第九十六話「ろくろ首の再会」
門の外に、二つの影があった。
夕刻の路地に、それぞれが少しずつ遠慮した格好で立っている。一方は見覚えのある背丈。白みがかった着物に、黒髪が長く垂れて、首が——人の倍はある。
もう一方は初めて見る顔だった。
背は低く、体格もずんぐりしている。しかし首の構造は同じだ。肩の上に載るべき頭が、腰のあたりから長い管のように伸びて、その先に小さな顔がある。こちらの首は短く折り畳まれていて、長さを持て余しているようだった。
我は石畳の上から二つの影を見比べた。
ろくろ首だ、と判じるのに時間はかからない。ただ、二体が揃って門前に立っているというのは珍しかった。先に出会ったろくろ首がここへ来たのは、秋も半ばに差し掛かった夜の路地でのことで、あの時は一人だった。
今日は、連れを持ってきている。
格子越しに外の気配を読んでいると、先に来たことのある方——我は心の中で「先客」と呼ぶことにした——が、門に向かって小さく頭を下げた。呼び鈴を鳴らす勇気がまだないらしく、立ったまま待っている。
我は縁側から庭石へ降り、門の方へ歩いた。
音を聞いたか、それとも気配を察したか、格子の向こうの先客が顔を上げた。我と目が合う。一瞬だけ体が固まり、それからほぐれた。来てよかった、という種類の弛緩だった。
門の掛け金を外すのは我にはできない。ただ格子の前に座って、外へ向かって尾を一度立てた。
「鳴らしてみなさいよ」と先客が隣の連れに言っているのが、格子越しに聞こえた。
連れの方が、震える手で呼び鈴の紐を引いた。
お梅が出てきて、格子の外の二体を見た。
驚いた顔をしたのは一拍だけで、次には「どうぞ」と言っていた。この老女も、屋敷に出入りする種類の幅が広がったことには慣れてきている。
藤原真白(ふじわら の ましろ)が廊下から声をかけてきた。
「お客様?」
「ろくろ首の方が二名でございますよ」
お梅が答えた。「二名」という言い方に、妖怪を人間と同等に数える丁寧さがあった。
真白が縁側に出てきた。二体を見て、先客の方に目が止まる。
「あら、久しぶり」
先客が深く頭を下げた。首が長い分、礼の動作が大げさに見えるが、それが本人には難点らしく、顔が少し赤くなっていた。
座敷の縁側に四者が落ち着いた。
真白と二体のろくろ首、それに我だ。葛上真澄(かずらがみ の ますみ)は母屋の奥に控えていて、気配だけを読んでいる。
先客が連れを紹介した。
「妹です」
「妹さんが」
「同じ体ですから、話が合うかと思って。ここへは私一人で来ていましたが、妹がどうしても来たいと言って」
妹——連れの方——が頭を垂れた。先客と同じく、礼の大きさに戸惑っている様子だった。
「初めて参ります。怖くないですか」
妹が真白に直接問いかけた。遠慮のない聞き方は、緊張のあまり礼儀を飛ばしてしまったせいだろう。
「怖くないわ」
真白が迷わず答えた。
「でも、もし怖いと感じていたら?」
妹がさらに聞く。
「そうしたらそう言うわね。でも、今は怖くない。首が長いということ以外は、普通に話しかけてきた方たちだもの」
妹が少し黙った。それから、先客の方に向かって言った。
「姉さん、ここの人は変わっている」
「変わっているわよ」と先客が答えた。声に温かさが混じっていた。
茶が出た頃、話が動いた。
「ここへ来た、とあちこちで話してしまったのです」と先客が言った。
「あちこち?」
「ろくろ首の仲間うちで。妖怪の話というのは回るのが早くて。姿を隠して暮らしている者が多いですから、こういう屋敷があると知ると、気になるようで」
先客が言葉を選ぶように少し止まった。
「傷つけられたり、追い払われたりせずに受け入れてもらえる場所が、都にあまりない。だから——妹もですが、来てみたいという者がほかにもいます」
真白が茶碗を持ったまま、先客を見た。
「この屋敷に来てもいい、と伝えてくれて構わないわ」
先客が目を丸くした。
「本当に?」
「ただし、こちらが不安になることはしないでほしい。それだけ」
先客が深く頷いた。今度は首の長さに自分で気づいて、慌てて頭を戻した。
妹が「これが難しいんです」と笑った。首が長いと、礼の加減が難しい。その言葉自体がおかしかったのか、真白も小さく笑った。
我は縁側の端で、その三人を眺めていた。
妹の方が来た理由は、姉とは少し違った。
「いつも隠して暮らしているので、それが正しいのかどうか、ずっと分からなかった」
妹が言った。語り口が姉より直接的だ。
「隠す、というのは、首が見えないようにということ?」と真白が聞いた。
「そうです。昼間は首を縮めて出かけます。夜になると伸びる。それが私たちの体の理なんですが——伸びているのが恥ずかしいというか、見られると怖いというか」
「自分の体を、恥ずかしいと思っているの」
「思っていました。でも姉が話してくれて——ここでは首が長くてもいいと言われた。それが本当か確かめたかった」
「本当よ」と真白が言った。
「どうして?」
妹の問いは単純だったが、軽くなかった。どうしてそう言い切れるのか、という問いだ。
真白が少し考えてから答えた。
「首の長さは、あなたのことを決めない。どんな体でも、どんな姿でも——話してみなければ、その人のことは分からない。だから首が長いということより、今あなたが直接に問いかけてきたということの方が、私には印象に残る」
妹が姉を見た。姉が頷いた。
妹が再び真白を見た。
「姉さんが言っていた通りでした」
「どんなことを言っていたの?」
「正直な人だって」
先客が照れたように「それだけじゃないわよ」と言い足したが、何だったのかは続けなかった。
日が傾きかけたころ、二人が帰り支度をした。
「また来てもいいですか」と先客が言い、「仲間を連れてくることも?」と妹が続けた。
真白が「どうぞ」と答えた。
「ただ、大勢が一度に来ると屋敷の方が対応できないこともあるから、少しずつにしてほしい」
「分かりました」
二体が頭を下げた。今度は二人とも首の長さに合わせた角度を探して、少しぎこちなかった。
「あと——」
真白が少し柔らかい声で言った。
「首が伸びていることを、恥ずかしいと思わないでくれると、私も話しやすい。縮めて来なくていいわよ、ここでは」
妹が止まった。
「伸ばしたままで来ていいと?」
「ええ。それがあなたの体だもの」
妹がまた姉を見た。
「姉さん、今日来てよかった」
「言ったでしょう」
先客が門の方へ歩き始めながら答えた。その首が夕光の中で長く伸びて、夜を前にして少し輝いて見えた。
二体が去った後、縁側に真白と我だけが残った。
真白が門の閉まる音を聞いてから、空を仰いだ。
「妖怪の噂が広まっているのね」
独り言だった。我は縁側の板の木目を見ていた。
「傷つけられずに受け入れてもらえる場所が少ない、というのは——聞いていて少し、胸が痛かった」
真白が脚を縁側の端に揃えた。
「首が長いというだけで、追い払われてきたということでしょう。見た目のことで」
我はまた何も言えない。声がないし、言葉もない。しかし真白が話し続けるのは、我が聞いていると分かっているからだ。返事を待っているのではない。
「あの妹さんが——伸ばしたままで来ていいと言われた時の顔、見た?」
我は真白を見た。
「見ていたわね、きっと。ああいう顔が見られるから、話しかけるのをやめられない」
真白が手を膝の上で重ねた。
「次は何人来るかしら。首が長い人だけじゃないかもしれない」
葛上真澄(かずらがみ の ますみ)が廊下に現れた。
「姫君、屋敷が妖怪の寄り合い所になりつつありますでござろう」
「なってきたわね」と真白が笑った。
「対応の手順を少し整えておく必要がありますでござろう。来る者が増えると、使用人が対応に困る場合も出てくるかと」
「お梅に相談してみます」
「それがよろしゅうございます」
真澄が廊下を戻りかけて、一度止まった。
「今日の方々は、礼儀がありましたでござろう」
それだけ言って、消えた。
評価、というほどのものではない。ただ確認した、という声だった。しかしこの男がそれを口にするとき、意味がある。
我は夜に、一人で門の前まで出た。
二体が帰っていった路地は、夕刻のうちに暗くなっていた。石畳の先に灯りは少ない。
ここへ来た妖怪が、また誰かに話す。その誰かが、また別の誰かに話す。都の中で、妖怪たちの口から口へ、この屋敷の話が伝わっていく。
口無し女が来た。橋姫が川に流れた。野槌が助けを求めてきた。座敷童子がいる。ひょうすべがいる。河童が時々顔を出す。
そうした積み重ねの上に、今日の二人が来た。
妖怪の方から来る、という流れができつつある。
真白が何かをしようとしているわけではない。真白はただ、来た者に話しかけ、茶を出し、首が長くてもいいと言う。その繰り返しが、外の世界に伝わっていく。
我は路地の暗がりを見ていた。
次に誰が来るかは分からない。しかし来ることへの敷居が、少しずつ下がっている。
屋敷の内側から点し火の光が漏れていた。廊下の行灯より青みがかった、静かな光だ。外から見ると、屋敷全体が少しだけ、違う色に見えた。
我は振り返り、屋敷に戻った。
【妖怪図鑑】
■ろくろ首(轆轤首)・再訪の姉妹
【分類】変異型妖怪・人型
【危険度】★☆☆☆☆(無害)
【レア度】★★★☆☆(都でも稀に目撃される)
【出現場所】人里近く、夜の路地、宿場町周辺。昼は人間に紛れて生活している
【特徴】
人型の体を持ちながら、夜になると首が伸びる妖怪。両個体とも、昼間は首を縮めて人に近い外見を保ち、夜になると本来の長さに戻る。今回の来訪は、先に真白と交流を持った個体(姉)が妹を伴ってきたもの。姉は以前の訪問後、同族の仲間内で藤原家のことを話しており、妹が「確かめに来たい」と要望したことで実現した。
妹の方は姉より自分の体への戸惑いが強く、平素は積極的に首を縮めて生活している。今回の訪問で「伸ばしたままでいい」と言われたことが、本人にとって大きな転機となった。
ろくろ首の中にも様々な個性があり、姉のように「外から見た景色を伝える特技」として首の長さを肯定した者もいれば、妹のように「恥ずかしいもの」として処理してきた者もいる。
【得意技】
・首の伸長:夜間に首が伸びる。高い場所から広い視野を得られる(姉は特技として活用)
・高所視野:伸ばした首で周囲を見渡せる。夜目も利く
【弱点】
・首の長さゆえ礼の加減が難しく、コミュニケーションに戸惑いが出る
・昼間は首を縮めるため、長時間の維持に疲弊する
・人間に怖がられてきた経験から、新たな場所への踏み込みに臆することがある
【生態】
今回の訪問を機に、ろくろ首の仲間内に藤原家の話が広まりつつある。姉妹のほかにも「行ってみたい」と言う者が複数おり、今後順次訪れる可能性がある。これは真白邸が妖怪の「寄り合い所」となる流れの一端だ。
【玄丸の評価】
「姉の方は以前とほとんど変わらなかった。変わったのは妹の方だ——同じ体でも、その体をどう受け取るかが違う。首が長い、という事実に対して『隠すべきもの』と処理してきた者が、『伸ばしたままでいい』という言葉を受け取った時の顔は、真白殿が見ていた通りだった。我も見ていた。ああいう顔は、記録しておく価値がある」
【遭遇時の対処法】
驚いて逃げないこと。ろくろ首は追いかけてくることはほぼないが、怖がられることに慣れすぎており、逃げられると次の接触が難しくなる。静かに目が合ったなら、普通に挨拶するだけで十分。「首が長いのですね」と言及することは、会話の糸口にはなるが、相手が慣れていない場合は傷つく可能性もある。相手の様子を見て判断すること。
【豆知識】
ろくろ首は日本各地に伝承が残る妖怪で、「抜け首」と「伸び首」の二種に大別される。今回登場する個体はいずれも「伸び首」型。伝統的には怖い存在として語られることが多いが、実態は人間に近い感情を持ち、むしろ人との接触を恐れている場合が多い。「首が長い」という外見の特異さが、人間社会での孤立を生む構造は、多くの妖怪に共通する問題でもある。




