敷が妖怪の寄り合いよりあいどころになりつつありますでござろう」


「なってきたわね」と真白が笑った。


「対応の手順を少し整えておく必要がありますでござろう。来る者が増えると、使用人が対応に困る場合も出てくるかと」


「お梅に相談してみます」


「それがよろしゅうございます」


真澄が廊下を戻りかけて、一度止まった。


「今日の方々は、礼儀がありましたでござろう」


それだけ言って、消えた。


評価、というほどのものではない。ただ確認した、という声だった。しかしこの男がそれを口にするとき、意味がある。



我は夜に、一人で門の前まで出た。


二体が帰っていった路地は、夕刻のうちに暗くなっていた。石畳の先に灯りは少ない。


ここへ来た妖怪が、また誰かに話す。その誰かが、また別の誰かに話す。都の中で、妖怪たちの口から口へ、この屋敷の話が伝わっていく。


口無しくちなしおんなが来た。橋姫はしひめが川に流れた。野槌のづちが助けを求めてきた。座敷童子ざしきわらしがいる。ひょうすべがいる。河童が時々顔を出す。


そうした積み重ねの上に、今日の二人が来た。


妖怪の方から来る、という流れができつつある。


真白が何かをしようとしているわけではない。真白はただ、来た者に話しかけ、茶を出し、首が長くてもいいと言う。その繰り返しが、外の世界に伝わっていく。


我は路地の暗がりを見ていた。


次に誰が来るかは分からない。しかし来ることへの敷居が、少しずつ下がっている。


屋敷の内側から点しともしびの光が漏れていた。廊下の行灯あんどんより青みがかった、静かな光だ。外から見ると、屋敷全体が少しだけ、違う色に見えた。


我は振り返り、屋敷に戻った。

【妖怪図鑑】


■ろくろ首(轆轤首)・再訪の姉妹

【分類】変異型妖怪・人型

【危険度】★☆☆☆☆(無害)

【レア度】★★★☆☆(都でも稀に目撃される)

【出現場所】人里近く、夜の路地、宿場町周辺。昼は人間に紛れて生活している


【特徴】

人型の体を持ちながら、夜になると首が伸びる妖怪。両個体とも、昼間は首を縮めて人に近い外見を保ち、夜になると本来の長さに戻る。今回の来訪は、先に真白と交流を持った個体(姉)が妹を伴ってきたもの。姉は以前の訪問後、同族の仲間内で藤原家のことを話しており、妹が「確かめに来たい」と要望したことで実現した。

妹の方は姉より自分の体への戸惑いが強く、平素は積極的に首を縮めて生活している。今回の訪問で「伸ばしたままでいい」と言われたことが、本人にとって大きな転機となった。

ろくろ首の中にも様々な個性があり、姉のように「外から見た景色を伝える特技」として首の長さを肯定した者もいれば、妹のように「恥ずかしいもの」として処理してきた者もいる。


【得意技】

・首の伸長:夜間に首が伸びる。高い場所から広い視野を得られる(姉は特技として活用)

・高所視野:伸ばした首で周囲を見渡せる。夜目も利く


【弱点】

・首の長さゆえ礼の加減が難しく、コミュニケーションに戸惑いが出る

・昼間は首を縮めるため、長時間の維持に疲弊する

・人間に怖がられてきた経験から、新たな場所への踏み込みに臆することがある


【生態】

今回の訪問を機に、ろくろ首の仲間内に藤原家の話が広まりつつある。姉妹のほかにも「行ってみたい」と言う者が複数おり、今後順次訪れる可能性がある。これは真白邸が妖怪の「寄り合い所」となる流れの一端だ。


【玄丸の評価】

「姉の方は以前とほとんど変わらなかった。変わったのは妹の方だ——同じ体でも、その体をどう受け取るかが違う。首が長い、という事実に対して『隠すべきもの』と処理してきた者が、『伸ばしたままでいい』という言葉を受け取った時の顔は、真白殿が見ていた通りだった。我も見ていた。ああいう顔は、記録しておく価値がある」


【遭遇時の対処法】

驚いて逃げないこと。ろくろ首は追いかけてくることはほぼないが、怖がられることに慣れすぎており、逃げられると次の接触が難しくなる。静かに目が合ったなら、普通に挨拶するだけで十分。「首が長いのですね」と言及することは、会話の糸口にはなるが、相手が慣れていない場合は傷つく可能性もある。相手の様子を見て判断すること。


【豆知識】

ろくろ首は日本各地に伝承が残る妖怪で、「抜けぬけくび」と「伸びのびくび」の二種に大別される。今回登場する個体はいずれも「伸び首」型。伝統的には怖い存在として語られることが多いが、実態は人間に近い感情を持ち、むしろ人との接触を恐れている場合が多い。「首が長い」という外見の特異さが、人間社会での孤立を生む構造は、多くの妖怪に共通する問題でもある。

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